「侑、どした? 侑?」
僕を追い越していった隅田が少ししてから後ろを振り返る。目いっぱいに涙を溜めた僕を見た途端、ギョッと目を見開いて慌ててUターンしてきた。
「なに? 怪我でもした? どこが痛い?」
雑に自転車を端に停めて、心配そうに駆け寄ってくる。その姿を見ていたら、まるで子どもの頃に戻ったみたいに感情が爆発してしまって、ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちた。
声も出さずに泣き出した僕を見て、困ったように眉を下げた隅田はぎゅっと口を結ぶ。その顔、久しぶりに見たな。昔から僕が泣いたらそんな顔してたね。変な顔って笑って安心させたいのに、高ぶった感情の沈め方がわからない。何も言わずに泣き続ける僕を前に少し逡巡した後、隅田はおろしたてのブレザーの袖で遠慮なくゴシゴシと僕の涙を拭った。
「怪我は?」
その問いかけに小さく首を振れば、涙を拭う力が強くなる。せっかく新品だったのに、そんなこと気にする素振りすら見せなかった。優しいんだよ、バカ。
「……いたい」
「ワガママ言うなよ」
「……ワガママじゃないもん」
「じゃあ、早く泣きやめよ」
ぶっきらぼう、だけど置いていかない優しさ。そんな隅田に甘えて、甘やかされてきたけれど、このままじゃ絶対にだめだ。そう分かっているのに、溢れる涙の止め方は隅田しか知らない。
「僕、隅田離れするもん……」
「おー」
だから、決めたんだ。もう隅田を頼らないって。かっこいい男になるために、間宮くんの前に立っても恥ずかしくない自分でいられるように、僕は「オヒメサマ」を脱却するんだ。
そう誓って決意表明したのに、返ってきたのはやる気のない返事。またバカなこと言ってるって思ってるんだろうけど、今回こそ本気なんだからな。脱・隅田!
「ほれ、ティッシュ」
「ありがと……」
「で、間宮が何だって?」
「っ、バカ! もう隅田には言わないし!」
隅田のデリカシーのなさには辟易する。せっかく押し込んだ涙がまた涙腺から飛び出してこようとするから、それを誤魔化すように自転車のペダルを踏んだ。
「あ、コラ、置いていくなよ」
置いていかれそうになった隅田が、慌てて自転車に乗って追いかけてくる。無駄に筋肉のついた隅田がふらふらの僕に追いつくのは一瞬の出来事で、今日何度も感じた敗北感をまた味わわされた。
「隅田のバーカ」
「今日のお前、そればっかだな」
「…………」
「変なの、いつもなら言い返してくるのに。……まぁ、間宮に何かされたんだったら俺から言ってやるよ」
「……そんなんじゃ、ない、から」
「ふーん」
「だから、何もしなくていい」
「あっそ」
「何も、だからね」
隅田から間宮くんに話をされたら、変に拗れる未来が見える。そうならないように家の前で念押しすれば、怠そうに「分かったよ」と返した隅田は「じゃあな」と言ってそのまま家に入っていった。本当に理解したのかな、アイツ。ちょっと心配になるんだけど。
でも頭の中を占めているのは、隅田よりも間宮くん。生まれて初めての感情は言葉にできないぐらいぐちゃぐちゃで、キラキラしているのに苦しくて、あったかいのにぎゅっと首を絞められているみたい。吐き出したいものがあるはずなのに、こみ上げてくるのはやり場のない熱ばかり。僕はずっとこの熱に浮かされるのだろうか。
みんなこんな複雑な感情になりながら推し活しているんだなぁって半ば感心しながら、僕はまっさらなノートを開く。
間宮くんへの気持ちは、誰にも内緒。
僕だけの秘密だから。
宝物みたいに大切にしまっておきたいけれど、熱くて苦しくて解放されたいとさえ思ってしまう。こんなの初めてだから、抱え込んでいたらいつか爆発してしまいそう。だから間宮くん観察日記にこの熱を残していこう。



