間宮くんとは席も離れているけれど、僕の方が後ろの席だから斜め前に座る彼のことを観察できる。一度も目が合わなくたって平気。僕はずっと見つめていられるから。
担任の話す内容はしっかり頭の中に叩き込みながら、僕はこっそり間宮くんの一挙一動も脳裏に刻み込もうとしていた。
「侑、帰る?」
「あ、うん。ちょっと待って」
「珍しい、いつも俺より先に帰る準備して『遅い遅い』って急かしてきてたのに」
「う、うるさいなぁ」
ねぇ、隅田、僕の過去をそんな大声で離さないでよ。まだ間宮くんが教室にいるんだよ?
そんな恥ずかしいエピソードが彼の耳に入ったらと思うと、かぁっと顔に熱が集まる。バタバタと雑にペンケースや配布物をカバンに入れていく僕を見て、隅田は「どうしたんだ、こいつ」と言いたげな表情をしていたけれど、無視。いつもだったら言い返してやるけど、そんなみっともないこと、間宮くんの前ではしないもん。
「ほら、行くよ」
「は……? いや、俺が待たせてたみたいな顔してんじゃねーよ!」
「もう、声大きい」
「なんだよ、結局いつもの『ワガママオヒメサマ』に戻ったのかよ」
「そのあだ名やめてって言ったよね」
「ハイハイ、俺が悪かったよ」
教室を出たら、もう大丈夫。いつもの調子で隅田に文句を言えば、生意気にも歯向かってくる。隅田のくせにと、ぷくっと頬を膨らませて睨めば、隅田は両手を挙げてあっさり降参する。
三人目にして待望の男の子として綿谷家に生を受けた僕は、祖父母、両親だけでなく、二人の姉からもそれはそれはもう大袈裟なほどに甘やかされて育った。
「侑ちゃんは何やってもかわいいわねぇ」
それがみんなの合言葉。何をやっても「かわいい」と褒められるから、自己肯定感爆上がりだった。そうやって生きてきたから自分のことをずっと一番だと思ってきたけれど、間宮くんいう存在に出会ってその常識がガラガラと崩れ去った。
隅田は生まれた時から同じマンションに住んでいた腐れ縁。僕の理不尽に振り回されてきた一番の被害者は、きっとコイツだ。それなのに隅田だけが僕を甘やかさずに「綿谷侑」として僕を見てくれた。「ワガママオヒメサマ」なんて恥ずかしいあだ名までつけてからかってくるくせに、僕が怪しいおじさんに絡まれていたときに迷わず助けてくれる。絶対に本人には言わないけど、その姿は誰よりもかっこいいヒーローみたいだった。
間宮くんという神にも近しい存在の前では僕なんて可愛さの欠片もない、ただの一般人。そんな彼の前で「ワガママオヒメサマ」なんて言われたらたまったもんじゃない。黒歴史すぎる。無表情でスタスタと歩き出した僕の後を、隅田はひとつため息を吐き出して追いかけてきた。
◇◇
「で、教室のは何だったわけ?」
「…………」
「おーい、聞こえてんだろ! 風のせいにしようとすんな!」
学校前の坂道を自転車で駆け下りていく。後ろを走る隅田が呼びかけてくるけれど、大声で間宮くんのことを話すわけにはいかないから聞こえていないふりをしようとしても隅田にはすべてお見通し。察してスルーしろよ、と思っても、残念ながら隅田にそんな配慮ができるはずがない。
「侑! いい加減答えろよ!」
「うるさーい! 間宮くんが! いたからだー!」
「まみや?」
しつこい隅田に耐えかねて大声で叫び返す僕の隣を、一台のバスが追い抜いていく。叫んだ反動で息を切らしながらチラリとそちらを見れば、最後方の席に間宮くんが座っていた。
「あ……、」
終わったんだ、僕。
聞こえた? 聞こえたよね?
サァッと血の気が引いて、ドッドッと心臓がうるさく主張する。後ろで隅田が何かを言っているけれど、僕の耳はとっくに受付終了している。
思考は停止しているのに、ぐるぐると自転車の車輪は回り続ける。あっという間に追い抜いていったバスの後ろ姿。リアガラス越しに、僕らを振り返ってにっこりと笑いながら手を振る間宮くんと、そんな彼とこちらを交互に見比べる夏川くんが見えて、遂に心臓が止まった。
「あ、噂をすれば間宮と夏川じゃん。ばいばーい!」
能天気に手を振り返す隅田が、前を走っていた僕に追いつき、追い越していく。下り坂の終着点の少し先、あんなに忙しなく動いていた車輪はゆっくりと動きを止めた。



