誰にも内緒の観察日記


 ◇◇

 いざ始まってしまえばなんともつまらない、入学式という堅苦しい空間。身動きするとパイプ椅子が音を立てるから、じいっと姿勢よく座ってないといけないのも疲れる。早く終わらないかなと、ぼーっと自分の爪を見ていたときだった。

 「新入生代表、間宮颯斗(まみやはやと)
 「はい!」

 名前を呼ばれて、爽やかに返事をした二列前の男子がすっと立ち上がる。

 あ、僕の代のトップだ。新入生代表に選ばれるほど、頭がいいのか。すごいなぁ。僕なんて、入学するのがやっとだっていうのに。

 壇上に上がった長身を見て、少し自分が恥ずかしくなった。お母さんが張り切ったせいで少し袖の余ったブレザーを着ている僕とは違う。スラリとしたスタイルも、整えられた髪型も、同い年とは思えないほど大人っぽく見えた。

 間宮くん、間宮颯斗くん……。
 彼が挨拶を述べている間、ずっと頭の中で繰り返し呼んでいた。あんなに退屈していたのに、一気に目が覚めたみたい。

 校長先生の長い式辞を聞いていた態度とは正反対。前のめりになって間宮くんのことを見つめていたら、一瞬バチッと目が合ったような気がしたけれど、僕は一番最後の列だったから気のせいに決まっている。自意識過剰。この周辺の人全員そう思ってるんだから、推しにファンサもらったって勘違いすんな。

 僕だったらぶるぶる震えて、噛み噛みになっていたに違いない挨拶を立派にやり遂げた間宮くん。今日一番と言っていいほど盛大な拍手を贈られた彼は、少し照れたような表情で壇上から降りていった。その表情があまりにもかわいくて、顔の造形が抜群にかっこいいのにかわいい一面も持ってるなんてずるいぞと荒ぶる心で叫んでしまいそうだった。

 その後もずっと、二列前の席に座る彼に釘付けだった。目からビームを出せたなら、間宮くんの背中に大きな穴が空いていただろう。

 そっか、でもこれから少なくとも一年間は同じクラスで間宮くんのことを観察できるんだ。毎日がハッピーで包まれる。ウキウキで廊下を歩く僕を隅田は気持ち悪そうに見ていた。失礼な奴だ。

 間宮くんというあまりにも大きな出会い。
 一目惚れ? どちらかというと、そう。
 だけど決して、恋ではない。ただの推し。

 間宮くんは理想だ。爽やかで、かっこよくて。だけどちょっと隙があるというか、かわいい一面も持ち合わせていて、そういうところも含めて完璧だ。

 アイドルを推している友だちに対して、どうしてそんな熱量をもって応援できるんだろうと思っていたけれど、今ならその気持ちがわかる。

 お近づきになりたいわけではなく、ただ視界に入れていたい。見ているだけで幸せな気持ちになれるから、その一挙一動を見守っていたい。

 そんなことを考えながら歩いていたら、たまたま前を歩いていた間宮くんが視界に飛び込んでくる。間宮くんの隣には、彼に肩を組まれて歩くクール系美人。桜がはらりと舞い落ちる風景も相まって、儚げな雰囲気がよく似合う。間宮くんが建国系イケメンなら、こっちは傾国の美人だ。あまりにもお似合いすぎて、瞬きするのも忘れるほど。

 やっぱり、僕はモブでいい。
 彼らの世界には入り込めない。邪魔をするだけだ。

 あー、でもそっか、一年間同じクラスなんだ。
 推しと同じ空間で過ごすなんて、やっていけるのか、僕。

 さっきまでウキウキしていたのに、現実を見た途端緊張が走る。何度も深呼吸をしてから入った教室。間宮くんの周辺には既に人だかりができていた。みんな新入生代表を務めた彼と仲良くなりたいのだろう。

 そうだよね、僕から近づかない限り、間宮くんと仲良くなる未来はこない。同じ教室にいるのに、僕らの間には一線が引かれているように見えて、ほんの少しだけ胸の奥がちくっと痛んだ。