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本日、六時間目の授業はホームルーム。委員会や係をようやく決めるらしい。教卓に立つ担任の山下先生が黒板に書いた委員会の一覧をみんなが真剣に見つめている。入学して一ヶ月も経とうとしているところだ。クラス全体の仲が深まったとは大きな声ではまだ言えないけれど、ある程度一緒に過ごす人は決まってきている。どうせ二人一組なら、仲良い人と一緒にやりたいのはみんな同じだ。ひそひそと「どれにする?」と相談する声が聞こえてくる。
そして、それとは別でクラスの女子全員が動向を気にしているのが間宮くんと夏川くん。あわよくば一緒の委員会に入って仲を深めたいと、目をギラギラさせながら虎視眈々とその機会を伺っている。人気者はこういうとき大変だ。
僕は帰宅部だから何でもいいのだけど、目立つものだけは避けたい。うーん……と悩んでいる間に、まずは学級委員に立候補する人がいないか、山下先生が確認する。すぐに二人分の手が上がって「おお!」という歓声と拍手に包まれた。どうやらこのクラスには中学時代に部長を経験していた人が多くいるらしい。リーダーシップのある人がたくさんいるのは頼もしい。学級委員だけは絶対に避けたかったし、くじで決まったらどうしようと不安だったから、ほっと胸を撫で下ろす。
そうして、どんどん立候補で埋まっていく委員会。進学校だから受験を見据えた内申アップのためか、単純にしっかり者が多いのか。隅田はやりたいと言っていた体育委員に決まって嬉しそうにしている。一応誘われたけど、体育の準備運動のときに前に立ってお手本にならないといけないのが嫌で断った。
注目の的の間宮くんと夏川くんは、手を挙げる素振りすら見せない。既に成績優秀なふたりだから、内申のためにわざわざ委員会をやる必要はないのかもしれない。いや、もしくは生徒会に入る気なのかも。僕は勉強面では不安があるし、少しでも内申を稼ぎたいから、一年生のうちに委員会に入っておきたいんだけど……。みんなの手を挙げる勢いがすごくて、気圧されてしまう。特にこれがやりたいっていう希望やみんなのような熱意はないのだから、誰も手を挙げる人がいないものがあったらそれにしようかな。
「次、美化委員やりたい人」
「…………」
「……はい」
山下先生が言って数秒、さっきまでの勢いが嘘のように手を挙げる人が誰もいなくなる。美化委員なら掃除や花壇の整備のお手伝いだけだし、それなら黙々と作業できそう。恐る恐る手を挙げれば、すぐに山下先生が見つけて「お!」と嬉しそうな声を上げる。ここまで全て立候補で決まっているから、どうせなら最後までくじ無しで決めたいのだろう。
「一人は綿谷で決まりかな。あともう一人……」
「先生、俺もやります、美化委員」
「間宮も美化委員ね。よし、じゃあそこふたりに決定」
「えっ」と声が漏れそうになったのを耐えられたのは、自分でも奇跡だと思う。誰もやりたくなさそうな雰囲気が漂っていたから、僕と一緒に担当するのはくじを引いた人だとクラスメイト全員が思っていただろう。
スッと綺麗に伸びた右手。挙げるタイミングを間違えているんじゃないかと目を疑った。「うそ」「間宮くんがやるなら美化委員にしておけばよかった」そんな声で教室内がザワついている。それなのに、僕と同じ美化委員に立候補して騒ぎの原因になっている間宮くんは、決定したことを先生に告げられるとこちらを向いた。
「(よ・ろ・し・く)」
口パクで伝わってきた言葉が分かって、むと唇に力を入れる。湧き上がってきたのは、素直に嬉しいという気持ち。そっか、間宮くんと一緒の委員会なんだ。緊張するけど、一緒に過ごす時間が増えるのはうれしい。気を抜けば、表情筋が緩んでだらしない顔をしてしまいそうだった。
■交換日記 担当:間宮
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わたちゃん、びっくりした?
同じ美化委員としても、改めてこれからよろしくね。
生徒会からも勧誘はされていたんだけど、わたちゃんが手挙げているところを見たら、つられて手挙げちゃった。正直、俺もびっくりだよ。でも後悔はしてないし、わたちゃんと一緒の委員会になれたのはすごく嬉しい!
部活がない日に委員会の予定が入ったときは、一緒に帰ろうよ。あ、もちろんふたりでね。わたちゃんのことだから「心構えできてないので」って逃げ出しそうだけど、それを見越して早めに誘ってるんだから断らないでほしいな。ちゃんと心の準備しておいてね。
P.S.わたちゃんは俺たちが初めて会ったのが入学式だと思ってるんだね。
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「わたちゃん、委員会行こう」
「うん」
委員会が決まって次の日には初回の集まりがあったから、一緒に行こうと誘いに来た間宮くん。よかった、自分からは絶対に誘えないけど、教室を間違えないか不安だったから間宮くんがいてくれるなら安心だ。だけど女子全員が僕のことを羨ましそうに見つめていて、気まずくてしかたなかった。
どこへ行っても注目を集めてしまうのは、人気者の宿命なのか。間宮くんの後をついていくようにして美化委員に割り当てられた教室に入ると、先に集まっていた先輩たちが彼を目にした途端、「マジ!?」「くじ運最悪と思ってたけど当たりじゃん!」と興奮し始める。当の本人は涼しい顔でスルーしていたから、きっとこういう扱いには慣れっこなのだろう。僕なら脱兎のごとく逃げ出している。
「颯斗くん、うちらの隣おいでよ」
「すみません、クラス毎に座った方が先生も分かりやすいと思うので」
「えー、やだもう真面目すぎるって。普段話せないんだからさぁ、こっち来て話そうよ」
「それか、移動したくないならウチらがそっちに行くし」
余っていた席に間宮くんが腰掛けると、先輩女子から声がかかる。間宮くんは丁重に断るものの、先輩たちも簡単には諦めようとせず、終いには椅子から立ち上がろうとする。狙った獲物は逃さない。笑顔を作っているけれど、その目の奥に餌を前にした猛獣と似たものを感じる。どうしよう、間宮くんの隣は空けておいた方がいいのかな。そしたら、僕はどこに座ればいいのだろう。キョロキョロと見回しながら、空気と化している自分の所在に悩む。
話さえ聞ければいいだろうし、空いてる席に行こう。先輩たちと事を荒立てたくはない。さりげなく間宮くんの隣の席の椅子を元に戻そうとすると、それを制止するためにパッと手を握られた。犯人はもちろん間宮くん。戸惑う僕の手を握りしめたまま、間宮くんが凛とした声で話し出す。
「俺にはこの子がいるので……」
「えっ?」
「せっかくお誘いいただいたところ申し訳ないんですけど、わたちゃんの隣がいいんです」
「じゃあ、その子も一緒にこっちに来たらいいよ」
「ね、そっちの子もかわいい顔してるじゃん」
「すみません、俺、こう見えて独占欲が強くて。わたちゃんの隣に俺以外が座ってほしくないんです」
「なっ」
「今、必死に口説き落とそうとしているところなので、邪魔しないでもらってもいいですか?」
あまりにもストレートな物言いに、それを聞いた僕含む全員が赤面する。威勢のよかった先輩たちもコクコクと何度も頷いていて、声すら出せなくなっていた。その様子を見た間宮くんは満足したように微笑んで、僕の手をクイッと引っ張る。
「ほら、わたちゃん。ここ座って」
「……バカ」
「ふふ、かわいい顔が真っ赤だね」
思わず漏れた罵倒の言葉なんて、間宮くんにはノーダメージ。あまりの甘ったるさにもうHPが残っていない。ふらふらと倒れ込むようにして彼の隣の席に腰掛ければ、頬杖をついた間宮くんが更なる追い討ちをかけてきた。
先輩たちが固唾を飲んで、僕らを見守っているのが分かる。これ以上先輩から誘われないように、わざとらしく僕に甘い言葉を囁いてアピールしているのだろう。これは間宮くんの本心じゃない、自惚れるな。自分自身にそう言い聞かせても、なかなか熱も心臓も落ち着かない。翻弄されっぱなしの姿を注目されているのが恥ずかしくて、担当の先生が来るまで僕は机に突っ伏していた。
◇◇
「ごめんね」
「……間宮くんは別に悪いことはしてないから」
「わたちゃんを巻き込んだのは俺だから。だから、ごめん」
委員会を終えて、今から部活に向かうという間宮くんと一緒に下駄箱へ向かっていると、不意に謝罪の言葉が耳に届く。元はと言えば間宮くんだって先輩たちに絡まれた側なわけで、何にも悪いことはしていないのに。たまたま僕が同じクラスの美化委員だっただけで、波風立てずに解決するために名前を使われたことなんてどうってことない。チクチクと胸が痛むのは、きっと他に理由があるはず。
「全然気にしてないから平気。人気者は大変だね」 「……ちょっとぐらい気にしてよ」
「え……?」
「俺のこと、そういう目では見れない?」
「…………」
そういう目っていうのは、えっと、つまり、その……。心臓がバクバクと大騒ぎしている。自惚れてもいいのだろうか。僕の思っている通りだと、受け取っていいのだろうか。
「ずっとわたちゃんを困らせてるっていうのは分かってる。でも、これに関しては謝らない」
「…………」
「ちゃんと本気だから。わたちゃんにも真剣に考えてほしい」
いつになく真剣な瞳でそう言った間宮くんは、黙り込んだまま何も言葉を返せない僕を見て表情を緩ませる。今まで目を逸らしてばかりで、頑なに見ないようにしてきた。自分はモブだと言い訳ばかりして、まともに取り合おうとしてこなかった。明確な言葉は言われていないのに、彼の瞳から、声から、表情から僕を好きだと伝わってくる。
心がどうしようもなく震えて、間宮くんに応えたいのに、何も言葉が出てこない。信じたい気持ちと、信じられない気持ちではんぶんこしている。だって、ずっと「推し」だって言い聞かせていたから。恋愛対象になるなんて、一度も考えたことがなかったから。まだ出会って一ヶ月、お互いのこともよく知らないのにその気持ちは本当に好きって言えるの? あまりに急展開すぎて、言葉がまとまらない。
すると、パニックになっている僕を見かねて、優しく頭を撫でた間宮くんが「気をつけて帰るんだよ」と言い残して去っていく。呼び止めようとした右手が不自然に宙に浮いて、僕は何にも絵にならない男だと自嘲した。
その日の晩、僕はベッドに寝転びながら交換日記を読んだ。最後に付け加えられた一文に疑問を抱いたものの、間宮くんに初めて出会ったのは入学式で間違いない。あんなにかっこいい人、一度見たら忘れられないもん。だけど、その認識がもし違ったら……。胸の奥がモヤモヤしていて、その日は交換日記を書けなかった。



