この学校では笑顔が絶えません


朝日ヶ森中学校、校長先生との会話

――この度は取材を快諾いただきましてありがとうございます。

校長「いえいえ、こちらこそ。A先生の御学友と伺っております。すると、K大学出身ということですか?」
――はい。Aとは一緒に日本文学を学びました。

校長「そうなんですね。あ、どうぞ遠慮せずおかけください」
――ありがとうございます。では、失礼いたします。

校長「あいにく、今A先生は授業中でして。本来ならば一緒にご挨拶するところを、不調法で申し訳ございません」
――いえ、こちらが無理を言って取材させていただいているので。むしろお邪魔ではないですか?

校長「とんでもない。朝日ヶ森の取材をしていただけるなんて、光栄です。野月さんは小説家でいらっしゃるんですよね。では、今回の取材は、作品制作の一環という形でしょうか」
――ええ。次の小説では、リアルな学生の姿を描きたいと考えております。決して学校生活の邪魔をしないとお約束しますので、学生さんや、先生方にお話をお伺いすることは可能でしょうか?

校長「もちろんですよ。もしよければ、生徒たちにお仕事のこともぜひお話ししてやってください。学生の中には小説家になりたいという子もおりますし。プロの方にお話を聞ける機会などなかなかありませんからね。いい刺激になると思います」
――ありがとうございます。それにしても、とても素敵な学校ですね。校舎も新しいですし、すごくモダンな印象を受けます。

校長「はい。少し前に校舎を立てなおしたんです。あ、こちら、ウチの学校のパンフレットです。よろしければ」
――ありがとうございます。すごい。制服もオシャレですね。性別関係なくスカートやスラックスを選べるのは助かる子も多いんじゃないでしょうか。

校長「ええ。今は性別云々関係ない世の中ですから。みながみな、笑顔で、あんしんしてすごせる学生生活を送れるようにするのが学校側の務めだと思っております」
――ご立派ですね。

校長「とんでもない。当たり前のことですよ」
――取材にあたって、校内の写真を撮影してもよろしいですか? 個人利用の範囲にとどめますし、個人情報の取り扱いには十分注意いたしますので。

校長「はい、問題ございません」
――では、授業が終わりましたらさっそく撮影させてください。

校長「はい。ぜひこの学校の素晴らしさを、小説に活かしていただければと思います。作品のモデルにしていただいても大丈夫ですよ」
――それは助かります! ありがとうございます。

校長「いえいえ。授業が終わるまで今しばらくかかりますので、ぜひパンフレットなどを読みながらお待ちいただければ幸いです」



パンフレット
朝日ヶ森中学校 校訓
『いつも笑顔ですごしましょう』

朝日ヶ森中等学校:校則十か条
一、笑顔を忘れずに、毎日を明るくすごしましょう。
二、人に優しく、思いやりをもって笑顔で行動しましょう。
三、心をこめて学び、仲間とともに笑顔で成長しましょう。
四、先立って行動し、行事やイベントに笑顔で積極的に参加しましょう。
五、毎日のあいさつを元気よく、笑顔で行いましょう。
六、人間関係を大切にし、縁に感謝して笑ってすごしましょう。
七、様々な困難にも前向きに笑顔で立ち向かいましょう。
八、最後まで笑って努力をつづけ、夢をかなえましょう。
九、元気に笑顔で体を鍛え、心も健やかに育てましょう。
十、喜びと感謝の心をもって、笑顔で学校生活を送りましょう。
校章
朝日ヶ森中学校の校章については、
本校の卒業生でデザイナーとして活躍中のMAMORUさんのデザインを採用しました。
朝日ヶ森中学校から見える森、その森から昇る朝日をイメージし、
本校の校訓〝いつも笑顔ですごしましょう〟を象徴するような明るく伸びやかな意匠となっています。
円形の外郭は『調和』を意味し、中央に描かれた朝日は『希望と未来』、
緑の葉は『成長と友情』を表し、仲間とともに明るく笑顔で未来を切り拓く姿勢を示しています。
MAMORUさんは「母校で培った〝笑顔の力〟を形にしたかった」と語っており、
本校生徒のみならず、地域の方々からも「親しみやすく、笑顔になれる」と高く評価されています。


校歌
校歌は二〇〇一年、創立一〇〇周年記念の際に、
本校に在学している学生たちと共に既存の校歌を再考し、新たに作り上げたものです。
朝日ヶ森の伝統を踏襲し、かつ新しい風を呼び込むような、爽やかな歌に仕上がりました。
作曲は本校卒業生で、株式会社S・missにて代表取締役を兼任しているサウンドディレクター、
崎原かず信さんに担当していただきました。

笑顔開いて 朝日にむかう
瞳輝き 友とすすむ
心を合わせて 夢を描き
更なる未来 ともに築かん

毎日の学び 光に満ちて
賑わう学び舎に 声はひびき
桜の花も 笑顔にゆれて
里山に響く 希望の歌よ
元気な声を 空に届けて
喜び溢るる 朝日ヶ森よ

制服
制服は、本校卒業生でアパレルデザイナーとして活躍中の賀(が)王(おう)さつきさんによるデザインを採用しています。
白を基調とした明るく清潔感のある色合いは、「未来へと続く清らかな学びの場」をイメージしたものであり、
シンプルでありながら清潔な印象を与えます。
男女の区別なく、スカート・スラックスを自由に選択できる仕様とし、
個性と多様性を尊重したスタイルを実現しました。そのモダンでスタイリッシュなデザインは、
校内外から「清らかで凛とした姿が印象的、好感が持てる」と高い評価をいただいています。


校長先生は柔らかな笑顔が印象的な初老の紳士だった。
学校の先生というだけで少し緊張していたが、歓迎の気持ちが伝わってきて、ほっとする。
すれ違った先生方も、生徒たちも、みな穏やかで楽しそうな笑顔を浮かべていた。
明らかに部外者である自分にも、にこやかに会釈をしてくれる姿は非常に好感が持てる。
学校は関係者以外を拒むと思い込んでいたが、偏見だったのだと自分を恥じた。
きっと環境がいいのだろう。校内のどこにも荒(すさ)んだ印象は受けなかった。
清らかで、明るくて、楽しい雰囲気が伝わってくる、そんな学校だ。

パンフレットによると、校章や校歌、制服はどれも卒業生が関わっているようだった。
ためしにネットで調べてみると、どの人もみなその界隈では有名らしい。
ふと自分を省みた。卒業した学校、ましてや中学校への貢献なんてつゆほども考えていない自分がいる。
決して嫌な思い出があるわけではないが、積極的につながろうとしていないことは事実である。

朝日ヶ森中学校の卒業生は愛校心が強い人が多いのだろうか。
卒業生がこれほどまでに学校の根幹に携わっている事例はめずらしいことのように思える。
それだけ、この学校にいい思い出があるという証左であろう。

私はパンフレットの『沿革』のページを見た。
校舎も一新し、一見真新しい学校に見えるが、もともとは歴史の古い学校であることはそこにも記載されていた。
「創立百年以上とは、すごいですね」
私の言葉に、向かいの椅子に腰を下ろしてにこやかに笑顔を浮かべていた校長先生はさらに相好を崩した。
「歴史だけはある学校なんですよ。創立してからちょうど百二十七年ですね」
頭の中で計算するのは諦めた。歴史には疎い。
校長先生に断ってスマートフォンで検索をかけると、なんと明治時代である。
第一次世界大戦よりも前から存在しているのだから恐れ入った。

「沿革上はそうなっていますが、実際は、もっと昔から学び舎として創立していたと聞いています。
なんでも、この朝日ヶ森近辺に住む人たちが有志で集まり、
子どもたちや字が読めない者向けに寺子屋のようなことを始めたのがきっかけなのだと」

「そうなんですね」

思わず私も笑顔になった。
歴史があるというのは素晴らしい。それだけ地域の人に愛されている学校なのだろう。

頭の中で瞬時に考える。
由緒ある学校でのボーイミーツガールは、青春小説の舞台としてぴったりだ。
長い歴史があるということは、物語が入り込む余地があるということである。

そうだ、昨今の流行りの〝少し不思議〟な要素を盛り込むのはどうだろう。
特定の場所で告白するとうまく行くジンクスを軸にするのもいいし、
近くに景色のいい丘などを用意しておまじないをさせてみてもいい。
学校を見守っているという設定の土地の神などを交えて、神秘的な話にもできそうだ……。
校長先生からモデルにしてもいいとのお言葉をいただいていることもあるし、
と取材への期待と熱意が高まった、そのときである。

窓の外から、なにやら騒がしい声が聞こえてきた。
緊急性の高い声ではなく、どちらかというと、綱引きをしているときや、
リレー選手を応援しているときに発するような元気いっぱいなかけ声だ。
体育祭でも近いのだろうか、いっせいに声を合わせてなにかを叫んでいる生徒の声が微笑ましい。
自分の若い頃を思い出し、身を乗り出して窓の外を覗き見て――ぎょっとした。

先生と生徒が一人の生徒を取り囲んでいる。取り囲まれている生徒は泣いているように見える。

「笑顔! 笑顔! にっこり笑って!」

まるで酒を覚えたばかりの大学生グループが居酒屋でかけるコールのように、
全員が手を打ち、満面の笑みで〝笑顔コール〟をしていた。

「いいですねえ、青春ですねえ」

発言の意図がわからず、まじまじと校長先生の顔を見つめてしまった。
目の前で同じように窓の外を眺めていた校長先生が、目を細めて笑っている。

「あんしんしてください。すぐに笑顔になりますよ」

その言葉が聞こえたかのように、取り囲まれて泣いていた生徒が笑顔を見せた。

すると、拍手喝采。周囲の……おそらくクラスメイトたちが爆発的な喜びを見せ、
友だちらしき子たちがその生徒に飛びついて満面の笑みを浮かべている。

綺麗な光景だ。確かに青春映画の一幕のような風景だった。

しかし、まっさらな紙に一滴の墨が滲むような、なんともいえない苦い思いが私の胸中に広がっていく。
この胸中のモヤモヤをどのように表現したらいいものか、しばし迷う。

軽い疲労を覚えた。若い子たちのエネルギーにやられてしまったのだろうか、と、自らの衰えを感じ苦笑する。
生徒たちへのインタビューは明日へ回すことにして、結局その日は何枚か教室の写真を撮影し、帰宅した。