無能の歌姫は氷の軍神の愛を受ける

神と巫女に守られし古の都、帝都。
棚邑羽美はその地に巫女の一族の長女として双子の妹の妃都美と共に生まれてきた。
帝都に張られている結界の力を強め管理する巫女の一族は必ず異能を持って生まれてくると言われていた。その証拠が妃都美の巫女が持つ治癒の異能だった。
だが、肝心の羽美は異能を持たずに生まれてきた。
両親達は何も持たない羽美のことを無能と呼び蔑み家族と認めなかった。娘としてではなく使用人として彼女をこき使った。
反対に妃都美は異能のことは勿論、可愛らしい顔を持って生まれてきたことからとても溺愛されて育てられてきた。
妃都美の我儘ならなんでも聞き、悪いことをしても叱らず羽美にすべて罪をなすりつけ彼女を傷つけてきた。
そんな両親に育てられた妃都美がまともに育つわけがなく、無能の姉を見下し彼女が苦しむ姿を見るのが楽しみだった。
当然、妃都美も羽美のことを自分の双子の姉とは認識しておらず、身の回りのことを全てやってくれる憂さ晴らしの道具としか見ていなかった
羽美が蔑まされている理由はもう一つあった。
それは彼女の歌声が妖を呼び寄せてしまうからだった。
羽美が気晴らしに歌を歌っていると何処からか子供の妖が彼女の元に集まってきたのだ。
その様子を見ていた使用人の一人が"あの子供は魔を呼び寄せる不吉な歌声を持っている"と騒ぎ立てたことで皆が恐怖し羽美はどんどん孤立していった。
けれど、羽美には他の人には見えないお友達がいた。
その友達とは神に仕える精霊達だ。彼等は巫女の異能を持った妃都美ではなく羽美の前にしか現れなかった。
精霊達は孤独な羽美の心を癒し、いつでもそばに寄り添ってくれた。

「君のその歌声は不吉なものじゃないよ。もう少ししたら分かるよ」

妖を呼び寄せる歌声だと言われ続けているのを精霊達は否定する。
その意味を羽美が知るのに時間はかからなかった。
ある晩の夜にみた不思議な夢。
精霊達に"氷神の血を引く男の子がこのままでは死んでしまう。羽美の歌でしか助けられない"とある少年の元へと導かれた不思議な夢だった。
苦しむ少年に歌を歌うと忽ち彼は元気になり精霊達も喜んでいた。
初めて人の役になった出来事だった。たとえ夢の中だとしてもずっと無能と言われてきた羽美にとっては忘れられない夢となった。
そして、その少年のこともとても気になっていた。
一度会ってみたいと思ってはいたが、今の羽美が置かれている状態ではとても叶わなかった。
幼い彼女が一人で住んでいる屋敷の外に出てゆく気力と、実行した後の家族からの仕打ちを考えると現実的ではない。

(もしかしたら、もう私のことなんか忘れてるのかもしれない)

夢から覚めたら全て忘れてしまっているのかもしれないと羽美は少年に会うことを諦めてしまったのだ。
けれど、それから数年経っても彼女の心からあの夢の中の少年のことが頭から離れることはなかった。

(もし、覚えていてくれたらもう一度会いたい。その時は今度こそ彼の名前を聞こう)

少年の名前を聞く前に目覚めてしまったことでまだ彼の名を知らなかった。
両親が仕事だからと叩き起こさなければしっかり聞くことができた少年の名を羽美は知りたかった。
だが、鏡に映る自分は妃都美のような可愛らしい顔でもなければ、綺麗な着物も着ていない。手もボロボロで幻滅されてしまうかもしれない。
こんな見窄らしい女ではなく、きっと美しい妃都美が自分を救ってくれたのだと勘違いするのだと。
そう思うと少年に会うのが怖くなってしまった。
精霊達は羽美の心を見透かしたように説いた。

「あの子は見た目で決めるような人間じゃないよ。そんな人だったらあの子のお父さんに大目玉喰らうよ」

だから大丈夫だよと精霊達は羽美を慰めた。