人と妖、そして、神の繋がりが強く、神の力と巫女の祈りで守られている神秘の地である帝都。
華族最上位である公爵の爵位を授けられた五つの名家と、帝都に張られている結界を管理する巫女の一族によって平和が保たれていた。
五つの名家のうちの一つ久世家は神界の守り神の一人である氷神の血を継ぐ一族であることから、他の公爵家よりも強い霊力と氷神から授かった異能を持ち、悪しき妖魔から帝都に住む人々を守り続けていた。
久世家は武力だけが取り柄ではない。政治や経済等さまざま分野に影響を及ぼす程の高い能力を持ち、彼らの鶴の一声で全てが変わってしまう程の強い地位を有していた。
だが、彼等の存在を快く思わない者や霊力と異能を奪おうとする者は当然いる。その魔の手は幼子に容赦なく忍び寄った。
久世家の長男で次期当主候補の一人である珀乃に危害を加えたのだ。
悪しき者は久世家の使用人として珀乃に近付き毒を使って殺そうとしたのだ。
毒に侵された珀乃は苦しみもがきながら生死を彷徨った。
逃げ出した犯人は捕まる寸前で自害してしまった。それが更に事態を悪化させた。
犯人の死によって珀乃を救う手立てを失い久世家に暗い影を落とした。
「珀乃は…珀乃はどうなってしまうの…?!このままでは珀乃が死んでしまうわ…!!!」
珀乃の母・朱音は床に臥し死にゆく息子をただ見守ることしかできないことに嘆いた。周りの人間や妖達も悲しげな様子で苦しむ珀乃を世話をするしかなかった。
他の親族達も諦め気味の様子で次の当主の継承は生まれたばかりの珀乃の弟の晶になるかもしれないと話が持ち上がってきた。
絶望が渦巻く最中、珀乃の父・仁だけは違った。
仁は自分の身体に流れる氷神の血にまつわる言い伝えに希望を寄せていた。
それは、命の危機に瀕した氷神の血を継ぐ者にしか見ることができない不思議な夢にあった。
その夢を見た者はどんなに酷い怪我が大病で生死を彷徨っていたにもかかわらず、夢の中で出会った乙女の歌声を聞いたことで元の元気な姿に戻ることができたというのだ。
その乙女は"氷神の歌姫"と呼ばれていた。
だが、幾ら珀乃が氷神の血を引いているとはいえ必ず出てくるとは限らない。尚且つ、言い伝えが本当かどうかも分からない。
けれど、解決策がない以上、藁にもすがる思いで言い伝えに賭けるしかなかった。
(死にたくない…こわいよ…助けて…)
その間も珀乃は苦しみ続け、もうすぐ死ぬことをとても怖がっていた。死への恐怖は刻一刻と増していった。
あまりの苦しさに意識を手放してしまった珀乃は、夢の世界へと落ちていった。その先にあるのが死だとしても今の彼には苦しみをほんの少しだけ和らげるものに変わりはなかった。
だが、現実は苦しみは和らぐことはない死にとても近い夢の中。異様に寒く、暗闇が広がる。
夢の中だというのに身体を動かすことができない。
絶望と悲しみの狭間で
外の世界では両親達が愛する息子を助けようと奮闘している。
けれど、愛する人達のその思いも虚しくゆっくりと珀乃の命の灯火を消えようとしていた。
その時だった。
珀乃の元に数匹の桜色の光の蝶が桜の花びらと共に舞ってきたのだ。
驚いた珀乃はゆっくりと目を開けると、目に飛び込んできたのは可愛らしい少女の姿。
少女は珀乃に近付き、珀乃の手を優しく握った。
「あなたが珀乃くん?精霊さん達があなたを助けて欲しいから私をここに連れて来てくれたの」
「せい…れい…?」
「うん。私、異能は持ってないけど精霊さん達が見えてお話ができるの。氷の神様の血を持った男の子を死なせてはいけないって言ってたから…」
精霊が見えるのは五つの名家の血筋の者と、巫女の血を引く一族にしか見えないはずだった。
この目の前の少女は当たり前の様に話していた。
「精霊さん達が私の歌で貴方の身体を癒すことができるって教えてくれたの。私、無能だから少し自信ないけど…でも、絶対に貴方を助けるから!!」
少女はゆっくり目を瞑り、苦しむ珀乃の為に歌を歌い始めた。とても優しくて美しい子守唄の様な静かな歌声だった。
鈴の様な歌声に珀乃はどこか安らぎを感じていた。
その時だった。珀乃の身体が優しい桜色の光に包まれてゆき、ゆっくりと苦しみと痛みが和らいでいったのだ。
精霊達は歌声に反応する様に光に包まれる珀乃と少女の周りを舞っていた。
少女が歌を歌い終えた頃にはもう身体から毒素がなくなり苦痛に感じることはなかった。
遂に珀乃は死を跳ね除け元の健康な身体を取り戻したのだ。不思議な少女と彼女が歌う歌、そして精霊達によって救われたのだ。
珀乃は起き上がり少女をぎゅっと抱きしめた。
「きゃ!」
「っ…!!ありがとう…!!助けてくれて本当にありがとう…!!!」
突然抱きつかれとても驚いた少女だったが、珀乃の心の底からの感謝の言葉を聞き少女は微笑み彼の頭をそっと優しく撫でた。
「よかったね。早く起きてお父様達に元気になった姿を見せてあげて」
「うん…!!そうするよ!!あ、まって、目が覚める前に教えて。君の名前を!!」
「私の名前?」
「ああ!!起きたら必ず君を探す!!!お礼がしたいんだ!!死にそうになっていた僕を助けてくれた君に…!!」
少女は少し考えたものの、周りを飛び回る精霊の一人が彼女に耳打ちをされて促される様に名前を呟いた。
「羽美。棚邑羽美。それが私の名前」
「……羽美…か…素敵に名前だね。俺は…」
珀乃が自分の名前を羽美に教えようとした途端、目の前が真っ白になったと思うと目に飛び込んできたのは両親の顔だった。
「珀乃!!!!」
「え…?父上?母上?」
「目が覚めたのね…!!ああ…!!良かった…!!神様…!!!」
「はい。俺はもう大丈夫です。ごめんなさい。心配をかけちゃって」
「謝る必要はない。愛する息子を心配するのは親として当然だろう」
「……はい」
両親と使用人達は目を覚ました珀乃を見て皆感激した。奇跡が起きたのだと大騒ぎになった。
その合間、珀乃の頭の中は羽美という少女と彼女の歌声が離れなかった。
今は何でも探しに行きたい。けれど、今の弱い自分のままでは羽美に会いに行ける資格があるのか思い悩んだ。
恩返しだけでは収まらない感情が芽生え始めていた。
落ち着いた頃、珀乃は久世家の当主である仁に夢のことを話すことにした。
羽美という少女のこと、彼女にも精霊が見えていたこと、そして自分を治してくれた歌のことを全て話した。
仁は驚きつつもあの言い伝えが本当のことだったと確信し氷神の歌姫の話を珀乃に伝えた。
そして、その歌姫が精霊に導かれて夢の中に出てきた意味を話し始めた。
「精霊は無闇矢鱈にその子をお前の夢の中に連れてきたわけではない。しっかり意味を持ってお前の前に現れたのだ」
「意味…?」
「我々に氷神の血がそうさせたと言っておこうか。その少女はお前の将来の伴侶。運命の番であるのだ。そして、この帝都を守る巫女に選ばれし歌姫」
「俺の…運命の番…」
「運命の番となった氷神の歌姫が奏でる歌は、氷神の力を高め、帝都に張られている結界の力をさらに強くする。それ故に彼女を狙う輩も増えるだろう」
つまり、今は羽美に会うべきではない。その時が来るまでに強くなれと仁は珀乃の諭した。
父の言う通りだと改めてそのことを思い知る。
もう弱音は吐かない。どんな悪意も払い除け父や先代達の様な軍神になる。そく決意を固め強くなると珀乃は心に決めた。
「俺、羽美に会いたいです。お礼がしたい。だからもっと強くなりたい。彼女を守り抜く程の強さが欲しい!!」
「その言葉を待っていた。時期久世家当主になるお前にならきっとやり遂げられる。神や精霊達も見守ってくださるだろう」
「はい!!」
「修行は厳しい。幾ら親子といえど手加減しない。覚えておけ」
それからは珀乃は必死に修行に励んだ。どんなに辛い事があっても挫けず必死にしがみ続けた。
ただ、自分の運命の番である羽美という少女に会う為に珀乃は力をつけていった。
それから十数年経った。
珀乃は軍に入り、その高い能力を買われ妖魔討伐特殊部隊の隊長としてどんな激しい戦いもかならず勝利に導いていた。部下や同僚達にも慕われ、一目置かれる存在となっていた。
そして、久世家の現当主になり家を守り続けている。
弟の晶も副隊長として彼の右腕として活躍していた。
「そろそろいいんじゃない?羽美さんを迎えにいっても。みつけたんでしょ?」
「ああ。だが、羽美の周りにいる馬鹿共に一泡吹かせてやらんと気が済まん」
「兄上。殺気、殺気。ダダ漏れすぎて部下のみんな怖がってる」
「仕方ないだろう。彼女にしてきたことを考えると殺気が沸いてもおかしくない」
まーねーっと納得した様子の晶をよそに珀乃は表情を変えないまま軍服を着直す。
そして、ずっと心に秘めていた想いを胸に遂に羽美に会う為に動き出すのであった。
華族最上位である公爵の爵位を授けられた五つの名家と、帝都に張られている結界を管理する巫女の一族によって平和が保たれていた。
五つの名家のうちの一つ久世家は神界の守り神の一人である氷神の血を継ぐ一族であることから、他の公爵家よりも強い霊力と氷神から授かった異能を持ち、悪しき妖魔から帝都に住む人々を守り続けていた。
久世家は武力だけが取り柄ではない。政治や経済等さまざま分野に影響を及ぼす程の高い能力を持ち、彼らの鶴の一声で全てが変わってしまう程の強い地位を有していた。
だが、彼等の存在を快く思わない者や霊力と異能を奪おうとする者は当然いる。その魔の手は幼子に容赦なく忍び寄った。
久世家の長男で次期当主候補の一人である珀乃に危害を加えたのだ。
悪しき者は久世家の使用人として珀乃に近付き毒を使って殺そうとしたのだ。
毒に侵された珀乃は苦しみもがきながら生死を彷徨った。
逃げ出した犯人は捕まる寸前で自害してしまった。それが更に事態を悪化させた。
犯人の死によって珀乃を救う手立てを失い久世家に暗い影を落とした。
「珀乃は…珀乃はどうなってしまうの…?!このままでは珀乃が死んでしまうわ…!!!」
珀乃の母・朱音は床に臥し死にゆく息子をただ見守ることしかできないことに嘆いた。周りの人間や妖達も悲しげな様子で苦しむ珀乃を世話をするしかなかった。
他の親族達も諦め気味の様子で次の当主の継承は生まれたばかりの珀乃の弟の晶になるかもしれないと話が持ち上がってきた。
絶望が渦巻く最中、珀乃の父・仁だけは違った。
仁は自分の身体に流れる氷神の血にまつわる言い伝えに希望を寄せていた。
それは、命の危機に瀕した氷神の血を継ぐ者にしか見ることができない不思議な夢にあった。
その夢を見た者はどんなに酷い怪我が大病で生死を彷徨っていたにもかかわらず、夢の中で出会った乙女の歌声を聞いたことで元の元気な姿に戻ることができたというのだ。
その乙女は"氷神の歌姫"と呼ばれていた。
だが、幾ら珀乃が氷神の血を引いているとはいえ必ず出てくるとは限らない。尚且つ、言い伝えが本当かどうかも分からない。
けれど、解決策がない以上、藁にもすがる思いで言い伝えに賭けるしかなかった。
(死にたくない…こわいよ…助けて…)
その間も珀乃は苦しみ続け、もうすぐ死ぬことをとても怖がっていた。死への恐怖は刻一刻と増していった。
あまりの苦しさに意識を手放してしまった珀乃は、夢の世界へと落ちていった。その先にあるのが死だとしても今の彼には苦しみをほんの少しだけ和らげるものに変わりはなかった。
だが、現実は苦しみは和らぐことはない死にとても近い夢の中。異様に寒く、暗闇が広がる。
夢の中だというのに身体を動かすことができない。
絶望と悲しみの狭間で
外の世界では両親達が愛する息子を助けようと奮闘している。
けれど、愛する人達のその思いも虚しくゆっくりと珀乃の命の灯火を消えようとしていた。
その時だった。
珀乃の元に数匹の桜色の光の蝶が桜の花びらと共に舞ってきたのだ。
驚いた珀乃はゆっくりと目を開けると、目に飛び込んできたのは可愛らしい少女の姿。
少女は珀乃に近付き、珀乃の手を優しく握った。
「あなたが珀乃くん?精霊さん達があなたを助けて欲しいから私をここに連れて来てくれたの」
「せい…れい…?」
「うん。私、異能は持ってないけど精霊さん達が見えてお話ができるの。氷の神様の血を持った男の子を死なせてはいけないって言ってたから…」
精霊が見えるのは五つの名家の血筋の者と、巫女の血を引く一族にしか見えないはずだった。
この目の前の少女は当たり前の様に話していた。
「精霊さん達が私の歌で貴方の身体を癒すことができるって教えてくれたの。私、無能だから少し自信ないけど…でも、絶対に貴方を助けるから!!」
少女はゆっくり目を瞑り、苦しむ珀乃の為に歌を歌い始めた。とても優しくて美しい子守唄の様な静かな歌声だった。
鈴の様な歌声に珀乃はどこか安らぎを感じていた。
その時だった。珀乃の身体が優しい桜色の光に包まれてゆき、ゆっくりと苦しみと痛みが和らいでいったのだ。
精霊達は歌声に反応する様に光に包まれる珀乃と少女の周りを舞っていた。
少女が歌を歌い終えた頃にはもう身体から毒素がなくなり苦痛に感じることはなかった。
遂に珀乃は死を跳ね除け元の健康な身体を取り戻したのだ。不思議な少女と彼女が歌う歌、そして精霊達によって救われたのだ。
珀乃は起き上がり少女をぎゅっと抱きしめた。
「きゃ!」
「っ…!!ありがとう…!!助けてくれて本当にありがとう…!!!」
突然抱きつかれとても驚いた少女だったが、珀乃の心の底からの感謝の言葉を聞き少女は微笑み彼の頭をそっと優しく撫でた。
「よかったね。早く起きてお父様達に元気になった姿を見せてあげて」
「うん…!!そうするよ!!あ、まって、目が覚める前に教えて。君の名前を!!」
「私の名前?」
「ああ!!起きたら必ず君を探す!!!お礼がしたいんだ!!死にそうになっていた僕を助けてくれた君に…!!」
少女は少し考えたものの、周りを飛び回る精霊の一人が彼女に耳打ちをされて促される様に名前を呟いた。
「羽美。棚邑羽美。それが私の名前」
「……羽美…か…素敵に名前だね。俺は…」
珀乃が自分の名前を羽美に教えようとした途端、目の前が真っ白になったと思うと目に飛び込んできたのは両親の顔だった。
「珀乃!!!!」
「え…?父上?母上?」
「目が覚めたのね…!!ああ…!!良かった…!!神様…!!!」
「はい。俺はもう大丈夫です。ごめんなさい。心配をかけちゃって」
「謝る必要はない。愛する息子を心配するのは親として当然だろう」
「……はい」
両親と使用人達は目を覚ました珀乃を見て皆感激した。奇跡が起きたのだと大騒ぎになった。
その合間、珀乃の頭の中は羽美という少女と彼女の歌声が離れなかった。
今は何でも探しに行きたい。けれど、今の弱い自分のままでは羽美に会いに行ける資格があるのか思い悩んだ。
恩返しだけでは収まらない感情が芽生え始めていた。
落ち着いた頃、珀乃は久世家の当主である仁に夢のことを話すことにした。
羽美という少女のこと、彼女にも精霊が見えていたこと、そして自分を治してくれた歌のことを全て話した。
仁は驚きつつもあの言い伝えが本当のことだったと確信し氷神の歌姫の話を珀乃に伝えた。
そして、その歌姫が精霊に導かれて夢の中に出てきた意味を話し始めた。
「精霊は無闇矢鱈にその子をお前の夢の中に連れてきたわけではない。しっかり意味を持ってお前の前に現れたのだ」
「意味…?」
「我々に氷神の血がそうさせたと言っておこうか。その少女はお前の将来の伴侶。運命の番であるのだ。そして、この帝都を守る巫女に選ばれし歌姫」
「俺の…運命の番…」
「運命の番となった氷神の歌姫が奏でる歌は、氷神の力を高め、帝都に張られている結界の力をさらに強くする。それ故に彼女を狙う輩も増えるだろう」
つまり、今は羽美に会うべきではない。その時が来るまでに強くなれと仁は珀乃の諭した。
父の言う通りだと改めてそのことを思い知る。
もう弱音は吐かない。どんな悪意も払い除け父や先代達の様な軍神になる。そく決意を固め強くなると珀乃は心に決めた。
「俺、羽美に会いたいです。お礼がしたい。だからもっと強くなりたい。彼女を守り抜く程の強さが欲しい!!」
「その言葉を待っていた。時期久世家当主になるお前にならきっとやり遂げられる。神や精霊達も見守ってくださるだろう」
「はい!!」
「修行は厳しい。幾ら親子といえど手加減しない。覚えておけ」
それからは珀乃は必死に修行に励んだ。どんなに辛い事があっても挫けず必死にしがみ続けた。
ただ、自分の運命の番である羽美という少女に会う為に珀乃は力をつけていった。
それから十数年経った。
珀乃は軍に入り、その高い能力を買われ妖魔討伐特殊部隊の隊長としてどんな激しい戦いもかならず勝利に導いていた。部下や同僚達にも慕われ、一目置かれる存在となっていた。
そして、久世家の現当主になり家を守り続けている。
弟の晶も副隊長として彼の右腕として活躍していた。
「そろそろいいんじゃない?羽美さんを迎えにいっても。みつけたんでしょ?」
「ああ。だが、羽美の周りにいる馬鹿共に一泡吹かせてやらんと気が済まん」
「兄上。殺気、殺気。ダダ漏れすぎて部下のみんな怖がってる」
「仕方ないだろう。彼女にしてきたことを考えると殺気が沸いてもおかしくない」
まーねーっと納得した様子の晶をよそに珀乃は表情を変えないまま軍服を着直す。
そして、ずっと心に秘めていた想いを胸に遂に羽美に会う為に動き出すのであった。



