「そのような噂はこの町でも流れている。本当か?」
「ええ。陛下はあんたの父親に殺されたわ」
やはりレナード公爵か。
「暗殺か?」
「いーえ。レナードは軍を率いて、城を襲撃。それで陛下に帝位の譲渡を迫ったわ」
「くっくっく。バカな男だ。そして、もっとバカな男はそれを拒否し、殺されたか?」
「ええ。父は死に、レナードが皇帝を名乗ったわ」
暗殺で殺しても、次の皇帝はフェリックスになると踏んだ。
ならばフェリックスを先に殺せばいいが、それができずに愚策を取ったか。
「フェリックスは?」
「お兄様は不当な簒奪を表明し、自分が正当な皇帝だと主張したわ。帝都は今、真っ二つに分かれ、争っている」
ここまで想像通りの動きをしていると笑えるな。
「それで逃げてきたわけか?」
「ええ」
ふーん……
「他の皇子や皇女はどうした?」
「ヨナタン兄様は父と共にレナードに殺されたわ」
ああ……皇帝が次の皇帝に指名したかったのはヨナタンか。
「それで?」
「イェルク兄様はそもそも東にいるから何もない。マヌエラ姉様はフェリクス兄様についた。ローゼリンデは……逃げようとしたようだけど、捕まったからどうなったのかはわからない」
ふむふむ……
同じ皇帝の子でも仲が良いということはない。
実は母親が違うのだ。
フェリックスとマヌエラが正妃、ヨナタンとローゼリンデが第二夫人、イェルクが第三夫人、そして、このウルスラとヴィリーが第四夫人の子である。
「ローゼリンデは気の毒だが、嬲られて殺されているな。どうやら陛下は第二夫人に執着していたようだ」
だからフェリックスではなく、ヨナタンなんだ。
「ええ……その通りよ」
やれやれ。
想像以上に暗愚だ。
第二夫人に泣きつかれて、次期皇帝を決めようとしたわけだ。
「お前達はよく逃げられたな?」
「ウチの母親の家は武家の貴族。クーデターをいち早く察知して、帝都を脱出できたわけ。そこからは必死で逃げてきた」
経験しているからわかるが、大変だな。
「なるほど。お前が狂人である私のところに来た理由がよくわかった」
他に選択肢がないのだ。
イェルクは第三夫人の子だし、ザームエルは父寄り。
他の貴族も信用できない。
そうなると、明確に父と敵対している私ということになる。
「私はお前が皇帝を名乗るなら支持をしても良いと思っている」
「私が皇帝? 恐れ多いな」
「戯言を……お前の目には野心しかない。そうじゃなきゃ、領土なんか要求しないし、代官を殺すものか」
ほう?
私が代官を殺したと?
「そんな狂人で野心家のもとに来たのか? 殺されるとは思わなかったのかな? なあ、帝位継承権6位のウルスラ、8位のヴィリー?」
そう聞くと、幼いヴィリーが震え出した。
しかし、そんなヴィリーをウルスラがそっと背中をさする。
「私もヴィリーも帝位継承権を放棄するし、お前を支持する。私はそもそも皇帝の地位なんかに興味がない」
ふーん……
「ミーネ、どうする?」
選択の時だ。
「引き入れようよ」
「何故、そう思う?」
「また主との会話?」
ウルスラが呆れたように聞いてくる。
「ノルベルト、次にこいつらが余計なことを話したら首を刎ねよ」
「はっ!」
ノルベルトが剣の柄を握ると、ウルスラが眉をひそめた。
「お前は黙っておけ。ミーネ」
ウルスラを黙らせ、ミーネを促す。
「ノーレの言う通り、国が分かれそうだけど、こういう時だからこそ、味方を増やすべきだよ」
ミーネはそういう意見か。
このような不穏分子は殺していくに越したことはないんだがな。
「マルセル、お前はどう思う?」
「支持をしてくれるというならば乗るべきです。ヘルミーネ様は聖女であらせられ、かつ、前皇帝の子の支持もあるとあらば、民衆は反対しますまい」
そうかもな。
「お嬢様、発言をよろしいでしょうか?」
ユルゲンが手を上げる。
「よい。話してみい」
「現在、皇帝の地位を巡り、皇族達が争っています。同じ血を通わせた者同士の醜い争いとも言えます。そんな中だからこそお嬢様は逆の方向に行くのです。ここは度量と慈愛の深さを見せるところです。さすれば、民衆も貴族もお嬢様に平伏すると思います」
くっくっく。
まさしく、エレオノーレ・クローネンシュタールとは逆の道だ。
「ノーレ、マルセルさんもユルゲンさんもこう言ってるよ?」
はいはい。
「ウルスラ、ヴィリー、本当に私を支持するか? 私を皇帝と認めるか?」
「ええ」
ウルスラが頷く。
「ふーん……ヴィリーは支持せんか」
「ヴィリー!」
「あ、いえ……支持する」
ほーう?
「皇帝の子ともあろう者が野心を捨てるか……結構、結構。ならば、ヴィリー、私の前で跪け」
「え?」
ヴィリーが首を傾げる。
「聞こえんかったか? 私を皇帝と認めるならお前達は臣下だ。ならば、跪け。それが当たり前だろう」
「ノーレ!」
ミーネが止めてくるが、それを手で制する。
「ウルスラは女子だ。女子は跪かなくてもいい。しかし、男子ならば別」
臣下の礼を取るべきだ。
「まだこの子はそんな年じゃない」
ウルスラが拒否してきた。
「言葉を話し、立って歩けるなら男子だ。剣を取り、戦える」
「狂人の意見は聞いていない!」
「私がお前の意見を聞いていない。臣下の礼を取れ。そうでなければ、まだ帝位に未練があるとしか思えん」
そういうものだ。
「そういう礼を学んでいない子なの!」
「ならば死ね。いらぬわ」
「くっ……!」
「ね、姉様……」
ヴィリーが困惑した表情で不安そうに姉を見る。
どうやら本当に礼を学んでいない子のようだ。
皇帝やこいつらの母親は何をしているんだろうか?
いや、末っ子だし、皇帝から見たら孫にも等しい年齢だ。
相当、甘やかされて育てられているのだろう。
まあ、どう考えてもヴィリーが皇帝になることはないし。
「ヴィリー、ちょっと出ていなさい」
ほう?
「え?」
ヴィリーがよくわかっていない表情で姉を見上げる。
「いいから早く!」
「お前達、ヴィリーはトイレに行きたいようだ。案内してやれ」
そう言うと、皆がヴィリーを連れ、退室した。
この場には私とミーネ、そして、ウルスラだけが残される。
すると、ウルスラが震えながらその場で膝をついた。
「ヘルミーネ様を……皇帝と認めます……!」
姉が弟の代わりに頭を下げた。
上流階級の女がやることではない。
はっきり言えば、娼婦と変わらないと蔑まれる行為だ。
「ノーレ……」
「バカな女だよな? 私が負けたら自分も死ぬというのに」
それなのにこんな屈辱的なことをするか?
私は一地方の領主でしかないのだぞ。
割に合ってない。
「ノーレ!」
「はっはっは。わかっておる。私は負けぬ」
こんな奴ら、殺した方が良いと思うが、仕方があるまい。
実際、ミーネの方が正しいことが多い。
「ウルスラ、ヴィリーをリーベン地方の領主に任じよう。お前は幼いヴィリーを補佐せよ」
「リーベンはザームエルの領地でしょ?」
今はな。
「すぐに私のものになる。ザームエルなど相手にならぬわ」
「そう……」
「安心せい。リーベンも一時的なものだ。いずれはそれ相応の身分を与えよう。しかし、それはお前次第だ」
ヴィリーが裏切らないようにしろよ。
お前に野心がなくとも弟は知らんぞ。
「わかった」
ウルスラが頷き、立ち上がる。
そして、しばらくすると、ヴィリーと共に皆が戻ってきた。
「マルセル、ウルスラとヴィリーを例の屋敷に住まわせてやれ。ノルベルトは警備を忘れるな」
「「はっ!」」
2人が返事をする。
「よし、マルセル、案内してやれ。要望には応えてやれ」
「かしこまりました」
マルセルは一礼をすると、ウルスラ、ヴィリー、ノルベルトと共に出ていった。

