「優しさは……?」
ミーネが首を傾げた。
「優しかったであろう? 慈愛に満ちておった」
「断ったら殺すって聞こえたんだけど……」
気のせいだ。
「マルセル、立て」
「はい」
跪いていたマルセルが立ち上がる。
「帝国は救わねばならぬ。力を貸してくれ」
「もちろんでございます。そこで確認したいのですが、先日の帝都での晩餐会で何があったのでしょう? 情報が錯綜しております」
あの晩餐会自体も混乱の元か。
多くの貴族達はあの場で次の皇帝が決まるんだと思っていたのだろう。
「陛下はまだ次の皇帝を決めかねている。帝位継承権を持つ我らに3年で成果を出せと言ってきた」
「3年……」
やはり年数が気になるか。
「どう思う?」
「陛下はフェリックス様が不満なのでしょうか?」
「そう思えるな」
「となると、ヨナタン様、イェルク様、マヌエラ様、ウルスラ様、ローゼリンデ様、ヴィリー様……」
皇帝の実子達だ。
「女子はなかろう」
「では、ヨナタン様、イェルク様、ヴィリー様ですか……いや、まだ7歳のヴィリー様はないでしょうね」
となると、ヨナタンかイェルク……
「父はどうだ? レナード公爵だ」
「それは一番ないかと……」
皆、そう思うだろうな。
本人以外は。
「どうだ? 荒れそうだろう?」
「荒れると思います。いえ、それだけではなく、レナード公爵が反乱を起こすという言葉がよくわかります。現皇帝もレナード公爵も姉君方を倒し、その地位にいますから」
蹴落とすのが当たり前だ。
「政変が起こるのはそう遠くない。父は私を殺そうとしたし、今のうちに不名誉を処分しておこうと思ったのだ」
「そう思います。本来ならヘルミーネ様は15歳で洗礼を受けるはずです。ならば、それを待てばいい。しかし、そうしないのは5年以内に事を起こすつもりだからでしょう。そして、陛下の3年という言葉を聞き、さらに計画を早めます。1年……いや、フェリックス様、ヨナタン様、イェルク様の動き次第では半年以内もあり得ます」
うんうん。
ちゃんと見えている。
「どう動くべきだ?」
「対話を重視します」
ほう?
「と言うと?」
「北にはザームエル様……いえ、ここはもう敬称は不要でしょうね。北にはザームエル、西にはイェルクがおります。この両方を相手にするのは危険です。どちらかと対話し、友誼を結ぶべきかと思います」
ふむ……
「まあ、一択だな」
「イェルクでしょうね。ザームエルはレナード公爵の息子……まず敵と思っていいでしょう。それにザームエルの領地とは昔から鉱山の所有権の揉め事があるのです」
例の鉄が採れる鉱山か。
「北の山の方にあるんだったな?」
「ええ。ほぼ領地の境です」
それは揉めるだろうな。
「わかった。それを頭に入れておこう」
両方と戦っても勝つ自信はあるんだけどな。
「ヘルミーネ様、ホラーツを討ちましょう」
その言葉にディアナとユルゲンが頷く。
ミーネは……
「どう討つ?」
「病死に見せかけた毒殺がよろしいかと……下手に暗殺をすると、ヘルミーネ様の評判が落ちます」
毒殺か。
まあ、私が言うのもなんだが、オーソドックスだ。
「疑われないか?」
「ホラーツは見た目通り、不摂生な生活を送っていますし、医者にもかかっております。まず、民衆は疑いません。それに何よりも、あの男は役人や兵士から嫌われております。領主が聖女と名高いヘルミーネ様に替わられるなら喜んで受け入れますし、疑問を投げかける者はいないでしょう」
ふむ……ユルゲンの調査通りか。
「ミーネ、どう思う?」
「毒殺は嫌な思い出しかないね」
だろうな。
「奴を排除せねば何もできんぞ?」
「ヘルミーネ様、少しよろしいでしょうか?」
ミーネと話しているのにマルセルが入ってきた。
「天使と相談中だ」
「まだ話していないことがあります」
ほう?
「言うてみい」
「ホラーツはヘルミーネ様と婚姻関係を結ぶつもりです」
「知っておる。最初に会った時からわかった。女は何才だろうと男のそういう目はわかるものだ」
ましてや私は何十年も生きている。
「素晴らしき慧眼だと思います。ただ、言葉にするのは憚れますが、これだけは言っておきます。ホラーツは本気ですし、婚姻関係となればすぐに手を出してきます」
んー?
「私は主に仕えし者だぞ。それにまだ10歳だ」
「どうとでもなりますし、ホラーツはそういう男です」
うーむ……
「10歳ぞ?」
「そういう男です」
ほー……
「え? 10歳だよ?」
何言ってんの?
「お嬢様、そういう者もおります」
「残念ながらおります」
へー……
「ミーネ、だってさ」
すごく嫌そうな顔をしているミーネに聞いてみる。
「ちょっと……」
「今思えば、嫌悪感を覚えた理由もわかるな」
「うん……というかさ、それってすでに被害者が……」
おるだろうな。
なんかユルゲンの報告に御付きのメイドに手を出したとか……
「ミーネ、このことに関しては私に任せよ。お前には刺激が強い」
「うん……」
箱入りだし、考えさせたらダメだ。
「マルセル、毒殺の場合、どうする? 例の歓迎会をウチでやるか?」
教会の箱入り娘が思考停止になりそうなので相談をやめ、マルセルに聞く。
「いえ、それではヘルミーネ様が疑われてしまいます。私がホラーツと今後のことで相談をしますのでその際にお茶か何かに毒を入れましょう」
ふむ……
「プロ、意見は?」
ディアナを見る。
「毒は私が用意しましょう。普通の毒を使うと、食器によっては変色しますし、苦みが出ます。また、即効性ではなく、遅効性の毒をワインか何かに仕込むのがよろしいかと……寝酒を飲み、そのまま寝たら死んでいるという感じです」
その毒、ミーネに仕込んだやつじゃないか?
「というわけだ。朝一番に屋敷を訪ね、死後の処理をお前がしろ。そして、早々に病死と決めつけ、調査もせずに終われ。後は私が実権を奪う」
私はそもそもこの地の領主だ。
そして、お飾りであることを民衆は知らない。
代官が死んだだけで終わろう。
もっとも、周りの皇族、貴族共はそう思わないだろうがな。
「かしこまりました。では、早々に動きます。ディアナ殿、毒はいつ?」
「夜までには用意しましょう」
「では、今日中にやってしまいます。ヘルミーネ様が実は前向きとか何とか言って、上機嫌にさせれば自然と酒も進みます」
「それでよい」
前向きって聞いただけで気分が悪くなるがな。
「それでは私はこれで失礼します。ディアナ殿、毒を頼みます」
「わかりました」
マルセルは深々と頭を下げると、部屋から出ていった。

