『閣下、失礼します』
ノックの音が聞こえると、扉が開かれ、腹心のマルセルが部屋に入ってきた。
「どうした?」
「ヘルミーネ様は独自にメイドを雇ったそうです」
そうか……
「私の申し出を受けなかったわけだな?」
「そのようです」
うーむ……まあ、遠慮したのかもしれんな。
いかにも自分の意思がなさそうな気弱い娘だったし。
「せっかく手の者をあの屋敷に入れようと思ったのだがな」
それで情報が手に入るし、邪魔になりそうなあのメイドと執事を排除できるかもしれなかったんだが。
「閣下、ヘルミーネ様を取り込む件なのですが、やはり私は反対です」
前からそう言ってたな。
「何故だ? あの娘は皇族であり、名声も高い」
「それはわかります。しかし、ヘルミーネ様はレナード公爵と敵対しています。なんでも公爵が毒殺しようとしたのですが、それに失敗。ヘルミーネ様は陛下がいる晩餐会で堂々と公爵に毒を盛り返したとのこと。ヘルミーネ様を取り込めば公爵を敵に回しますし、何よりもヘルミーネ様はただの少女ではありません」
その噂は私も聞いている。
「それ、本当か? にわかには信じられんぞ。ヘルミーネは教会の人間だろう。それに昨日、今日と話をしたが、大人しい世間知らずの娘という印象だ」
「私には腹に野心を抱く狼に見えました」
どこが狼だ。
子犬だろ。
「そうは見えん。問題なかろう」
「もし、見た目通りの人間だとしてもレナード公爵を敵に回すことになりますよ」
「それも問題ない。帝都から離れているし、公爵もそこまで暇ではなかろう」
「この地は公爵の子であるザームエルが治める地に面しております」
「代わりにイェルク様が治める地も面しておる。援軍を頼めばよい」
私は陛下よりこの地を任せられている。
そこを攻めるのは反逆だし、イェルク様も援軍を出してくださるだろう。
「閣下、現在の帝国は非常に不安定な情勢です。どうなるかわかりません」
こいつは相変わらず、心配性だな。
仕事はできるし、買っているのだが、そこだけが玉に瑕だ。
「安定しておるではないか。平和そのものだぞ」
「陛下は後継者を決めておりません。このままでは国が分かれます」
「次の皇帝はフェリックス様だ」
皆がそう思っているし、陛下が亡くなれば自然とそうなるでしょう。
「しかし……いえ……」
ったく……
「お前は考えすぎなのだ。それよりもヘルミーネだ。上手く取り入れればならぬ」
「やはり婚姻ですか?」
「それが一番確実だ。ヘルミーネとの間に子ができれば、それが皇族になる。さすがに皇帝にはなれんだろうが、かなり地位まで上れる」
ヘルミーネは聖女認定を受けているし、教会もこちらにつく。
我が家は安泰どころか、陞爵も確実だろう。
「向こうが頷きますかね?」
「そうせざるを得ないように動くのだ。私がいなければ何もできないんだと思わせればいい。せいぜい歓迎しようじゃないか」
来年には適当な理由をつけて、婚姻を持ちかけよう。
それまでにあの娘に選択肢はないということをわからせていけばいい。
「ヘルミーネ様は教会の人間ですが……」
「洗礼を受けられるのは15歳からだ。それまでに片が付く」
あと5年も待てない。
「わかりました」
マルセルが頷く。
「お前、明日、見舞いに行け。それとなく、歓迎会を急かしてこい」
「承知しました。それでは失礼します」
「うむ」
こいつはしゃべらせるとうるさいし、働かせておくのが一番だな。
◆◇◆
「うーん……」
閣下の屋敷をあとにし、家に帰ると、酒を飲みながら考える。
「どう考えても良い方向に行ってない……」
閣下は元々、そんなに野心を持つ方ではなかった。
小悪党程度だったのにヘルミーネ様がこちらに来るということで身の丈に合わない野心を抱かれてしまった。
確かにヘルミーネ様を取り込み、伴侶とすれば皇族との繋がりができるし、教会の覚えも良くなる。
この地はますます発展するし、陞爵できる。
しかし、今の情勢は非常にマズい。
閣下は帝国が荒れそうになっていることをわかってくださらないし、その荒れる原因となっているのがヘルミーネ様を殺そうとしているレナード公爵だということ理解できていない。
「あれは甘い蜜に見せかけた毒だ」
飲んだら閣下は死ぬ。
いや、この地にやってきた時点でもう……
「くっ」
どうする?
このままでは……
「ハァ……」
なんでこんなに悩まないといけないんだ。
私は一役人に過ぎないというのに……
「仕方がないか……」
こうなったら私の予想が外れることを祈るしかない。
閣下とヘルミーネ様が上手くいき、レナード公爵もヘルミーネ様を許すというか、関心がなくなる。
そして、この地はますますの発展を遂げていく。
「うん……悪くない」
非常に良いぞ。
私も生まれ故郷が良くなるのは嬉しい。
それに出世し、親を楽にできる。
良いことづくめではないか。
そう思いながらグラスに口をつけると、すでに空になっていた。
そして、注ごうと思い、瓶を手に取ったが、そちらも空だった。
「ハァ……」
これだけ飲んでようやく楽観視できたのか……いや、無理だな、これは。
この現状を打破するには明日、ヘルミーネ様のところに行った際に殺すこと……
しかし、私にはそれができないし、それをしたら閣下に殺されるだろう。
つまり詰んでいる。
「ええい!」
もうなるようになれだ!

