夜那にあることを尋ねるために選んだ場所は、メンタルクリニックの最寄りのファミレス。
一番近くて手軽に行けるからってのもあるけど、話をするならと夜那の推薦で決まった。
「ここにしよ、周り人少ないし」
何度もここに通ったことがあるらしい夜那が慣れたように席を選んで、僕も倣って座る。
ボックス席にしては少し大きめで、平日の夕方だと言うのに学生の姿一人も見かけない。
しかもファミレスなのに人も少なく、いるのは主婦かおじいさんおばあさんが目立っていた。
「このファミレスいいでしょ〜。ちょっと道が入り組んだ場所にあるから穴場なんだよね、知る人ぞ知るって感じの!」
「ファミレスが目立たなくていいのかよ」
「まー味もそこそこだからあんま人気ないの、ここって。あたしは味にうるさくないからここで充分なんだけどねっ」
そんなの勝手に言っていいのかよ……どんなものかは知らないけどさ。
夜那が味覚音痴な可能性だってあるし、せっかくだし何か頼んで確かめてみるか。
……って、そうじゃないだろ! 楽しく食事しようとしてどうすんだ!
メニューに夢中な夜那の目の前で小さく首を振ってから、僕はさっさと本題に入ることにした。
「なぁ、お前の苗字って何だ」
「あー……交換した時にバレちゃうか、そりゃ。でも遥真いい奴だし特定しなさそうだし、特別に教えてあげる。あたしのフルネームは黒寺夜那、可愛いでしょ」
「……やっぱりか」
分かっていたはずなのに、いざ言われると受け止める自信がない。
あからさまに嫌な顔をした僕を不審そうに見てくる夜那は、ぷくっと頬を膨らませる。
「ねぇ、やっぱりって何? 何がやっぱりなの?」
「いや、こっちの話だから」
「人の名前聞いといてその反応はなくない? あたしの名前に不満でもあるわけ?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあどういうわけ!」
卓上にあるタブレットでの注文を終えてから、ずいっと夜那に逆に問い詰められる。
……僕の中にあるこのもやっている気持ちは夜那には関係ない。だから言う必要もない。
そう決めていたから、頑として口を閉ざしたまま夜那から目を逸らす。
それが気に食わないらしい夜那は、拳を振り上げたかと思うと台パンする直前で思いとどまった。
「もしかして、あたしの苗字が不満なの?」
「な、何で……」
「だって遥真、前に会った時はあたしの名前にそんな反応しなかったじゃん。それにさっきあたしの苗字尋ねてきたし、連絡先交換してから様子変だったから」
よく人を見てるなと率直に感心した。僕なら夜那のような芸当はできない。
ごもっともな指摘をされ、しかも図星で何も言えなくなる。
……はは、本当に遠慮というものを知らない奴だな。誰かさんとそっくりだ。
「黒寺月騎って、知ってるか?」
「え? 知ってるも何も……あたしのお兄ちゃんだし、そりゃあ」
突然何を言い出すんだ?と首を傾げる夜那の言葉に今更驚きはしない。元々予想がついてたことだし。
まぁそりゃそうか、黒寺なんて苗字は滅多に見ないから姉か妹かとは思ってた。
……いや、名前を知らなくても言動だけで兄妹とは思えるか。生き写しかってくらい全部が似すぎて。
まるで、黒寺を見てるようだった。
「……じゃあ、おにぃが“はるまくん”って呼んでたの……遥真のこと、だったの?」
「は……? 何で、夜那がそれ知ってるんだよ」
「だ、だっておにぃ、帰ってくる度にいっつもはるまくんはるまくんって話してくるんだもん。今日は何した〜とか、はるまくんがどうだった〜とか……って」
「……あいつ」
何妹に赤裸々に話してんだ……! 普通そういうのは言わないだろ、身内には!
自分の知らないところで自分の言動が共有されていた事実に寒気がして、黒寺の胸倉を掴みたい衝動に襲われる。
あいつは本当にとんでもない男だ。友達と認めたこと、間違いだった気がしてきた。
「……ごめん遥真、変なこと言っていい?」
「怖いこと言うなよ」
「あ、もしかしたら遥真にとっては怖いことかもしれないけど……遥真って、声系の配信とかしてる?」
「っ……してる、よ」
夜那にはきっと、隠し事はできない。これまでの夜那から発せられた鋭い言葉たちから悟った僕は、黒寺の時とは違いさっさと認めることにした。
二回目の身バレが一回目の妹なのは、だいぶ想定外だけど。
ていうか何で夜那が配信のこと知ってるんだよ。黒寺から教えられたのか?
そうやって疑っていると、夜那は僕の心を読んだのか気まずそうに口を開いた。
「はるしろさん、でしょ? はるしろさんの声ってすごい特徴的だからさ、実はあの夜遥真の声聞いて分かっちゃってたんだ……でも先に、おにぃのほうが遥真に凸ったんだよね? はるしろさんですよね、って」
「……それを知ってる理由は」
「あたしがおにぃに問い詰めたの、その日ははるしろさんの動画を聞いてた時みたいな顔してたから。そしたらあっさり白状してくれたの、『友達がはるしろさんだった』って。おにぃに凸ったらダメって言ったんだけど、その後はずっとはるまくんってうるさかったからもう凸ってないのかなって思ったけど……なんかごめん、うちの兄が」
「はるしろの存在は……黒寺から教えられたのか? それとも――」
「は、はるしろさんのことはおにぃよりあたしが先に知ったの! いい声の人だなって思って、軽い気持ちでおにぃに教えたら……おにぃ、驚いた顔したんだ。だからおにぃ、その時には遥真がはるしろさんだって気付いてたんじゃないかな」
……そういうことかよ。
知りたくても聞けなかったことが全部知れて、テーブルの下で思わず拳を握る。
この声は、特徴的と表現されるのには十分すぎる。夜那は表情からして嘘を言ってるわけではないだろうから、本当にいい声だって思ってくれたんだろう。
だけど、あいつはどうだ。はるしろのことも好きだと言ってたけど、それがただの興味本位だったら?
もしあいつも、あの頃いじってきた奴らと同じだったら……?
じゃないと、あいつが僕を好きだって言う理由が分からない。
――それが一番、腑に落ちるのに。
「悪い、帰る」
「遥真……」
「こっちから誘ったから頼んだものは奢る。これぐらいあればいいか?」
「べ、別に気にしないで……って、遥真!」
元々奢るつもりだったから気にするな、とは言わないまま5000円札だけ置いて店を後にする。
……また、黒寺のことを知ってしまった。
あいつのことが分かる度に、あいつを嫌いになっていく。自分の感情を理解していく度に、あいつが何を考えているか分からなくなる。
分かったことと分からないことが混在して、頭がおかしくなる。
いじられる、からかわれる、貶される。そんな惨めさは、もう要らないってのに。
こんな状況でネット活動できるわけなくて、しばらく全部の活動を休止することにした。
動画も配信もSNSの更新もストップ。いつまでかかるかも想像したくないから、活動できる気力が湧いたらと正直な気持ちをネットに投下してパソコンを閉じる。
けれど活動者たるもの反応は気になるもので、電気を点けていない部屋でスマホを眺めていた。
《はるしろさんはいつも頑張っているので、ゆっくり休んでください! 元気になったらまた、活動再開してくださると嬉しいです! それまでずーっと待ってますから!!!》
呟きのリプライは、大体が励ましのもの。何度思ったか分からないけど、ひだまりのみんなは優しい人ばかりだ。
《はるしろさん活動休止かー、ちょっと前の配信も調子悪かったっぽいし心配だなぁ。しばらくは動画と配信のアーカイブで凌ぐか……》
空リプも心配してくれていて、元気はないのに自然と口角が上がっていく。
そんな空リプの中で、手が止まったものがひとつ。
《友達を怒らせちゃった……どうしたらいいんだろう。仲直りとかしてくれるかな……》
MoonNight……黒寺の呟きだ。
でも、おかしい。普段の黒寺はこんなだとは言え、MoonNightとしての呟きはいつも腰の低いものばかりなはず。
動画に関するコメントを残す時も常に敬語だし、自分の呟きについたリプライにも懇切丁寧に返していた。MoonNightの中の人を知らない人は、絵に描いたような紳士を思い浮かべるほどには。
だから異様な雰囲気のこれが、気になって仕方がない。
考えられる可能性は黒寺がアカウントを間違えた、とかだ。黒寺に裏アカなるものがあるかは知らないけど、誤爆だと仮定するのが一番しっくりくる。
これが投稿された日は……僕が黒寺を拒絶した日か。……てことは、黒寺はあえてMoonNightアカウントに投稿したってことにならないか? それか気付いてないだけ……はないよな、あいつに限って。
「ともだち、か……」
けどこの言葉が黒寺の本心なら、まだあいつは僕を友達と思ってくれてるのか。諦めが悪いというか……普通あれだけ拒絶されたら、誰でも嫌うだろうに。
ただ単に懐が深いのか、怒られても嫌われても僕が好きなのか。両方の可能性があるのが怖いな。
……僕だって、お前のことは友達だと思ってるよ。
本当は今すぐお前のところに行って問い詰めたい。どうして僕なんだ、どこを好きになったのか。
僕の声を……お前はどう思ってるんだ。
その全部を呟いても、返事はない。当たり前のことなのに、どうしても黒寺の返答が欲しくて何度も声にしてしまう。
黒寺、いつもお前は何を考えてるんだよ。やっぱりお前も、いじるのが目的なのか?
……でもそれなら、何で毎回動画や配信にコメントをくれるんだ。何で面白がって広めて、周りと一緒にいじろうとしないんだ。
お前は僕を、はるしろを……認めてくれてるのか?
――ピコンッ
それらを全て行動に移せないまま頭を掻きむしっている僕のもとに、ひとつの通知が届く。
これは……通話アプリの音か。
《はる、今電話かけていい? はるのこと心配だから、声聞きたい》
文字でもうるさいほしみやは、たったこれだけの言葉なのに必死さが伝わってくる。
だけどちょうどいい。このぐちゃぐちゃした醜い感情を吐き出さないと、多分やってけない。
だから、自分から通話ボタンを押した。
《っ、はる? 大丈夫? その……お知らせ見たよ。言いたくないことかもしれないけど、私何でも聞くよ! 何か、あったの?》
「……ありすぎて、分からないんだ」
声として聞くとより不安さが滲み出ているほしみやに、八つ当たりに似た形で返す。
久しぶりに大きい声を出したからか、自分の声が普段より随分低いことに気付く。
それにはほしみやも驚いたようで、言葉に詰まりながらも喋り始めた。
《私は、どんなことがあってもはるの味方だよ。だからはる、ゆっくりでいいから何に困ってるのか教えてほしい。はるがしんどそうなの見てられないから》
こんなにも真面目なほしみやは初めてだ、どれだけ強い奴なんだ。
ほしみやが真剣なのにも関わらずぼんやりと感心して、やっと決意が固まる。
全部話してしまおう。頭の中にあること全部、曝け出してしまえ。
……そうしないと僕は、二度と軽口を叩けなくなりそうだ。
《話してくれてありがとね、なんとなく状況は分かったよ。まぁはるがキャパオーバーになるのも無理ないよね》
「いや、お礼言うのはこっちだから。ちょっと楽になった、ありがと」
《こういう時はお互い様でしょ! ……でも一個だけ聞いてもいい? 気になることあって》
「何だよ」
《はるはその男子のこと、友達って思ってるんだよね?》
「……まぁ」
一つずつ、チューブから出し切るように話し終えた僕にほしみやがふーっと息を吐いたのが分かる。
もちろん実名は伏せながらだから、消化不良気味ではあるけど愚痴らないよりはマシか。
けど、どんな質問だよ。確かに僕が友達と思う人間はほぼいないから疑わしいのも分かるけど、それを聞いてどうするのか。
スマホに充電ケーブルを差しながら首を捻っていると、ほしみやがいきなりぶっこんできた。
《えっとね……デリケートな話なのは分かってるんだけど、はるってその男子を友達以上だって思ってない?》
「は……?」
《ごめんっ、でも話を聞いてる限りはるもはるで激重感情抱いてない?って思ってさ。だってはる、その男子を私に説明する時何て言ったか覚えてる?》
「……無遠慮で強引で、僕とは真逆な奴」
《もうちょい後は?》
「……そんなんだから、こっちも遠慮なしに言える相手でうざいし変態だけど悪い奴じゃないはずで……嫌いではない」
《もっと後! 他にも言ってたでしょ!》
「……今更、離れられても困る奴。家に入り浸ってたからいるのが当たり前になってるし、いないとそこそこは……ちょっとだけ、寂しい」
《ほらそれだよそれ!! 友達にしてはまぁまぁ重い! 失礼を承知で言うけどさっ、はるその男子のこと好きなんじゃないの!?》
「は!? な、に言ってんだよ! んなわけないだろ……!」
《でもマジにしてるじゃん! こういう時全く興味ない相手ならはるはテキトーにあしらうの私知ってるんだからね!? ちょっとは好きなんじゃないの!》
か、勝手なこと言って……ほしみやが恋愛脳なのは知ってたけどここまでとは思わなかった。
僕があんな奴のこと、好き……ってないだろ! 第一もし仮に恋愛するにしても恋愛対象は女子だし、あいつが恋人なんて考えたくない……!
ほしみやは結構理に適ったこと言ってるけど、僕にはそんな感情一切ない。
……はず、だ。
「僕にはあんなやばい男、せいぜい友達が限界だ!」
まだ、友達なら大丈夫。それ以上は考えられないし、想像つかない。
黒寺に激重感情なんか、抱いてるわけない。僕にはそんな感情持つ資格も、ないってのに。
一番近くて手軽に行けるからってのもあるけど、話をするならと夜那の推薦で決まった。
「ここにしよ、周り人少ないし」
何度もここに通ったことがあるらしい夜那が慣れたように席を選んで、僕も倣って座る。
ボックス席にしては少し大きめで、平日の夕方だと言うのに学生の姿一人も見かけない。
しかもファミレスなのに人も少なく、いるのは主婦かおじいさんおばあさんが目立っていた。
「このファミレスいいでしょ〜。ちょっと道が入り組んだ場所にあるから穴場なんだよね、知る人ぞ知るって感じの!」
「ファミレスが目立たなくていいのかよ」
「まー味もそこそこだからあんま人気ないの、ここって。あたしは味にうるさくないからここで充分なんだけどねっ」
そんなの勝手に言っていいのかよ……どんなものかは知らないけどさ。
夜那が味覚音痴な可能性だってあるし、せっかくだし何か頼んで確かめてみるか。
……って、そうじゃないだろ! 楽しく食事しようとしてどうすんだ!
メニューに夢中な夜那の目の前で小さく首を振ってから、僕はさっさと本題に入ることにした。
「なぁ、お前の苗字って何だ」
「あー……交換した時にバレちゃうか、そりゃ。でも遥真いい奴だし特定しなさそうだし、特別に教えてあげる。あたしのフルネームは黒寺夜那、可愛いでしょ」
「……やっぱりか」
分かっていたはずなのに、いざ言われると受け止める自信がない。
あからさまに嫌な顔をした僕を不審そうに見てくる夜那は、ぷくっと頬を膨らませる。
「ねぇ、やっぱりって何? 何がやっぱりなの?」
「いや、こっちの話だから」
「人の名前聞いといてその反応はなくない? あたしの名前に不満でもあるわけ?」
「そういうわけじゃないけど……」
「じゃあどういうわけ!」
卓上にあるタブレットでの注文を終えてから、ずいっと夜那に逆に問い詰められる。
……僕の中にあるこのもやっている気持ちは夜那には関係ない。だから言う必要もない。
そう決めていたから、頑として口を閉ざしたまま夜那から目を逸らす。
それが気に食わないらしい夜那は、拳を振り上げたかと思うと台パンする直前で思いとどまった。
「もしかして、あたしの苗字が不満なの?」
「な、何で……」
「だって遥真、前に会った時はあたしの名前にそんな反応しなかったじゃん。それにさっきあたしの苗字尋ねてきたし、連絡先交換してから様子変だったから」
よく人を見てるなと率直に感心した。僕なら夜那のような芸当はできない。
ごもっともな指摘をされ、しかも図星で何も言えなくなる。
……はは、本当に遠慮というものを知らない奴だな。誰かさんとそっくりだ。
「黒寺月騎って、知ってるか?」
「え? 知ってるも何も……あたしのお兄ちゃんだし、そりゃあ」
突然何を言い出すんだ?と首を傾げる夜那の言葉に今更驚きはしない。元々予想がついてたことだし。
まぁそりゃそうか、黒寺なんて苗字は滅多に見ないから姉か妹かとは思ってた。
……いや、名前を知らなくても言動だけで兄妹とは思えるか。生き写しかってくらい全部が似すぎて。
まるで、黒寺を見てるようだった。
「……じゃあ、おにぃが“はるまくん”って呼んでたの……遥真のこと、だったの?」
「は……? 何で、夜那がそれ知ってるんだよ」
「だ、だっておにぃ、帰ってくる度にいっつもはるまくんはるまくんって話してくるんだもん。今日は何した〜とか、はるまくんがどうだった〜とか……って」
「……あいつ」
何妹に赤裸々に話してんだ……! 普通そういうのは言わないだろ、身内には!
自分の知らないところで自分の言動が共有されていた事実に寒気がして、黒寺の胸倉を掴みたい衝動に襲われる。
あいつは本当にとんでもない男だ。友達と認めたこと、間違いだった気がしてきた。
「……ごめん遥真、変なこと言っていい?」
「怖いこと言うなよ」
「あ、もしかしたら遥真にとっては怖いことかもしれないけど……遥真って、声系の配信とかしてる?」
「っ……してる、よ」
夜那にはきっと、隠し事はできない。これまでの夜那から発せられた鋭い言葉たちから悟った僕は、黒寺の時とは違いさっさと認めることにした。
二回目の身バレが一回目の妹なのは、だいぶ想定外だけど。
ていうか何で夜那が配信のこと知ってるんだよ。黒寺から教えられたのか?
そうやって疑っていると、夜那は僕の心を読んだのか気まずそうに口を開いた。
「はるしろさん、でしょ? はるしろさんの声ってすごい特徴的だからさ、実はあの夜遥真の声聞いて分かっちゃってたんだ……でも先に、おにぃのほうが遥真に凸ったんだよね? はるしろさんですよね、って」
「……それを知ってる理由は」
「あたしがおにぃに問い詰めたの、その日ははるしろさんの動画を聞いてた時みたいな顔してたから。そしたらあっさり白状してくれたの、『友達がはるしろさんだった』って。おにぃに凸ったらダメって言ったんだけど、その後はずっとはるまくんってうるさかったからもう凸ってないのかなって思ったけど……なんかごめん、うちの兄が」
「はるしろの存在は……黒寺から教えられたのか? それとも――」
「は、はるしろさんのことはおにぃよりあたしが先に知ったの! いい声の人だなって思って、軽い気持ちでおにぃに教えたら……おにぃ、驚いた顔したんだ。だからおにぃ、その時には遥真がはるしろさんだって気付いてたんじゃないかな」
……そういうことかよ。
知りたくても聞けなかったことが全部知れて、テーブルの下で思わず拳を握る。
この声は、特徴的と表現されるのには十分すぎる。夜那は表情からして嘘を言ってるわけではないだろうから、本当にいい声だって思ってくれたんだろう。
だけど、あいつはどうだ。はるしろのことも好きだと言ってたけど、それがただの興味本位だったら?
もしあいつも、あの頃いじってきた奴らと同じだったら……?
じゃないと、あいつが僕を好きだって言う理由が分からない。
――それが一番、腑に落ちるのに。
「悪い、帰る」
「遥真……」
「こっちから誘ったから頼んだものは奢る。これぐらいあればいいか?」
「べ、別に気にしないで……って、遥真!」
元々奢るつもりだったから気にするな、とは言わないまま5000円札だけ置いて店を後にする。
……また、黒寺のことを知ってしまった。
あいつのことが分かる度に、あいつを嫌いになっていく。自分の感情を理解していく度に、あいつが何を考えているか分からなくなる。
分かったことと分からないことが混在して、頭がおかしくなる。
いじられる、からかわれる、貶される。そんな惨めさは、もう要らないってのに。
こんな状況でネット活動できるわけなくて、しばらく全部の活動を休止することにした。
動画も配信もSNSの更新もストップ。いつまでかかるかも想像したくないから、活動できる気力が湧いたらと正直な気持ちをネットに投下してパソコンを閉じる。
けれど活動者たるもの反応は気になるもので、電気を点けていない部屋でスマホを眺めていた。
《はるしろさんはいつも頑張っているので、ゆっくり休んでください! 元気になったらまた、活動再開してくださると嬉しいです! それまでずーっと待ってますから!!!》
呟きのリプライは、大体が励ましのもの。何度思ったか分からないけど、ひだまりのみんなは優しい人ばかりだ。
《はるしろさん活動休止かー、ちょっと前の配信も調子悪かったっぽいし心配だなぁ。しばらくは動画と配信のアーカイブで凌ぐか……》
空リプも心配してくれていて、元気はないのに自然と口角が上がっていく。
そんな空リプの中で、手が止まったものがひとつ。
《友達を怒らせちゃった……どうしたらいいんだろう。仲直りとかしてくれるかな……》
MoonNight……黒寺の呟きだ。
でも、おかしい。普段の黒寺はこんなだとは言え、MoonNightとしての呟きはいつも腰の低いものばかりなはず。
動画に関するコメントを残す時も常に敬語だし、自分の呟きについたリプライにも懇切丁寧に返していた。MoonNightの中の人を知らない人は、絵に描いたような紳士を思い浮かべるほどには。
だから異様な雰囲気のこれが、気になって仕方がない。
考えられる可能性は黒寺がアカウントを間違えた、とかだ。黒寺に裏アカなるものがあるかは知らないけど、誤爆だと仮定するのが一番しっくりくる。
これが投稿された日は……僕が黒寺を拒絶した日か。……てことは、黒寺はあえてMoonNightアカウントに投稿したってことにならないか? それか気付いてないだけ……はないよな、あいつに限って。
「ともだち、か……」
けどこの言葉が黒寺の本心なら、まだあいつは僕を友達と思ってくれてるのか。諦めが悪いというか……普通あれだけ拒絶されたら、誰でも嫌うだろうに。
ただ単に懐が深いのか、怒られても嫌われても僕が好きなのか。両方の可能性があるのが怖いな。
……僕だって、お前のことは友達だと思ってるよ。
本当は今すぐお前のところに行って問い詰めたい。どうして僕なんだ、どこを好きになったのか。
僕の声を……お前はどう思ってるんだ。
その全部を呟いても、返事はない。当たり前のことなのに、どうしても黒寺の返答が欲しくて何度も声にしてしまう。
黒寺、いつもお前は何を考えてるんだよ。やっぱりお前も、いじるのが目的なのか?
……でもそれなら、何で毎回動画や配信にコメントをくれるんだ。何で面白がって広めて、周りと一緒にいじろうとしないんだ。
お前は僕を、はるしろを……認めてくれてるのか?
――ピコンッ
それらを全て行動に移せないまま頭を掻きむしっている僕のもとに、ひとつの通知が届く。
これは……通話アプリの音か。
《はる、今電話かけていい? はるのこと心配だから、声聞きたい》
文字でもうるさいほしみやは、たったこれだけの言葉なのに必死さが伝わってくる。
だけどちょうどいい。このぐちゃぐちゃした醜い感情を吐き出さないと、多分やってけない。
だから、自分から通話ボタンを押した。
《っ、はる? 大丈夫? その……お知らせ見たよ。言いたくないことかもしれないけど、私何でも聞くよ! 何か、あったの?》
「……ありすぎて、分からないんだ」
声として聞くとより不安さが滲み出ているほしみやに、八つ当たりに似た形で返す。
久しぶりに大きい声を出したからか、自分の声が普段より随分低いことに気付く。
それにはほしみやも驚いたようで、言葉に詰まりながらも喋り始めた。
《私は、どんなことがあってもはるの味方だよ。だからはる、ゆっくりでいいから何に困ってるのか教えてほしい。はるがしんどそうなの見てられないから》
こんなにも真面目なほしみやは初めてだ、どれだけ強い奴なんだ。
ほしみやが真剣なのにも関わらずぼんやりと感心して、やっと決意が固まる。
全部話してしまおう。頭の中にあること全部、曝け出してしまえ。
……そうしないと僕は、二度と軽口を叩けなくなりそうだ。
《話してくれてありがとね、なんとなく状況は分かったよ。まぁはるがキャパオーバーになるのも無理ないよね》
「いや、お礼言うのはこっちだから。ちょっと楽になった、ありがと」
《こういう時はお互い様でしょ! ……でも一個だけ聞いてもいい? 気になることあって》
「何だよ」
《はるはその男子のこと、友達って思ってるんだよね?》
「……まぁ」
一つずつ、チューブから出し切るように話し終えた僕にほしみやがふーっと息を吐いたのが分かる。
もちろん実名は伏せながらだから、消化不良気味ではあるけど愚痴らないよりはマシか。
けど、どんな質問だよ。確かに僕が友達と思う人間はほぼいないから疑わしいのも分かるけど、それを聞いてどうするのか。
スマホに充電ケーブルを差しながら首を捻っていると、ほしみやがいきなりぶっこんできた。
《えっとね……デリケートな話なのは分かってるんだけど、はるってその男子を友達以上だって思ってない?》
「は……?」
《ごめんっ、でも話を聞いてる限りはるもはるで激重感情抱いてない?って思ってさ。だってはる、その男子を私に説明する時何て言ったか覚えてる?》
「……無遠慮で強引で、僕とは真逆な奴」
《もうちょい後は?》
「……そんなんだから、こっちも遠慮なしに言える相手でうざいし変態だけど悪い奴じゃないはずで……嫌いではない」
《もっと後! 他にも言ってたでしょ!》
「……今更、離れられても困る奴。家に入り浸ってたからいるのが当たり前になってるし、いないとそこそこは……ちょっとだけ、寂しい」
《ほらそれだよそれ!! 友達にしてはまぁまぁ重い! 失礼を承知で言うけどさっ、はるその男子のこと好きなんじゃないの!?》
「は!? な、に言ってんだよ! んなわけないだろ……!」
《でもマジにしてるじゃん! こういう時全く興味ない相手ならはるはテキトーにあしらうの私知ってるんだからね!? ちょっとは好きなんじゃないの!》
か、勝手なこと言って……ほしみやが恋愛脳なのは知ってたけどここまでとは思わなかった。
僕があんな奴のこと、好き……ってないだろ! 第一もし仮に恋愛するにしても恋愛対象は女子だし、あいつが恋人なんて考えたくない……!
ほしみやは結構理に適ったこと言ってるけど、僕にはそんな感情一切ない。
……はず、だ。
「僕にはあんなやばい男、せいぜい友達が限界だ!」
まだ、友達なら大丈夫。それ以上は考えられないし、想像つかない。
黒寺に激重感情なんか、抱いてるわけない。僕にはそんな感情持つ資格も、ないってのに。



