僕は、昔から声をいじられることが多かった。
『白綾くんの声って変だよね。何が変って聞かれたら答えられないけど』
『あいつの声ってちょっとアニメ声っぽくね? ちょっと変だよな』
『たまに女の子っぽく聞こえる時もあるよね。別にいいんだけどさ、話してると変な感じする』
自分でも一応自覚はしていて、周りより声が高いのと違った声質だった。
これをどんなものかと表現するのは言葉じゃ難しいけど、例えるならぶりっ子寄りな声だと思う。
普通に喋ってる分には、おそらく女子の出すアニメ声よりかは低めの声。けど声を荒げたり、歌ったりすると作ったような声になってしまう。
そんな声がコンプレックスにならないはずなく、成長するにつれて声を発することが怖くなっていった。
この声は変声期を迎えても大して代わりはせず、中学二年生の時なんかは一番いじりが酷かった。
からかわれることは日常茶飯事、声が気に入らないという理由だけで陰口を叩かれた。
しかも僕は世間一般的に言う陰キャ。鬱陶しがられることも露骨に避けられることもたくさんあった。
……だからあの出来事は、単なる引き金に過ぎなかった。
『リレーのアンカー、白綾がいいと思いまーす』
叶うことなら忘れてしまいたい、あの出来事。
その日は運動会の種目の目玉であるリレーの走者を決めていて、どういうわけか僕が推薦されてしまった。
足に多少の自信はあったけどアンカーに選ばれるほどの実力はない。そう知っていたから、ちゃんと拒否はした。
『アンカーなんて、僕には務まらないと思います』
『でも白綾くん、50m走7.4秒だったんでしょ? いけるって!』
『そうだそうだ! 白綾ならできる!』
『えー白綾? まぁ、みんながいいならいいと思うけど……』
『白綾くん、どうかしら? アンカーやってみない?』
なのに、一人の思いつきで窮地に立たされた。
全員が乗り気だったわけじゃないのも、余計に焦る原因になった。
言い出した奴は軽い気持ちだったんだろう、困らせてやろうくらいの。でも思いの外周りが悪ノリしてしまって、本心ではないだろうに僕を推薦せざるを得なくなった。
もうこの時には正常な思考じゃなくて、きっと頷く以外の選択肢はないなと悟っていた。
ここで拒否すれば場が白ける、せっかくのいい空気なのに。
それを自分の手で壊すことになる未来が嫌で……弱い僕は結局、了承してしまった。
選ばれたからには手は抜かなかった。不本意でもせっかくだしと、ちゃんと割り切ってはいた。
周りも表向きだけだけど応援はしてくれた。体育での他クラスとのリレー練習でもぶっちぎりで一位を取れるくらいには、順調だった。
『っ……!』
その順調さが、本番になって牙を向いてきた。
体育祭のためのような快晴の下、解けないように靴紐を結んでからバトンを受け取った。
ここまでは一位。二位のクラスとも離れているし、ほぼ勝ったも同然。
……その慢心が、よくなかった。
『白綾! ……チッ、何やってんだよあいつ』
『白綾くん立ってーっ!』
無様にこけてしまった。ゴール直前で、結んだはずの靴紐を踏んで。
ゴール前ならすぐ巻き返せる。そう思って立とうとしたのに、クラスメイトの声が聞こえて立てなかった。
僕が、僕がヘマさえしなければ、今頃みんなと笑ってられたのに。
もしかしたらみんな、僕を見直して仲良くしてくれたかもしれないのに。
二位だったクラスの奴がゴールテープを切る瞬間を見届けながら、走馬灯のようにたらればが横切った。
多分それが最終的なきっかけになって、僕は不登校になった。
こけたことを責められるのも怖かったし、いつもみたいに声をいじられることも怖かった。
そして何より、認められないのが怖かった。
これまで頑張ってきたのに誰もそれを見てくれやせず、結果だけで怒ってくる。声だって一方的に変だと言って、僕自身を見てくれなかった。
だから……好かれるのも怖いんだ。好かれたことがない僕にとって、その感情は未知数すぎるから。
好かれたら、あとは嫌われるだけだ。
「あ、あー……。ダメだ、これじゃ」
やっぱり今日の配信は休もう。リスナーには申し訳ないけど、こんな情けない声を聞かせるのはもっと申し訳ない。
収録しようと思っていた台本も仕舞って、ベッドに寝転びスマホでお休みの告知を書く。
それを送信してすぐ、大きすぎるため息が自然と零れ出てきた。
「はぁ……調子出ないな」
色々考えすぎて、声が思うように出ない。こういうことは初めてで、しかも何のやる気もない。
勉強しようにも台本を書こうにも起き上がる気力が湧かず、ぼーっと天井を仰いで数十分が経った。
……黒寺とは、僕が拒絶した日から会っていない。あれは無遠慮な黒寺も堪えたのか、家に押しかけてこなくなった。
テストの結果は返ってきたけど、勝敗は分からずじまいだ。
母さんもこれまでの言い合いとは違った異様な空気を感じ取ったのか、黒寺が来ないことに今のところ言及はない。
心配をかけてることは、何も言われなくとも分かるけど。
僕は……黒寺を友達だと思っている。いつからか検討はつかないけど、きっと出会って間もない頃から。
ズカズカ領域に入ってくるあいつだから僕も遠慮知らずになれる。僕のことを何でも知っているあいつだから悩みも愚痴も打ち明けられる。
僕を好きだと言ったあいつだから、僕だって黒寺を好きになれた。
拒絶して知るなんて、こんなにおかしな話はないだろう。これが俗に言う、失ってから大切だったって気付くやつか。
『僕を好きになるな、言うな……っ! お前なんて嫌いだ!』
どうせ、もう元の関係には戻れない。戻りたいとも言えないし、自分から拒絶した手前言い出せない。
嫌いだったのは事実だった。憎くて嫌味な奴で、僕とは全く違う真っ当な人間。
でもきっと……同じくらい、好きなんだよな。
――ピピピピッ
「……また、忘れてた」
あの日、僕が初めて黒寺に助けられた日に行ったメンタルクリニックで指定した予約日が今日だった。
やっぱりリマインド機能って偉大だな……毎回設定しといてよかった。
現実逃避するようにスマホのリマインドの通知を止めて、気力のない体に鞭打ってベッドから降りる。
これでしばらくは、黒寺のことを考えなくて済みそうだ。
……そう思っていたのに、悩みは簡単に消えてくれないらしい。
メンタルクリニックで受付を済ませ、待合スペースで頭を抱える僕はさぞ立派な変人だ。
けどこれは仕方がないんだ。悪いのはどこでも黒寺を思い出す僕だし……って、結局僕が変人なだけか。
ここに来るまで三回も、あいつの影を追っている僕。
一回目は外に出てすぐ。外出する時は必ずと言っていいほど黒寺がいたから、自然と探してしまった。
二回目は黒寺に教えられた道で。途中まではメンタルクリニックと同じ道を使うから、その道を抜けるまで黒寺がチラついて離れなかった。
三回目は……黒寺に助けられたあの路地で。思わず足を止めるほどには、僕にとって思い入れがある場所になっていた。
僕、厄介な彼女みたいになってないか? 元彼に執着してる奴、みたいな感じで……。
いや、僕とあいつは付き合ってなんかないだろ。何でこんな発想になってるんだ。
ここまで来ると笑えるくらい黒寺に侵食されてることを痛感して、現実から目を背けるために瞼を下ろす。
……だけどそれは、とある人物のせいで叶わなかった。
「あれ、遥真じゃん。遥真もここ通いだったんだ〜」
「……え、夜那?」
「えー、あたしのこと覚えててくれてたの〜? 遥真ってとことん他人に興味ない感じだから忘れられてると思ってた〜」
「隣座っていい?」という声かけはもちろんなく、無遠慮に座って足を組むそいつ。
この間は暗がりだったから顔も姿もよく分からなかったけど、今日は眩しいくらいの待合スペースの下にいる。
夜中に会った時と全く変わらないテンションで話しかけてきた女子、夜那はいわゆる地雷服を身に着けていた。
黒とピンクが上手くマッチした服と位置低めのツインテールは華奢な夜那に似合っていて、つい自分から声をかける。
「お前、そういうの好きだったんだな」
「そういうの? ……あ、服のこと? へへーん、可愛いでしょ」
「いいんじゃねえの、似合ってるし」
「っ……遥真は、褒めてくれるんだ」
「似合ってたら言うくらいは。僕のことどれだけ冷たい奴だと思ってるんだよ」
「ち、ちがくて……こういう服、あんまり褒めてくれる人いなかったから……えと、嬉しくって!」
言葉通り褒められ慣れてないのか、小声で「えへへ」とはにかむ夜那。
つられてこっちも照れ臭くなって、自分のスマホを開いて逃げ込む。
……こいつも、相当苦労してるんだろうな。こういう場所に来るってことは何かしらに悩んでるって思っていいだろうし。
わざわざ口に出さないけど、まだ嬉しそうにしている夜那を見てから目を伏せる。
夜那も、認められたいんだな。“同類”って言い切ったあの日の夜那は随分と勘が鋭かったみたいだ。
「あ、そうだ。前にまた会ったら連絡先交換しよって言ったじゃん。今しよ!」
「拒否権は」
「ない。せっかくだしいいでしょ〜! さっきライヌのアイコン見えたし、他のSNSのまで聞こうと思ってないからっ」
「おねが〜い!」と両手を合わせ小声で頼んでくる夜那に、うっと言葉に詰まる。
ここまでして交換したいのかよ……プライドとかはないのか。
なんて呆れるけど、僕も冷血漢じゃない。これも何かの縁だし、同類らしいから連絡先のひとつくらいならいいか。
そう思ってメッセージアプリのQRコードを見せると、夜那は素早く読み込んで登録した。
「今スタンプ送ったから遥真も登録しといてね!」
「分かったよ」
隣にいるのに念を押され、監視されながら夜那を友達登録する。
今まで親と親族しかいなかった友達の欄に、【Yona Kurodera】という名前が追加された。
……ちょっと待て。この【Kurodera】ってのは苗字、だよな……?
「夜那――」
「白綾さーん、どうぞー」
嫌な予感を早く払拭しようと夜那を呼ぶも、看護師の声によって遮られてしまった。
でもこれをうやむやにできるほどの余裕はなく、診察室に行く前に夜那に振り返って言う。
「聞きたいことあるから、お前の診察終わるまで外で待ってるから。だからちょっと……付き合ってほしい」
「わ、分かった……」
夜那は何のことだか分かってない様子で、大きな目を何度も瞬かせている。
けど僕はそれを気にすることなく、面倒なカウンセリングを終わらせるため足早に診察室に入った。
『白綾くんの声って変だよね。何が変って聞かれたら答えられないけど』
『あいつの声ってちょっとアニメ声っぽくね? ちょっと変だよな』
『たまに女の子っぽく聞こえる時もあるよね。別にいいんだけどさ、話してると変な感じする』
自分でも一応自覚はしていて、周りより声が高いのと違った声質だった。
これをどんなものかと表現するのは言葉じゃ難しいけど、例えるならぶりっ子寄りな声だと思う。
普通に喋ってる分には、おそらく女子の出すアニメ声よりかは低めの声。けど声を荒げたり、歌ったりすると作ったような声になってしまう。
そんな声がコンプレックスにならないはずなく、成長するにつれて声を発することが怖くなっていった。
この声は変声期を迎えても大して代わりはせず、中学二年生の時なんかは一番いじりが酷かった。
からかわれることは日常茶飯事、声が気に入らないという理由だけで陰口を叩かれた。
しかも僕は世間一般的に言う陰キャ。鬱陶しがられることも露骨に避けられることもたくさんあった。
……だからあの出来事は、単なる引き金に過ぎなかった。
『リレーのアンカー、白綾がいいと思いまーす』
叶うことなら忘れてしまいたい、あの出来事。
その日は運動会の種目の目玉であるリレーの走者を決めていて、どういうわけか僕が推薦されてしまった。
足に多少の自信はあったけどアンカーに選ばれるほどの実力はない。そう知っていたから、ちゃんと拒否はした。
『アンカーなんて、僕には務まらないと思います』
『でも白綾くん、50m走7.4秒だったんでしょ? いけるって!』
『そうだそうだ! 白綾ならできる!』
『えー白綾? まぁ、みんながいいならいいと思うけど……』
『白綾くん、どうかしら? アンカーやってみない?』
なのに、一人の思いつきで窮地に立たされた。
全員が乗り気だったわけじゃないのも、余計に焦る原因になった。
言い出した奴は軽い気持ちだったんだろう、困らせてやろうくらいの。でも思いの外周りが悪ノリしてしまって、本心ではないだろうに僕を推薦せざるを得なくなった。
もうこの時には正常な思考じゃなくて、きっと頷く以外の選択肢はないなと悟っていた。
ここで拒否すれば場が白ける、せっかくのいい空気なのに。
それを自分の手で壊すことになる未来が嫌で……弱い僕は結局、了承してしまった。
選ばれたからには手は抜かなかった。不本意でもせっかくだしと、ちゃんと割り切ってはいた。
周りも表向きだけだけど応援はしてくれた。体育での他クラスとのリレー練習でもぶっちぎりで一位を取れるくらいには、順調だった。
『っ……!』
その順調さが、本番になって牙を向いてきた。
体育祭のためのような快晴の下、解けないように靴紐を結んでからバトンを受け取った。
ここまでは一位。二位のクラスとも離れているし、ほぼ勝ったも同然。
……その慢心が、よくなかった。
『白綾! ……チッ、何やってんだよあいつ』
『白綾くん立ってーっ!』
無様にこけてしまった。ゴール直前で、結んだはずの靴紐を踏んで。
ゴール前ならすぐ巻き返せる。そう思って立とうとしたのに、クラスメイトの声が聞こえて立てなかった。
僕が、僕がヘマさえしなければ、今頃みんなと笑ってられたのに。
もしかしたらみんな、僕を見直して仲良くしてくれたかもしれないのに。
二位だったクラスの奴がゴールテープを切る瞬間を見届けながら、走馬灯のようにたらればが横切った。
多分それが最終的なきっかけになって、僕は不登校になった。
こけたことを責められるのも怖かったし、いつもみたいに声をいじられることも怖かった。
そして何より、認められないのが怖かった。
これまで頑張ってきたのに誰もそれを見てくれやせず、結果だけで怒ってくる。声だって一方的に変だと言って、僕自身を見てくれなかった。
だから……好かれるのも怖いんだ。好かれたことがない僕にとって、その感情は未知数すぎるから。
好かれたら、あとは嫌われるだけだ。
「あ、あー……。ダメだ、これじゃ」
やっぱり今日の配信は休もう。リスナーには申し訳ないけど、こんな情けない声を聞かせるのはもっと申し訳ない。
収録しようと思っていた台本も仕舞って、ベッドに寝転びスマホでお休みの告知を書く。
それを送信してすぐ、大きすぎるため息が自然と零れ出てきた。
「はぁ……調子出ないな」
色々考えすぎて、声が思うように出ない。こういうことは初めてで、しかも何のやる気もない。
勉強しようにも台本を書こうにも起き上がる気力が湧かず、ぼーっと天井を仰いで数十分が経った。
……黒寺とは、僕が拒絶した日から会っていない。あれは無遠慮な黒寺も堪えたのか、家に押しかけてこなくなった。
テストの結果は返ってきたけど、勝敗は分からずじまいだ。
母さんもこれまでの言い合いとは違った異様な空気を感じ取ったのか、黒寺が来ないことに今のところ言及はない。
心配をかけてることは、何も言われなくとも分かるけど。
僕は……黒寺を友達だと思っている。いつからか検討はつかないけど、きっと出会って間もない頃から。
ズカズカ領域に入ってくるあいつだから僕も遠慮知らずになれる。僕のことを何でも知っているあいつだから悩みも愚痴も打ち明けられる。
僕を好きだと言ったあいつだから、僕だって黒寺を好きになれた。
拒絶して知るなんて、こんなにおかしな話はないだろう。これが俗に言う、失ってから大切だったって気付くやつか。
『僕を好きになるな、言うな……っ! お前なんて嫌いだ!』
どうせ、もう元の関係には戻れない。戻りたいとも言えないし、自分から拒絶した手前言い出せない。
嫌いだったのは事実だった。憎くて嫌味な奴で、僕とは全く違う真っ当な人間。
でもきっと……同じくらい、好きなんだよな。
――ピピピピッ
「……また、忘れてた」
あの日、僕が初めて黒寺に助けられた日に行ったメンタルクリニックで指定した予約日が今日だった。
やっぱりリマインド機能って偉大だな……毎回設定しといてよかった。
現実逃避するようにスマホのリマインドの通知を止めて、気力のない体に鞭打ってベッドから降りる。
これでしばらくは、黒寺のことを考えなくて済みそうだ。
……そう思っていたのに、悩みは簡単に消えてくれないらしい。
メンタルクリニックで受付を済ませ、待合スペースで頭を抱える僕はさぞ立派な変人だ。
けどこれは仕方がないんだ。悪いのはどこでも黒寺を思い出す僕だし……って、結局僕が変人なだけか。
ここに来るまで三回も、あいつの影を追っている僕。
一回目は外に出てすぐ。外出する時は必ずと言っていいほど黒寺がいたから、自然と探してしまった。
二回目は黒寺に教えられた道で。途中まではメンタルクリニックと同じ道を使うから、その道を抜けるまで黒寺がチラついて離れなかった。
三回目は……黒寺に助けられたあの路地で。思わず足を止めるほどには、僕にとって思い入れがある場所になっていた。
僕、厄介な彼女みたいになってないか? 元彼に執着してる奴、みたいな感じで……。
いや、僕とあいつは付き合ってなんかないだろ。何でこんな発想になってるんだ。
ここまで来ると笑えるくらい黒寺に侵食されてることを痛感して、現実から目を背けるために瞼を下ろす。
……だけどそれは、とある人物のせいで叶わなかった。
「あれ、遥真じゃん。遥真もここ通いだったんだ〜」
「……え、夜那?」
「えー、あたしのこと覚えててくれてたの〜? 遥真ってとことん他人に興味ない感じだから忘れられてると思ってた〜」
「隣座っていい?」という声かけはもちろんなく、無遠慮に座って足を組むそいつ。
この間は暗がりだったから顔も姿もよく分からなかったけど、今日は眩しいくらいの待合スペースの下にいる。
夜中に会った時と全く変わらないテンションで話しかけてきた女子、夜那はいわゆる地雷服を身に着けていた。
黒とピンクが上手くマッチした服と位置低めのツインテールは華奢な夜那に似合っていて、つい自分から声をかける。
「お前、そういうの好きだったんだな」
「そういうの? ……あ、服のこと? へへーん、可愛いでしょ」
「いいんじゃねえの、似合ってるし」
「っ……遥真は、褒めてくれるんだ」
「似合ってたら言うくらいは。僕のことどれだけ冷たい奴だと思ってるんだよ」
「ち、ちがくて……こういう服、あんまり褒めてくれる人いなかったから……えと、嬉しくって!」
言葉通り褒められ慣れてないのか、小声で「えへへ」とはにかむ夜那。
つられてこっちも照れ臭くなって、自分のスマホを開いて逃げ込む。
……こいつも、相当苦労してるんだろうな。こういう場所に来るってことは何かしらに悩んでるって思っていいだろうし。
わざわざ口に出さないけど、まだ嬉しそうにしている夜那を見てから目を伏せる。
夜那も、認められたいんだな。“同類”って言い切ったあの日の夜那は随分と勘が鋭かったみたいだ。
「あ、そうだ。前にまた会ったら連絡先交換しよって言ったじゃん。今しよ!」
「拒否権は」
「ない。せっかくだしいいでしょ〜! さっきライヌのアイコン見えたし、他のSNSのまで聞こうと思ってないからっ」
「おねが〜い!」と両手を合わせ小声で頼んでくる夜那に、うっと言葉に詰まる。
ここまでして交換したいのかよ……プライドとかはないのか。
なんて呆れるけど、僕も冷血漢じゃない。これも何かの縁だし、同類らしいから連絡先のひとつくらいならいいか。
そう思ってメッセージアプリのQRコードを見せると、夜那は素早く読み込んで登録した。
「今スタンプ送ったから遥真も登録しといてね!」
「分かったよ」
隣にいるのに念を押され、監視されながら夜那を友達登録する。
今まで親と親族しかいなかった友達の欄に、【Yona Kurodera】という名前が追加された。
……ちょっと待て。この【Kurodera】ってのは苗字、だよな……?
「夜那――」
「白綾さーん、どうぞー」
嫌な予感を早く払拭しようと夜那を呼ぶも、看護師の声によって遮られてしまった。
でもこれをうやむやにできるほどの余裕はなく、診察室に行く前に夜那に振り返って言う。
「聞きたいことあるから、お前の診察終わるまで外で待ってるから。だからちょっと……付き合ってほしい」
「わ、分かった……」
夜那は何のことだか分かってない様子で、大きな目を何度も瞬かせている。
けど僕はそれを気にすることなく、面倒なカウンセリングを終わらせるため足早に診察室に入った。



