午後21時前。しばらく立ち上げていなかったパソコンに電源を入れて、その間に声のチェックをしておく。
何もかもどうでもよくなって焦って病んでた期間が今回は長かったから、上手く喋れるか今から不安に苛まれる。
……出なかったら出なかったでどうしようもないか。
《待ってたよはるしろさ〜ん! 全力待機!!》
《呟き見て飛んできた。まずはおかえりなさい、戻ってきてくれてありがとう》
《もうそろそろ始まるっ! ひぇ〜楽しみ〜!》
うわ、いつもより同時接続数が多い……そのくらい待たせてしまったんだろうな。
配信は結構な頻度でやってたからたくさん心配させてしまっただろうし、今日は長めに配信しよう。
数週間ほどしか離れていなかったのにこんなにも喜んでくれていることに頬が綻び、配信開始のボタンに触れる。
早く、僕の声を好きと言ってくれたみんなに声を届けたい――。
「皆さんこんばんは、はるしろの雑談配信に来てくださってありがとうございます。久しぶりの配信なので上手く声が出てるか心配なんですが、どうですかね……?」
《こんばんは〜! 今日もいい声ですよ〜!》
《マジありがとう配信してくれて。はるしろさんのおかげで明日も生きる》
《なんだか前の配信の時より元気そうですね! 安心しました!》
「たくさんコメントありがとうございます。そうですね、大きな問題が片付いたから……かもです」
相変わらず穏やかな空気が流れているチャット欄にほっこりして、ふっと肩から力が抜ける。
声もいつも通りみたいだし、これなら必要以上に心配することなく配信できそうだ。
画面上に表示されている微笑むはるしろの立ち絵を見つめて、同じように口角を上げる。
これまではずっとどこかに不安が残ってて、はるしろのイラストみたいに心から笑って配信できていなかった。
だから今笑えていることに、若干の違和感さえ覚えてしまう。
「ひだまりの皆さんにはたくさん心配をかけてしまったと思います、ごめんなさい。実は私生活のほうでちょっとしたトラブルがあって……それで僕が活動にまで手が回らなくなってしまったんです。でも今はもう解決しているので心配しないでください! 今日からはまた活動再開していきます!」
使っていない台本もたくさんあるし、まだまだ作ってみたい動画もある。一応お金も貰ってるわけだし、こんなところで活動をやめるわけにはいかない。
はっきりと僕が宣言すると、チャット欄の流れが目に見えて早くなる。
流れていくコメントはどれも僕の活動を喜んでくれていて、感極まりすぎたのか涙腺が刺激された。
リスナーの前で泣くわけにはいかないのに……今日はダメそうだ。
《ずっとはるしろさんのこと大好きです。決して無理なさらず、体調には気を付けてくださいね》
強めに下唇を噛んでいる時に、一瞬で流れていったのに目に止まったコメントがひとつあった。
……黒寺も見てる、のか。
下からの丁寧な口調、諭すような雰囲気、僕を気遣う言葉。
最古参リスナーの、MoonNightさんがそこにはいた。
中身を知っているからなんかむず痒いけど、この名前を見てももう気持ち悪さは湧き出てこない。
抱くのは、春の日向のような気持ちだけ。
「……皆さん、本当にありがとうございます。これからも頑張りますね!」
《あれ、はるしろさん泣いてる?》
《大丈夫ですか!? まだ体調戻ってないなら休んでもいいんですよ!》
《はるしろさん泣かないでくれ、俺まで泣いちまうよ》
出した声は、自分でも笑ってしまうくらい震えていた。それを目敏いリスナーが気付かないはずもなく、僕の慰め大会が始まりそうな勢いだ。
あぁほんと、はるしろとして活動してきてよかったなぁ……っ。
優しすぎるリスナーに囲まれて、鼓舞してくれる周りに恵まれて、認めてくれる友達兼恋人がいて……こんなに幸せを感じることって、ない。
僕はちゃんと、みんなに認められて受け入れられて……愛されていたんだ。
「思ったよりも長く雑談しちゃいましたね、そろそろ寝ようと思います。流石に眠くなってきたので……」
《時計見たら日越しそうでびっくり。三十分しか経ってないと思ってた》
《俺も眠くなってきた。はるしろさんと同じタイミングは運命でしかないから俺も寝る》
《明後日の動画楽しみに待ってますね! はるしろさんいい夢見てくださ〜い!》
気付けば三時間近くも配信をしていた事実に震えつつも、一人パソコンに向かって手を振る。
そのまま配信用のエンディングも流れ終わったところで配信を切り、固まっている体をぐーっと伸ばした。
時間忘れて配信したのはいつぶりだろう……楽しかった、な。
長時間座ってたから腰が痛いけど、そんなのが気にならないくらい楽しかった。
きちんとリスナーに向き合えた気がして、活動者としても成長できたような……なんて。
この先もずっと同じ生活を続けてたい。そう思った矢先に、キーボードの傍に置いていたスマホが前触れなく光った。
《はるー! 配信お疲れ様ー! ねぇねぇ、電話かけていい? ダメって言われてもかけるけどさっ》
そういうメッセージが飛んできたと思ったら、本当にかけてきたほしみや。
まぁこれも今に始まったことじゃないしな……今更だ。
「もしもし」
《配信よかったよ〜! こんなに長くやるとは思ってなかったけど》
「僕もだよ。流石に眠い」
《あはは、それもそうだよね〜! でもほんと、例の子と仲直りできてよかったじゃん。私も安心安心》
「親かよ」
《実質親みたいなもんでしょ》
「どこがだよ」
《ん〜……お節介焼きなとことか?》
「自覚あるなら直せよ」
けど実際、ほしみやのおかげで仲直りできたってとこはあるんだよな。ほしみやのお節介もたまには役に立つって分かったな。
言葉では毒づくも、胸中では感謝しているつもり。
ほしみやのお節介がなきゃ、今頃どうなってたか知り得ない。最悪の可能性だって目に浮かぶ。
僕は一人じゃ、何もできない子供だったから。
《そういやさ、例の子には告ったの?》
「今それ聞くのかよ」
《逆に今じゃなかったらいつ聞くのさ。で、どうなったの?》
「…………付き合うことになった、友達兼恋人として」
《えっ! すっごいじゃんはる! おめでと〜〜〜っっっ!!!》
「うるさ……」
夜中に鼓膜破りそうな声量出すなよ……。
祝われるのは嫌な気しないけどハイテンションすぎるほしみやにはついていけない。寝るって言ったのに寝かせてくれないし。
でも受け入れてくれてるのはありがたいから、今だけは素直になっておこう。
「ありがと、ほしみや」
《……はるが私に感謝するなんて何事? え、地球滅びる?》
「おい」
言わないほうがよかったな、これ。おちょくりたがりのほしみやの特性を知った上で言った僕も悪いけど。
そして、スマホ越しに《わはは》とツボったような笑い声が飛んでくる。何が面白かったんだよ。
その後もほしみやはずっと笑っていて、次第に僕もつられそうになったのは……別の話だ。
それから三日後、仲違いする前のように僕の家にやってきた黒寺は来て早々、以前の勝負の話を持ちかけてきた。
「遥真くん! すっかり忘れてたんだけどテストの点数勝負の結果見ようよ! 俺今日持ってきたからせーので見ようっ!」
「あー、そういえばやってたな、そんなこと。結果のやつ探すからちょっと待って」
「ちなみに遥真くん、自信のほどは?」
「自信しかない。過去最高点だったし」
「怖いなー。ま、俺も過去最高点取れてたんだけどね」
こっちも怖くなってきたな……黒寺の普段が分からないから、より。
顔がいい奴は大抵頭もいいという偏見を持ちながら、引っ張り出した結果の用紙を伏せて黒寺の前に置く。
黒寺はもう既に置いていて、幾度と見た不敵な笑みを浮かべていた。
「心の準備はいい?」
「勝ってると思うから別にいい」
「余裕だねー。じゃあ早く裏返しちゃおっか、せーのっ!」
今回の点数はほぼ満点、ケアレスミスさえ見なければ満点みたいなものだった。
だから黒寺が満点を取っていなければ勝ち確のはず。
……――だったのに。
「おー、同点だね。想定外だー」
「……マジかよ」
合計点が、一緒だ。何回見ても、一緒だ。
これには二人揃って唖然とするしかなく、開いた口が塞がらない状態。
この場合、勝敗って……。
「どうしようね、これ」
「勝負……なかったことにするしか」
「それはもったいないよー! じゃんけんで勝ったほうにしよ!」
「雑……」
「だってもうこうするしかないじゃん! まさか同点なんて思わなかったし!」
それはそうだけど……投げやり感が否めない。
じゃんけんする気満々の黒寺にどうしようもなくなって、深めの息をお腹の底から吐く。
僕には勝っても命令したいことはない、なくなった。だからどうなろうが別にいいのに。
だけど黒寺がそれで納得するはずなさそうで、せっかくだからと最後まで付き合うことにした。
「さっさと終わらせるぞ」
「うん! さーいしょはぐー! じゃーんけーん……ポン!」
「……嘘だろ」
「負けちゃったなー、遥真くんじゃんけん強いねー」
こんな運ゲーに強いも弱いもあるかよ……ってか、どうしよ。
黒寺の好きにされない権利を得たとはいえ、これといって実行したいものはない。全くと言っていいほどない。
「勝ちの譲渡とかする気――」
「ないね、俺は遥真くんに命令されちゃうのもいいなって思ったから」
「……ドマゾが」
「遥真くんが望むならサディストにもマゾヒストにもなれるよ?」
「きも」
「えー」
やっぱりこいつはどうしようもない変態だ。顔はいいのに変態とかもったいなさすぎだろ。
とか思うけど、やりたいことも特にないし……悩む。
こいつは命令しなくても全部付き合ってくれそうだし、わざわざ命令するものがなさすぎる。
でもせっかく得た権利、使わないのももったいない。
「…………ダメだ、思いつかない」
「まぁ無理に今考えなくてもいいんじゃない? 今後言うこと聞かせたいなーって思った時に使えばいいよ」
「お前はそれでいいのかよ」
「うん、遥真くんがすることは全部いいよって言っちゃうよ」
「全肯定botかよ」
「犯罪以外はね」
そりゃそうだ、てか犯罪犯す気とかないし。
至極真っ当なことを言う黒寺にいちいち返すのも疲れて、ゲーミングチェアに座り直す。
……けどこいつ、当たり前みたいに言ってるけどこの先もいてくれるんだな。
未来を期待させる言い方を静かに口の中で反芻して、口元が歪むのが分かる。
「そんな幸せそうな顔しちゃって、何考えてるの?」
「言わない」
「えー、そう言われたら言わせたくなっちゃうじゃん」
「じゃあ言わせてみろよ」
「……言ったね? ちゃんと自分の言葉には責任持ってね」
「当たり前だ」
言ったら調子乗るだろうから、これからどんな目に遭わせられようが絶対言わない。
そう決意した直後に降ってくる、抱えきれないほどの愛情。
これを全部抱えきるには、まだまだ長い時間がかかりそうだ。
【FIN】
何もかもどうでもよくなって焦って病んでた期間が今回は長かったから、上手く喋れるか今から不安に苛まれる。
……出なかったら出なかったでどうしようもないか。
《待ってたよはるしろさ〜ん! 全力待機!!》
《呟き見て飛んできた。まずはおかえりなさい、戻ってきてくれてありがとう》
《もうそろそろ始まるっ! ひぇ〜楽しみ〜!》
うわ、いつもより同時接続数が多い……そのくらい待たせてしまったんだろうな。
配信は結構な頻度でやってたからたくさん心配させてしまっただろうし、今日は長めに配信しよう。
数週間ほどしか離れていなかったのにこんなにも喜んでくれていることに頬が綻び、配信開始のボタンに触れる。
早く、僕の声を好きと言ってくれたみんなに声を届けたい――。
「皆さんこんばんは、はるしろの雑談配信に来てくださってありがとうございます。久しぶりの配信なので上手く声が出てるか心配なんですが、どうですかね……?」
《こんばんは〜! 今日もいい声ですよ〜!》
《マジありがとう配信してくれて。はるしろさんのおかげで明日も生きる》
《なんだか前の配信の時より元気そうですね! 安心しました!》
「たくさんコメントありがとうございます。そうですね、大きな問題が片付いたから……かもです」
相変わらず穏やかな空気が流れているチャット欄にほっこりして、ふっと肩から力が抜ける。
声もいつも通りみたいだし、これなら必要以上に心配することなく配信できそうだ。
画面上に表示されている微笑むはるしろの立ち絵を見つめて、同じように口角を上げる。
これまではずっとどこかに不安が残ってて、はるしろのイラストみたいに心から笑って配信できていなかった。
だから今笑えていることに、若干の違和感さえ覚えてしまう。
「ひだまりの皆さんにはたくさん心配をかけてしまったと思います、ごめんなさい。実は私生活のほうでちょっとしたトラブルがあって……それで僕が活動にまで手が回らなくなってしまったんです。でも今はもう解決しているので心配しないでください! 今日からはまた活動再開していきます!」
使っていない台本もたくさんあるし、まだまだ作ってみたい動画もある。一応お金も貰ってるわけだし、こんなところで活動をやめるわけにはいかない。
はっきりと僕が宣言すると、チャット欄の流れが目に見えて早くなる。
流れていくコメントはどれも僕の活動を喜んでくれていて、感極まりすぎたのか涙腺が刺激された。
リスナーの前で泣くわけにはいかないのに……今日はダメそうだ。
《ずっとはるしろさんのこと大好きです。決して無理なさらず、体調には気を付けてくださいね》
強めに下唇を噛んでいる時に、一瞬で流れていったのに目に止まったコメントがひとつあった。
……黒寺も見てる、のか。
下からの丁寧な口調、諭すような雰囲気、僕を気遣う言葉。
最古参リスナーの、MoonNightさんがそこにはいた。
中身を知っているからなんかむず痒いけど、この名前を見てももう気持ち悪さは湧き出てこない。
抱くのは、春の日向のような気持ちだけ。
「……皆さん、本当にありがとうございます。これからも頑張りますね!」
《あれ、はるしろさん泣いてる?》
《大丈夫ですか!? まだ体調戻ってないなら休んでもいいんですよ!》
《はるしろさん泣かないでくれ、俺まで泣いちまうよ》
出した声は、自分でも笑ってしまうくらい震えていた。それを目敏いリスナーが気付かないはずもなく、僕の慰め大会が始まりそうな勢いだ。
あぁほんと、はるしろとして活動してきてよかったなぁ……っ。
優しすぎるリスナーに囲まれて、鼓舞してくれる周りに恵まれて、認めてくれる友達兼恋人がいて……こんなに幸せを感じることって、ない。
僕はちゃんと、みんなに認められて受け入れられて……愛されていたんだ。
「思ったよりも長く雑談しちゃいましたね、そろそろ寝ようと思います。流石に眠くなってきたので……」
《時計見たら日越しそうでびっくり。三十分しか経ってないと思ってた》
《俺も眠くなってきた。はるしろさんと同じタイミングは運命でしかないから俺も寝る》
《明後日の動画楽しみに待ってますね! はるしろさんいい夢見てくださ〜い!》
気付けば三時間近くも配信をしていた事実に震えつつも、一人パソコンに向かって手を振る。
そのまま配信用のエンディングも流れ終わったところで配信を切り、固まっている体をぐーっと伸ばした。
時間忘れて配信したのはいつぶりだろう……楽しかった、な。
長時間座ってたから腰が痛いけど、そんなのが気にならないくらい楽しかった。
きちんとリスナーに向き合えた気がして、活動者としても成長できたような……なんて。
この先もずっと同じ生活を続けてたい。そう思った矢先に、キーボードの傍に置いていたスマホが前触れなく光った。
《はるー! 配信お疲れ様ー! ねぇねぇ、電話かけていい? ダメって言われてもかけるけどさっ》
そういうメッセージが飛んできたと思ったら、本当にかけてきたほしみや。
まぁこれも今に始まったことじゃないしな……今更だ。
「もしもし」
《配信よかったよ〜! こんなに長くやるとは思ってなかったけど》
「僕もだよ。流石に眠い」
《あはは、それもそうだよね〜! でもほんと、例の子と仲直りできてよかったじゃん。私も安心安心》
「親かよ」
《実質親みたいなもんでしょ》
「どこがだよ」
《ん〜……お節介焼きなとことか?》
「自覚あるなら直せよ」
けど実際、ほしみやのおかげで仲直りできたってとこはあるんだよな。ほしみやのお節介もたまには役に立つって分かったな。
言葉では毒づくも、胸中では感謝しているつもり。
ほしみやのお節介がなきゃ、今頃どうなってたか知り得ない。最悪の可能性だって目に浮かぶ。
僕は一人じゃ、何もできない子供だったから。
《そういやさ、例の子には告ったの?》
「今それ聞くのかよ」
《逆に今じゃなかったらいつ聞くのさ。で、どうなったの?》
「…………付き合うことになった、友達兼恋人として」
《えっ! すっごいじゃんはる! おめでと〜〜〜っっっ!!!》
「うるさ……」
夜中に鼓膜破りそうな声量出すなよ……。
祝われるのは嫌な気しないけどハイテンションすぎるほしみやにはついていけない。寝るって言ったのに寝かせてくれないし。
でも受け入れてくれてるのはありがたいから、今だけは素直になっておこう。
「ありがと、ほしみや」
《……はるが私に感謝するなんて何事? え、地球滅びる?》
「おい」
言わないほうがよかったな、これ。おちょくりたがりのほしみやの特性を知った上で言った僕も悪いけど。
そして、スマホ越しに《わはは》とツボったような笑い声が飛んでくる。何が面白かったんだよ。
その後もほしみやはずっと笑っていて、次第に僕もつられそうになったのは……別の話だ。
それから三日後、仲違いする前のように僕の家にやってきた黒寺は来て早々、以前の勝負の話を持ちかけてきた。
「遥真くん! すっかり忘れてたんだけどテストの点数勝負の結果見ようよ! 俺今日持ってきたからせーので見ようっ!」
「あー、そういえばやってたな、そんなこと。結果のやつ探すからちょっと待って」
「ちなみに遥真くん、自信のほどは?」
「自信しかない。過去最高点だったし」
「怖いなー。ま、俺も過去最高点取れてたんだけどね」
こっちも怖くなってきたな……黒寺の普段が分からないから、より。
顔がいい奴は大抵頭もいいという偏見を持ちながら、引っ張り出した結果の用紙を伏せて黒寺の前に置く。
黒寺はもう既に置いていて、幾度と見た不敵な笑みを浮かべていた。
「心の準備はいい?」
「勝ってると思うから別にいい」
「余裕だねー。じゃあ早く裏返しちゃおっか、せーのっ!」
今回の点数はほぼ満点、ケアレスミスさえ見なければ満点みたいなものだった。
だから黒寺が満点を取っていなければ勝ち確のはず。
……――だったのに。
「おー、同点だね。想定外だー」
「……マジかよ」
合計点が、一緒だ。何回見ても、一緒だ。
これには二人揃って唖然とするしかなく、開いた口が塞がらない状態。
この場合、勝敗って……。
「どうしようね、これ」
「勝負……なかったことにするしか」
「それはもったいないよー! じゃんけんで勝ったほうにしよ!」
「雑……」
「だってもうこうするしかないじゃん! まさか同点なんて思わなかったし!」
それはそうだけど……投げやり感が否めない。
じゃんけんする気満々の黒寺にどうしようもなくなって、深めの息をお腹の底から吐く。
僕には勝っても命令したいことはない、なくなった。だからどうなろうが別にいいのに。
だけど黒寺がそれで納得するはずなさそうで、せっかくだからと最後まで付き合うことにした。
「さっさと終わらせるぞ」
「うん! さーいしょはぐー! じゃーんけーん……ポン!」
「……嘘だろ」
「負けちゃったなー、遥真くんじゃんけん強いねー」
こんな運ゲーに強いも弱いもあるかよ……ってか、どうしよ。
黒寺の好きにされない権利を得たとはいえ、これといって実行したいものはない。全くと言っていいほどない。
「勝ちの譲渡とかする気――」
「ないね、俺は遥真くんに命令されちゃうのもいいなって思ったから」
「……ドマゾが」
「遥真くんが望むならサディストにもマゾヒストにもなれるよ?」
「きも」
「えー」
やっぱりこいつはどうしようもない変態だ。顔はいいのに変態とかもったいなさすぎだろ。
とか思うけど、やりたいことも特にないし……悩む。
こいつは命令しなくても全部付き合ってくれそうだし、わざわざ命令するものがなさすぎる。
でもせっかく得た権利、使わないのももったいない。
「…………ダメだ、思いつかない」
「まぁ無理に今考えなくてもいいんじゃない? 今後言うこと聞かせたいなーって思った時に使えばいいよ」
「お前はそれでいいのかよ」
「うん、遥真くんがすることは全部いいよって言っちゃうよ」
「全肯定botかよ」
「犯罪以外はね」
そりゃそうだ、てか犯罪犯す気とかないし。
至極真っ当なことを言う黒寺にいちいち返すのも疲れて、ゲーミングチェアに座り直す。
……けどこいつ、当たり前みたいに言ってるけどこの先もいてくれるんだな。
未来を期待させる言い方を静かに口の中で反芻して、口元が歪むのが分かる。
「そんな幸せそうな顔しちゃって、何考えてるの?」
「言わない」
「えー、そう言われたら言わせたくなっちゃうじゃん」
「じゃあ言わせてみろよ」
「……言ったね? ちゃんと自分の言葉には責任持ってね」
「当たり前だ」
言ったら調子乗るだろうから、これからどんな目に遭わせられようが絶対言わない。
そう決意した直後に降ってくる、抱えきれないほどの愛情。
これを全部抱えきるには、まだまだ長い時間がかかりそうだ。
【FIN】



