その後、受け入れてくれた父さん主催で僕と黒寺への質問大会が始まった。
買ってきたケーキと母さんの淹れてくれた紅茶を堪能しながら目の前に座っている父さんは、わくわくした様子で口を開く。
「二人の馴れ初めってどこから? どっちが先に好きになったんだい?」
「こらお父さん。あんまりズカズカ聞くものじゃないわよ、言いたくないこともあるだろうし」
「いえ、お気になさらないでください。多分好きになったのは俺のほうが先です。だよね、遥真くん」
「……僕が嫌ってる段階から好き好きうるさかったからな」
黒寺が買ってくれたケーキを少しずつ食べながら、投げられた時にだけ答える。
基本は黒寺が喋ってくれるから気は楽だし、もう既に父さんとも打ち解けてるから放っておいてもいいと思う。
母さんが僕たちの関係をどう思ってるかはまだ分からない。だけど黒寺を追い出さないってことは、多少は認めてくれてるって思っていいんだろうか。
その僕の心を読んだみたいに、母さんはくすっと目尻を下げた。
「お母さんも二人のこと、応援してるわよ。黒寺くんはいい子だし、むしろくっついて安心してるのよ?」
「……」
「あ、遥真疑ってるでしょ? 本当よ、遥真が健全な形で幸せになってくれるならお母さんはそれだけでいいの。そこに相手も場所も時間も関係ない、分かった?」
「……ありがと」
僕が同性愛とかにあまり拒否反応がないのは、この両親のおかげな気がしてきた。
やっと緊張が解れてきたのかふーっと長い息を吐くと、ずっと聞けないでいた質問を思い出す。
今なら……今の、認めてもらえてるって思ってる僕なら、聞ける。
「なぁ、黒寺」
「どうしたの?」
「お前ははるしろの活動初期からいただろ」
「そうだね、はるしろさんを見つけたのは中三の始めだったし」
「じゃあ……いつ、僕とはるしろが同一人物だって気付いた? お前と話したことなんてなかっただろ」
否定されるのが怖くて、面白がられてるかもと怖くて、真実から逃げていた。
それは今も分からないことで、はったりで確信がなかったかもしれないし面白半分かもしれない。
しかもよくよく考えれば僕と黒寺は言葉を交わしたことがないはず。こんなイケメンだったら嫌でも覚えてるだろうし。
今思えば不明なところしかなくてそのまま言葉にすると、黒寺は眉尻を下げた。
「話したことはちょっとだけあるよ、中二の冬くらい。その時からずっと、遥真くんのこと好きなんだよ。だから高校も追っかけたのに」
「え」
「前も言ったけど、はるしろさんより遥真くんを好きになったほうが先だからね。気付いたのは声で、可愛くて俺好みな声だったから、でいいかな?」
けどあっさりと、僕の声も褒めた黒寺。その表情に嫌味やからかいは一切なく、ただ純粋に口にしただけに見える。
……恥ずかしいとかこいつの辞書にはないんだろうか。
僕だったら絶対に言えないような言葉を自然に言ってくるこいつには、何年かかっても勝てる未来が見えない。
「僕は話したこと、覚えてないんだけど」
「あの時の遥真くんは必死そうだったからね、覚えてなくても無理ないよ。でもね遥真くん、これだけは覚えててね」
「何を」
「俺は絶対、遥真くんに嘘は吐かないよ。遥真くんのこと大事だから」
相好を崩した黒寺はさながら王子のよう。こんなかっこいい奴に目をつけられるなんて、数週間前までは疑ってしかいなかった。
勝てるわけないな、こんな奴に。勝とうとしてることが間違ってる。
「そうかよ」
でも勝てなくても、どれだけ僕が情けなくても……黒寺は一緒にいてくれる。
今なら自信を持ってそう思えるから、いつものようにあしらうことができた。
「それじゃあそろそろお暇します、突然来たのにも関わらずたくさんお話できて嬉しかったです」
「また絶対来てね月騎くん……っ!」
「もちろんです。……遥真くんもまたね、帰ったら連絡するから」
「……気を付けて帰れよ」
「うん」
家族に心配させるかも、と紳士っぽいことを言って黒寺は帰っていった。
もう夕飯時だしそりゃ帰るよな……それはどうにもできない。
ちょっとは寂しいとかも感じる、けど。いや待て、僕本格的にメンヘラになってきてないか……?
恋は盲目だとか色々言われる恋のダメなところを嫌でも体験してしまい、戒めのために腕をつねる。
……普通に痛い。
一人で何やってんだか、とため息を零しながらリビングに入る。
その時、タイミングを見計らっていたみたいに固定電話が鳴り響いた。
「ごめん遥真、ちょっと出てくれなーい?」
「わ、分かった」
晩ご飯の準備をしている母さんと、二階で自分の荷物を解いている父さん。
だから消去法で僕が出るしかなく、仕方なしに受話器を取った。
「はい、白綾です」
《あれ……その声、もしかして白綾くんですか?》
「はい、そうですけど……」
久しぶりに握る受話器の感覚を思い出しながら応答すると、聞こえてきたのは最近聞いたばかりの声。
反応からしても相手が誰なのかすぐ理解して、投げやりな返事をしてしまった。
《お久しぶりです、白綾くん。調子はどうですか?》
「……普通です。あの、母に変わりましょうか?」
《いえ、せっかくなので白綾くんとお話したいです。少しだけなので、いいですか?》
「……はい」
テストの日ぶりに聞いた灰渕先生の声はあの日と変わらず優しくて、こっちが申し訳なく感じてしまう。
先生はこんな無愛想な僕に冷たい態度を取ることなく、受話器越しにふふっと笑っていた。
《今年は暑いですね。白綾くんはどこかに行く予定はありますか?》
「いえ……今のところはない、です」
《それもいいですね、夏休みはどこも人でいっぱいでしょうし。ちなみに僕もどこにも行く予定はありません。家でゆっくりします》
「そうですか。……先生、ひとつ聞いてもいいですか」
《はい、何でしょう》
「……僕は、みんなに認められると思いますか。この声も僕も、みんなは受け入れてくれると、思いますか」
みんな、というのはクラスメイトのこと。
高校には一ヶ月しか通っていないからクラスメイトとはほぼ関わりがなく、からかわれたことも悪口を言われたこともない。
ただ中学の時いじられてただけで高校でもいじられると決めつけていて……行けていないだけなんだ。
行ってみたら違うかも、みんな優しいかも。頑張って通っていた時にいつも考えていたそれは、いつしか僕の頭からいなくなってしまっていた。
だけど、今の僕には黒寺がいる。同じクラスでイケメンで、理解者の黒寺がいる。
そんな黒寺がいるクラスなら……僕は、少しでも通えるかもしれない。
『変な声』
『白綾のせいで』
『可哀想な白綾』
「っ、僕は……本当は、頑張りたいん、です。こんな変な声も、色んな人のおかげで自信を持てて……っ、今は僕を認めてくれる人もいて……無理でも、頑張ってみたいです……」
行ったところでパニックになって、元通りになる可能性だってゼロじゃない。
声に拒否感を示す人もいるだろうし、行くその日になってやっぱり嫌だってなると思う。
それでも今、今だけは前向きでいられる。無遠慮な恋人のおかげで。
《……僕のクラスのみんなは、白綾くんを受け入れてくれますよ。僕もいつもみんなに助けてもらっているし、ドジな先生でもみんな優しく接してくれます。声や性格で白綾くんを傷つける人はいないと、断言できます》
語気が強い。それくらい先生は、本気でいないと思ってるってか。
この半端な勇気は、今だけな気しかしない。明日になったら前言撤回したいと、あれは嘘だと言いたくなる未来もある。むしろそっちのほうが可能性としては高い。
《白綾くんのペースでいいんです。ダメならダメでもいいんです、誰も咎めません。白綾くんが頑張ってるって、みんな分かってくれます。なので、無理だけはしないでください。焦らないで、一日がダメになったとしても全てがダメになるわけじゃないんですから》
「……」
《白綾くんがそれを嫌と思うなら、みんなでサポートします。嫌になったら傍にいます。僕は……生徒が、白綾くんが楽しく元気に毎日を送れたら充分なんです》
「あり、がとう……ございます」
消え入りそうなお礼が、静かなリビングに木霊する。
……先生のこのまっすぐさは、やっぱり苦手だ。
でもそんな先生だから……もやってるこれを打ち明けようって気になった。
僕の周りにいる人って、まっすぐぶつけてくる人……多いな。ないものねだりはこういうのを言うんだな。
買ってきたケーキと母さんの淹れてくれた紅茶を堪能しながら目の前に座っている父さんは、わくわくした様子で口を開く。
「二人の馴れ初めってどこから? どっちが先に好きになったんだい?」
「こらお父さん。あんまりズカズカ聞くものじゃないわよ、言いたくないこともあるだろうし」
「いえ、お気になさらないでください。多分好きになったのは俺のほうが先です。だよね、遥真くん」
「……僕が嫌ってる段階から好き好きうるさかったからな」
黒寺が買ってくれたケーキを少しずつ食べながら、投げられた時にだけ答える。
基本は黒寺が喋ってくれるから気は楽だし、もう既に父さんとも打ち解けてるから放っておいてもいいと思う。
母さんが僕たちの関係をどう思ってるかはまだ分からない。だけど黒寺を追い出さないってことは、多少は認めてくれてるって思っていいんだろうか。
その僕の心を読んだみたいに、母さんはくすっと目尻を下げた。
「お母さんも二人のこと、応援してるわよ。黒寺くんはいい子だし、むしろくっついて安心してるのよ?」
「……」
「あ、遥真疑ってるでしょ? 本当よ、遥真が健全な形で幸せになってくれるならお母さんはそれだけでいいの。そこに相手も場所も時間も関係ない、分かった?」
「……ありがと」
僕が同性愛とかにあまり拒否反応がないのは、この両親のおかげな気がしてきた。
やっと緊張が解れてきたのかふーっと長い息を吐くと、ずっと聞けないでいた質問を思い出す。
今なら……今の、認めてもらえてるって思ってる僕なら、聞ける。
「なぁ、黒寺」
「どうしたの?」
「お前ははるしろの活動初期からいただろ」
「そうだね、はるしろさんを見つけたのは中三の始めだったし」
「じゃあ……いつ、僕とはるしろが同一人物だって気付いた? お前と話したことなんてなかっただろ」
否定されるのが怖くて、面白がられてるかもと怖くて、真実から逃げていた。
それは今も分からないことで、はったりで確信がなかったかもしれないし面白半分かもしれない。
しかもよくよく考えれば僕と黒寺は言葉を交わしたことがないはず。こんなイケメンだったら嫌でも覚えてるだろうし。
今思えば不明なところしかなくてそのまま言葉にすると、黒寺は眉尻を下げた。
「話したことはちょっとだけあるよ、中二の冬くらい。その時からずっと、遥真くんのこと好きなんだよ。だから高校も追っかけたのに」
「え」
「前も言ったけど、はるしろさんより遥真くんを好きになったほうが先だからね。気付いたのは声で、可愛くて俺好みな声だったから、でいいかな?」
けどあっさりと、僕の声も褒めた黒寺。その表情に嫌味やからかいは一切なく、ただ純粋に口にしただけに見える。
……恥ずかしいとかこいつの辞書にはないんだろうか。
僕だったら絶対に言えないような言葉を自然に言ってくるこいつには、何年かかっても勝てる未来が見えない。
「僕は話したこと、覚えてないんだけど」
「あの時の遥真くんは必死そうだったからね、覚えてなくても無理ないよ。でもね遥真くん、これだけは覚えててね」
「何を」
「俺は絶対、遥真くんに嘘は吐かないよ。遥真くんのこと大事だから」
相好を崩した黒寺はさながら王子のよう。こんなかっこいい奴に目をつけられるなんて、数週間前までは疑ってしかいなかった。
勝てるわけないな、こんな奴に。勝とうとしてることが間違ってる。
「そうかよ」
でも勝てなくても、どれだけ僕が情けなくても……黒寺は一緒にいてくれる。
今なら自信を持ってそう思えるから、いつものようにあしらうことができた。
「それじゃあそろそろお暇します、突然来たのにも関わらずたくさんお話できて嬉しかったです」
「また絶対来てね月騎くん……っ!」
「もちろんです。……遥真くんもまたね、帰ったら連絡するから」
「……気を付けて帰れよ」
「うん」
家族に心配させるかも、と紳士っぽいことを言って黒寺は帰っていった。
もう夕飯時だしそりゃ帰るよな……それはどうにもできない。
ちょっとは寂しいとかも感じる、けど。いや待て、僕本格的にメンヘラになってきてないか……?
恋は盲目だとか色々言われる恋のダメなところを嫌でも体験してしまい、戒めのために腕をつねる。
……普通に痛い。
一人で何やってんだか、とため息を零しながらリビングに入る。
その時、タイミングを見計らっていたみたいに固定電話が鳴り響いた。
「ごめん遥真、ちょっと出てくれなーい?」
「わ、分かった」
晩ご飯の準備をしている母さんと、二階で自分の荷物を解いている父さん。
だから消去法で僕が出るしかなく、仕方なしに受話器を取った。
「はい、白綾です」
《あれ……その声、もしかして白綾くんですか?》
「はい、そうですけど……」
久しぶりに握る受話器の感覚を思い出しながら応答すると、聞こえてきたのは最近聞いたばかりの声。
反応からしても相手が誰なのかすぐ理解して、投げやりな返事をしてしまった。
《お久しぶりです、白綾くん。調子はどうですか?》
「……普通です。あの、母に変わりましょうか?」
《いえ、せっかくなので白綾くんとお話したいです。少しだけなので、いいですか?》
「……はい」
テストの日ぶりに聞いた灰渕先生の声はあの日と変わらず優しくて、こっちが申し訳なく感じてしまう。
先生はこんな無愛想な僕に冷たい態度を取ることなく、受話器越しにふふっと笑っていた。
《今年は暑いですね。白綾くんはどこかに行く予定はありますか?》
「いえ……今のところはない、です」
《それもいいですね、夏休みはどこも人でいっぱいでしょうし。ちなみに僕もどこにも行く予定はありません。家でゆっくりします》
「そうですか。……先生、ひとつ聞いてもいいですか」
《はい、何でしょう》
「……僕は、みんなに認められると思いますか。この声も僕も、みんなは受け入れてくれると、思いますか」
みんな、というのはクラスメイトのこと。
高校には一ヶ月しか通っていないからクラスメイトとはほぼ関わりがなく、からかわれたことも悪口を言われたこともない。
ただ中学の時いじられてただけで高校でもいじられると決めつけていて……行けていないだけなんだ。
行ってみたら違うかも、みんな優しいかも。頑張って通っていた時にいつも考えていたそれは、いつしか僕の頭からいなくなってしまっていた。
だけど、今の僕には黒寺がいる。同じクラスでイケメンで、理解者の黒寺がいる。
そんな黒寺がいるクラスなら……僕は、少しでも通えるかもしれない。
『変な声』
『白綾のせいで』
『可哀想な白綾』
「っ、僕は……本当は、頑張りたいん、です。こんな変な声も、色んな人のおかげで自信を持てて……っ、今は僕を認めてくれる人もいて……無理でも、頑張ってみたいです……」
行ったところでパニックになって、元通りになる可能性だってゼロじゃない。
声に拒否感を示す人もいるだろうし、行くその日になってやっぱり嫌だってなると思う。
それでも今、今だけは前向きでいられる。無遠慮な恋人のおかげで。
《……僕のクラスのみんなは、白綾くんを受け入れてくれますよ。僕もいつもみんなに助けてもらっているし、ドジな先生でもみんな優しく接してくれます。声や性格で白綾くんを傷つける人はいないと、断言できます》
語気が強い。それくらい先生は、本気でいないと思ってるってか。
この半端な勇気は、今だけな気しかしない。明日になったら前言撤回したいと、あれは嘘だと言いたくなる未来もある。むしろそっちのほうが可能性としては高い。
《白綾くんのペースでいいんです。ダメならダメでもいいんです、誰も咎めません。白綾くんが頑張ってるって、みんな分かってくれます。なので、無理だけはしないでください。焦らないで、一日がダメになったとしても全てがダメになるわけじゃないんですから》
「……」
《白綾くんがそれを嫌と思うなら、みんなでサポートします。嫌になったら傍にいます。僕は……生徒が、白綾くんが楽しく元気に毎日を送れたら充分なんです》
「あり、がとう……ございます」
消え入りそうなお礼が、静かなリビングに木霊する。
……先生のこのまっすぐさは、やっぱり苦手だ。
でもそんな先生だから……もやってるこれを打ち明けようって気になった。
僕の周りにいる人って、まっすぐぶつけてくる人……多いな。ないものねだりはこういうのを言うんだな。



