最古参リスナーが執着をやめてくれない。

 ただ僕は、いつも飲んでる薬を貰いに外に出ただけなのに。
 本当にそれだけだったのに、何で僕は追いかけられてるんだ。

「遥真くん!!」
「……っ、はー……くろ、でら」

 会いたかったはずだけど、今は関わってほしくない黒寺に。
 ていうかこいつ、さっきまで女子と一緒にいただろ……? なんかいい感じだったし、追いついてきたってことはあの女子置いてきたのか?
 久々に見たけど黒寺の生態は全く分からず、とにかく距離を取ろうと一歩ずつ後ずさる。

「遥真くん」
「手、離せよ……! つーか何でわざわざ追いかけてきてんだ!」
「だって、遥真くんに誤解されたくなかったから」
「誤解……って、何のだよ……」
「顔、見れば分かるよ。そんな苦しそうな顔で泣いてたら、誤解されたって誰でも思うよ」
「っ……や、めろ、よ」
「無理」

 左腕をとんでもない力で掴まれ、逃げ場所もなくてせめて右手で顔を隠す。
 黒寺の顔も見たくないし、自分の顔も見られたくない。泣いてないって言いたいのに、頬に伝う雫がそれを阻止してくる。
 嫌だ、絶対こんな顔見せられない。こんな惨めな僕を見ないでくれ。
 ……勝手に嫉妬した醜い僕を、見ないでくれ!

「遥真くん」
「み、見んな……っ」
「やだよ、泣いてる遥真くんほっとけない」
「ほ、っとけよ……僕に構うな!」
「……じゃあ、どうして泣いてるの? 俺と会ったのがそんなに嫌、だった?」

 強引に長くしていた前髪を上げられたせいで、黒寺がどんな顔をしているかしっかり見える。
 切ない声色の説得力を高めるように、眉根を下げて泣きそうに笑っている黒寺。
 このままにしていたら黒寺も泣きそうな勢いに、ぎこちなく口が動く。
 違う、嫌じゃ……ない。
 黒寺のことが嫌なわけじゃ、ない。

「そうじゃないっ……黒寺が僕に飽きたんだって、思ったんだよ……!」

 もう、認めるさ。認めざるを得ないだろ。
 僕は黒寺のことが――好きだ、好きになってしまった。
 黒寺がいつも好きだと言ってくるから、友達以上のことを平気でしてくるから……全部、黒寺が悪い。
 黒寺のせいで、いないと困る。
 それなのにこいつは女子と仲良さそうにしてて、散々弄ばれたんだって悲しいから泣いてんだ。
 何で無責任なことするんだ、って。

「お前のせいでお前がいるのが当たり前になってんのに、別の奴のとこにフラフラ行って……僕のこと好きなのか嫌いなのかはっきりしろよ!!」
「っ、好きに決まってるだろ! 俺が遥真くんに飽きるとか、絶対ないのに!」
「……じゃあ、何で……何で僕を一人にするんだよ! ずっとお前に会いたくて、仕方なかったってのに……っ」

 責任転嫁にもほどがあるのは痛いほど自覚している。
 だけど全部を黒寺のせいにしないと自分が壊れてしまいそうで、それくらいキャパオーバーになっていた。
 これで愛想を尽かされてもいい。嫌だけど自業自得だって割り切れる。

「ごめんね、遥真くん。寂しくさせちゃって、ごめんね」

 なのにこいつは、どこまでも無償の優しさを見せる。
 駄々をこねる子供みたいに黒寺を突き放そうとする僕に対し、黒寺は軽いタッチでしっかり抱きしめてきた。

「ふふ、俺が遥真くんのこと嫌いになるわけないじゃん。大好きだよ、ずっと」
「……どれくらい」
「んー、難しいこと言うなぁ……でもこの世で生きてる誰よりも好き。遥真くんいたらもう何にも要らない」
「おも」
「でも軽かったら遥真くん拗ねるでしょ」
「……」
「あはは、素直だねー」

 容赦なく更に力を込めてくる黒寺の肩に顔を埋めながら、ぐりぐり頭を動かす。
 こいつの手中に大人しく収められてるのが気に食わないけど、それ以上に心地いいと思ってしまう。
 僕が突き放してしまった分を黒寺が埋めて、惜しげもなく愛を囁いてくる。
 ……よかった、飽きられてなくて。
 やっぱり僕は、黒寺に嫌われたら死んでしまう。

「黒寺」
「ん? どうしたの?」
「本当にずっと……ずっと、近くにいろよ」
「……うん、もちろん。もう絶対一人になんてさせないから」

 僕の体を抱きしめていた腕を、今度は腰を支えるように抱く黒寺。
 それが何を意味するかは恋愛系の台本多めな僕にはなんとなく分かってしまい、咄嗟に手が出そうになる。
 でも目の前にいる奴が支えている腕とは別の腕で止めてきて、体がガチガチに固まる。

「へ、変なことすんなよ」
「うん、まだしないよ。変なことは自分たちで責任が取れる年になってから、ね?」

 なんか、そうだけどそうじゃない。
 そう口にするのは無粋な気がして、やってくる一瞬の甘さに身を委ねることにした。

「……ちゅー、しちゃったね」
「ばっ……ばかやろ」
「ははっ、相変わらず酷いなぁ」

 キスじゃないほうで言うのが生々しくて、火照った頬を全力で冷ましながら悪態を吐く。
 だけど当の本人はそんなの気に止める様子もなく、ずっと蕩けたような顔で僕を見つめてきていた。



「あ……ごめん、ちょっと電話出ていい? 母さんからなんだけど」
「うん、いいよ。じゃあケーキ選んどくねっ」
「僕のはチョコ系で」
「分かってる」

 仲直りした足で来たのは、僕の家の近くにあるケーキ屋。
 何でも黒寺が「仲直りした記念!」とか言い出して、自分が全額払うからと聞かなかった。
 まぁケーキは嫌いじゃないし、黒寺が買ってくれるならいいか。
 そんな気持ちを持ったまま、一旦店を出て母さんからの電話に出る。

「もしもし?」
《遥真、今日お父さん帰ってくるって。さっき連絡貰ったから一応遥真にも言っておこうと思って》
「でも父さん、帰ってくるの来週じゃなかったっけ」
《仕事が上手くいきすぎて早まったんだって。もう空港には着いたって行ってたからもしかしたら遥真よりお父さんのほうが早く帰ってくるかもしれないわね》
「……分かった、もうちょっとしたら帰る。……あと、黒寺も連れてくから」
《っ! 分かったわ、気を付けてね》

 黒寺の名前を出した途端、母さんの声が嬉しそうに上ずる。
 結構心配かけてただろうし、改めて仲直りしたって言っとかないとな……。
 けど、父さん帰ってくるのか。じゃあ父さんの分も買わないと。
 元々母さんの分は僕が買うって説得してたし、黒寺には言うだけ言っとこう。

「遥真くん、こっちのとあっちのだったらどっちがいい?」
「……あっちので」
「りょーかい」
「あと……父さん家にいるかもしれないから、顔合わせることになるかも。これまでは単身赴任中だったからいなかったけど」
「そうなんだ……そっか、なら挨拶できるね。遥真くんとお付き合いさせてもらってますって」

 さも当然かのように爆弾を口にした黒寺は、本当に楽しそうにケーキを選びながら笑っている。
 お付き合い……そうだよな、ちゃんとした告白はなかったけどキスもしたし、恋人、なんだよな。
 あまりの怒涛の展開に正直まだ現状を把握できていないけど、唇に残る熱はまだ冷めない。

「別にいいから、しなくて」
「えー、でも生涯を共にするんだから早めに言っておくに越したことはないでしょ? 俺、ちゃんと遥真くんのご両親と仲良くなりたいから」

 もう母さんとは気心が知れてるとは思うけどな……。
 そう思いながらも僕は、引っかかった言葉を黒寺本人に確かめる。

「生涯、なんて簡単に言うなよ。叶わなかった時が嫌だし」
「そんな心配してるの? 大丈夫だよ、俺は遥真くんしか好きになれないから。あっ、何ならこの後ペアリングでも見に行く?」
「行かない」
「ふふっ、さすがにか」
「……いつか、ならいいけど」
「え、へへ……そっか、そっかぁ……うん、いつか行こうね」

 こいつ、ちょっと可愛い気がしてきた。バカ素直だし、顔に出やすいし。
 僕の根拠のない言葉ひとつでへにゃりと微笑む黒寺がでかい犬に見えて、ついつい自分の頬も綻ぶ。
 ……いや、僕こんなチョロかったか? 黒寺と仲直りできたからって浮かれすぎだろ。
 恋愛ってこんなに人をチョロくさせるんだな、恐ろしい。母さんと父さんの分のケーキも選びながら、しみじみとそう感じた。



「……やっぱり父さんのほうが早かったか」

 無事ケーキを買って家の目の前でスマホを開くと、なんとなく予想していた通り《お父さん帰ってるよ》というメッセージが残っていた。
 別に父さんがいようがいまいが何かが変わるわけじゃないけど、黒寺と父さんを合わせるのに僕が緊張している。
 父さんも母さんと似たような感じだし、ここで心配しても仕方ないのは分かってる。
 でも……認められなかったら、怖い、な。

「ねね、遥真くん」
「何だよ――……っ」
「おまじない。緊張してる顔してたから」

 って言いながら、自分がしたかっただけじゃないのかよ……。
 流れるように頬に唇を落としてきた黒寺を強く睨むも、本人は気持ち悪いくらいニコニコしてばかり。
 ……こいつといるとほんと、調子狂う。
 今更すぎるその言葉は、きっと黒寺を逆に喜ばせてしまう気がしてぐっと飲み込んだ。

「……ただいま」
「お邪魔しまーす」

 意を決す……ほどではないけど、気持ちを固めて家に入る。
 黒寺もしれっと足を踏み入れると、直後家の奥からとんでもない音がした。
 ――それに、気を取られていると。

「遥真おかえりーーーっっっ!!! 遥真〜っ、お父さん帰ってきたよ〜!! 今まで寂しい思いさせてごめんねぇ〜!」
「うわっ!? と、父さんやめろよっ……重いし……」
「遥真への愛もこのくらいだからヨシ!」

 何が「ヨシ!」だよ……! 単身赴任でちょっとは子離れできてると思ったのに、結局こうなるのかよ……。
 半年ぶりに会った父さんに力強く抱きしめられてると、「お!」と父さんが今度は黒寺に矛先を向けた。

「キミが遥真の友達の黒寺くんだね! 名前は何て言うんだい?」
「初めまして、お邪魔しています。名前は月騎と言います、月に騎士の騎で月騎です」
「月騎くんかぁ〜! 名は体を表すって言うけどこういうことか! 名前も見た目もかっこいいね!」
「ありがとうございます」

 話しながらようやく僕から距離を取った父さんは、黒寺を気に入ったのかずっと微笑んでいる。
 母さんの時も思ったけど喜び過ぎじゃないか……? これが親バカってものか。
 そう呆れながら靴を脱いでると、黒寺が突然「あっ」と声を発した。

「ひとつだけ訂正させてください。俺は遥真くんの友達でもあり、恋人です」
「はっ!? おい黒寺っ、今言わなくても……!」
「こい、びと……?」

 こいつが予想外な行動を取るのは今に始まったことじゃない。
 だけどそんな大事なこと、サラッと言うなよ……! さすがの父さんも動揺してる、し……。

「そっか……二人は恋仲なのかぁ……。お父さんは応援してるよ、二人のこと! 遥真に、ここまで気の許せる人がいたなんてぇ〜……お父さん嬉しい〜」

 黒寺を止めるために急いで口を塞ぐけど、先に父さんが泣き始めてしまった。それはそれはもう大号泣で。
 けど、嬉しいって……確かに父さんは何でも受け入れるスタンスだったけど。

「よかったね、遥真くん。お父さん優しいね」
「……まぁ」

 こんなの、認めてもらえるかもってウジウジ悩んでたのがバカみたいだ。
 いや、実際バカか僕は。一人で焦って空回りして、散々振り回して。
 でもこいつは、こんな惨めでバカな僕が好きらしい。
 だからその絶対的な愛だけは……これからも揺るがないでいてほしい。宣言した通り、僕だけにしていてほしい。