僕たちは所詮ワンナイトで、極めて健全な良き友人です

卒業式が終わり、校内には開放感としがみつくような名残惜しさが混在していた。
私はひとり、三階の端にある「いつもの」空き教室で窓の外を眺めていた。
「…ここにいたんですね」
振り返らなくてもわかる、低くて無駄に響きのいい声。
「あ、先輩……なんだ、泣いてないのか」
「舌打ちしないでください。あと、残念そうにするのもやめてください。」
 
明井 叶人(あけい かなと)
「イケメンは性格に難あり」という言葉のお手本のような男だ。アイドルとまではいかないが、そこらの高校生の中では群を抜いて整った顔立ちをしている。系統で言えば、凛とした「美人系」。背は高い方だが体つきは華奢で、黙っていれば「窓辺に佇む儚げな美青年」で通るのに、いかんせん口を開くと、相手の脳を疲れさせるような理屈の弾丸が止まらない。
さらに言えば、夏は肩まで髪を伸ばしてハーフアップにし、冬になるとその髪を首筋が見えるほど切るという、季節間がバグっている変人でもある。
 
「先輩もついに卒業なんだね」
 先輩は私の隣に来て、並んで窓の外を見た。
「卒業しても何も変わりませんよ。あなたは三年になって、僕は大学生になる。この空き教室にあなたは一人だけになって、僕は新天地でぼっちになる、それだけです。……あと、僕は「高校生割」が使えなくなる。これは僕のお財布に致命的なダメージを与えますね。」
「結構変わるじゃん。というか、感傷より先に財布の心配するな。もっとないの?まだ、空き教室とお金の話しか出てないけど」
「ま、そんなことはどうでもいいんです。」
「週一は会おうね」
「知ってます?僕の進学先、意外と頭のいい、課題の多いところなんですけど…………。というか、定期的に会うなんて僕はあなたの彼女かなんかですか。」
 彼にしては珍しく変な冗談を言う。
「なんで私が彼氏側なの?立ち位置謎なんだけど」
「ところで」と、先輩は不意に不思議そうな顔をした。
「なんで卒業式にあなたがいるんですか?在校生は休みでしょう。わざわざ不法侵入を?」
「見に来たに決まってんじゃん。……お兄ちゃん、卒業だし。」
「え、お兄さんいたんですか。」
「言ってなかったっけ。」
「約二年間、ありとあらゆる不毛な議論を重ねてきましたが、初耳です。てっきり、僕と同じで一人っ子かと」
「ほら、あそこにいる背の高い人」
「え…おう」
「絶対見えてないじゃん。人に囲まれて身動き取れなくなってる男よ」
「あ、見えた。あまり似てないですね。系統が違うというか」
「兄はお母さん似なの。私は父親」
「お母さん、ハンサム系なんですか?」
「そうね、女子校の王子様だったらしいよ」
「なるほど。じゃあ、お父さんは猫顔なんですね。」
「あ、私って猫顔なんだね。初めて知った。」
予期せぬ角度から飛んできた「猫」というワードに、私は自分の頬を触った
「というか、集合写真とか撮らなくていいわけ?先輩のクラスでしょ、あそこに固まってるの。ほら、担任っぽい人がキョロキョロしてるよ。……あ、こっち指さされた。」
「あ、忘れてた。」
理屈の塊だったはずの男が、そのときはただの高校生らしい慌て方で窓から離れ、ドアへ走り出した。
「ねー!打ち上げとかはないのー?」
遠ざかる背中に声を投げかける。
「ないです!!」
「卒業式、お疲れさま!!」
「あの!!」
 先輩は一瞬立ち止まり、こちらを振り返って叫んだ。
「先生に見つからなそうだったら、そこで待っててください!!」
 バタバタと騒がしい足音が廊下に響き、やがて消えていく。
 これは、私と、最高に面白くてキモい先輩の物語。