銀色の雨が降ってきたのは、ライブが最高潮に達した時だった。
曲がサビに入り、パンッ、という破裂音とともに、天井から無数の輝くテープが一斉に放たれる。照明を反射してキラキラと舞い落ちるそれは、日向には自分と彼を隔てて遠ざける、透明なガラスの壁のように見えた。
観客達は皆そのテープを掴もうと躍起になって手を伸ばしていた。女の子もキャアキャア言いながら腕を伸ばし、頭上から降ってくるテープを掴もうとしている。
日向は指一本動かせず、その眩い雨を見つめていた。無邪気に伸びるあの腕の数だけ、彼を必要とする人間がいるのだと、その光景を見て現実を突きつけられる。
そんな日向の目の前に、突然、一枚の銀テープがふわりと落ちてきた。思わず掴んだそれは冷たく、手の中でひどく軽い。これが何の価値を持つのか、今の日向には全く分からなかった。リュウセイの甘い歌声が耳朶を打つ。
銀テープには、Meteoroidsのメンバーのサインが印字されているようだった。日向が手に入れたそれには、リュウセイのサインも書かれていた。ファンに向けた言葉と一緒に。
日向は小さく苦笑する。
——もう、住む世界が違うのだ。
この先もずっと一緒に、などと簡単に言える関係ではないと、思い知らされてしまった。
ふと、隣を見れば、先ほどまで笑顔ではしゃいでいたはずの女の子が、少し俯きながら唇を噛み締めていた。その肩は僅かに震えており、目尻には涙が滲んでいる。どうやら、銀テープが取れなかったらしい。
日向は、自分が手にしていた銀テープを見た。
そこにはリュウセイのサインと、『愛してるよ』の文字が、しっかりと印刷されていた。これは、日向自身ではなく、ここにいる無数の「誰か」へ向けられた愛なのだ。
少しクセのある懐かしいその筆跡は、日向がよく知っている流星のものだ。けれど、日向が欲しかった感情は、そこに描かれている形では決してない。それを突きつけられたような気がして、切なさが胸を締め付けた。
それでも——と、日向は自分の手元にあった銀テープを、そっと隣の女の子に差し出した。
「え……?」
「君ならきっと大事にしてくれそうだから」
「い……いんですか!? だって、せっかく取れたのに……!」
戸惑う少女の手にテープを滑り込ませると、日向は小さく微笑んだ。彼女は、日向の袖をぎゅっと掴みながら、ぱっと花が咲いたような笑顔を見せた。
「ありがとう! 大切にする‼」
その純粋な笑顔を見て、日向も少しだけ救われたような気がした。
彼女から視線をステージに戻せば、ふと、遠くの光の中から流星と視線が交わったような気がした。それはほんの一瞬だったけれど、まるでスローモーションのようにゆっくりと時間が流れ、流星の瞳に吸い込まれていく。
全身の血液が沸騰し、息が詰まりそうになる。
彼との距離がどれだけ離れていても、たった一瞬視線が合っただけで、こうも簡単に心を掻き乱されるなんて。自分自身のどうしようもない浅ましさに、日向は息を呑んだ。
***
「あの、お兄さん。これ思い出になるからやっぱり返します!」
アンコールが終わると同時にスタッフの所へ駆けて行った隣の席の子が、終演後、何かを持って戻ってきた。キョトンとした顔で女の子を見つめていると、彼女は小さな袋を差し出してきた。中にはさっき日向があげた銀テープがきちんと収められている。
「私の分はさっきスタッフさんからいただけたので」
「あぁ、そういうこともあるんだ」
「はい。だからこれはお兄さんに返さないとって思って」
日向は差し出された袋を受け取る。リュウセイのサインは変わらずそこにあった。さっきまでの軽さとは異なり、不思議と妙にずっしりと感じる気がした。
「それに、お兄さんもきっと大切にしてくれると思うから」
「……どうして?」
「だって、お兄さんもリュウセイ推しでしょう? ライブが始まった瞬間から、ずっとリュウセイのことを目で追いかけていたもの」
日向はハッとした。無意識に、視線は流星ばかりを追っていたのだろうか。そんなに分かりやすかったのかと、恥ずかしさで頬が熱くなる。
「じゃあ!」と勢いよくお辞儀をして、笑顔で帰っていく女の子に小さく手を振る。遠ざかる背中を見つめながら、日向はそっとため息を吐いた。



