一乗家のかわいい花嫁

「まあ、そうですね。秘書ですから」
「隠居したし、秘書とかないんだがな」
「そういうものですよ」
「どういうもんだよ」
 昔から、こののらりくらりと躱すように返答するのは、変わっていない。二人して中身はそのままに年だけとったのだろう。
 すると、実富は眉を下げて、クスッと困ったように柔らかく笑った。
「自分が家族をもつのが怖いのですよ。わたくしも、瀬古君も……」
「ひとりのほうが怖くないか」
「ひとりではありませんから」
 チラと向けられた微笑が浮かぶ目は、『お前がいるだろう』と言っていた。
「確かに」と頷いてしまった。
「わたくし達のような者は、幸せな家族を遠目に見るくらいがちょうど良いのでございます」
「言っとくが、私はお前も忠臣も家族だと思っているからな」
「充分に伝わっておりますとも。だからこそ影でいいのです」
「わっかんねえなあ」
「人それぞれでございますから」
「便利だよな、その言葉」
 結局、いつも着地点は彼の『否』で終わるのだ。
 庭に離れでも建てて、無理にでも住ませてやろうかとも考えたこともあったが、おそらく、住んでいるふりをするだけだろう。影と言うくせに、この影は自我が強固すぎるのだ。
「あの子達にも、幸せになってほしいな」
「問題ありませんよ。旦那様に似ておられますから」
「……似てるか?」
「ええ、実に若い頃の旦那様にそっくりでございますよ。奥様を愛しすぎるほどに愛しておられるところなど特に」
 実富はまたパチンパチンと枝を切りはじめた。
「じゃあ、大丈夫か」
 空を見上げた。良い春日和だ。
 温かさに心は和らぎ、すべてが芽吹き、生命の力強さを感じる季節――幸せが訪れる季節だ。
 玄関から「ただいま戻りました」という忠臣の声の後に、「ただいま」と言う千代と雪人の声、そして、元気な赤児の泣き声が聞こえてきた。

                                     【了】