その場には、東郷屋伯爵や、前回の舞踏会には出席しなかった近衛侯爵もいた。
そして、当然ながら、新婦の親族席には千代と雪人の姿もあった。親族席といっても、招待されているのが自分達だけのため、他の者と一緒の席なのだが。
千代は、広い空間を埋め尽くす人々や、運ばれてくる料理の数々にはぁと息を吐いていた。今は目の前に置かれた料理――「鶏肉マヨナイズソースよせ」と給仕の男が言っていた――が美味しいことしかわからなかった。
きっと、相当の費用が掛かっているのだろう。一乗家からの結納金でもおそらくまだ足りない。大方、また会社の金を使ったのだろう。
(もう、どちらでも良いけど)
チラ、と新郎新婦席へと目を向けた。
会場正面の長机の真ん中には、洋装の新郎と和装の新婦が座り、それぞれの両側に両親が座る。白無垢だった祝言からお色直しを終え、赤の色打ち掛け姿になった茜の隣には、父が酒か興奮どちらかかはわからないが、目を輝かせた赤い顔で座っていた。
これだけの豪勢な披露宴と招待客なのだ。さぞ鼻高々だろう。
料理に舌鼓を打ち、皆の腹も一通りふくれた頃になると、会場は歓談の声があちらこちらで響くようになってきた。勇一郎と茜が各卓に挨拶回りに立てば、同じように席を立って、別の卓へと足を伸ばす者もチラホラと見える。
「よっこらせ、失礼するよ」
ひょうきんな物言いで、卓の空いていた椅子に腰を下ろしたのは東郷屋伯爵だった。
「なんとも華やかな披露宴だな」
「一乗家から破格の結納金をいただけましたから」
「一乗家から? どういう意味だ?」
「私が嫁ぐ際にいただいた結納金が、実家の箪笥に眠っていたんです」
意味を解した東郷屋伯爵は哄笑し、なるほどなるほどと言いながら目尻を拭っていた。
「だったら、この披露宴は千代さんと一乗君のものだな。続けるも片付けるも好きにして良いということだ」
すると、東郷屋伯爵の隣の椅子を引く者がいた。
「人の金で挙げる祝言ほど滑稽なものはないな」
「おや、近衛侯爵。さすがにこれには出席されましたな」
「別に出なくとも良かったんだが、まあ……物語の結末は見届けたい質でな」
千代と雪人は二人に挨拶を交わし、グラスに酌をする。
一緒に卓には士族家の人が座っていたのだが、東郷屋伯爵が来たあたりからいなくなってしまった。やはり二人とも、醸し出す雰囲気が普通の者と違うのだろう。
雪人と近衛侯爵は出資者と社長という立場であり、会って話す機会もよくあるそうで、その度に趣味話を通して、今やすっかり打ち解けた仲になっていた。今もすっかり二人で、「あの建物は見たか」「あれはどこが素晴らしい」だのと会話を弾ませていた。
そうやって、比較的和気藹々とした時間を過ごしていたところ、待ち望んでいた声が四人の会話に割って入ってきた。
「お姉さま、お義兄さま、楽しまれてますかあ」
すべての卓を回り終えた茜が、手を振りながらこちらへとやって来る。隣には勇一郎もおり、目が合うと「すごいだろう」とでも言わんばかりに、鼻をツンと上向かせていた。
「お姉さまより、こんな豪華で素敵な祝言をしてごめんなさい。やっぱり、平民との結婚と違って格って必要だと思いますし」
「苦労してるみたいだね、一乗君。そうだ。こんな良い食事はこの先できないだろうから、特別に包ませようか――って、近衛侯爵に東郷屋伯爵!? なぜこちらの席に……!」
「えっ! 侯爵さまに伯爵さま!?」
チラ、と千代達の向かい側に座る者に気付いた瞬間、二人は目を丸くして、咳払いしていた。
どうやら今の今まで、侯爵達の姿は目に入っていなかったらしい。
二人は途端に顔に緊張を走らせ、即座に佇まいを正していた。
「ほ、本日はおいでくださりありがとうございます。とても嬉しいですわ」
茜は綺麗なしなを作って、二人に酌をする。
声音まですっかり変わって、流石としか言いようがない。
「そ、それでお二方はなぜこちらの席に。東郷屋伯爵は、以前も舞踏会で千代さんとはお知り合いのご様子でしたが」
戸惑いを顔に浮かべた勇一郎が、チラチラとこちらを窺いながら尋ねる。
「千代さんが通っていた女学校の先生が、今、私達の子供の家庭教師をやってくれていてね。その縁だよ」
「なるほど」と、なぜか勇一郎はほっとした表情を見せていた。
もしかしたら、『同じ華族である自分より、なぜ平民や千代とのほうが関係が深そうなんだ』とか思っていたのかもしれない。それで、単なる知り合いの知り合いとわかり、安堵したというところか。
対して、茜は勇一郎と異なった反応を見せていた。
パッと顔を輝かせ、人好きのしそうな綺麗な笑みを浮かべる。何も知らない者が見たら、お茶に誘いたくなるくらいには魅力的な笑顔で、さすがと言いたくなる。
「まあっ、お姉さまとお知り合いだったのですね。でしたら、是非、妹の私とも仲良くしていただけると嬉しいですわ」
「イヤだね」
朗らかな笑顔で、近衛侯爵が間髪容れずに答えた。
言葉と表情の不一致に、「え」と茜と勇一郎は動きを止めて、固まっていた。
あまりに自然に拒絶の言葉を吐くものだから、これから彼が何を言うか既にわかっている千代でも、一瞬耳を疑ったくらいだ。
「私は付き合う人間は見極めて選ぶ質でね。義理で人付き合いはしないんだよ」
さらに近衛侯爵が言葉を続けると、そこでやっと茜と勇一郎の時間が動き出した。二人とも横目を見合わせ、ははと引きつった笑みを交わしている。
「そ……そうなんですね。はじめてお目にかかりますものね。でしたら、私という人間を知っていただくために、これから是非お付き合いさせて――」
「私も色々な者が近付いてくるからわかるがね、あなたの瞳は汚い」
近衛侯爵は茜に最後まで言わせなかった。
そして、当然ながら、新婦の親族席には千代と雪人の姿もあった。親族席といっても、招待されているのが自分達だけのため、他の者と一緒の席なのだが。
千代は、広い空間を埋め尽くす人々や、運ばれてくる料理の数々にはぁと息を吐いていた。今は目の前に置かれた料理――「鶏肉マヨナイズソースよせ」と給仕の男が言っていた――が美味しいことしかわからなかった。
きっと、相当の費用が掛かっているのだろう。一乗家からの結納金でもおそらくまだ足りない。大方、また会社の金を使ったのだろう。
(もう、どちらでも良いけど)
チラ、と新郎新婦席へと目を向けた。
会場正面の長机の真ん中には、洋装の新郎と和装の新婦が座り、それぞれの両側に両親が座る。白無垢だった祝言からお色直しを終え、赤の色打ち掛け姿になった茜の隣には、父が酒か興奮どちらかかはわからないが、目を輝かせた赤い顔で座っていた。
これだけの豪勢な披露宴と招待客なのだ。さぞ鼻高々だろう。
料理に舌鼓を打ち、皆の腹も一通りふくれた頃になると、会場は歓談の声があちらこちらで響くようになってきた。勇一郎と茜が各卓に挨拶回りに立てば、同じように席を立って、別の卓へと足を伸ばす者もチラホラと見える。
「よっこらせ、失礼するよ」
ひょうきんな物言いで、卓の空いていた椅子に腰を下ろしたのは東郷屋伯爵だった。
「なんとも華やかな披露宴だな」
「一乗家から破格の結納金をいただけましたから」
「一乗家から? どういう意味だ?」
「私が嫁ぐ際にいただいた結納金が、実家の箪笥に眠っていたんです」
意味を解した東郷屋伯爵は哄笑し、なるほどなるほどと言いながら目尻を拭っていた。
「だったら、この披露宴は千代さんと一乗君のものだな。続けるも片付けるも好きにして良いということだ」
すると、東郷屋伯爵の隣の椅子を引く者がいた。
「人の金で挙げる祝言ほど滑稽なものはないな」
「おや、近衛侯爵。さすがにこれには出席されましたな」
「別に出なくとも良かったんだが、まあ……物語の結末は見届けたい質でな」
千代と雪人は二人に挨拶を交わし、グラスに酌をする。
一緒に卓には士族家の人が座っていたのだが、東郷屋伯爵が来たあたりからいなくなってしまった。やはり二人とも、醸し出す雰囲気が普通の者と違うのだろう。
雪人と近衛侯爵は出資者と社長という立場であり、会って話す機会もよくあるそうで、その度に趣味話を通して、今やすっかり打ち解けた仲になっていた。今もすっかり二人で、「あの建物は見たか」「あれはどこが素晴らしい」だのと会話を弾ませていた。
そうやって、比較的和気藹々とした時間を過ごしていたところ、待ち望んでいた声が四人の会話に割って入ってきた。
「お姉さま、お義兄さま、楽しまれてますかあ」
すべての卓を回り終えた茜が、手を振りながらこちらへとやって来る。隣には勇一郎もおり、目が合うと「すごいだろう」とでも言わんばかりに、鼻をツンと上向かせていた。
「お姉さまより、こんな豪華で素敵な祝言をしてごめんなさい。やっぱり、平民との結婚と違って格って必要だと思いますし」
「苦労してるみたいだね、一乗君。そうだ。こんな良い食事はこの先できないだろうから、特別に包ませようか――って、近衛侯爵に東郷屋伯爵!? なぜこちらの席に……!」
「えっ! 侯爵さまに伯爵さま!?」
チラ、と千代達の向かい側に座る者に気付いた瞬間、二人は目を丸くして、咳払いしていた。
どうやら今の今まで、侯爵達の姿は目に入っていなかったらしい。
二人は途端に顔に緊張を走らせ、即座に佇まいを正していた。
「ほ、本日はおいでくださりありがとうございます。とても嬉しいですわ」
茜は綺麗なしなを作って、二人に酌をする。
声音まですっかり変わって、流石としか言いようがない。
「そ、それでお二方はなぜこちらの席に。東郷屋伯爵は、以前も舞踏会で千代さんとはお知り合いのご様子でしたが」
戸惑いを顔に浮かべた勇一郎が、チラチラとこちらを窺いながら尋ねる。
「千代さんが通っていた女学校の先生が、今、私達の子供の家庭教師をやってくれていてね。その縁だよ」
「なるほど」と、なぜか勇一郎はほっとした表情を見せていた。
もしかしたら、『同じ華族である自分より、なぜ平民や千代とのほうが関係が深そうなんだ』とか思っていたのかもしれない。それで、単なる知り合いの知り合いとわかり、安堵したというところか。
対して、茜は勇一郎と異なった反応を見せていた。
パッと顔を輝かせ、人好きのしそうな綺麗な笑みを浮かべる。何も知らない者が見たら、お茶に誘いたくなるくらいには魅力的な笑顔で、さすがと言いたくなる。
「まあっ、お姉さまとお知り合いだったのですね。でしたら、是非、妹の私とも仲良くしていただけると嬉しいですわ」
「イヤだね」
朗らかな笑顔で、近衛侯爵が間髪容れずに答えた。
言葉と表情の不一致に、「え」と茜と勇一郎は動きを止めて、固まっていた。
あまりに自然に拒絶の言葉を吐くものだから、これから彼が何を言うか既にわかっている千代でも、一瞬耳を疑ったくらいだ。
「私は付き合う人間は見極めて選ぶ質でね。義理で人付き合いはしないんだよ」
さらに近衛侯爵が言葉を続けると、そこでやっと茜と勇一郎の時間が動き出した。二人とも横目を見合わせ、ははと引きつった笑みを交わしている。
「そ……そうなんですね。はじめてお目にかかりますものね。でしたら、私という人間を知っていただくために、これから是非お付き合いさせて――」
「私も色々な者が近付いてくるからわかるがね、あなたの瞳は汚い」
近衛侯爵は茜に最後まで言わせなかった。


