一乗家のかわいい花嫁

 絹物ではあるのだが、使用している糸が上物には使えなかったような絹糸であり、比較的安価で手に入れやすいのだ。また柄や色に自由がきくため、以前までの無地や縞模様の着物と比べ派手なものが多い。実に茜が好きそうな着物だと思う。
 ただ、銘仙にももちろんピンキリはある。
 茜が着ているものは、おそらく相応の値段するのだろう。
 茜は舐めるように、千代の全身を上から下までじっくり眺めると、フッと鼻で嗤った。
「お姉さまは、相変わらず地味な着物がお好きなのね」
「地味かしら? 先日雪人さんが買ってくださって」
 千代が着ている着物の柄は、太めの縞模様である。
 確かに花柄などに比べると質素ではあるが、地味とは思わない。
 嫁入りの時に持ってきた着物も縞模様と無地のもので、茜と反対に千代は昔からこういった質素な柄が好きだった。おかげで茜と並ぶと、姉妹格差に拍車が掛かっていたように思う。
「ふぅん……私のこの着物一枚で、お姉さまのだったら五枚は買えそうだわ」
 千代は堪らず「ふっ」と薄く吹き出した。
「――っな、何よ!」
「いいえ、懐かしいなあって……」
(そうだったわ。茜はこうやって、さらっと人を傷つけていくんだったわ)
 清須川家にいたころは、何度これで傷ついては勘違いだと思い込ませてやってきたか。
 しかし、今は不思議なくらい何も感じないし、傷つきもしない。
 よく、そういった台詞を思いつくなと、逆に感心するくらいだ。
「~~っねえ、勇一郎さま! あんなのを着た私が隣にいたらどう思いますか」
「すぐに着替えさせるとも。僕は女中を連れ歩く趣味はないからね」
 勇一郎が、見下すように顎を上げて片口をつり上げていた。
 少しは舞踏会での罪悪感から大人しくなってくれるかと思ったが、やはり茜と彼は似た者同士なのかもしれない。
「私はそんなに高い着物よりも、似合うと言って雪人さんが選んでくれたこの着物が好きなので、お気になさらず」
「ハッ! 負け惜しみですかぁ、お姉さま? ああ……お義兄さまの会社が大変ですものね。無駄遣いはできないからって、そうやってご自分を慰めてるのね……お可哀想」
 クスクスと嘲弄を向けてくる茜に、「失礼」と雪人が言葉を挟んだ。
「面白いことを言いますね。確かにこれも銘仙だが、使っている糸は絹紡糸だ。そちらのクズ糸のものとは違いますよ。むしろ千代の着物のほうが高い。それに、この太縞は『新(しん)立(だち)』と呼ばれる流行りの柄ですが」
「もしや、ご存知ない?」と、雪人は茜の高くなった鼻先を、完膚なきまでに丁寧にたたき折っていた。
 そして、羞恥か怒りかで震える茜をそのままに、雪人は次に勇一郎へと顔を向ける。
「もしかして二井様は、女性へ贈り物をされる時に、相手に似合うかどうかよりも金額の多寡で選んでいるのですか?」
「貴様……っ!」
 カッと、勇一郎が激憤に顔を赤黒くしても、雪人は喋るのを止めなかった。しかも、まるでそれこそ人当たりの良い店員のように、微笑みを保ったままだ。
「身につける物はその人に似合ってこそですよ。それに、価値のわからない者に高価なものを買い与えても、豚に真珠だ」
 チラッ、と雪人の視線が茜へと一瞬だけ投げられた。
 意味を悟った茜が、口をハクハクさせている。
「ほら……私の妻は、実に清楚で端正な顔立ちと雰囲気ですから、ごちゃごちゃした派手な柄よりも、こういった粋な柄のほうが彼女の美しさが際立つんですよ」
 千代は『思った以上に言うな』と思いながら、雪人の表面だけ穏やかな口撃を黙って聞いていたら、彼に突如肩を抱き寄せられた。
「もし、あなたの婚約者時代に妻が地味だったというのなら、それは、妻の美しさを引き出せなかった二井様のせいかと。女性を輝かせるのも男の器量次第ですからね」
「この、平民風情が……っ」
 雪人は笑っていたが、その笑い声は実に寒々しく見える。
 これほどに好戦的な雪人ははじめて見る気がする。止めようかとも思ったが、前回のこともあるし、色々と彼も勇一郎には思うところがあるのだろう。これくらいは言い返して当たり前だ。
 すると、そこで会話を遮るような、「そうだ!」という茜の大きな声響く。
「来月、やっと勇一郎さまと結婚するんです。招待状は行ってるわよね、お姉さま。そうしたら、清須川家は次期当主である勇一郎さまと妻の私のものだから、お姉さまは二度と戻ってこないでくださいね。やっぱり、夫を誘惑した姉には敷居を跨いでほしくないもの」
 雪人が額に青筋を立てていたが、千代は笑みを絶やさず「わかったわ」と頷いた。
「必ず出席させてもらうわね」
「待ってるわ、お姉さま。あ、でもお金で困ってるのなら無理しないでくださいね」
「お気遣いありがとう、茜。でも、自分のほうを心配したほうが良いと思うわ」
 茜はきっとまだ気付いていない。
 彼女が上手くいったと思っている水面下で、何が動いているのか。
 自分達が今先ほどまでどこを訪ねていたのか、まったく予想すらしていないのだろう。
「なんのことかしら、お姉さまったら」
「仮にもあなたの姉だった私からの、最後の忠告よ。今ずべてを自ら明かして謝れば……最悪は免れるかもしれないわ」
「ふふ、やですわぁ、証拠もないのに」
 千代は不思議と、同情心はわかなかった。
 茜は勇一郎の腕を引っ張り、雪人の横をすり抜けていく。
 すれ違いざまに、茜は雪人の腕に自らの腕をするりと蛇のように絡ませた。右手で勇一郎と腕を繋ぎ、左手で雪人と絡む姿は、彼女の欲の深さを表しているように見えた。
「ね、お義兄さま……もう一度、じっくりと考えてくださいね? 私なら、家も会社も助けてあげられますから。祝言の日までは待ってあげますよ」
 彼女はボソリと艶声で言葉を残すとまた、するりと腕を解き、惜しむように指先を雪人の手に絡ませて去って行った。
「……君の妹じゃなければ、地面に転がしていたな」
「本当、すみません」