勇一郎に強引に部屋に押し込められた千代は、入り口近くに置かれてあるテーブルに押さえつけられていた。
「嫌っ!」
使用予定のない部屋なのか、明かりは点いておらず、明るさといえば窓から射し込む月明かりのみ。薄光に彼の顔が濃い陰影を持って浮かび上がる。
勇一郎は見たこともない顔をしていた。鼻の穴は広がり、薄ら笑いを浮かべた口からはハァハァと犬のような息が漏れている。
「茜に聞いたぞ。あんな平民に嫁がされて、後悔しているんだってな」
「なんの……っことです……」
下半身に乗られ、息をするのすら苦しい。
「義父にもこき使われているそうじゃないか。ははっ! 絵に描いたような愛のない政略結婚なんだってな!」
意味がわからない。茜に聞いたと言っているが、彼女は彼になんと伝えたのか。
愛のない政略結婚相手だったのは、むしろ彼だというのに。
「可哀想だから身体くらいは満たしてやるよ」
「――っやめ! ゆ、いちろ、さま……っ」
「こんな破廉恥な格好をして……!」
千代は勇一郎の自由にはさせまいと、頭がクラクラする中でも腕に力を入れ続けた。
幸いにも、勇一郎も相当酒が入っていて力が上手く入れられないようで、右手は掴まれてしまったが、左手を突っ張り、完全に覆い被さられないよう抵抗することができていた。
「暴れるなよ、それともそういうのが好みか?」
怖気が走った。
やに下がった顔の勇一郎の手が胸元の編み上げ紐を掴んで、力任せに引っ張った。紐が解けたことで、胸元に寄せられていた布が一気に緩やかになる。しっかりと肌に沿っていた布が広がってしまい、ただでさえ大きく開いていた胸元が、谷間まで露わになる。
「いやっ!」
慌てて左手で胸元を押さえようとしたのだが、押し返していた勇一郎の身体から手が離れた瞬間、勇一郎の手に捕まってしまった。右手同様にテーブルに縫い留められる。
「……うっ」
勇一郎の顔が胸元に落ちてきて、千代は顔を背けた。彼は首筋から鎖骨辺りの肌を堪能するように何度も往復して頬ずりし、次第にはだけた胸元へと下りていく。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
この男が、自分の元結婚相手だと思いたくはなかった。彼の触れた場所が気持ち悪くて仕方ない。雪人と肌を重ねた時は、少しもこんな感情にはならなかったというのに。
逃げたかったが、酒に酔って力が弱ってはいてもそこは男だ。
下半身にかかる勇一郎の身体の重みで、千代は身動きがとれなかった。
嫌だ。嫌だ……っ。
これ以上、好き勝手されたくない。
千代は瞼をギュッと閉じて、震える口を開いて声を限りに叫んだ。
「――っ雪人さん!」
同時に爆ぜたような音がして、部屋の扉が勢いよく開いた。
勇一郎も千代も、驚愕に目を丸くして扉のほうへと視線を向けた。
「千代ッ!」
勇一郎の後ろに扉があり、彼の身体でよくは見えなかったが、聞こえた声を間違えるはずがない。
来てくれた。
安堵から気が緩み、涙腺まで緩む。我慢していた熱が、ぼろぼろと頬を伝い落ちる。
来てくれた……っ。
扉を見つめたまま固まっている勇一郎の肩に、手が掛けられたのが見えた瞬間、勇一郎は吹き飛ぶようにして千代の上から姿を消した。耳煩い派手な音がした。
まるで、紙切れが風にあおられたかのような呆気なさだった。
開いた視界の中、そこにあった者の姿に千代は抱きついた。
「ゆき……と、さん……っ」
「すまない、千代。遅くなった」
背中に回された彼の腕が、微かに震えているのがわかった。
「大丈夫です……間に合いましたから、何もされていませんから」
「良かった……っ」
絞り出すような声と息を耳元に感じた。抱き締める彼の腕がさらに一段と強まる。
ああ、この腕だ。この体温だ。この声だ。自分が求めていたのは。
テーブルの上に座ったままだった千代を、雪人が腰を抱いて丁寧におろす。足の力が上手く入らず、千代は雪人の胸にしがみついた。
「すみませ……っ、少し……強いお酒を飲まされてしまい――」
「キャアッ!」
助かったと安堵に胸をなで下ろしていたら、突如、空を裂くような甲高い悲鳴が部屋に投げ入れられた。
見れば、入り口で茜が青い顔をして口をわななかせている。
「勇一郎様!」と叫びながら、茜が床で伸びている勇一郎へと駆け寄った。勇一郎は気絶しているようで、途切れ途切れの呻き声しか聞こえない。
雪人に吹き飛ばされた時、後ろのテーブルにぶつかったのだろう。テーブルは斜めになり、掛けてあった布が床に落ちている。
「ひどいわ、お姉さま! 勇一郎さままで誘惑するだなんて!」
「……してないわ」
自分のどこを見たら、勇一郎を誘惑したと映るのだろうか。茜の目にはいったい何が見えているのか。いや、元より自分など見ていないのかもしれない。
「白々しい。元より、彼をけしかけたのはあなただろう、茜さん」
雪人の声が怒気をはらんでいた。
彼の胸元に寄せた頬から、ビリビリとした振動が伝わってくる。
「何を話していたかまでは聞こえなかったが、あなたが彼に酒を持たせ、ホールから送り出しているのを見た。直後、ホールを出ようとした俺に話しかけてきたのも、足止めのつもりだったんだろう」
「茜……が……」
彼女に嫌われているのはわかっていた。だが、まさか自分の婚約者を使ってまで襲わせようとしたとは。
「心外ですわ。私はお姉さまがふらふらと疲れた様子でホールを出て行くのが見えたので、勇一郎さまに様子を見てきてほしいと頼んだだけですよ」
「信じられるものか」
茜を見つめれば、彼女は薄ら笑いを浮かべた顔でこちらを見ていた。馬鹿にしたような、それでいて強い憎しみが込められた目に、思わず千代は息をのんだ。
(どうして……)
彼女の自分へと向ける感情は、嫌いという次元ではなかった。
はっきりと、自分は彼女に憎まれている。
(あの子の私への憎しみは、どこからきているの)
「嫌っ!」
使用予定のない部屋なのか、明かりは点いておらず、明るさといえば窓から射し込む月明かりのみ。薄光に彼の顔が濃い陰影を持って浮かび上がる。
勇一郎は見たこともない顔をしていた。鼻の穴は広がり、薄ら笑いを浮かべた口からはハァハァと犬のような息が漏れている。
「茜に聞いたぞ。あんな平民に嫁がされて、後悔しているんだってな」
「なんの……っことです……」
下半身に乗られ、息をするのすら苦しい。
「義父にもこき使われているそうじゃないか。ははっ! 絵に描いたような愛のない政略結婚なんだってな!」
意味がわからない。茜に聞いたと言っているが、彼女は彼になんと伝えたのか。
愛のない政略結婚相手だったのは、むしろ彼だというのに。
「可哀想だから身体くらいは満たしてやるよ」
「――っやめ! ゆ、いちろ、さま……っ」
「こんな破廉恥な格好をして……!」
千代は勇一郎の自由にはさせまいと、頭がクラクラする中でも腕に力を入れ続けた。
幸いにも、勇一郎も相当酒が入っていて力が上手く入れられないようで、右手は掴まれてしまったが、左手を突っ張り、完全に覆い被さられないよう抵抗することができていた。
「暴れるなよ、それともそういうのが好みか?」
怖気が走った。
やに下がった顔の勇一郎の手が胸元の編み上げ紐を掴んで、力任せに引っ張った。紐が解けたことで、胸元に寄せられていた布が一気に緩やかになる。しっかりと肌に沿っていた布が広がってしまい、ただでさえ大きく開いていた胸元が、谷間まで露わになる。
「いやっ!」
慌てて左手で胸元を押さえようとしたのだが、押し返していた勇一郎の身体から手が離れた瞬間、勇一郎の手に捕まってしまった。右手同様にテーブルに縫い留められる。
「……うっ」
勇一郎の顔が胸元に落ちてきて、千代は顔を背けた。彼は首筋から鎖骨辺りの肌を堪能するように何度も往復して頬ずりし、次第にはだけた胸元へと下りていく。
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
この男が、自分の元結婚相手だと思いたくはなかった。彼の触れた場所が気持ち悪くて仕方ない。雪人と肌を重ねた時は、少しもこんな感情にはならなかったというのに。
逃げたかったが、酒に酔って力が弱ってはいてもそこは男だ。
下半身にかかる勇一郎の身体の重みで、千代は身動きがとれなかった。
嫌だ。嫌だ……っ。
これ以上、好き勝手されたくない。
千代は瞼をギュッと閉じて、震える口を開いて声を限りに叫んだ。
「――っ雪人さん!」
同時に爆ぜたような音がして、部屋の扉が勢いよく開いた。
勇一郎も千代も、驚愕に目を丸くして扉のほうへと視線を向けた。
「千代ッ!」
勇一郎の後ろに扉があり、彼の身体でよくは見えなかったが、聞こえた声を間違えるはずがない。
来てくれた。
安堵から気が緩み、涙腺まで緩む。我慢していた熱が、ぼろぼろと頬を伝い落ちる。
来てくれた……っ。
扉を見つめたまま固まっている勇一郎の肩に、手が掛けられたのが見えた瞬間、勇一郎は吹き飛ぶようにして千代の上から姿を消した。耳煩い派手な音がした。
まるで、紙切れが風にあおられたかのような呆気なさだった。
開いた視界の中、そこにあった者の姿に千代は抱きついた。
「ゆき……と、さん……っ」
「すまない、千代。遅くなった」
背中に回された彼の腕が、微かに震えているのがわかった。
「大丈夫です……間に合いましたから、何もされていませんから」
「良かった……っ」
絞り出すような声と息を耳元に感じた。抱き締める彼の腕がさらに一段と強まる。
ああ、この腕だ。この体温だ。この声だ。自分が求めていたのは。
テーブルの上に座ったままだった千代を、雪人が腰を抱いて丁寧におろす。足の力が上手く入らず、千代は雪人の胸にしがみついた。
「すみませ……っ、少し……強いお酒を飲まされてしまい――」
「キャアッ!」
助かったと安堵に胸をなで下ろしていたら、突如、空を裂くような甲高い悲鳴が部屋に投げ入れられた。
見れば、入り口で茜が青い顔をして口をわななかせている。
「勇一郎様!」と叫びながら、茜が床で伸びている勇一郎へと駆け寄った。勇一郎は気絶しているようで、途切れ途切れの呻き声しか聞こえない。
雪人に吹き飛ばされた時、後ろのテーブルにぶつかったのだろう。テーブルは斜めになり、掛けてあった布が床に落ちている。
「ひどいわ、お姉さま! 勇一郎さままで誘惑するだなんて!」
「……してないわ」
自分のどこを見たら、勇一郎を誘惑したと映るのだろうか。茜の目にはいったい何が見えているのか。いや、元より自分など見ていないのかもしれない。
「白々しい。元より、彼をけしかけたのはあなただろう、茜さん」
雪人の声が怒気をはらんでいた。
彼の胸元に寄せた頬から、ビリビリとした振動が伝わってくる。
「何を話していたかまでは聞こえなかったが、あなたが彼に酒を持たせ、ホールから送り出しているのを見た。直後、ホールを出ようとした俺に話しかけてきたのも、足止めのつもりだったんだろう」
「茜……が……」
彼女に嫌われているのはわかっていた。だが、まさか自分の婚約者を使ってまで襲わせようとしたとは。
「心外ですわ。私はお姉さまがふらふらと疲れた様子でホールを出て行くのが見えたので、勇一郎さまに様子を見てきてほしいと頼んだだけですよ」
「信じられるものか」
茜を見つめれば、彼女は薄ら笑いを浮かべた顔でこちらを見ていた。馬鹿にしたような、それでいて強い憎しみが込められた目に、思わず千代は息をのんだ。
(どうして……)
彼女の自分へと向ける感情は、嫌いという次元ではなかった。
はっきりと、自分は彼女に憎まれている。
(あの子の私への憎しみは、どこからきているの)


