一乗家のかわいい花嫁

 もうだめと思った瞬間、雪人の唇は最後に軽い口づけをして離れていった。
 何も考えられずぼんやりとしていると、不意に胸元でちゅという微かな水音と共に痛みが走り、意識が強制的に引っ張られる。
『あ……っ、ゆ、雪人さ……んっ』
 肩を撫でるように寝間着の着物を脱がせられ、胸が露わになっていた。
 恥ずかしくて腕で胸を隠すも、『こら』と笑みを含んだ声で両手首を掴まれ、そのままベッドに縫い留められる。
『やっ……ぁ、恥ずかし……っ』
 胸に口づけしながら見上げてくる彼と目が合えば、『可愛い』と笑われた。
『~~~~っ!』
 胸の頂を食まれ、吸ったり舌先でつつくように転がされ、そのくすぐったくもゾクゾクと背筋を這い上がる甘い感覚に、無意識に腰が浮く。
『ひゃっ……あっ!?』
 次の瞬間、千代は太股の間に未知の違和感を覚えた。
 自分でも触れたことない場所を、雪人の指が撫でていた。彼の指がそれを引っ掛け撫でるたびに、千代の腰がぴくんっと跳ねる。
『あっ、やっ……何!? やっ……ゆき、と……さ……んんっ』
『大丈夫、千代。怖いことはしないから』
 何も受け入れたことのないそこは、雪人の指がゆっくりと侵入すると、クチュンと魚が跳ねたような軽い水音を立てた。
『もう濡れてる……可愛い』
『ふう……っんあ……』
 いつの間にか着物の帯は解かれており、千代の肢体はすべて露わになっていた。顔を赤くして息も絶え絶えに喘ぐ千代を、堪能するように見下ろしていた雪人の喉が、ゴクッと鳴る。その間も、雪人が指の動きを止めることはない。
 千代の身体は、それこそ魚になったように、水音が立つに合わせてピクンピクンと跳ねた。
『はぁ……んぁっ、……やぁ……っ』
 手で口を押さえ、目に涙を浮かべて哀願する千代は、もはや口から言葉を出す気力もないようで、すべてが甘い喘ぎ声になる。
 雪人がはぁと欲の滲んだ吐息を吐く。
 先程まで千代を見つめていた眼差しは甘やかだったというのに、今彼が千代を見つめる瞳は腹を空かせた獣のように獰猛で、余裕など皆無だ。
『悪い、千代。爪を立てても噛んでくれてもいいから』
 耳に入ってくる雪人の言葉に疑問を覚えながらも、千代は返事をする気力もなく、ぽやんとした目で彼を見つめる。
(つめ……?)
 再び雪人の顔が近付いてきて、口づけを落とされた。
 次の瞬間。
『あぁっ!』
 下腹部に先程までと比べものにならない圧迫感と痛みを覚えた。
『――っ千代』
 雪人の、苦しそうでいて熱の籠もった吐息が漏れる。
 指の何倍もの圧倒的質量をもったものが下腹部を押し上げていた。目の奥がチカチカする。痛くて火傷しそうなほど熱くて、それがまた心地好くて、千代は縋るように雪人に抱きついた。
『これ、で……やっと雪人さん……の、ちゃんとした妻に、なれました……っ』
 この熱も痛みも、彼から与えられた唯一のもので、それが妻の証を刻印されているようで嬉しかった。目尻からツーと涙がこぼれた。痛みからなのか喜びからなのか、もはやわからないが、胸に一点の曇りも悲しみもないから、きっとこれが幸せに涙するということなのだろう。
『最初から千代は、俺の愛しくて大事な妻だよ』
 彼の腕が、痛いほどに抱き締め返してくれる。
 頭を撫でられ、また涙がこぼれた。
 半ば諦めと一緒に受けた結婚話だったが、まさかこんな温かで力強い幸せが待っているとは思わなかった。家族からどんな仕打ちをされても、今は、彼が絶対に守ってくれると思える心強さが嬉しかった。
『雪人さん、好き……っ』
 ぎゅっと彼の首を抱き締め、頬ずりをした、のだが。
『……っ悪い』
 躊躇いがちにぼそりと呟かれた声に、千代は『え?』と返した。
『限界だ』
『何――あぁっ!』
 何が、と聞き返そうとした声は、自らの艶声で途切れた。
 千代の細腰を抱いた雪人が、自らの腰を打ち付けたのだ。苦しそうに顔をしかめているのに、口から喘ぐように出る『千代』という言葉は、陶然としている。
 彼が腰を打ち付けるたびに、千代の口から押し出されるように嬌声が上がった。恥ずかしくて両手で口を塞ぐが、すぐに『千代』と窘めるように言われ、両手を掴まれる。抽挿はゆるゆると甘く撫でるような時もあれば、強引に割り挿るように深くまで打ち付けられることもあった。次第に下腹部に甘ったるい疼きを覚え、千代の声も甘さを帯びていく。
『あんっ……ひぁ……っぅん……はぁ……ぁ』
 唇を噛んで耐えようとすれば、噛むなと言わんばかりに唇を舐められ、腰を捻って、押し寄せる強すぎる快感から逃げようとすれば、逃がさないと足を抱かれ、さらに奥に押し込まれる。
『あぁんっ! 雪人、さっ……』
『可愛いよ、千代』
『や、だ……っん』
 部屋に水音と肌を打つ音と千代の嬌声とが響き、羞恥と快楽と熱に千代の意識はのみこまれていった。

        ◆

「~~~~っ」
 思い出した昨夜の記憶の刺激が強すぎた。
 他人だというのに、重ねた肌の熱さは馴染むように心地好く、腕や腰を強引に掴む強い力に胸は高鳴り、彼の額に滲む汗にすら愛おしさを覚えた。最初は痛みと圧迫感で苦しかったが、次第に本能か備わった回避能力か、身体が微かに覚えた快楽を拾いはじめれば、そこからは渦に飲まれるようにあっという間だった。
 腰にはまだ多少の気怠さが残っている。身体も何故だか自分のものではないように感じる。昨日までの自分と別人になってしまったようだ。
「そっか……やっと私、本当の雪人さんの妻になれたんだ……」
 凪いだ湖面に一滴の雫を落とした時のように、身体の真ん中から喜びが指の先まで、全身へと行き渡る。
 息苦しいほどの切なさとも、跳ねるような高揚とも違う。
 じんわりとした、縁側でお茶を飲んだ時の、穏やかで清々しい気持ち。
 これが、本当の幸せというのだろう。
 自然と、ふふと笑みが漏れた。
 茜にされたことなど――確かに傷つきはしたが――些事に思えた。