「女がそんなことに関わっちゃダメよ。あっ、もしかしてお姉さまったら、結婚後は自分も会社に関わらせろとか勇一郎さまに言ったんじゃない? そりゃ、勇一郎さまだって怒るわよ」
茜はナリが出してくれた紅茶をコクリと飲むと、フッと軽く笑った。
「だいたい、そういうのって会社の下の人がするようなことでしょう? 未来の社長夫人がそんなことやってるの、誰も見たくないと思わない?」
「そう……かしらね」
なんとも言えず、千代は苦笑で流し「そういえば」と話題を変える。
「その格好はどうしたの? よく洋装なんてお父様が買ってくれたわね」
茜は、淡いピンク色の膝下ワンピースを着ていた。
父は洋風のものを毛嫌いしており、いくら可愛がっている茜相手でも、着物しか許してこなかったというのに。
「お父さまからじゃないのよ。もちろん、お父さまには内緒なの」
「だったらどうやって……」
「勇一郎さまが買ってくれたの。君には洋装の華やかなものが似合うからって」
久しぶりに聞いた元婚約者の名前に、千代の視線がさがった。
「勇一郎さまってとても優しいわよね。洋服だけじゃなくて羽織や帽子も、色んなものを君には似合うからって、こっちがいいって言っても買ってきて……あっ」
ワンピースを見下ろしながら意気揚々と語る茜は、突然声を上げて、申し訳なさそうに首をすくめた。
「ご、ごめんなさい……お姉さまって勇一郎さまから贈り物をもらったことは……」
千代はゆるく頭を横に振って苦笑した。
「気にしないで。やっぱり贈る方も、なんでも着こなしてくれる人に贈りたいものでしょう? 私はほら地味だし、送り甲斐もなんてないから」
「お姉さま、ごめんなさい! 私、そんなつもりなくて……っ!」
いきなり感情を昂ぶらせ目を潤ませる茜に、千代はギョッとした。
「う、うん、大丈夫だから……もうちょっと声を抑えてくれるかしら」
ミツヨ達が何事だと驚いて駆けつけてきてしまう。ただでさえ、いきなりの客で慌てさせたというのに、これ以上彼女達の仕事の邪魔をしたくない。
しかし、茜は感情の導火線に火がついたのか、「ごめんなさい」を繰り返していた。
(困ったわ……もう本当に勇一郎様のことは、なんとも思ってないのに)
元より茜と違って、好き合って決まった婚約ではなかったのだし、贈り物を欲しいと思ったことも一度としてなかった。
(ああ、もしかして罪悪感を覚えてしまったのかしら)
義務的な婚約者だったとはいえ、姉の婚約者を奪ったとも言えるのだから。
「あのね、茜。私はもう勇一郎様に未練とかはなくて、だから――」
「そんな嘘を吐かないでっ! お姉さが、元婚約者だった勇一郎さまのことを、まだ想ってるの知ってるから。私のせい……よね。私が勇一郎さまの心を奪ってしまったから……っ、お姉さまは平民の家なんかに嫁ぐ羽目に……!」
千代は苦笑しつつも、「茜」とそれより先の発言を制した。
いくら妹でも、一乗を低く見たような発言は聞き逃せなかった。
すると、コンコンとノックが響き戸が開いた。
ミツヨかと思っていたら、現れた者の姿を見て、千代は目と口をぱっかりと大きく開いた。
「お、お義父様!?」
現れたのは、灰色の着流しに黒い羽織を肩にかけた善路だった。
千代はソファから立ち上がり、慌てて善路に駆け寄る。
「お身体は大丈夫なんですか」
そっと肩口に手を当て、身体を支えるように寄り添う。しかし、善路の背中は少しも曲がっておらず、支えなど必要ないくらい堂々と立っている。
「ああ、今日は調子が良くてね。以前、ずっと寝てばかりも逆に不調になると医者に言われてな、時にこうして散歩するんだ」
「それなら安心しましたけど……無理はなさらないでくださいね。何かあればすぐに仰ってください」
「ああ」と善路は細めた目で頷いた。
「ところで、そちらのお嬢さんはどうしたのかな。確か、千代さんの妹だったかな。祝言の席で見た覚えがある」
「い、妹の茜です。すみません、お騒がせしてしまって……」
チラッと茜に視線をやると、彼女もソファから立ち上がって善路に頭を下げていた。
「お邪魔しております、一乗のお義父さま。すみません……私のせいで姉につらい思いばかりさせていると申し訳なくなり、つい……」
「つらい思い?」
横目で善路が千代に窺うが、千代は首を横に振る。
「お姉さま、ご自分を偽らないで! あんな噂のせいで、勇一郎さまとの婚約が流れてしまったのだから! 悲しくて当然よ!」
「だからその噂は、勇一郎さまが適当に作った――」
「あんな噂? 千代さんは息子と結婚する前に婚約者がいたのか」
千代の声に被せるようにして、善路が茜に問いかけた。茜はグッと力強く握った拳を胸の前で構え「はい」と、これまた力強く頷く。
「あまり公にはされていませんでしたが、二井子爵家の勇一郎さまです。しかし、その噂で姉の品行には問題があると、勇一郎さまは新たに私と婚約することになりまして」
「そうか、なるほどなるほど」
「その噂というのが、姉は夜な夜な色々な男の人と遊び歩いているというもので……お姉さまに限ってそのような話は信じられませんが……でも、確かに姉だけは本邸ではなく離れで暮らしていましたし……」
「……っ」
千代は息をのみ、顔を俯けた。
(そんな風に思ってたのね……)
勇一郎が自分と別れたいが為につくった適当な噂話など、茜は信じていないと思っていた。父は自分の話など聞こうともしなかったが、あの日――婚約破棄の日、唯一自分を心配してくれた茜だけは、自分の言葉のほうを信じてくれていると思っていた、のに……。
両手を強く握りしめ、ただただ耐えた。
きっと、善路も茜に言われればそちらを信じるだろう。
皆可愛い茜のほうが好きなのだ。父も勇一郎も清須川家の女中達も……。
(せっかく、お義父様と心が近づいたと思ったのに……きっとこれからは部屋にすら入れてもらえないわね。それどころか、雪人さんと離縁することになるかも……)
茜はナリが出してくれた紅茶をコクリと飲むと、フッと軽く笑った。
「だいたい、そういうのって会社の下の人がするようなことでしょう? 未来の社長夫人がそんなことやってるの、誰も見たくないと思わない?」
「そう……かしらね」
なんとも言えず、千代は苦笑で流し「そういえば」と話題を変える。
「その格好はどうしたの? よく洋装なんてお父様が買ってくれたわね」
茜は、淡いピンク色の膝下ワンピースを着ていた。
父は洋風のものを毛嫌いしており、いくら可愛がっている茜相手でも、着物しか許してこなかったというのに。
「お父さまからじゃないのよ。もちろん、お父さまには内緒なの」
「だったらどうやって……」
「勇一郎さまが買ってくれたの。君には洋装の華やかなものが似合うからって」
久しぶりに聞いた元婚約者の名前に、千代の視線がさがった。
「勇一郎さまってとても優しいわよね。洋服だけじゃなくて羽織や帽子も、色んなものを君には似合うからって、こっちがいいって言っても買ってきて……あっ」
ワンピースを見下ろしながら意気揚々と語る茜は、突然声を上げて、申し訳なさそうに首をすくめた。
「ご、ごめんなさい……お姉さまって勇一郎さまから贈り物をもらったことは……」
千代はゆるく頭を横に振って苦笑した。
「気にしないで。やっぱり贈る方も、なんでも着こなしてくれる人に贈りたいものでしょう? 私はほら地味だし、送り甲斐もなんてないから」
「お姉さま、ごめんなさい! 私、そんなつもりなくて……っ!」
いきなり感情を昂ぶらせ目を潤ませる茜に、千代はギョッとした。
「う、うん、大丈夫だから……もうちょっと声を抑えてくれるかしら」
ミツヨ達が何事だと驚いて駆けつけてきてしまう。ただでさえ、いきなりの客で慌てさせたというのに、これ以上彼女達の仕事の邪魔をしたくない。
しかし、茜は感情の導火線に火がついたのか、「ごめんなさい」を繰り返していた。
(困ったわ……もう本当に勇一郎様のことは、なんとも思ってないのに)
元より茜と違って、好き合って決まった婚約ではなかったのだし、贈り物を欲しいと思ったことも一度としてなかった。
(ああ、もしかして罪悪感を覚えてしまったのかしら)
義務的な婚約者だったとはいえ、姉の婚約者を奪ったとも言えるのだから。
「あのね、茜。私はもう勇一郎様に未練とかはなくて、だから――」
「そんな嘘を吐かないでっ! お姉さが、元婚約者だった勇一郎さまのことを、まだ想ってるの知ってるから。私のせい……よね。私が勇一郎さまの心を奪ってしまったから……っ、お姉さまは平民の家なんかに嫁ぐ羽目に……!」
千代は苦笑しつつも、「茜」とそれより先の発言を制した。
いくら妹でも、一乗を低く見たような発言は聞き逃せなかった。
すると、コンコンとノックが響き戸が開いた。
ミツヨかと思っていたら、現れた者の姿を見て、千代は目と口をぱっかりと大きく開いた。
「お、お義父様!?」
現れたのは、灰色の着流しに黒い羽織を肩にかけた善路だった。
千代はソファから立ち上がり、慌てて善路に駆け寄る。
「お身体は大丈夫なんですか」
そっと肩口に手を当て、身体を支えるように寄り添う。しかし、善路の背中は少しも曲がっておらず、支えなど必要ないくらい堂々と立っている。
「ああ、今日は調子が良くてね。以前、ずっと寝てばかりも逆に不調になると医者に言われてな、時にこうして散歩するんだ」
「それなら安心しましたけど……無理はなさらないでくださいね。何かあればすぐに仰ってください」
「ああ」と善路は細めた目で頷いた。
「ところで、そちらのお嬢さんはどうしたのかな。確か、千代さんの妹だったかな。祝言の席で見た覚えがある」
「い、妹の茜です。すみません、お騒がせしてしまって……」
チラッと茜に視線をやると、彼女もソファから立ち上がって善路に頭を下げていた。
「お邪魔しております、一乗のお義父さま。すみません……私のせいで姉につらい思いばかりさせていると申し訳なくなり、つい……」
「つらい思い?」
横目で善路が千代に窺うが、千代は首を横に振る。
「お姉さま、ご自分を偽らないで! あんな噂のせいで、勇一郎さまとの婚約が流れてしまったのだから! 悲しくて当然よ!」
「だからその噂は、勇一郎さまが適当に作った――」
「あんな噂? 千代さんは息子と結婚する前に婚約者がいたのか」
千代の声に被せるようにして、善路が茜に問いかけた。茜はグッと力強く握った拳を胸の前で構え「はい」と、これまた力強く頷く。
「あまり公にはされていませんでしたが、二井子爵家の勇一郎さまです。しかし、その噂で姉の品行には問題があると、勇一郎さまは新たに私と婚約することになりまして」
「そうか、なるほどなるほど」
「その噂というのが、姉は夜な夜な色々な男の人と遊び歩いているというもので……お姉さまに限ってそのような話は信じられませんが……でも、確かに姉だけは本邸ではなく離れで暮らしていましたし……」
「……っ」
千代は息をのみ、顔を俯けた。
(そんな風に思ってたのね……)
勇一郎が自分と別れたいが為につくった適当な噂話など、茜は信じていないと思っていた。父は自分の話など聞こうともしなかったが、あの日――婚約破棄の日、唯一自分を心配してくれた茜だけは、自分の言葉のほうを信じてくれていると思っていた、のに……。
両手を強く握りしめ、ただただ耐えた。
きっと、善路も茜に言われればそちらを信じるだろう。
皆可愛い茜のほうが好きなのだ。父も勇一郎も清須川家の女中達も……。
(せっかく、お義父様と心が近づいたと思ったのに……きっとこれからは部屋にすら入れてもらえないわね。それどころか、雪人さんと離縁することになるかも……)


