約半年間を通して行われるトーナメントが終わったのは十二月だった。
同時に、それは僕が『のらいぬ選手』からただの『負け犬』になったことを意味する日だった。
ファイナルより先はないんだから、やっぱり負け犬だよなぁ。
そう思って、灰色の空を見上げたときだった。
「お疲れ様です。先生、準優勝おめでとうございます」
東京の試合会場の外で僕を待っていたのは、斗真くんだった。彼は応援用のバルーンを手に持っていた。そこで、さっきまで斗真くんが会場にいたことを知った。雪がちらつくような日なのに、わざわざ千葉から応援に来てくれたのだ。
斗真くんは僕がeスポーツでプロになる前から、ずっと応援してくれている。彼は僕のことをずっと先生と呼んでいるが、僕が彼のゲームの先生だったのは、プロになる前までだ。プロになってからは、ずっと敗北と、あと一歩の成績を繰り返している。
今日も二位だった。斗真くんから、先生なんて呼ばれるような立派な成績は一度も残せていない。
「……どうも、応援ありがとうございました」
――なんでまだいるんだよ。そう言葉にしたかったけど、まだ「プロ選手」だったから、それらの嫌味っぽい言葉は全部飲み込んだ。
出会った頃は、お互いまだ十代で子供っぽいところもあったし、斗真くん呼びでよかった。
ゲーセンで出会ったゲーム仲間だったから。
でもさ、斗真くんも僕も、もういい年したおっさんじゃん! 斗真くんは、もう昔のような斗真くんって顔をしていない。吊るしではない立派なスーツを着て、立派な大企業で働く佐々木さんになって僕の前に立っている。
僕と違って部屋着みたいなスウェット姿ではない。昔は同じような格好をして街のゲーセンで一緒に遊んでいたのに、どこで道が別れてしまったのだろう。
途中から斗真くんがゲームを卒業して、佐々木さんに進化したと気づいていた。けれど佐々木さんって呼び替えるタイミングを逃してしまったのだ。
どうしても、それ、いい服だねって笑って言えなかったんだ。あの頃は負け犬にはなりたくなかったから。
必死でゲームにしがみついてきた。この二十年。
『こんな日』だったから、斗真くんへの挨拶もそこそこにして、そのまま一人で自宅に帰ろうとした。けれどいつもの流れで斗真くんと感想会が始まってしまった。
僕も斗真くんも帰るのが千葉方面だから仕方ないね。
eスポーツのプロ選手は不思議だ。他のオリンピック競技者のように肉体を強化したから、練習をしたからといって必ず勝てるというものではない。
もちろん練習はするし体調は整える。寝不足だとパフォーマンスが落ちるのは他の仕事と変わらないから。
僕にとって、プロになった日から、ゲームは仕事だった。
それでも、僕がやっているゲームに関して言えば、体調や技術以前に、Math.random() * puyoColorsに延々と踊らされる。確率の奴隷のような競技だと僕は思っている。
勝ったからなんだ、負けたからなんだ、運が悪かっただけだ。
そんなふうに、最後に小さな逃げ道を作ってくれる、このやさしい競技が好きだった。――ずっと好きだったのだ。
家族から馬鹿にされながらも、僕はeスポーツが学べる学校に進んだ。学校に行って良かったこともあったし、悪かったこともあった。
卒業後、兼業で勤めながらプロになったのは、選んだ道を後悔したくなかったから。好きを仕事にしたと言えたのは、プロになった最初の年だけだった。本当に「今」もゲームが好きと言えるかは、正直もう分からない。
勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。選手になってからも、それの繰り返しだった。だから勝者インタビューは、いつもあっさりしたものだった。
――勝てて、嬉しいです。ありがとうございました。
それが『のらいぬ選手』僕の試合スタイルだった。
「先生、今日の勝者インタビューよかったですよ」
「……え、あれ、僕、なんて言ったかなぁ、それに準優勝で、勝ったわけじゃ……」
斗真くんに言われて、ちょっとびっくりしていた。そんな特別なことを言ったつもりはなかったからだ。
「昔、ゲーセンで試合やってた頃って、先生は勝てて嬉しいです。だけだったから。他の選手ものらいぬ選手のコメント真似して一言になるから、司会者の人いつも困ってましたよね~あれ面白かったなぁ」
「あーうん。なんかステージでマイク向けられると、いつも頭が真っ白になるんだよね。でも、なんでかな……いつからか、周りのインタビューが上手な人を真似するようにして。ほら、小学生選手とかなら、一言でもいいんだけど、ずっとおっさんの僕まで一言だけだと、ほらさ、一番年上の選手として……」
つい早口で捲し立てるように言った。けれど途中から失速して言葉が途切れてしまった。
年上の選手として威厳が必要だったと言いそうになった。あれ、僕はいつからこんなつまらない選手になってしまったのだろう。
楽しいゲームに威厳なんて必要だっただろうか。自分が心からゲームを楽しむことで同じように観客を楽しませる。そういった競技だった。
――そうだ、いつの間にか、もう最年長だ。
大人になっていた。
電車に並んで座って外の流れる景色を二人で見ていた。暗闇を光が流れていく、自然とそのカラフルな光の粒で連鎖を組むようになったのは、いつからだろう。これも職業病なんだろうか。
決心はした。もう十分だ。僕は意を決して口を開いた。
斗真くんが、佐々木さんになってもいい頃合いだろう。
「……いや違うかな。うん。違う。会社員はさ、仕事で喋る機会多いだろう。――佐々木さんも、取引先相手と話す機会多くなったら喋り上手になるでしょ。僕も大人になったんだ、立派なただのおっさんだよ」
斗真くんは、がっかりしただろうか。
世界相手に戦うプロゲーマーじゃなくて、ただのどこにでもいる会社員になる僕。しばらく続いた沈黙のあと、斗真くんは静かに話し始めた。
「――兼業でプロゲーマーを二十年続けるなんて、誰にでもできることじゃない。だから負けたとは思っていない」
「斗真……くん」
それは僕の今日のインタビュー時のコメントだった。
eスポーツの選手寿命はおおよそ五年。
選手人口は十代から二十代が多く、三十代は引退を考える年齢だ。四十を過ぎて、僕はとっくの昔に終わっている。
終わっているのに、選手名鑑に名前を残し続けている。伝説なんて呼ばれているが屍と大差ない。
でも、終わっていたのに、今日準優勝した。入賞してしまった。
まだ、この先があると思ってしまった。
「斗真くん。僕ね、会社でいつまでゲームやって遊んでんのって言われるんですよ。はぁ……部長が怖いんですよ」
大きなため息をこぼしたあと、僕は電車の手すりに寄りかかった。
「おやまぁ、ひどい人ですね。それ、先生なんて言ったんですか?」
手すりに寄りかかった時よりも、大きな大きなため息だった。どうして、僕はあんなことを言ってしまったのだろう。売り言葉に買い言葉。プロゲーマーは負けず嫌いだ。それは他のスポーツ選手と変わらない。
勝ちと負けしかない世界で、生きてきた。
「……負けるまで」
言葉は呪いのように僕を縛り続ける。もう、終わってしまいたいと思いながら、あの場所にまた立ってしまうのはなぜだろう。
「じゃあ、まだ大丈夫ですね」
諦めたような僕の声に反して、斗真くんは無邪気な声でそう言った。
いつか、今日の試合のような僅かな勝ち筋さえ見えなくなる日が訪れるかもしれない。
それは怖い。なによりも怖いのに。
「最後、エムエム選手に負けた。十代だってさ。ありえない。あーやっぱり体力か」
下からどんどん上がってくる若い選手に、勝てる要素が日に日に減っていく。
目が痛い、腰が痛い。仕事で疲れる。部長がうざい……あぁ、これは関係ないか。
ゲーミングチェアを寝るような姿勢に倒してまで、僕はまだゲームにしがみついている。
あぁ本当に、醜くて仕方ない。
僕が、ゲームでかっこよかった日なんてあっただろうか。
「エムエム選手に若さでは勝てませんが、大人には子供にない経験と技術がありますよ。先生」
「……しょせんは運ゲーですよ」
「でも先生、絶対、そんなこと思ってませんよね。私の目は誤魔化せませんよ?」
斗真くんはおどけるように言って自分の目を指差した。
「何年応援してきたと思ってるんですか。しかもうち会社はのらいぬ選手のスポンサー企業ですからね。まぁ金額は少ないですけどね。ごめんなさい」
プロゲーマーという存在が世間に知られる前から、僕を知っている斗真くんの前では嘘がつけなかった。
情けなくて思わず両手で顔を覆ってしまった。
「……昨日までです。昨日までは、全部、運だと僕は思ってました。でも、今日は……今日だけは……」
斗真くんは優しく僕の肩を叩いてくれた。悔しいと嬉しいがずっと交互に波のようにして襲ってくる。勝手に涙が溢れてきた。
ずっと綱渡りをしているような試合だった。斗真くんの会社が初めてスポンサーについてくれた日の試合だったから。最後にいいところをみせられれば、と試合に挑んだ。
フルカウントまでもつれ込む接戦の末、一筋の希望が見えた、今仕掛ければ勝てる。この日まで最後は運だと思っていた。けれど、今日に限っては自分の技術や知識、経験全てを惜しみなく注げば勝てると思った。
結果は、準優勝。情けない、これで引退だ。全て終われると思ったのに。
今日のような熱い試合がまたしたいと願ってしまった。
「先生、今日の積み方に名前つけましょうよ。それでSNSで発表しましょう! ほら昔、夢だって言ってたじゃないですか。自分の名前をつけたいって」
斗真くんに言われた瞬間口が勝手に動いていた。
「……名前つけたら、なんか、引退しそうじゃないですか」
気づいた時には、言っていた。多分、斗真くんに言わされたのだろう。まだ、引退したくないんだろう、と彼の顔がそう言っている。
その証拠に斗真くんはカバンの中から、スポンサー契約書を取り出して、僕に差し出してきた。
「私もそう思います。来シーズンもトーナメント勝ち上がってくださいね」
「ははは、まじですか……もう、そんな体力残ってないよ」
情けない声で笑っていたが、胸の底でぐらぐらと炎が燃えている。できることはまだ、ある。
「では走りましょう!」
そういって斗真くんは僕の手を握ってきた。
「えー走るの? 僕が?」
「そうだ先生も私と一緒にジムいきませんか? 最近駅前にできた新しいところですよ。いやぁ、妻に怒られてしまって、食べ過ぎって、娘にも下腹が出てると笑われて。ちょうどいいですよね」
「いやぁ、でもなぁ」
「選手Tシャツ来年はスリムな体で着て、筋肉オジ路線でいきましょうよ」
「一体僕に何を求めてるんですか!」
来シーズンを最後にしないために、僕ができること。
負け犬には負け犬の闘い方がある。僕はのらいぬだ。しぶといんだ。
「今日みたいにおっさんが小学生に負けていて、どうするんですか。これからですよ、おっさんの時代は。まだ、のらいぬ選手を解説者席にはいかせませんからね」
そう言って斗真くんは、出会った頃と同じ斗真くんの顔をして笑っていた。
のらいぬ選手の引退は、どうやらまだ先らしいです。
おわり
同時に、それは僕が『のらいぬ選手』からただの『負け犬』になったことを意味する日だった。
ファイナルより先はないんだから、やっぱり負け犬だよなぁ。
そう思って、灰色の空を見上げたときだった。
「お疲れ様です。先生、準優勝おめでとうございます」
東京の試合会場の外で僕を待っていたのは、斗真くんだった。彼は応援用のバルーンを手に持っていた。そこで、さっきまで斗真くんが会場にいたことを知った。雪がちらつくような日なのに、わざわざ千葉から応援に来てくれたのだ。
斗真くんは僕がeスポーツでプロになる前から、ずっと応援してくれている。彼は僕のことをずっと先生と呼んでいるが、僕が彼のゲームの先生だったのは、プロになる前までだ。プロになってからは、ずっと敗北と、あと一歩の成績を繰り返している。
今日も二位だった。斗真くんから、先生なんて呼ばれるような立派な成績は一度も残せていない。
「……どうも、応援ありがとうございました」
――なんでまだいるんだよ。そう言葉にしたかったけど、まだ「プロ選手」だったから、それらの嫌味っぽい言葉は全部飲み込んだ。
出会った頃は、お互いまだ十代で子供っぽいところもあったし、斗真くん呼びでよかった。
ゲーセンで出会ったゲーム仲間だったから。
でもさ、斗真くんも僕も、もういい年したおっさんじゃん! 斗真くんは、もう昔のような斗真くんって顔をしていない。吊るしではない立派なスーツを着て、立派な大企業で働く佐々木さんになって僕の前に立っている。
僕と違って部屋着みたいなスウェット姿ではない。昔は同じような格好をして街のゲーセンで一緒に遊んでいたのに、どこで道が別れてしまったのだろう。
途中から斗真くんがゲームを卒業して、佐々木さんに進化したと気づいていた。けれど佐々木さんって呼び替えるタイミングを逃してしまったのだ。
どうしても、それ、いい服だねって笑って言えなかったんだ。あの頃は負け犬にはなりたくなかったから。
必死でゲームにしがみついてきた。この二十年。
『こんな日』だったから、斗真くんへの挨拶もそこそこにして、そのまま一人で自宅に帰ろうとした。けれどいつもの流れで斗真くんと感想会が始まってしまった。
僕も斗真くんも帰るのが千葉方面だから仕方ないね。
eスポーツのプロ選手は不思議だ。他のオリンピック競技者のように肉体を強化したから、練習をしたからといって必ず勝てるというものではない。
もちろん練習はするし体調は整える。寝不足だとパフォーマンスが落ちるのは他の仕事と変わらないから。
僕にとって、プロになった日から、ゲームは仕事だった。
それでも、僕がやっているゲームに関して言えば、体調や技術以前に、Math.random() * puyoColorsに延々と踊らされる。確率の奴隷のような競技だと僕は思っている。
勝ったからなんだ、負けたからなんだ、運が悪かっただけだ。
そんなふうに、最後に小さな逃げ道を作ってくれる、このやさしい競技が好きだった。――ずっと好きだったのだ。
家族から馬鹿にされながらも、僕はeスポーツが学べる学校に進んだ。学校に行って良かったこともあったし、悪かったこともあった。
卒業後、兼業で勤めながらプロになったのは、選んだ道を後悔したくなかったから。好きを仕事にしたと言えたのは、プロになった最初の年だけだった。本当に「今」もゲームが好きと言えるかは、正直もう分からない。
勝ったら嬉しいし、負けたら悔しい。選手になってからも、それの繰り返しだった。だから勝者インタビューは、いつもあっさりしたものだった。
――勝てて、嬉しいです。ありがとうございました。
それが『のらいぬ選手』僕の試合スタイルだった。
「先生、今日の勝者インタビューよかったですよ」
「……え、あれ、僕、なんて言ったかなぁ、それに準優勝で、勝ったわけじゃ……」
斗真くんに言われて、ちょっとびっくりしていた。そんな特別なことを言ったつもりはなかったからだ。
「昔、ゲーセンで試合やってた頃って、先生は勝てて嬉しいです。だけだったから。他の選手ものらいぬ選手のコメント真似して一言になるから、司会者の人いつも困ってましたよね~あれ面白かったなぁ」
「あーうん。なんかステージでマイク向けられると、いつも頭が真っ白になるんだよね。でも、なんでかな……いつからか、周りのインタビューが上手な人を真似するようにして。ほら、小学生選手とかなら、一言でもいいんだけど、ずっとおっさんの僕まで一言だけだと、ほらさ、一番年上の選手として……」
つい早口で捲し立てるように言った。けれど途中から失速して言葉が途切れてしまった。
年上の選手として威厳が必要だったと言いそうになった。あれ、僕はいつからこんなつまらない選手になってしまったのだろう。
楽しいゲームに威厳なんて必要だっただろうか。自分が心からゲームを楽しむことで同じように観客を楽しませる。そういった競技だった。
――そうだ、いつの間にか、もう最年長だ。
大人になっていた。
電車に並んで座って外の流れる景色を二人で見ていた。暗闇を光が流れていく、自然とそのカラフルな光の粒で連鎖を組むようになったのは、いつからだろう。これも職業病なんだろうか。
決心はした。もう十分だ。僕は意を決して口を開いた。
斗真くんが、佐々木さんになってもいい頃合いだろう。
「……いや違うかな。うん。違う。会社員はさ、仕事で喋る機会多いだろう。――佐々木さんも、取引先相手と話す機会多くなったら喋り上手になるでしょ。僕も大人になったんだ、立派なただのおっさんだよ」
斗真くんは、がっかりしただろうか。
世界相手に戦うプロゲーマーじゃなくて、ただのどこにでもいる会社員になる僕。しばらく続いた沈黙のあと、斗真くんは静かに話し始めた。
「――兼業でプロゲーマーを二十年続けるなんて、誰にでもできることじゃない。だから負けたとは思っていない」
「斗真……くん」
それは僕の今日のインタビュー時のコメントだった。
eスポーツの選手寿命はおおよそ五年。
選手人口は十代から二十代が多く、三十代は引退を考える年齢だ。四十を過ぎて、僕はとっくの昔に終わっている。
終わっているのに、選手名鑑に名前を残し続けている。伝説なんて呼ばれているが屍と大差ない。
でも、終わっていたのに、今日準優勝した。入賞してしまった。
まだ、この先があると思ってしまった。
「斗真くん。僕ね、会社でいつまでゲームやって遊んでんのって言われるんですよ。はぁ……部長が怖いんですよ」
大きなため息をこぼしたあと、僕は電車の手すりに寄りかかった。
「おやまぁ、ひどい人ですね。それ、先生なんて言ったんですか?」
手すりに寄りかかった時よりも、大きな大きなため息だった。どうして、僕はあんなことを言ってしまったのだろう。売り言葉に買い言葉。プロゲーマーは負けず嫌いだ。それは他のスポーツ選手と変わらない。
勝ちと負けしかない世界で、生きてきた。
「……負けるまで」
言葉は呪いのように僕を縛り続ける。もう、終わってしまいたいと思いながら、あの場所にまた立ってしまうのはなぜだろう。
「じゃあ、まだ大丈夫ですね」
諦めたような僕の声に反して、斗真くんは無邪気な声でそう言った。
いつか、今日の試合のような僅かな勝ち筋さえ見えなくなる日が訪れるかもしれない。
それは怖い。なによりも怖いのに。
「最後、エムエム選手に負けた。十代だってさ。ありえない。あーやっぱり体力か」
下からどんどん上がってくる若い選手に、勝てる要素が日に日に減っていく。
目が痛い、腰が痛い。仕事で疲れる。部長がうざい……あぁ、これは関係ないか。
ゲーミングチェアを寝るような姿勢に倒してまで、僕はまだゲームにしがみついている。
あぁ本当に、醜くて仕方ない。
僕が、ゲームでかっこよかった日なんてあっただろうか。
「エムエム選手に若さでは勝てませんが、大人には子供にない経験と技術がありますよ。先生」
「……しょせんは運ゲーですよ」
「でも先生、絶対、そんなこと思ってませんよね。私の目は誤魔化せませんよ?」
斗真くんはおどけるように言って自分の目を指差した。
「何年応援してきたと思ってるんですか。しかもうち会社はのらいぬ選手のスポンサー企業ですからね。まぁ金額は少ないですけどね。ごめんなさい」
プロゲーマーという存在が世間に知られる前から、僕を知っている斗真くんの前では嘘がつけなかった。
情けなくて思わず両手で顔を覆ってしまった。
「……昨日までです。昨日までは、全部、運だと僕は思ってました。でも、今日は……今日だけは……」
斗真くんは優しく僕の肩を叩いてくれた。悔しいと嬉しいがずっと交互に波のようにして襲ってくる。勝手に涙が溢れてきた。
ずっと綱渡りをしているような試合だった。斗真くんの会社が初めてスポンサーについてくれた日の試合だったから。最後にいいところをみせられれば、と試合に挑んだ。
フルカウントまでもつれ込む接戦の末、一筋の希望が見えた、今仕掛ければ勝てる。この日まで最後は運だと思っていた。けれど、今日に限っては自分の技術や知識、経験全てを惜しみなく注げば勝てると思った。
結果は、準優勝。情けない、これで引退だ。全て終われると思ったのに。
今日のような熱い試合がまたしたいと願ってしまった。
「先生、今日の積み方に名前つけましょうよ。それでSNSで発表しましょう! ほら昔、夢だって言ってたじゃないですか。自分の名前をつけたいって」
斗真くんに言われた瞬間口が勝手に動いていた。
「……名前つけたら、なんか、引退しそうじゃないですか」
気づいた時には、言っていた。多分、斗真くんに言わされたのだろう。まだ、引退したくないんだろう、と彼の顔がそう言っている。
その証拠に斗真くんはカバンの中から、スポンサー契約書を取り出して、僕に差し出してきた。
「私もそう思います。来シーズンもトーナメント勝ち上がってくださいね」
「ははは、まじですか……もう、そんな体力残ってないよ」
情けない声で笑っていたが、胸の底でぐらぐらと炎が燃えている。できることはまだ、ある。
「では走りましょう!」
そういって斗真くんは僕の手を握ってきた。
「えー走るの? 僕が?」
「そうだ先生も私と一緒にジムいきませんか? 最近駅前にできた新しいところですよ。いやぁ、妻に怒られてしまって、食べ過ぎって、娘にも下腹が出てると笑われて。ちょうどいいですよね」
「いやぁ、でもなぁ」
「選手Tシャツ来年はスリムな体で着て、筋肉オジ路線でいきましょうよ」
「一体僕に何を求めてるんですか!」
来シーズンを最後にしないために、僕ができること。
負け犬には負け犬の闘い方がある。僕はのらいぬだ。しぶといんだ。
「今日みたいにおっさんが小学生に負けていて、どうするんですか。これからですよ、おっさんの時代は。まだ、のらいぬ選手を解説者席にはいかせませんからね」
そう言って斗真くんは、出会った頃と同じ斗真くんの顔をして笑っていた。
のらいぬ選手の引退は、どうやらまだ先らしいです。
おわり



