告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった

『梔子:今日の朝一緒に登校しない?』
 眠い瞼をこすって音とともに振動した携帯を開き、光に耐えていると見えてきた画面。そこには、一件だけ梔子からのお誘いが表示されていた。
 その時の俺は「朝から早いな」と軽口を叩きながら、文字を打つ。
『浅葱:いいよ。どこ集合?』
 返信し終えた携帯をベッド横の机の定位置に再び戻す。
 起き上がろうとした体は朝のせいで重く、こわばっている。
 立ち上がって一息つくと携帯の画面が点灯する。梔子の連絡かと高揚したが、来たのは別のアプリ。期待した心は一気に落ちる。だがそれもつかの間、ゆっくりと携帯を持ち上げ、部屋から出ようと身体の向きを変えた瞬間、持っていた手の携帯が振動し始めた。それも二度、三度と。
『梔子:浅葱の家近くの公園前‼』
『梔子:急なお願い聞いてくれてありがとう‼』
『梔子:すぐ向かいます』
 梔子の連絡は、いろんなスタンプとか使ってカラフルでもなく、文字のみの質素さでもないが文章を読んでみるとリアルの元気な梔子とそう変わらないように思える。
 返信をもらうのはなんとなく好きかもしれない。配信者だからっていうのもあって良し悪し関係なくコメントが来ること自体が嬉しい。きっとこれに近い何かなのかもしれない。
『浅葱:分かった。俺もすぐ向かう』
 画面を一回消し、再度画面を開いて時間を確認する。
「まだ、7時か。飯食って着替えれば間に合うか」
 まだ時間に余裕があることに安堵し、荷物をまとめて、着慣れたシワのついた制服に手を通す。着慣れているとはいえ、制服の構造が分かりにくく、たまに間違えてしまう。これがシワのできる原因の一つではないのか? と考え込む。
 だが流石に何分もかかる動作でもないから、すぐに着替えを終えて下に向かう。


『浅葱:支度できたから向かう』
 玄関にてスリッパから外靴に履き替えて出掛ける合図としてメッセージを送る。


 秋の風に押されて重くなった扉を開けて、外の世界に誘われる。
 待ち合わせの場所までまだ時間はある。今までの俺は特に何も考えず、のんびりヘッドフォンで好きな曲をセレクトして聴いている。周りを見ても見慣れた景色をただボーっと眺めて、通り過ぎるくらいだった。だけど今日は違った。梔子と過ごせる幸福感が癒しに変わる。これほどの幸福感が芽生えたのはいつぶりだろうか。
 最近は、配信とか推しに会う以外で楽しんでいないと思う。
 俺にとって家は牢獄と同じだ。強制されてずっと部屋にいないといけない。親の顔なんて最近はもうほぼ見ていない。見ようとも思わないから別にかまわないけど…。ただ、あの家に俺の居場所は、ほぼないのと同然。だから配信者として活動を始めた…というか、そんな経緯だけどね。
 学校は落ち着く。家みたいに肩身の狭い思いはしない。話せる仲間がいる。それだけで今はちょうどいいくらいだ。そう、それで満足だった。


「‼ 浅葱おはよう!」
 寒く、公園の枝や葉がネットフェンスからはみ出して風と戯れる。それもある声を除いて…。その声は戯れることを無視してこちらまで直行してきた。目線を公園前に向けると、大振りに手を動かす彼に倣って小さく手を振り返す。
「おはよう!」
「おう、おはよう」
 梔子が俺の手を引っ張って
「それじゃあ、行こっか」
 と、ニコリと微笑み、学校へ向かいだした。
 その時の梔子は男らしく、少しギャップ萌えで惚れ直してしまった…ただ、これは本人には内緒。
「ねぇ浅葱、今日提出の物理の課題、終わった?」
「昨日の夜には終わらせた」
「マジ⁉」
 目を輝かせて、驚いているのか期待しているのか分からない眼差しが俺の目線より少し下から送られてくる。
「……あのぉ、見せてくれることは可能でしょうか浅葱様」
「…いいよ」
 梔子から言ってくるなんて珍しい。と思いつつ、うっかり、へらへらと笑みを浮かべてしまい、「なんだよ~」とまるで頬を膨らませているように言われてしまった。



「おぉ二人での登校とは珍しいな。おはよう!」
 教室の扉を開くと寒さが漂ってきて、その寒さの中に明るい山吹が俺らに優しく手を振ってくれる。梔子も気づくなり、無邪気に振り返り、
「行こう!」
 そう言って山吹の元へかけていく。俺もそれに便乗して小走りで駆け寄った。
「山吹が早いのも珍しいよ?」
「だって今日の課題終わらせてないからよ!」
 自慢げに言うことではないような。
 心の中でツッコミを入れるが本人に直接は言わない。
「マジ⁉ 僕も終わってないの!」
 仲間を見つけて安心したのか、鞄から課題の紙を出して俺の方を振り向き、「浅葱~、助けて…」とまるで子犬がご飯をねだるように頼まれた。どうしても断ることは俺の心が許さなく、しぶしぶ承諾した。
「俺も! 俺も見せて‼」
「……いいよ」
「おい、なんで今考え込んだ」
「考え込んでない」
「うそつ…」
「時間やばいよね⁉ 山吹! この時間に終わらそう!」
「おう! そうだな! 浅葱ありがとうよ」
「浅葱ありがとう‼」

 感謝し終えると、二人は机と睨めっこする。



「「終わった~…」」
「おめでとう」
 俺はさっき二人が課題を写している暇な時に自動販売機でミルクコーヒーと
 サイダーを購入しておいた。それを課題を終えた祝いとして手渡す。
「「いいの⁉」」
 二人とも目を輝かせて、でも申し訳なさそうな顔を時折していて、見ていて表情がころころ変わって面白い。
「祝いとしてだし、いいよ」
「「本当にありがとう‼」」


 そんな話をしていると、廊下から大きな声が閉まった扉越しに乱暴に聞こえた。

「え⁉ 今日って転校生来るの⁉ 何組‼」
「そう! 三組らしいよ!」
 転校生? 先生そんなこと言っていたか?
「そうじゃん、今日転校生来るんだった!」
 もらったサイダーを少し飲んだ後、ふたを閉めている時にふと気づいたようにそう言う。
「三組ってここじゃん⁉ 先生伝えてよ~」

 廊下ではまだ大きな声が続き、騒がしいほどになってしまっている。
「男子⁉ 男ならイケメンがいいな~」
「分かる! 女子は(つるばみ)さんが一番でいいのよ!」
 橡……。
「おぉ、廊下が騒がしいな。橡って学年一美女と噂されてる女子だろ? 俺の好みではなかったけど…」
 でも転校生か…。どんな人だろう。
「お~い!早く席に着け」
 教室前から担任がチャイムと合わせてやってきた。俺らはすぐさま自分の席に向かい、朝の会の支度をする。
「言い忘れていたが、転校生を紹介する。入ってこい」
 先生のかけ声と同時に教室の扉が開き、その人がやってきた。
 その人は顔が整っており、小顔で俺より少し低いくらいの百七十センチ前後だろう。早速、制服を少し乱していて髪型は高校生に見合わないツーブロックでマッシュウルフ。
韓紅(からくれない)です。よろしく」
 その時、俺は韓紅という人物と目が合ったような気がした。そっと微笑まれ、目を逸らした。俺の勘違い……というわけではないみたいだが…。
「じゃあ韓紅。お前の席は梔子の隣だ」
 体育教師の担任が太い腕で指を差す。韓紅は「はーい」とけだるげに歩く。
 韓紅は席に着くなり、隣の梔子に何の躊躇(ちゅうちょ)もなく話しかけていた。

 その日から韓紅は俺たち二人に話しかけてくる。時には俺に軽く引っ付いたり、ノリノリでボケたりと仲を深めていった。多分だが、韓紅は人と親睦を深めるのが上手なのだろう。

「浅葱くん。今日昼一緒に食べない?」
「ごめん、先約があるから無理だ。放課後とか、そこらへんで誘ってほしい」
 昼は梔子と二人っきりになれる数少ない時間。どうしてもなら、放課後を開けるが…。
「えぇ~どうしてもダメ~?」
「……浅葱は私と用事があるの!」
 突然俺の腕に強くしがみつき、梔子が韓紅を威嚇している。
「いいじゃん~俺も浅葱と昼一緒に食べたいな~」
 ノリなのか分からないが韓紅も腕を軽く引っ張られている。まるで修羅場のような図で真ん中にいる俺がいたたまれない気持ちになる。

 そこへさっき先生に呼ばれて補習の約束をしてきた山吹が俺らを見て、
「何してるの」
 と冷たい目でこちらを見る。
「韓紅くんが浅葱くんを取ろうとしてるの!」
「そっちこそ!浅葱くんを独り占めしようとしてる!」
「だって私は……」
「僕はなんだよ~」
 すると山吹がそっと韓紅のもとへ行き、肩をポンと叩いて俺と韓紅を引き離してくれた。
「お前ら飯食ってきていいぞ~」
「山吹ありがとう‼」
「ありがとう」
 俺らは急いでその場を後にした。





「ねぇ山吹くん。なんで私と浅葱くんを引き離したの!」
「韓紅は転校してきたばっかで知らないと思うが、あいつら付き合ってるんだよ。俺らはそれを知ってて黙って見守ってるんだよ」
 韓紅は疑問そうな目でこちらを覗き込み、
「どうしてなの?」
 と無邪気に聞いてきた。
「あいつらのことを性格の悪い奴らが知れば批判の嵐だ。ましてや梔子はテレビにも出たことがある天才ピアニストだ。そんなことで精神を削られていたら学校生活が嫌いになって辞めるかもしれない。ここにいる俺ら全員が嫌だから黙ってる。まぁ、あの感じだとバレるのも時間の問題か」
 俺の周りにいたクラスメイトが俺の言葉に賛同し、うなずいてくれる。
「韓紅、じゃあ良かったら俺と昼一緒に食わないか?」
 韓紅もきっと浅葱のことが好きになったのだろう。だけど今のあいつはその気持ちには絶対答えられない。だから俺がその穴を埋めるべきだ……。今の俺はそれしかできない。
「……分かった。じゃあ山吹のおすすめのスポット教えて」
「いいけど、俺静かな所好きだから、今の時期は少し寒いぞ?」
「いいよ。今は山吹とならどこでも」



 その時、周りで二人の会話に聞き耳を立てていた腐女子全員の心の声が一致した。

 ──山吹……あんたにもついに春が訪れたのね! 

 

 今は秋真っ只中だけど。





「強く引っ張ってごめんね…?」
 いつも通り屋上前の踊り場付近に着いた直後、梔子はうつむきながらも謝ってくれた。
「いいんだよ。俺こそ、ちゃんと言えたらいいんだけどね…」
「しょうがないよ! 周りには付き合ってること内緒にしてるんだし」
「そうだな」
 何度も座られてホコリの量が周りより少ない定位置に俺らは腰を下ろし、前々から約束していたことをする。
「はい! 栄養とかにも気をつけて作って食べやすいようにした!」
「俺は、いつもより肉多めにした」
「それって僕の身長小さいからもっと食べろってこと~?」
「いやいやそういう意味じゃないよ」
 ヘラヘラとツッコミを入れながら、お互いにお弁当を交換して中身を確認する。俺は風呂敷でお弁当箱を包んだから梔子が少しだけ苦戦していて可愛かった。梔子のは小さな白い弁当入れ専用のバッグに入っていて、柄はシンプルなものの、中身はぎっしりと詰められていた。
「美味しそう!」
 梔子も弁当箱を開けて目を輝かせて早く食べたそうにうずうずしていた。
「早く食べちゃうか」
「うん‼」
「「いただきます」」




「「ごちそうさまでした」」
 お互いに弁当箱を見合わせると中身は米粒一つなく、綺麗になっていた。二人で「すごく美味しかった。特に…」とお弁当の中身について熱く語った。

「そろそろ予鈴鳴るから戻るか?」
「そうだね。寒いし早めに戻って山吹たちと話す?」
「だな」
 この時間だけ。この時間だけは隠れて手を繋ぐことができる。いつも階段を降りる数分だけ手を繋ぐ。いつも梔子の手は温かく、俺の大きな手とは裏腹に小さく、でも俺みたいにゴツゴツして男らしい。でもやっぱり強く握ったら潰れてしまいそうでいつもハラハラしている。


「あれ、山吹いないの?」
 教室に戻り、辺りを見回したが山吹はいない。
「山吹なら韓紅とご飯食べに出かけたよ」
 奥で携帯と眺めてた女子が携帯を机に置いてそう伝える。
「そっか、残念」
「…山吹も頑張ってるの」
 微かにガヤガヤとした教室の中に聞こえてきたが、俺ははっきり聞き取れなかった。そこへ教室の扉が開き、俺と梔子は反射神経を競っているみたいに間髪入れずに音のした方に視線を送る。
「うわ、びっくりしたな。急に二人で見るな怖い」
 山吹と韓紅が同時に帰ってきて、山吹だと認識するなり梔子は「山吹~!」と声を高らかにあげて、俺らは二人の元へ行く。
「……浅葱くんさっきはごめんね」
 小さくなって謝る山吹にさっきの申し訳なさが再びこみ上げてくる。
「こちらこそ」
「今度からは時間が空けられるときは言うね」
「ううん大丈夫だよ。今度から山吹くんと食べることにしたの!」
「そっか…分かった!」
 語尾が大きくなったのはなんでだろう。
 その時、背後からぐっと何かが擦れる音がした。だが、振り返っても四方八方に視線を送った女子たちだけ。
 疑問に思いながらも、チャイムを合図に次の授業の用意を二手に分かれて解散した。