告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった

 結局、勝負に勝ったのは梔子。あの後、何度も勝負に勝っては負けを繰り返した。携帯を開くと、もう深夜の時間帯になっていた。リビングの窓を眺めると、夜空は、星をまだら模様に作っている。
 星の数々を眺めているといくつか星座を発見し、ただ無意識にボーっと見つめているだけ。梔子がそれに便乗して星を眺める。

 やっぱり綺麗な星はずっと見ていられる。

 ずっと見ていると寝てしまいそう。

「そろそろ寝る時間だ」
「…ほんとだ。どこで寝る?」
「僕の家って客間ないから…。僕の部屋でもいい?」

 え…? え⁉ 俺と………推しが⁉ 

「……分かった」
 動揺しながらも、なるべくこの気持ちが推しに悟られないように平然を装う。しかし、自分自身でも思う。ぎこちなく隠しきれていないことに。
 二人で部屋に入ると、以前の勉強会でも使ったはずの部屋が今はあちこちと目線が安定できていない。

「ほ、本当にごめんね? 客間があればよかったんだけど…。ぼ、僕が床で寝るから浅葱は僕のベッドで寝て‼」
「いや、悪いよ。俺が床で寝るよ」

 そんな床かベッドかのくだらない論争をしつつ、胸のどこかが訳も分からず鼓動が荒ぶる。喜びよりも焦りが見えるような、推しと同じ空間で寝るのはいたたまれない気持ちになる。
 その動揺がどうしても表に漏れ出てしまって梔子もそれに気づいてしまったらしい。
「浅葱緊張してるの? えへへ、僕と同じだね」

 なんだその頬をポリポリとかく仕草は⁉ 『えへへ』⁉ 照れ方が本当に可愛すぎる‼
 そっか推しでも、今の梔子は俺の" 彼氏 "なんだ…。

 俺はそう思うとなんだか心の奥がむず痒くなってきてしまった。
「と、とりあえず寝よっか…! もう一緒のベッドで寝るってことで!」
「…うん」
 案の定、二人で狭く俺の身長より少し長めのベッドに添い寝し、眠りにつく……のだが、どうしても梔子を意識してしまい、寝ることができない。目を瞑ることはできても眠りに誘われることはできない。互いに背を向け合っているのは知っているが、どうしても梔子の温もりを背中で少し感じてしまう。
 胸も鼓動は遅くならず、ただ早く一つ一つがはっきりとドクンドクンと刻む一方。これほどはっきりと聞いたのは、中学生の頃の長距離後。だけど、それとは多少違った感覚。走っていないだけという理由だけではないのだろう。そのあまり感じたことのない鼓動を無意識にも梔子に聞いて欲しくないと否定してしまう。


「……浅葱、もう寝ちゃった?」

 背後から聞こえた梔子の声は小さく、背中に話しかけている。
「……あぁ」
「少しだけ話しますか?」
 なぜ敬語で話しかけるのかは分からないが、どうしてもそこには意識が向けられず、「いいですよ」と敬語に便乗してしまった。
「前にさ、浅葱くんに好きな配信者の話したでしょ?」
 " 好きな配信者 "はおおよそネットの俺のことだろう。
「嫌なら言ってもいいんだけど、その人の話をしたい。……ダメ?」
 大きな楽しさと小さな寂しさが混じった声に俺の心はやられてしまう。
「……いいよ」
「やった! その人ね……」
 語る声色も表情も、顔を見せ合わせなくても分かるほどに喜びをまとっているように感じた。正直、恥ずかしさもあったが梔子が喜んでくれるなら。……と甘えてしまうのは俺の悪いところだろうか。

「浅雲くんはね、声が好きで面白いの‼ でね、この人に初めて出会ったのは私が海外でピアノ演奏を披露する場面で間違いが連続してズタボロだった時なの…。その時は本当に気持ちが落ちて周りにも気遣ってくれる人はいたけど、どうしても落ち込んだ気持ちが二週間くらいかな? 続いちゃって…。その時に友達から勧められた配信アプリを見てみたの。画面を下にスワイプしていったら、ほとんどの人がゲーム配信だったんだけど、浅雲さんが雑談配信していて、相談も可能って書いてあって入ったの。最初は緊張したけど、匿名で相談に乗ってもらった。流石に初対面でピアニストの梔子って言うのはいけないって思ったから『ピアノで何度も失敗してしまい、心が折れてしまったのですがどうしたら勇気を持てますか?』って聞いた。本音はそんなに返信を期待してなかった。だって、急に言われても何言っていいのか分からない質問だっただろうし…。でも浅雲さんは『なるほどね…。まずは練習お疲れ様‼ 俺の意見として失敗は次成功するための材料だから重くとらえなくても大丈夫だと思う。でもそれでも心が折れるのは分かる…。だから、勇気は一気に積むものではない。少しずつでいいから楽しさも忘れずに練習する‼ とかかな。俺の場合は、自分の趣味の話になるけど読書を嫌いだと思ってない。だって嫌いなことを無理にすれば嫌にもストレスにもなる。だから楽しいって思う気持ちは決して忘れてはいけない! 俺がこんな言い張っているけど、そんなにできたことはないけど!』って優しく言ってくれたの。浅雲さんにとっては多くのコメントの中の一つ。でも俺にとっては大切な言葉」

 そっか…きっとあの日、たまたま視聴者の意見で雑談と称して相談を受けていたあの時に来た匿名の子。それが梔子だったんだ…。
「…その人はきっと覚えているよ‼ その一つのコメントを!」
「……ふふ、ありがとう。そう言ってもらえるだけで嬉しいよ」
 俺の言葉に、振り向いた衝撃でびっくりしていたが、その後に見せた薄っすらと笑顔はまるで春が訪れた瞬間、喜びに満ち溢れた花のよう…。その小さな花を俺は守りたいと思った。崩してはいけないものだと。

「……く、梔子の………ピアノ弾いているところを見たいんだけど、ダメか?」
「いや、ダメじゃないよ!」
 優しく頷いたベッドから降りて、一階にあるらしいピアノまで二人で無言のまま向かった。
「ここなんだけど、何演奏して欲しい?」
「梔子の得意な曲が聞きたいんだけど、無茶ぶり過ぎた?」
「いや大丈夫‼ 僕の得意な曲か……。『堕落した王国と勇敢な騎士』を弾くよ」
「ありがとう」

 その曲は梔子を初めて知ったときに一緒に聞いた曲。その曲は、題名の通り感情が込めやすく、リズムも音も繊細で演奏する人によっては違った味が出やすい。それに伴い、梔子の弾くこの曲の背景には寂しさや悲しさ、後悔も入り混じっているように感じる。
 それは勇敢な騎士が今まで暮らしてきた王国が崩壊し、親切にしてくれた人も喧嘩した友人すらも、すべての国民がその騎士を残して亡くなってしまった。その騎士は思った。守れなかったという後悔、自分の無力さを恨み、嫌悪感を抱く。
 しかし、その感情は曲が進むごとに変わっていく。つまり、後悔をしても前を向くことはできない、騎士はそう考えたのだろう。

 やっぱり梔子の弾き方には多彩な感情がこもっていて聞いている人たちの気持ちを揺れ動かす。
 聞き終えた直後は言葉が出ず、唖然としてしまった。

 やっぱり動画で見ていたのとは迫力が違う…。
「どう…だった?」
「…え、凄すぎるよ! やっぱり梔子の音色は大好き!」
「やっぱり? 浅葱は俺の動画か何か見てたの?」
「え、あ、うん…。実はね」
「そっか。それは嬉しいな! 好きな人に見られるのがこんな恥ずかしいとは思わなかったけど…‼」

 照れ隠しなのか両手で小さな顔を覆っているが耳が隠しきれていなくて赤くなっているのが分かる。
「そ、そろそろ眠くなってきたし、寝る?」
 赤面の状態でこの場から去りたいという梔子の気持ちが言葉に出ていた。それに察して「分かった」と軽く言葉をかけ、一緒に部屋に戻る。

 梔子の曲を聴けたおかげでさっきよりは眠りにつけるくらいには癒された。





「ん……。もう朝?」
 目を開けると窓から差し込む強い光。その光すら受け付けない視線は、時間が経つと、周りを見渡せるほどに慣れていく。
 俺の目の前に映るのは柔らかくフワフワした黄色い髪が視線の下部を埋める。それは温かく、ずっとハグしていたいほどの心地よさ。
 だが俺はその存在を脳に入れた瞬間、ハグするのをやめた。
「……あ。ご、ごめん⁉」
 つい謝ってしまった相手は、目をこすりながら俺の背中まで腕を回し、強い力で自分に引き込む。それは、ハグを強制されているように。
「浅葱……」
 薄っすらと寝言で俺の名前を呼ぶ梔子に恥ずかしくなり、起こした顔に片手で覆う。
「…おい、梔子。朝だぞ」
 改めて窓から差し込んでベッドに当たる光を確認して朝だと理解する。揺すぶる体は軽さもあるががっちりとしていてきちんと男の子だと感じさせる。
「ん…まだ寝かせて……」
 甘えた声でまた強い力で抱きしめられ、理性を保てないと悟り、梔子の脇腹をくすぐる。
「……ふふ…あはははっ…」
 掠れた声が静かだった部屋に響く。ガチ恋勢だった時の俺なら甘い妄想をいくつも繰り広げるが……今の俺には刺激が強すぎる…‼

「……ん、浅葱おはよう」
「…おはようございます」
 朝なのか分からないが、怒りと恥ずかしさを顔に出してしまって、寝起きの梔子に「苦虫を噛んだ?」と心配されてしまった。
 すぐに「違います!」と否定したが、梔子の頭の上にははてなマークが一つ出ているように顔を傾ける。
「……朝は僕が作るよ」
 再び目をこすって腹チラするくらいに服の中に手を入れて、お腹を触っている。どうしても俺には直視できないと瞬時に分かり、目を逸らす。幸い梔子にはバレていないが、もう少し俺のことを意識してほしい。恋人として…もおこがましいかもしれないが、あるにはある。でも、今は俺という男が近くにいることを分かってくれ‼

「ありがとう」
 とりあえず平常心を保つために…今はもうないけど。席について昨夜充電していた携帯を持って画面を覗く。そこには通知が二件あり、一つは家族からと広告。
『母:梔子さんに迷惑かけちゃだめよ!』
 それは、親からの心配を込めたメッセージ。
『浅葱:分かっているよ。ありがとう』と。

 携帯で流れてくる動画を虚無状態で見ていると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってくる。




「今日は何する? 確か午後で解散なんだよね」
 俺の腕は口寸前に箸を持ってきて数秒待って考え、口に運んだ。
「そうだな…。何かしたいことあるか?」
「じゃあ、これ見に行きたい!」
 目を輝かせて携帯の画面を目の前に出してきた。画面の内容の理解に処理が遅れたが、よくよく見てみるとそれは今人気の映画だった。恋愛もので純粋すぎず、青春を謳歌する二人の学生。友情と恋愛どっちを取るのか奮闘する物語。

 ジャンル的に、俺に合っているのか? と悩むがすぐに承諾する。
 でも、なるべく推しの願いは叶えてあげたいし、梔子と一緒に出掛けるのは楽しい。

「じゃあ、支度しよ!」

 ウキウキな気分で鞄を開き、各々で荷物をまとめて、あっという間に時間が過ぎた。