告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった

「……え⁉」
 俺の唇はほのかに残っている甘い匂いとさきほどまでの感触を恋しく思っている。
「…あ」
 自分でもどうしてそんなことしたのかしっかりと説明ができない。わかることは”推し”とキスをしたことのみ。今の俺には現実を受け止められない。どうしても否定をしてしまう。否定をしても今したことは事実(記憶)として覚えてしまった。
「いや、あのこれは…」
 何を言っても推しに引かれる未来しか見えなくて、言い訳にしかならないと思う。
「……」
 俺の目の前にいる梔子からは、柔らかい息の音がかすかに聞こえてきた。怖かったが恐る恐る見ていると、照れた顔をしながら、優しく口角が上がって耳まで赤く染まっていた。


「浅葱。今度俺の家でお泊り会しない?」
「急だな」
「ごめんね。前々からしてみたかったけど、言えるタイミングがなくて…」
 今のタイミングは正解なのか?と考えつつ、その言葉は本人には伝えないでおく。
「別にいいけど、できたとしてもテスト明けかな」
「じゃあ、テストの点数を平均点以上にする! そうすればやる気も出るし、良い?」
 俺的には、推しとお泊り会なんて夢のまた夢。だから正直、誘われたことに嬉しさと罪悪感が混ざってなんとも言えない気持ちになっている。
「梔子がそうしたいならいいよ。俺も本気出すからな」
「うん!」
 梔子の笑顔は暗い夜空と対照的に眩しくて、街灯だけが頼りだったのに梔子も頼りになる。
「さっき、コンビニで買ったアイス一緒に食べよ?」
「いいよ」
 さきほどコンビニで買ったシェアできるチョコアイス。夜の温もりに比例して少し溶けていたが焦るほどではなかった。
「はい、どうぞ」
「ありがとう!」
 その瞬間だけ、俺の指と梔子の指が触れ合う。しかしドキドキしたのは俺だけのようだ。梔子の表情を窺ってもあまり変わっていない様子だった。
 少し寂しい気持ちはありつつ、梔子に言えば乙女みたいって思われるかもしれない。だから黙っておくのが最適だと思う。
「美味しい!」
 嬉しそうに食べる姿は、まるで小動物みたいでかわいい。
 見られていることに気づいて小さな顔をこちらに向けて
「どうしたの? 僕の顔にアイスついちゃってる?」と言って口の周りを指でなぞった。
「いや、梔子が可愛くて見惚れていただけだよ」
 思いを正直に答えたら、梔子の顔は耳まで真っ赤にさせて「⁉ 真顔で言われると恥ずかしい…ね」と照れ隠しとして食べかけのアイスで俺と梔子の顔の間を塞ぐ。多少残念と思うが、照れる推しを見れるのは超嬉しい!

 アイスを食べきり、口の中が冷えてしまった頃、公園の薄暗い時計を覗き込む。
「もう二十時(八時)だ。そろそろ、解散するか?」
「…そうだね。あんまり長いのはいけないしごめんね、引き止めちゃって」
「いいよ。梔子と話せて楽しかった」

 公園の端にある出口で俺らは手を振って解散した。
 だが俺は梔子が去って道を曲がるまでその後姿を眺めていた。その姿は寂しそうで重心も前に傾いていた。







『皆こん浅~! 浅雲だよ! 今日も元気に配信やっていこうー!』
 配信画面には、俺のネットでのイラストと部屋のイラスト。そしてリスナーのコメント欄だ。
 コメント欄には『こん浅!』とか『初見です』とか『久しぶりに来れた!』とか様々なコメントがどんどんと増えていく。コメント欄を見ていると瞬時に読むことが難しいほどに速く流れていく。

『今回は、歌枠! と言いたいところだけど、今日は声の調子が悪いから雑談でもいい?」
 コメント欄では『いいよー!』とか『歌声聞きたかったけどしょうがないね!』とか優しいリスナーが多い。
 毎回「こんなに優しいリスナーに支えられているのか」と感極まって心の中で涙を流す。
『では早速! コメントを読んでいきます! あ、質問があればコメントしてくれるか分かりやすいのは投げ銭だけど、無理にしなくて大丈夫! なるべくコメントを読むから!』
 そう言ってコメント欄に目を向けると早速、多数のコメントが流れていく。
『最近、好きな曲があるのですがその歌ってみたを投稿してほしいです。なるほどね~、じゃあ、今度その曲聞いて俺の声に合ってたら歌ってみた出そうかな』
 その言葉にリスナーが反応して『浅雲くんならなんでも合うよ!』といくつかフォローを入れてくれた。
 流れていくコメントをスラスラと読みつつ、質問にはしっかりと応えていく。いつもと変わらない光景であるが、これが俺のやり方だ。

『おっ! 食う梨さんやほ~! 今日も投げ銭ありがと! えっと…今日も楽しみにしていました! 突然ですが、いま付き合っている人がいるのですが、もっと自分の気持ちを相手に伝えたいのに上手くいきません。どうすればいいですか?……なるほど~そういえば食う梨さん恋人出来たんだ! まずはおめでとう! そうだな、その恋人に感謝と思いやりを行動で示すとかかな』
 食う梨さんに恋人ができたことに喜びとなんだか寂しさを覚えて自分でも頭の中に出てきた言葉をつなげただけに過ぎない。
 だから何を言ったか、まるで覚えていない。

 しかし視聴者は食う梨さんだけではない。次々と投げ銭が送られてくる。
『皆、投げ銭ありがと! ちょっと待ってね、投げ銭履歴から読んでいくね。だから一旦コメント欄は見られない!』
 慣れた手つきで投げ銭履歴を開き、他のリスナーのコメントを読んでそれに応えていった。
 その間にも何度も食う梨さんのコメントが気になって寂しさを感じた。
 寂しさは、配信が終わるまで消えることはなかった。だが、キャラとして高い声を活用して浅雲は




『じゃあ、そろそろ時間だし、もう配信終了しちゃうね。おつ浅~!』

 いつもと変わらず、コメント欄ではお決まりの『おつ浅!』とか『次の配信が楽しみ!』とかたくさんのコメントが流れていく。その中には、食う梨さんのコメントもあって画面が切れるまで頭の中に残っていた。

「食う梨さんに恋人が…。てことは、配信に来てくれる回数も減るのかな~」
 つい口から吐き捨てるように出てしまった言葉には、一人ぼっちの部屋に似合いすぎて溶け込んでしまう。


 今後の雑談のためにネットでネタ探しをしていると、携帯が小刻みに揺れだした。画面の上部には『推し』と書かれていた。つまり、梔子から電話がかかってきたということ。
「ど、どうした?」
 急いで出てみると
『夜の楽しみが終わっちゃって…あと今、家に誰もいなくて寂しいから電話かけた…。忙しかった?』と少し声のトーンがいつもより低く、電話越しでも分かるほど、テンションが落ちていた。
「今は忙しくないから大丈夫」
『ありがとう…やっぱり浅葱の低い声好きだな。なんだか落ち着く』
「可愛いな」
『…へ⁉』
 思わず、本音が声に出てしまって一瞬だけ梔子はフリーズしたようだった。
「いや、梔子が可愛いこと言っているなって思って」
『ありがと…?』
「いえいえ」
『…明日からテストだね。一週間、テストするの辛い。テスト最後まで頑張れるかな』
「俺とお泊り会できるように頑張らないとね」
『うん! 浅葱とお泊り会してみたかったんだよね! だから頑張る‼』
 小さな子どもみたいで可愛くて、愛おしい。
『じゃあ、もう夜遅くなったけど、電話できて嬉しかった! ありがとう‼』
「こちらこそ、ありがとう」
 何気に推しと電話ができる日がくるなんて夢みたいだった。またいつかこうやって電話したいな。でもその願いが叶うかな…。梔子は俺の推しであり、恋人だ。しかも、梔子も俺ばかりをかまってはいられないだろう。仕方がないこと…だけど悲しいことはない方がいい。
「またね」
『うん! また明日‼』

 電話の切れる音が静かな部屋に響いた。瞬間のことだったのに、俺の中では長く感じた。そう、ものすごく長く。もっと電話していたかった。もっと声を聴いていたかった。でも、時間的にも明日のテストも外すことのできない予定。今日はすぐに寝て明日に備えるべきだ。だが、今の俺の耳には先ほどの優しく少し寂しさの混じった梔子の声が頭から離れない。

 この部屋では数分間、沈黙が続いた。だが、その考え込む時間がもったいないと途中で気づき、寝て明日に備えることにした。






「浅葱おはよう‼」
「あぁ、おはよ」
 テスト初日の朝早く、教室にはクラスメイトが何人かいて、その中には梔子もいた。教室に入るなり、梔子が俺のもとまで走ってきて今日最初の声を聞いた。
「今日のテストは頑張ります!」
「俺も頑張るよ」
「うん! お互いに頑張ろう‼」
 手を万歳して、嬉しそうに笑顔で言う姿は可愛らしく、子どもの意気込みのようだった。すると、テストということもあって教室にはずらりとクラスメイトが集まってきた。そして教室の至る所でグループができて今日のテストについて振り返ったり問題を出し合ったりと多くの会話で賑わっていた。しかし耳に聞こえてくるのはそれだけではない。テストに関係ないゲームの話や梔子の話。それらも多く混じっていた。
「最近、梔子くんさ、浅葱と仲良すぎじゃない?」
「えそれな」
 小声で周りには聞こえていないと思っているようだが、俺には聞こえてしまっている。俺の名前を小声でも呼ばれれば耳が冴えてしまう。でも、俺らはそれに割り込むつもりも否定するつもりもない。梔子は、聞こえているのかは知らないが、俺の机の前で腕を組んで下から俺を覗き込んで今日のテストについて話している。

「浅葱、国語科のテストを作ったの誰だっけ?」
「今回のテストは古典の範囲が多いから若林先生が担当だよ」
「まじか…。若林先生って授業の小テストでもマイナーな問題出してくるから難しいんだよね」
「古典が得意でもマイナーな問題が出れば、俺も考え込む」
「だよね‼」

 そんな話をしていると、「浅葱~、テストやばいんだけど~…」と魂の抜けるような声を出しながら山吹が俺の隣に来た。
「今回やばい教科は何?」
「古典‼ 若林先生の出すテストむずいし、範囲が広すぎるよ!」
「え、ほんとそれ!」
 山吹の言葉に梔子が共感した。
 二人は馬が合うのだろう。ずるいとは思いつつ、少し寂しさもある。昨日の食う梨さんの時と同じ感情だ。
 そう考えていると、梔子が俺の気持ちを察してくれたのか、「じゃあ、浅葱と僕とで少しだけ勉強する? 国語科のテストが最初だったはずだから」と話の輪に入れてくれた。山吹も「それはありがたい! 浅葱たち、分からない問題は教えてくれ~!」と情けは人の為ならずと言わんばかりに意気込んでいた。

 そして、少ない時間だったが三人で教え合ったり、どんなマイナーな問題が出るのか話し合ったりしてあっという間にテストの時間になってしまった。
「じゃあ頑張るぞ~!」
「「おう!」」
 山吹の掛け声にノリノリで梔子が乗っかる。



 テストに臨みながらも梔子のことが心配で頭から離れなかった。しかし、テスト終わりの梔子を見ていると、その心配はいらなかったことに気づく。
「浅葱! 今日のテスト結構自信ある! 浅葱はどうだった?」
「…それは良かった。俺もいつもより自信ある。浅葱が勉強会してくれたおかげだよ」
「えへへ、それほどでも~!」
 頭を自分で撫でながら照れている。前とは少し違う照れ方で新鮮だ。
 推しの照れ顔ほど良いものはない。

「今日一緒に帰ろう?」
「いいよ」



 テストで学校はいつもより早めに終わり、太陽もまだ元気に上空を活動している。
 周りにもテストと戦って疲れ果てた生徒が多く帰っていた。俺らもその中に混じって帰っている。
「疲れたぁ」
 そう言って梔子は両腕を前に伸ばして息を吐くような声を出している。
その状態を少しエロいなと考えつつ、相手に悟られないように真顔を続ける。

「そうだ。ねぇ浅葱」
 梔子は俺の目の前まで先回りしてこちらに振り返った。それと同時に俺の足は止まって梔子の顔と見合った。
「どうした?」
「あのね、浅葱に秘密にしてたことがあるの」
 そう言って俺の返答をする前に話し出した。
「僕の趣味は、配信を見ることなんだ。この人‼ 今この人にハマってるの!」
 俺の方に携帯の画面を見せてきた。
 そこには……俺のネットのプロフィールが映っていた。
 え? え⁉ なんで俺? 俺の正体を知られてる? いや、そんなわけない、だって、そこらへんは徹底して隠し通してきたはずだ。
 俺の頭の中は混乱して声すら出なかった。
「どうしたの??」
「…いや、俺もその人知ってるからびっくりしただけ…!」
「本当‼ じゃあ、今度語ろう!」
「…うん。分かった」
 正直、自分のことを見てくれてるのは嬉しいこと。だけど俺が自分のことについて推しと会話するのは恥ずいし、気が引ける。


 今、目の前にいる推しは俺について語りたいようでこぼれんばかりの笑顔になっている。
 嬉しいような推しに嘘をついてる申し訳なさが入り混じっている。
 でも! 嘘はついてない。知ってるだけで俺のこととは言ってない!
 正体を明かすのを長引けば長引くほど言いづらいくなる…それは分かっているけど。分かっているけど言えない。
 だけど、推しが俺で喜んでくれる。それだけで俺は嬉しい。配信活動しておいて良かった。今はその気持ちが大きい。


 俺の話が終わった後は、多少の沈黙もありながら自分たちが今見ているドラマやアニメ、読んでいる小説など俺らの好みを教え合った。



「もう、別れ道だね。また明日‼」
「…あぁ。また明日」
 俺から去っていく梔子の後ろ姿は明るい白い日に当たりながら嬉しさを帯びている。

 そして俺も梔子が見えなくなってから、反対側の錆びれたガードレールを横に歩き出した。