告白現場に遭遇したら、まさかの俺の推しだった

 時期は、もう体育祭が始まる日が迫っている。担任の先生も全く決まらない種目決めをわざわざ授業で取り入れてくれた。しかし俺にとってはどうでもいいこと。
 だからこそ窓の外を覗き込む。視界には昼間の光と遠くにすわり雲が一面に広がる。
 学級委員長が黒板前で進行し、書記が紙に記入している。ある程度決まったのか、俺の名前を呼んでどの種目にするのか問われた。
「浅葱さん! 浅葱さんはどうしますか?」
 その声にだるさを感じつつ、決まらなかったら担任がネチネチと口を出されてしまう。だから…。
「俺は──」
「委員長~! 僕と浅葱はリレーに出ます!」
 言葉に割り込んできたのは梔子。俺的にはどれでもよかったから梔子の行動に怒りなど覚えない。それに推しである以上、一緒の種目に出られるのは幸運すぎる。
「分かりました。では二人はリレーですね」
「はい!」
 大きく明るい返事をしてから、俺の顔を窺うようにこちらを見る。とりあえず感謝と嬉しさを素直に受け止めて笑顔で手を振る。その行動に安堵したのか、手を振り返す推し。しかもにこやかで満面の笑み。可愛く、愛おしく、ずっと見ていたいほどに可愛い。



 その話し合いは順調に進み、体育の授業では本格的に各種目の練習が始まった。初めの頃は、ただ五十メートルのタイムを計り、並び順を決めるというシンプルなことだった。そこでは本気で走らず、平均くらいを目処にしていた。だが、梔子は違っていた。薄々気づいてはいたが、梔子って、負けず嫌いなのかもしれない。恋人同士という名目で学校生活を共にすることが増え、必然的に梔子の性格も分かってきたと思う。だから今回の五十メートルも本気で走っているのだろう。リアルを見てきてネットでは見られない性格も知れて正直嬉しい。独占欲ではないけど知っていくうちにもっと知りたくなってきている。

「梔子くんってやっぱりかっこいいよね~!」
「ほんとそれ! 付き合ってみたいね~」
「でも確か、好きな人いるって言って告白を振ったらしいよ?」
「まじ?」

 後ろで梔子だけを見に来た女子が群がっている。本当はあそこに混じって梔子のすごさを語りたいが、語ったところで変な目を向けられて終わりだ。
 だが、そういえば梔子は好きな人がいるって言っていたな。この前の放課後でのカフェ店でも、ネットの人っていたな。俺もネットを生業としているから、もしかしたら知っている人かもしれない。恋のキューピットになるのもありだが、推しに恋人ができるのはガチ恋勢力からしたら心が握りつぶされるような思い。だから恋のキューピットにはなりたくないのが本音だ。
「浅葱~! お疲れ様!どうだった?」
「まぁまぁかな」
「そっか~!」
 笑顔で俺の近くまで駆け寄り、梔子の輝きが視界も思いも浄化する。
「お~い梔子!タイムを記録用紙に書け~。みんな書き終われば授業終わりまで自由にしていいぞ!」
「「は~い‼」」
 全員が声を揃えて返事をし、各々が行動して梔子も記入用紙のもとに駆け込む。俺は梔子が書き終わるのを待つために、玄関から少し離れたベンチに腰を下ろす。
 ──梔子はいつまで俺と付き合ってくれるのかな。
 ほんのり悲しみを漂わせながら空を眺める。白い大群の雲、言わば鱗雲がこちらに向かってくる。
「そろそろ雨降るかな…」


 
「浅葱~! 教室に戻ろう?」
「あぁ」
 体育の授業が終わり、クラスメイトが一斉に教室へ戻る。それに便乗して俺たちは校庭を去った。


 
 
 
 時間もあっという間に体育祭当日になってしまった。種目に不安があるとかそういうことではなく、ただ推しと一緒にリレーができることを誇りに思っている。俺は二番目に走って、梔子は四番目のアンカーになった。本人は今も楽しそうで、「早く走りたいね!」と意気揚々とはしゃいでいる。
「そろそろ始まるね浅葱!」
「あぁ、そうだな」
『それでは一年のクラス対抗リレーがスタートします。保護者の皆さまや生徒の皆さま、決して前に出すぎないようにお願い致します』
 流暢な発音で放送が流れ、それと同時に観客席や学生の席には緊張感が漂ってきた。
 やっぱり大人気な種目だけあって漂う緊張感も今までの種目とは違う何かがある。
 俺らのクラスも他クラスもバチバチとした気持ちで臨もうと必死だった。

 パァーンッ‼
 スターターピストルの煙が空を舞う。その瞬間、選手たちが走り出す。
 俺のクラスは順調に進み、次は俺の番。
「浅葱! 頑張って!」
 バトンがすぐそこまで来たとき、横から推しの応援が聞こえた。興奮交じりだったが、平均程度と考えてはいたものの、練習時の二、三倍は早く走ってしまった。三番目の選手は俺の速さに驚いて少し笑っているようにも見えた。
「お願いします!」
 バトンを託し、すぐさまサークルの内部へ移動して梔子の様子に目を向ける。梔子は目を見開いた状態で、俺のことをずっと見ていた。多分、今まで本気で走っていない俺しか見ていなかったからだろう。
「梔子! 頑張れ‼」
 無意識なのか口からは大きくそう叫んでいた。周りの生徒も俺がこんなデカい声を出すとは思っていないみたいで一瞬だが注目の的となってしまった。しかし今はそんなこと関係ない。梔子の走っているところ、頑張っているところだけが見たい。

「浅葱ありがとう!」
 覚悟が決まって梔子の表情が変わる。
 バトンが手に触れた一瞬にして、素早い走りで一位を独占する。二位とは多少の差であったが、梔子のおかげで大きく距離を離した。時は一瞬、しかし俺の見ている視界は時を否定した。梔子だけに注目して、見ているうちに時間感覚すらも狂っていく。梔子の足、身体、顔、すべてが完璧でかっこいいながらも華やかさを帯びている。つい、それに見惚れてしまったのは梔子には内緒。
 だが、その梔子の姿は大半の観客の目を奪っただろう。雰囲気が語らせてくる。

 パァーンッ‼
 ピストルの音と同時に梔子の身体には白く輝かしいゴールテープにまとわりつかれる。ゴール直後、俺の元まで走り、近くまで来た時には目を輝かせてこちらを覗く。
「浅葱! 一位になった‼」
 無邪気に笑う様は可愛くて小動物を想像させる。
「良かったな。偉いぞ~」
 お返しに笑顔と共に小さくて優しさと暖かさに包まれた梔子の頭を撫でる。
「…へ⁉ あ、浅葱⁉」
 顔を静かに覗き込むとほんのり赤くなって照れているように見える。だが、手で顔が隠されてはっきりと見えない。
 見えない…。見たい。あっ。
 つい撫でてしまったという罪悪感とどうしていいのか分からない困惑で、すぐに手を退ける。
「ご、ごめん! 梔子、大丈夫か?」
「いや、少しだけびっくりしただけ!ありがとう‼」
 崩れた笑顔を作り直したが、さっきの照れ顔が少しだけ残っていた。
「あ、そうだ! さっきの浅葱凄かったよ! もしかしていつもは手を抜いていた?」
 笑顔が少し変わったか?
 さきほどの笑顔とは違う、何かニヤニヤしているような。

 その鋭く防御が難しい問いは、俺の胸にグサッと刺さる。
「い、いや~? 今日だけ調子が良かっただけだと…思う。」
「本当に~?」
 ニヤニヤと笑顔になってくれるのは嬉しいが、今じゃない。推しに嘘つくのは少し辛い。
「す、すみません、いつも力抜いていました!」
 周りのみんなには聞こえず、梔子のみに聞こえる範囲の声を出したが、多少の言ってしまった罪悪感が再び出てしまった。
「やっぱり~! でも今日は嬉しかった」
 え? どうしてだ?
「浅葱の本気が見られてかっこよかった‼」
「⁉ そ、そうか。それは良かったよ」
 含羞(がんしゅう)が顔に出ていないか心配、平常心を保っていられていない気がする。梔子に変だと思われていないだろうか。
 俺の気持ちには心配ばかりが後味悪く残る。
「ふふ…浅葱って案外可愛いね!」
「え、急にどうした⁉」
「ううん‼ なんでもな~い」

『それでは退場します。整列してください』
 放送によってそれ以上のことは聞けなかったが、梔子の声的に…。
 退場している時には、ずっと推しの攻めを考えていた。そのせいでクラスメイトには、「浅葱~?大丈夫か?」と心配されてしまった。すぐに言い訳交じりで弁明した。
 その後なんか梔子と話せる時間などなかった。みんなが梔子のもとへ行って話すのに必死だった。仮にも彼氏の俺だが、今日はみんなに譲ることにして身支度を済ませた。

 少し寂しいが、重い足取りを一生懸命に前へ出し、帰路を辿る。

「待って~! 浅葱‼」
 声に反応して振り向くと、息切れした梔子の姿が見えた。
「もう! 僕と一緒に帰ろうよ?」
「でも、ほかのみんなと話していたじゃん」
「今日は用事があるから今頃はもう解散してるし、浅葱と話すの楽しいし!」
「そうか」







「梔子くん! 付き合ってください‼」
 ん~? またか。
 体育祭の次の日、昼に女の子に呼び出された梔子。。
 だからなるべく人のいないところで昼飯を済ませようと考えてここに来た俺がバカだった。
 再び推しの告白現場に遭遇。二回目になると動揺は減ったが気まずいことに変わりはない。
 昼の光が窓から差し込み、二人を照らす、女子の方は逆光にもなっていて表情は分からない。梔子の方は、困っている様子だと分かったが、すぐにいつもの梔子に戻る。
「ごめん。"リアル"で好きな人いるから付き合えない」
 やっぱり同じ件(くだり)だよね~。ん? リアルで? 前はネットに好きな人がいるって言っていたような…。
 そうか俺には秘密にしていたのか。

「ですねよ…噂で聞きました。梔子くんには好きな人いるって、誰なんですか‼」
「え、あ~言えないよ」
「やっぱり!好きな人は嘘なんですよね‼」
「…嘘ではないよ」
 グイグイと押されてしまって少し動揺している。
 女子の詰め寄りは少し怯えるよね…。
 少しずつ二人の距離が縮まり梔子はと言えば、焦っていてうまく言葉が出ていないみたいだ。
 助けたい…けど、今話に割り込んだら告白を覗いている変な人だと思われかねない。

「でも、教えてくれないじゃないですか! なら、私と付き合っても良くないですか? 自慢じゃないですけど、私そこそこ学年問わずモテるって有名なんですよ‼」
 意気揚々に答えるが、それって自慢なのでは?と疑問に思ったことは黙っておこう。
「君のことがモテることは分かったけど、付き合うことはできない」
「なんでですか! 好きな人聞いてるのに言わないじゃないですか‼」
 距離が近くなると同時に女子は声が重くなり、梔子も心なしか怖がっているように見える。

 キーンコーンカーンコーン。

 気づけば、予鈴が鳴る時間になってしまった。女子はそれを聞いてから少し梔子との距離を置いて黙って立ち去ってしまう。一人寂しく残った梔子からは、疲労と悲しみが感じ取られた。
「だ、大丈夫か?」
 思わず、後ろ向きの梔子に問いかける。
 俺を見るなり、笑顔を作ろうとしていたが、一部始終を見ていた俺にとってはぎこちないとしか思えなかった。
「浅葱~、見てたの?」
「うん」
「そっか、じゃぁ僕が本当に好きな人がいることも信じた?」
「梔子が言ったことは全て信じるよ。疑うはずがない」
 今の梔子に否定の言葉は逆効果だ。すべてを肯定とまではいかないが、気が晴れるくらいにまでは疲労を回復してほしい。ほんのり暖かい日差しは、影で覆いかぶさっていた梔子の顔を照らす。
「…ねぇ、なんで浅葱がそんな顔するの?」
「そんな顔って?」
「悲しげな表情。なんだか寂しそう」
 あぁ、そうか。俺は"嫉妬"していたんだ。もしも誰かに取られたらどうしようって、俺は梔子のことが好きなんだ。誰にも取られたくないほどには。
「なぁ、梔子」
「? なぁに?」
「俺、梔子のことが好きだ。偽りの恋人なんか嫌だ。本気で俺と付き合ってほしい」
 俺は今どんな表情してんだろう。悲しげか? それとも無表情か?
 あぁ、分からない。今にも泣きそうなのを堪えているのに、それが崩れたら全部崩れそうになる。

「…‼ いいよ」
「え、今なんて…?」
「付き合っても良いよ」
 その瞬間、涙がこぼれた。それは少し暖かく、喜びからあふれ出したものに違いない。
「…ありがとう」