俺は今、最悪な春を迎えようとしている……のかもしれない。
目の前にはムカつくほどにスタイルのいい、黒髪の男。切れ長の目から目を逸らしたいのに、見つめられると何故か逸せない。整えられた眉毛も、薄い唇も、筋の通った鼻も、見事なまでに綺麗だ。
なんだっけ……そうだ、たしか容姿たんれーとかいうやつだ。
その奥に広がる空は雲ひとつなくて、眩しいぐらいに太陽が俺たちを照らしている。
俺の頭は呑気なもんだが、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。
「……なんて?」
「だーかーらー、俺と付き合ってって言ってんの。バラされたくないんでしょ」
古賀山 律樹十六歳、校舎裏で壁に追い詰められて男に交際を迫られています。
ああ、なんでこんなことになっちまったんだ。
遡ること一週間前、春休みももう終わろうとしていた頃、彼女である綾ちゃんとデートをしていた。
帰り際、少し話したいという綾ちゃんとコンビニの前で水を片手に話すことになった。話したいと言ったのに、黙ったままでなかなか話し出さない綾ちゃんの顔を覗き込むと、綾ちゃんは俯いたままようやく口を開いた。
「リッキーってさ、誰にでも優しすぎ。絶対ウチのこと好きじゃないじゃん。もう別れる」
「綾ちゃん」
「追いかけてこないで」
そう言って、反論する時間も与えられないままに綾ちゃんは走り去ってしまった。あまりにも突然のことだったけど、俺はそんなに驚かなかった。
……これで三回目だ。
有難いことに女の子から告白されることは昔から多い。
だけど毎回「優しすぎ」「私のこと好きじゃない」そうやってフラれんだ。俺は別に優しいわけじゃない。ただ、困ってるやつを放っておく方が気分が悪いだけだ。
それでも彼女には優しさってものを向けている……と思う。
好きだと思って優しくして、好きだと思うから一緒にいるのに、いつも同じ理由でフラれてちゃもうわかんねぇ。
綾ちゃんとは仲良く、楽しく、それこそうまく付き合えてると思ってた。
でも結局のところ結果はいつもと変わらない。
こう何度も続くとあまりにも情けなくて、自分を否定されているような気持ちになってくる。
「……くっそ」
置き去りにされたコンビニの前からどうにも動けない。
夜も遅く人があまりいないことに油断して、つい柄にもなく泣いてしまったのが悪かった。
足音がしてハッと顔を上げると、驚いた顔をしてこっちを見ていたのは穂咲 翔だった。
穂咲は俺と違って芸能人のようなルックスで、いつも違う彼女を連れて歩いているような男だ。クラスは違うし話したこともないけど、その容姿からファンクラブもあるらしく、他校の女子も見に来るほどの超有名人だ。
コンビニからわずかに漏れる灯りに照らされた穂咲は、騒がれる理由がよくわかるぐらい確かに綺麗だった。
急いでパーカーの袖で目元を拭うと、穂咲の目線と再びぶつかった。
「フラれたんだ」
「は?」
そう言って笑ったあと、穂咲は店内へ消えていった。
俺は突然のことにまた反論できず、情けなくて追いかけることもできなかった。
「……あいつ今、笑いやがった」
まさか見てたのか?
この一瞬で俺の穂咲への印象は最悪になった。
フラれて泣いてるなんてダサすぎとでも思われたのか。
モテるやつにはフラれるやつの気持ちなんてわかんねーんだろうな。
それから一週間後、始業式の今日、一面に張り出されたクラス発表を見て俺はその場に崩れ落ちた。「俺と同じクラスで腰抜けるほど嬉しいんか」と馬鹿なことを抜かしている悠介はひとまず無視しておく。
大きな紙の一番左側、二年一組の欄に俺の名前はあった。……穂咲の名前も。
ただでさえ関わりたくないと思っていたのに、まさか同じクラスになるなんて最悪だ。
教室に入って悠介と談笑していると、教室中が突如黄色い歓声に包まれた。歓声を浴びながら教室に入ってきたのは、最悪な相手である穂咲だ。
教室を見回している穂咲と目が合った瞬間、パッと顔が明るくなったのが分かった。嫌な予感がして慌てて視線を逸らすと、真っ直ぐ足音が近づいてきた。
突然近づいて来たモテ男に慌てている悠介を他所に「ちょっと来て」と腕を掴まれる。
「おい、穂咲」
「みんな見てるよ」
そう言われて周りを見ると、ほぼ全員が俺たちを見ていた。女子の「キャー」っていう悲鳴のようなものも聞こえる。穂咲といれば目立って仕方ない。
俺は抵抗を早々に諦めて、渋々ついていくことにした。
連れて来られたのは、誰もいない校舎裏だった。
わざわざ校舎裏なんて喧嘩でもすんのか。
「なんだよ」
そう言うと、俺を校舎の壁に追いやって右手をついた。これはあれだ、妹の沙月が漫画を読んで騒いでいた壁ドンってやつだ。
モテるやつは素でこんなことすんのかよ。
「突然だけど、俺と付き合ってよ」
壁ドンをしてニヤニヤした穂咲が、突然訳のわからないことを言いだして今に至るってわけだ。
「バラされたくないって、やっぱ見てたのかよ」
「だって女の子走っていったし。それに、古賀山泣いてたし」
「……泣いてねーよ」
そう言うと、ニヤついた顔がより近づいてきて、思わず「うわっ」と声が漏れた。あと数センチで鼻がぶつかりそうだ。
綺麗な顔から甘い香水の匂いがふわっと香ってきて、男の俺でもクラクラするような錯覚に陥る。
「ふーん。まぁいいけどバラしてもいいの?喧嘩の強い古賀山が女にフラれて泣いてた〜って。みんなびっくりするだろうね」
「なっ……」
生まれつき目つきも悪けりゃ、口も悪い。好きなバンドのボーカルが金髪だからって理由で金髪にしたら、やたらと喧嘩を売られることが多くて、売られる喧嘩は買ってきた。
ただそれだけだったけど、こんな俺にも気付けば慕ってくれる後輩ができた。それなのに女にフラれて泣いてたなんて噂が広まれば、彼女なんてもうできないかもしれないし学校中の笑いもんになる。後輩だって幻滅するだろうし。
それだけは避けたい。
たとえ絶対嘘だと分かりそうなことでも、穂咲が言うと信じる人の方が多そうなことも怖い。俺のことなんて他校にまで広がりそうだ。
「……俺と付き合ってお前に何のメリットがあんだよ」
「それは……今は内緒」
ニヤついた表情のままの穂咲は、俺を完全に揶揄ってやがる。女子からモテモテの男が、男の俺と付き合うメリットなんてどうやったって思いつかない。
しかも可愛い男ならまだしも、身長だって別に低くはないし目つきは悪いし、おまけに金髪だし可愛げなんて一切ないのに。
だけど今の俺に選択の余地はなさそうだ。
大体こいついつでも彼女いんじゃねーのかよ。
「はぁ……わかった」
「ん?なに?」
「わかった!付き合うから」
俺の返事に目を輝かせた穂咲はようやく離れて、左手を差し出してきた。
握手しろってことか?
差し出された左手にそっと右手を重ねると、ギュッと両手で包まれた。
「よろしく古賀山クン」
「……よろしく」
「LIME教えてよ」
「わかった」
連絡先を交換して満足げな顔をしている穂咲を見て溜め息が出る。女子の連絡先なんて山ほど持ってんだろ。
こいつの考えていることは一切わからないけど、今はこうするしか道がない。
どうせ何もないだろうし、穂咲が飽きるまで待てばいいだけのことだ。
「とりあえず、俺が泣いてたことは言うなよ」
「わかってるわかってる」
こうして高校二年になったばかりの俺の春は、あれよあれよと学校一のモテ男と始まってしまった。
教室に戻ると、俺と穂咲に一斉に視線が集まる。
……またか。
教室に戻るまでの廊下でも、ジロジロと見られたり、ヒソヒソと何かを話している周りが気になって仕方なかった。特に女子の視線が痛いぐらい刺さる。
そりゃモテ男と金髪のヤンキーみたいなやつが一緒にいたら気になるわな。しかも連れ出し方が漫画かよって感じだし。
まぁ誰も恋人同士だなんて思わないだろうけど。
俺は気にしないふりをして自分の席に座ると、悠介が飛んでくる。
「なになに、穂咲くんと何があった」
「……今はちょっと。今度詳しく話すわ」
「もう律樹が連れてかれた瞬間さ、俺少女漫画かと思ったよね。顔が良いって凄いわ。女子なんて悲鳴あげてたぜ」
今も女子に囲まれている穂咲をチラッと見ると、バレないようにウィンクをかましてきた。
マジで何考えてんだ。
「翔くん、古賀山くんと何話してたの?」
穂咲を囲む女子の一人が無邪気に聞いていて、心臓がバクバクと音を立てた。
クラスの全員が聞き耳を立てているように感じる。
泣いてたことを言わないと言っていても、正直まだ信じられない。
流石にメリットが無さすぎて付き合ってることは言わないだろうけど。
あいつの一言で、これからの学校生活が決まるんだて……。俺は机の下で、汗をかいた拳をギュッと握る。
「……あー。春休みの間に仲良くなったんだけど、連絡先聞くの忘れてたから聞いてた」
「なにそれー。そんなの教室で聞けばよかったのに〜」
心の底からホッとした。俺の高校生活はまだ平和に送れそうだ。
そんな俺を見て悠介はキョトンとしている。
「……どした?」
「いや、別に」
「ふーん。……あ、そういや綾ちゃんだっけ?あの子は?」
「……フラれた」
「だぁ〜!また、誰にでも優しすぎるのよ!私なんて好きじゃないくせに!ってやつ?」
「正解。俺ってそんなにダメかね」
「まぁ優しいのはマジだわな。見た目はあれだけど」
「一言余計だっつーの」
両肘を机について顎を乗せ、横目で穂咲を見ると相変わらず女子と話している姿が目に入った。
結局は顔なのかと思うと虚しくなる。
穂咲なら誰にでも優しいとか、好きじゃないんでしょとか言われないんだろうな。
女子の言う「優しい人が好き」ってのは嘘なのか。
「少なくとも俺は律樹のそういう誰にでも手を差し伸べるとこ好きよ」
「好きってなんだ。誰にでも優しいってなんだ。わっかんねー」
「そのうち古賀山くんのみんなに優しいところが好きってやつが現れるだろ。……多分」
「多分かよ」
悠介と笑ってたら、少しだけ気分も晴れた気がする。小学生の頃から悠介は俺の一番の理解者だ。悠介が言うのなら、その多分をもう少し信じてみてもいいかもしれない。……多分。
「あ、俺今日も部活だから。帰りに喧嘩すんなよ不良くん」
「俺からはしねぇよ」
ネクタイを締め直しながらキメ顔をしている悠介は馬鹿だなと思うけど、サッカー部の次期エースだ。ほぼ毎日部活の悠介は忙しくて、帰りはほとんど俺一人になる。そうすると当然売られる喧嘩も増えるわけだ。
今日ぐらいは素直に買ってやってもいいけど。
体育館で校長の延々と続く長話を聞いて、始業式は終わった。
頭髪検査はいつも通りテキトーに流しておいた。
下駄箱で悠介が部活に向かうのを見送って、俺も校門へ向かう。
それにしても今日は散々な一日だった。バイトもないし帰って昼寝でもするか。
「こーがやーまクン」
……あぁ、最悪だ。
文字にしたら絶対最後に音符がついているテンションで俺を呼ぶ声の主に、溜め息が出そうになるのをグッと堪える。
「なに」
振り返りもせずに聞くと、俺の左側に俺よりも大きな影が現れる。
「恋人なんだから置いていかないでよ」
「は?」
「これから毎日一緒に帰ろうね〜」
「……は?」
左を見ると、ニコニコと不敵な笑みを浮かべる穂咲。
は?以上の言葉が見つからない。
毎日穂咲と帰るなんてあまりにも目立ち過ぎるし、女子に恨まれるんじゃないか。
「これはお願いじゃなくて、命令。わかる?」
「彼女と帰ればいいじゃねーか」
「彼女いないし、恋人は古賀山クンでしょ」
また溜め息が出そうになるのをグッと堪える。こいつといるとペースが乱されてどうしていいかわからない。
だけど、話を合わせないと後が怖いことだけは分かる。
「わかったよ」
「じゃあ明日からも一緒に帰ろうね〜」
俺を揶揄うのが相当楽しいのか、穂咲は今にもスキップしそうな勢いだ。
ムカつく相手なはずなのに意外過ぎてちょっと面白い。何考えてるかわからなくて怖いのに変わりはないけど。
こうなったらこいつが飽きるまでとことん恋人やってやる。

