年明けから一週間が経った、冬休み明け最初の登校日の早朝。 外はしんと静まりかえり、自転車を漕ぎながら吸う空気は肺を鋭く刺すように痛く冷たい。
確かこの辺りの今の外気温は-5℃だと、家を出る前に見た天気予報で言っていたような気がする。 あまりにも寒い。 ハンドルを握る指先はすでに感覚を失いかけていた。
普段の自分ならまだ布団にくるまっている時間だが今日は違う。 昨夜、彼女の美咲から『明日の朝から自習室で一緒に勉強しよ』とメッセージが来て、二つ返事でオッケーをしたからだ。
お互い十日後には共通テストも控えているし、朝早く起きて勉強するのはとてもいい考えだと思う。
だが、美咲と一緒に勉強するためとは言え、お正月で運動してなかった身体で自転車を漕ぐのは正直キツかった。 ただでさえ肺が凍りそうなのに、疲れでどんどんとペダルが重くなっていき、冷気と疲労のダブルパンチで、どんどんと心が弱っていく。
休憩のために一度、近くのコンビニでも寄ろうかと立ち止まって考えている時、スマホの通知音がピコンっと鳴った。見れば美咲からの『もうすぐ学校着くよー! 蓮くんは後どのくらいで着きそう?』という内容のメッセージだった。
さすがに美咲をこの寒空の下で待たせる訳にはいかないと思い、すぐに『俺ももうすぐ着くよ』と返信する。
そして俺はコンビニを横目に、残っていた力を振り絞って再びペダルを漕いだ。
俺が学校の校門を潜ると、昇降口前に美咲が立っているのが見えた。 どうやらスマホに夢中でこちらに気がついていないようだ。
お正月の初詣ぶりに見る美咲は相変わらず可愛い。自転車の疲れが少しだけ飛んでいった気がした。 俺は早く会いたくて急いで駐輪場に自転車を置き、美咲の元へと向かう。
駆け寄りながら「美咲、おはよ。 待たせてごめんね」と声をかけると美咲は顔を上げ、俺に満面の笑みを見せてくれた。
「蓮くんおはよー!! ううん、今来た所だし大丈夫だよ!」と明るく答えてくれる。
外だと寒いと思って『じゃあ自習室行こうか』と声をかけて昇降口を潜る。 朝早いためか校内からはほとんど人の声はしない。
美咲はそんな静かな学校に気分が高揚しているようで、「ねぇねぇ、蓮くん。 誰もいないみたいだね!」と嬉しそうに言って俺よりも先に上履きに履き替えて、小走りで廊下を走っていった。 そんな姿がまるで散歩に来た子犬みたいでとても可愛い。
俺も美咲の後を追うために自分の下駄箱を開けると、中には上履きの上に置かれた二つ折りのルーズリーフと小さな封筒が目に入った。
その二つを見て、すぐに頭に浮かんだのはイタズラかラブレターかのどちらかだ。どうせ友達のイタズラだろうな。
そんなことを考えながら、とりあえず確認するためにルーズリーフを開いて中を見てみる。
すると、そのルーズリーフには目を疑うような内容の文章が綴ってあった。
『美咲を階段から突き落としたのは私です。
一月三十日の放課後に、階段を降りる彼女の背中を押して大怪我を負わせました。
突き落とした理由は、私の一番大切なものを奪ったからです』
読んだ時に口から溢れ出たのは呆れだった。
イタズラにしては悪質だ。 過去かのように書いてあるが、どう見ても美咲への犯行予告のようにしか受け取れない内容だ。 しかもそれをわざわざ彼氏の俺に送りつける性格の悪さに、怒りと共に吐き気が込み上げてくる。 さっきまでの疲れなんてもうどこかに消えていってしまった。
破り捨ててしまおうかと考えた時に、一緒に入っていた小さな封筒が目に入った。一応こっちも見てみるかと開けてみると、中身は一枚の写真のようなものが裏側になって入っていた。
恐る恐る取り出して表を見てみると、
──血を流しながら苦悶の表情を浮かべて倒れている美咲の姿が、そこにはあった。
息が止まった。 手が震えて写真を落としそうになる。 美咲が血を流している……? 頭が真っ白になって耳鳴りがする。 さっきまで感じていた吐き気がさらに強くなった。
それと同時に自習室に向かった美咲のことが心配になり、急いで上履きを履いて自習室へと向かう。 手に持っていた手紙と写真は乱暴に制服のポケットに突っ込んだ。
足がもつれそうになりながら、なんとか廊下を走る。 心臓が喉から出てしまいそうなほど鼓動が頭の中で響いている。
自習室の前まで着くと俺は勢いよく扉を開けた。 自習室を見渡すと奥の方に美咲の姿が見えた。他には美咲以外誰にもいないようで、美咲が『こっちこっち』と笑顔で手を振っているのが見えた。
生きてる……? じゃああの写真はなんだったんだ……?
美咲が無事だったことへの安心と、血を流す美咲の写真を見た時の恐怖が頭でごちゃ混ぜになり、膝から力が抜けてしまった。
その場でへたり込んだ俺を見た美咲が心配そうな顔で駆け寄ってきてくれる。
「蓮くん大丈夫!? 体調悪いの!?」
「え……。ああ、大丈夫。 それより美咲はどこも怪我してないよな?」
「私はどこも怪我してないけど・・・。 蓮くんの方こそ頭とか打ったんじゃないの?」
心配そうに俺の顔を覗き込む美咲の顔を見ながら、さっきの手紙と写真について考えを巡らせる。
じゃあ、あの写真はAI生成か……? いや、あんなにもリアルな写真が作れるとは思えない。どう見てもAI生成特有の違和感なんて何一つ感じなかった。
ならあの手紙は本当に未来から来たもので、美咲は一月三十日に何者かに階段から突き落とされるのだろうか。
でも、そんな非科学的なこと、あり得るはずが無い。
「……今日は自習辞めとこっか。 蓮くん体調悪そうだし」
色々な仮説をぐるぐると頭の中で巡らせていると、美咲がそう言って俺の手を握る。 確かに吐き気はまだ治らないのでとても勉強が出来る状態ではない。
「ありがとう。 言われてみれば確かにあまり体調良くないかも」
「やっぱりそうだよね。 共通テスト前だし、あまり無理し過ぎないようにね!」
俺を元気づけようとしてくれているのか、いつもの明るい調子を見せてくれる。 それがあの写真を見てしまった俺にとって、美咲が生きている証明のように思えて無性に嬉しかった。
さっきのことは誰かに伝えるべきだろうか。
あんなに悪趣味なイタズラだし、きっと大人たちは問題として真剣に対応してくれるはず。
だけど心配なのは、美咲の将来に関わる大事な時期なのにストレスになるようなことをしていいのかだ。
なら、俺が誰にも伝えずに美咲を守れば全て上手く収まるのではないか。 美咲の彼氏である立場と根っからの正義感から、段々とそんな考えになっていった。
「蓮くん立てる?」と心配そうに差し出された美咲の手を握りながら俺はある決意を固めた。
──あの手紙の日付、一月三十日までの約三週間、絶対に美咲のことを守り抜いてやる、と。
それからの数日間は、学校にいるときは美咲のそばにいることを心掛けた。
美咲の彼氏という特権を利用し、「高校最後くらい一緒にいさせて」と一緒に行動し、美咲が階段を降りようとしたら背後に気をつけ、いつでも助けられるようにした。
そんな時、いつものように一緒に下校をしていると、美咲が急に立ち止まって「ねぇ、一つ聞きたいことがあるんだけどさ」と話し始めた。
「最近の蓮くんさ、ちょっと変じゃない……? なんだか私にべったりくっ付いてるって言うかさ、前までの距離感の方が好きだったよ……?」
もちろん手紙のことを言えるはずもなく、俺は前に伝えた通り「高校最後だから」で押し通そうとした。 でも、今日だけは美咲は引き下がってくれなかった。
「そんなの嘘。 前までの蓮くんだったらそんなに重くないよ。 ねぇ、何か言いたいことがあるんだったら正直に言ってほしいな」
美咲の口調はあくまで、俺を諭すような調子だった。 でも言うわけにもいかない。 美咲に伝えずに守り抜くと、そう心に誓ったからだ。
「別に何もないよ」と誤魔化しの言葉を吐いた瞬間、美咲の顔から表情が消えた。 正確に言えば興味が無くなったような、心底失望したようなそんな顔だった。
「ふーん。 私に言えないようなことがあるんだ。 もしかして浮気とか? 受験前によくやるよね。 ほんとありえない」
美咲の言葉は数日前の朝の空気のようにひどく冷たく、私の心の奥に深く突き刺さっていった。
今の俺には「浮気じゃない。 信じてほしい」と伝えることで精一杯だった。
その日から美咲は俺のことを無視するようになってしまった。 LINEを送っても既読は付かず、学校で話しかけても答えてくれない。 昨日からの落差に心がどん底に沈んでしまったようだった。
でも、美咲を守り抜くためなら嫌われるのは仕方ない。 それで美咲が無事済むならと俺は決意を新たに固め、どんよりとした寒空にふうっと息を吐いた。
確かこの辺りの今の外気温は-5℃だと、家を出る前に見た天気予報で言っていたような気がする。 あまりにも寒い。 ハンドルを握る指先はすでに感覚を失いかけていた。
普段の自分ならまだ布団にくるまっている時間だが今日は違う。 昨夜、彼女の美咲から『明日の朝から自習室で一緒に勉強しよ』とメッセージが来て、二つ返事でオッケーをしたからだ。
お互い十日後には共通テストも控えているし、朝早く起きて勉強するのはとてもいい考えだと思う。
だが、美咲と一緒に勉強するためとは言え、お正月で運動してなかった身体で自転車を漕ぐのは正直キツかった。 ただでさえ肺が凍りそうなのに、疲れでどんどんとペダルが重くなっていき、冷気と疲労のダブルパンチで、どんどんと心が弱っていく。
休憩のために一度、近くのコンビニでも寄ろうかと立ち止まって考えている時、スマホの通知音がピコンっと鳴った。見れば美咲からの『もうすぐ学校着くよー! 蓮くんは後どのくらいで着きそう?』という内容のメッセージだった。
さすがに美咲をこの寒空の下で待たせる訳にはいかないと思い、すぐに『俺ももうすぐ着くよ』と返信する。
そして俺はコンビニを横目に、残っていた力を振り絞って再びペダルを漕いだ。
俺が学校の校門を潜ると、昇降口前に美咲が立っているのが見えた。 どうやらスマホに夢中でこちらに気がついていないようだ。
お正月の初詣ぶりに見る美咲は相変わらず可愛い。自転車の疲れが少しだけ飛んでいった気がした。 俺は早く会いたくて急いで駐輪場に自転車を置き、美咲の元へと向かう。
駆け寄りながら「美咲、おはよ。 待たせてごめんね」と声をかけると美咲は顔を上げ、俺に満面の笑みを見せてくれた。
「蓮くんおはよー!! ううん、今来た所だし大丈夫だよ!」と明るく答えてくれる。
外だと寒いと思って『じゃあ自習室行こうか』と声をかけて昇降口を潜る。 朝早いためか校内からはほとんど人の声はしない。
美咲はそんな静かな学校に気分が高揚しているようで、「ねぇねぇ、蓮くん。 誰もいないみたいだね!」と嬉しそうに言って俺よりも先に上履きに履き替えて、小走りで廊下を走っていった。 そんな姿がまるで散歩に来た子犬みたいでとても可愛い。
俺も美咲の後を追うために自分の下駄箱を開けると、中には上履きの上に置かれた二つ折りのルーズリーフと小さな封筒が目に入った。
その二つを見て、すぐに頭に浮かんだのはイタズラかラブレターかのどちらかだ。どうせ友達のイタズラだろうな。
そんなことを考えながら、とりあえず確認するためにルーズリーフを開いて中を見てみる。
すると、そのルーズリーフには目を疑うような内容の文章が綴ってあった。
『美咲を階段から突き落としたのは私です。
一月三十日の放課後に、階段を降りる彼女の背中を押して大怪我を負わせました。
突き落とした理由は、私の一番大切なものを奪ったからです』
読んだ時に口から溢れ出たのは呆れだった。
イタズラにしては悪質だ。 過去かのように書いてあるが、どう見ても美咲への犯行予告のようにしか受け取れない内容だ。 しかもそれをわざわざ彼氏の俺に送りつける性格の悪さに、怒りと共に吐き気が込み上げてくる。 さっきまでの疲れなんてもうどこかに消えていってしまった。
破り捨ててしまおうかと考えた時に、一緒に入っていた小さな封筒が目に入った。一応こっちも見てみるかと開けてみると、中身は一枚の写真のようなものが裏側になって入っていた。
恐る恐る取り出して表を見てみると、
──血を流しながら苦悶の表情を浮かべて倒れている美咲の姿が、そこにはあった。
息が止まった。 手が震えて写真を落としそうになる。 美咲が血を流している……? 頭が真っ白になって耳鳴りがする。 さっきまで感じていた吐き気がさらに強くなった。
それと同時に自習室に向かった美咲のことが心配になり、急いで上履きを履いて自習室へと向かう。 手に持っていた手紙と写真は乱暴に制服のポケットに突っ込んだ。
足がもつれそうになりながら、なんとか廊下を走る。 心臓が喉から出てしまいそうなほど鼓動が頭の中で響いている。
自習室の前まで着くと俺は勢いよく扉を開けた。 自習室を見渡すと奥の方に美咲の姿が見えた。他には美咲以外誰にもいないようで、美咲が『こっちこっち』と笑顔で手を振っているのが見えた。
生きてる……? じゃああの写真はなんだったんだ……?
美咲が無事だったことへの安心と、血を流す美咲の写真を見た時の恐怖が頭でごちゃ混ぜになり、膝から力が抜けてしまった。
その場でへたり込んだ俺を見た美咲が心配そうな顔で駆け寄ってきてくれる。
「蓮くん大丈夫!? 体調悪いの!?」
「え……。ああ、大丈夫。 それより美咲はどこも怪我してないよな?」
「私はどこも怪我してないけど・・・。 蓮くんの方こそ頭とか打ったんじゃないの?」
心配そうに俺の顔を覗き込む美咲の顔を見ながら、さっきの手紙と写真について考えを巡らせる。
じゃあ、あの写真はAI生成か……? いや、あんなにもリアルな写真が作れるとは思えない。どう見てもAI生成特有の違和感なんて何一つ感じなかった。
ならあの手紙は本当に未来から来たもので、美咲は一月三十日に何者かに階段から突き落とされるのだろうか。
でも、そんな非科学的なこと、あり得るはずが無い。
「……今日は自習辞めとこっか。 蓮くん体調悪そうだし」
色々な仮説をぐるぐると頭の中で巡らせていると、美咲がそう言って俺の手を握る。 確かに吐き気はまだ治らないのでとても勉強が出来る状態ではない。
「ありがとう。 言われてみれば確かにあまり体調良くないかも」
「やっぱりそうだよね。 共通テスト前だし、あまり無理し過ぎないようにね!」
俺を元気づけようとしてくれているのか、いつもの明るい調子を見せてくれる。 それがあの写真を見てしまった俺にとって、美咲が生きている証明のように思えて無性に嬉しかった。
さっきのことは誰かに伝えるべきだろうか。
あんなに悪趣味なイタズラだし、きっと大人たちは問題として真剣に対応してくれるはず。
だけど心配なのは、美咲の将来に関わる大事な時期なのにストレスになるようなことをしていいのかだ。
なら、俺が誰にも伝えずに美咲を守れば全て上手く収まるのではないか。 美咲の彼氏である立場と根っからの正義感から、段々とそんな考えになっていった。
「蓮くん立てる?」と心配そうに差し出された美咲の手を握りながら俺はある決意を固めた。
──あの手紙の日付、一月三十日までの約三週間、絶対に美咲のことを守り抜いてやる、と。
それからの数日間は、学校にいるときは美咲のそばにいることを心掛けた。
美咲の彼氏という特権を利用し、「高校最後くらい一緒にいさせて」と一緒に行動し、美咲が階段を降りようとしたら背後に気をつけ、いつでも助けられるようにした。
そんな時、いつものように一緒に下校をしていると、美咲が急に立ち止まって「ねぇ、一つ聞きたいことがあるんだけどさ」と話し始めた。
「最近の蓮くんさ、ちょっと変じゃない……? なんだか私にべったりくっ付いてるって言うかさ、前までの距離感の方が好きだったよ……?」
もちろん手紙のことを言えるはずもなく、俺は前に伝えた通り「高校最後だから」で押し通そうとした。 でも、今日だけは美咲は引き下がってくれなかった。
「そんなの嘘。 前までの蓮くんだったらそんなに重くないよ。 ねぇ、何か言いたいことがあるんだったら正直に言ってほしいな」
美咲の口調はあくまで、俺を諭すような調子だった。 でも言うわけにもいかない。 美咲に伝えずに守り抜くと、そう心に誓ったからだ。
「別に何もないよ」と誤魔化しの言葉を吐いた瞬間、美咲の顔から表情が消えた。 正確に言えば興味が無くなったような、心底失望したようなそんな顔だった。
「ふーん。 私に言えないようなことがあるんだ。 もしかして浮気とか? 受験前によくやるよね。 ほんとありえない」
美咲の言葉は数日前の朝の空気のようにひどく冷たく、私の心の奥に深く突き刺さっていった。
今の俺には「浮気じゃない。 信じてほしい」と伝えることで精一杯だった。
その日から美咲は俺のことを無視するようになってしまった。 LINEを送っても既読は付かず、学校で話しかけても答えてくれない。 昨日からの落差に心がどん底に沈んでしまったようだった。
でも、美咲を守り抜くためなら嫌われるのは仕方ない。 それで美咲が無事済むならと俺は決意を新たに固め、どんよりとした寒空にふうっと息を吐いた。



