かみさまとしっぽ



 はぁぁぁぁ……




 オレは、目の前で泣きわめく小さい人間にため息をもらす。


 ったく…生贄なんて必要ないと、何度言ったらわかるんだ!






 オレが暮らす山の麓にある集落では、大雨が十日間続くと、山の神が腹を空かせているとして生贄を差し出す風習がある。山の神……つまりオレに、だ。
 しかも、その生贄ってのが、村の中で一番小さな子どもで。その子どもに一人で山に入らせ、後ろから村人たちが姿を見せないよう脅かし、山奥へ追っていくというものだ。走らせることで、活きが良くて美味そうに見せるためらしい。


 ここ暫くは安定した天気が続いていたため、オレはすっかり気を抜いていた。


 どうすんだこれ……


 いつもなら、こどもはここから三つほど離れた山の裏ある村にこっそり連れて行っていた。そしてそこで暮らす村人たちに大切に大切に育てられている。
 しかし、少し前にその村の最後の住人……オレが連れてった奴がいなくなり、廃村となってしまった。


「あぁぁぁもうちったぁ大人しくできんのか!!」


 何を言っても聞く耳を全く持たず、家中に響き渡る声でこどもは泣き叫ぶ。


 あぁぁもう!こう喚かれては考えもまとまらん!!


 オレは耳を押さえ、もう何度目かわからない溜息をもらす。


 第一、生贄なんて捧げなくても、オレは仕事に手は抜かねぇんだよ……


 降り続いた雨で地盤が緩んでいそうな場所を確認したり、倒れた木がないか山を見回ったり、溢れた水を利用できるよう仕組みを考えたり、麓の集落に影響がないか確認しなければならない。場合によっては親交のある他の神に相談だってする。
 これまで一度だって、手を抜いたことはない。これは山の神としてのプライドだ。


 だから今からしなきゃならんことは山程あるんだよ!


 生贄は必要ないと、もう何度も村には伝えてある。しかし、自分たちの代で辞めるわけには……と、村人は首を横に振るだけだ。


「はあぁぁぁぁぁ……」


 オレにとって人間は、ごちそうなんかじゃない。


 ……というか、オレは人間なんて食ったことねぇんだよ!


「……おい、ちっこいの」


 オレはため息混じりでこどもを見る。しかしオレのどんよりした気分なんて知る由もなく、というか、うってかわって今度は満面の笑みだ。


「これ!しっぽ!ふわふわっ!」

「さっきまでぎゃあぎゃあ泣いてたのに今度はなんなんだよ!っておい勝手に触るなっ!」


 そしてオレの尻尾で遊んでいたかと思うと、今度は尻尾を握ったまますぅすぅと寝息を立て始める。


「って今度は寝るのかよ!!」


 オレは、今日はこれで最後にしようと特大の溜息を漏らした。





 
 尻尾を動かしてこどもが目を覚ましてまた騒がれても困るから、オレはしょうがなくそのまま寝ることにした。



 数日間振り続いた雨はすっかり止み、こどもの安心した寝息と山の音だけの静かな夜が訪れた。


 長年人間を見てきたが……
なんで人間ってのは、同じ命なのに、一方では新しい住人を心から歓迎して、もう一方ではこうも蔑ろにするんだろうか?






 結局どこにも預けることはできず、オレはこのちっこいのと山で一緒に暮らすこととなった。



 人間の時間は早いもので、あの日から数年が過ぎていた。
 ちっこいくせに屋根が揺れる程ぎゃあぎゃあ泣いてかと思うと嬉しそうに尻尾をつかみいつの間にか寝て……そんなちっこいのも、すっかり大人だ。


「ちっこいの」

「もう小さくありません!」

「人間なんざ、オレにとっては何時までもちっこいのだ」

「……」


 このやり取りも、もう何年続けたかわからない。もう人間の年齢的にちっこいのじゃないってわかってはいるが、その時のぶーたれた顔が昔っから可愛くて、ついやってしまうのだ。


「で?ちっこいの、どうした。そんな荷物を抱えて」

「もう小さくないって何度言ったら………お隣の山の神様に頼まれた酒を持って行くんです。本来ならこれも、あなたの仕事なんですが」


 いっちょ前に嫌味も言えるようになったことに成長を感じつつも、ぶーたれた顔はまだまだ可愛い。


「あぁそうか。気を付けて行って来いよ」

「全く……」

「あ!ちっこいの、くれぐれもあっちの村には近づくんじゃないぞ!」

「わかってますよ」


 ぶつぶついいながら、ちっこいのは可愛い顔で出かけていく。


「では行ってきます。あ、あんまり飲みすぎないでくださいね!」

「おー」


 可愛い顔をずっと見てるとそれはそれでもっとぶーたれるので、オレは後ろ手を軽く振り見送った。









 しばらく経った後、ちっこいのは籠を抱え戻ってきた。


「戻りました」

「おー、ってか遅かったな」

「すみません。こちらをいただいたので、洗っていたら遅くなってしまって」


 そう言いながら、ちっこいのは籠の中を見せてくる。


「お!鬼胡桃じゃねぇか」


 籠いっぱいの胡桃に、オレは気分が上がっていく。しばらくツマミが充実しそうだ。


「これ、好きでしょう?」

「わかってんなぁ。さすがちっこいの!」

「もうちいさくありません!」

「ふふふ」


 オレはぶーたれた顔と鬼胡桃を、鼻歌混じりで交互に見る。


「よいしょっと……」

「あ!ちっこいの、そこは止めておいた方がいい。三日後に嵐が来るんだ」


 軒下に鬼胡桃を吊るそうと背伸びするちっこいのに、オレは声をかけた。鬼胡桃は干して幾日か乾燥させる必要がある。ならば最初から雨が降り込まない場所の方がいい。忘れて濡らしてしまっては労力が水の泡だ。


「わかりました」


 雨の当たらない所に干し直したあと、オレたちは夕飯の支度を始めた。