運命の女

 警察署前の定食屋は雑然としている。風間は怪訝そうな面持ちでテレビを見上げるが、生憎、若いタレントには疎かった。

「ありゃ、誰だい?」

「知らないんスか? 服部さやかですよ。数年前から美人ピアニストとしてテレビに出ています。国際コンクールで賞をとるほどの腕はないんですけどね、桁外れの美人だから人気があるんですよ。去年あたりから女優に転身しています。ちょうど、先月から、この街でドラマのロケをやってますよ」

「ふうん……」 

 蕎麦を食べ終えている平成生まれの山下が喋り続けている。

「服部さやかは孤児なんです。両親が台風の被害で亡くなったんです、それで、大女優の服部麗子の養女になったそうなんですよ」

 風間も女優の服部麗子の事ならばそれなりに知っている。引退前、舞台の本読みの時に、いきなり奇声をあげた。

 認知症の他に精神障害を患っていた。それが発覚して当時のマスコミは色々と騒いでいた。

「服部麗子は四十五歳で旦那を亡くした頃から変なことを口走るようになったらしいんですね。死ぬ前は施設に入っていたそうですね」

風間警部は、まだ何か喋りたそうな新人の頭を調書でゴツンと叩く。

「おまえ、無駄口、叩いてねぇで仕事しろ。相沢殺しの犯人は、まだ上がってないんだからな!」

「それがですね、相沢が亡くなる三日前、同じアパートにいる女児の父親が相沢と口論になったそうなんですよ」

 相沢は、公園で一人で本を読んでいた女児に抱きついて猥褻行為に及ぼうとした。斎賀美月ちゃん、十三歳。

 そこで、たまたま相沢を見かけて娘を救った父親と激しい口論になったのだ。相沢は、具合が悪そうにしていたから、あんたの娘を介抱していただけだと言うが、そうでない事は一目瞭然だった。その子の父親は相沢を訴えると息巻くと、相沢は、そんな事をしたら、あんたの娘の評判に傷がつくと逆に脅してきたという。

「おまえのような下種は殺してやるって、その子の父親、斎賀猛が怒鳴っているのを、公園にいた老女が目撃しています」

「その父親は沖縄にいた。どんなにムカついても相沢を殺せないな」

「それじゃ、妻の斎賀皐月はどうでしょう?」

「母親がそこまでするかね?」

 死人の口の中にわざわさせ土をねじ込むというのは猟奇的である。ヤクザ絡みの犯行と見るのが妥当である。風間は、ふと、テレビを仰ぎ見た。耳に心地良いピアノのメロディーが流れてきたからだ。 

 服部麗子は老衰で亡くなり、養女のさやかが女優として活躍している。

「赤い靴の乙女」という映画のリメイク作品に養子のさやかが主演するという事で話題になっている。

 芸能リポーターの大御所の男がさやの経歴について解説している。

『さやかさんは、三歳から十二歳まで服部麗子さんと暮らしておられました。しかし、皆さんも御存知のように、養母の服部麗子さんは五十歳で認知症と診断されました。お子さんを育てられる状況じゃなかったんです。さやかさんは一人で留学したんです。二十七歳の頃に帰国しています。そして、美人すぎるピアニストとして有名になったんです。何しろ、あの美貌です。女優としても活躍するようになったんですよ』

 綺麗な女性タレントは他にもいるが、演奏している時の服部さやかは女神のように凛としている。風間も見惚れずにはいられなかった。

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【服部さやかのインタビュー】 

 皆さんも御存知のように母とは血が繋がってはおりません。ですが、母は、いつも笑顔で優しく接してくれました。残念なことに、母は若くして痴呆症になってしまいました。 
 
 わたしは中学生になる前にロスへ留学しました。寮生活でした、新しい生活にすぐに順応しましたよ。私は、大学院を卒業するまでずっとアメリカやロンドンにおりました。
 
 ピアノを選考していました。でも、語学にも興味がありました。英語とスペイン語を話せます。片言でしたらフランス語も少し話せます。これからの目標ですか? そうですね。ほんとは、わたし、ピアノの先生になりたかったんですよ。でも、気付いたらピアニストになっていました。旅から旅へ。わたし、小さな街の小さなホールで演奏するのが大好きなんです。

 ピアノリサイタルはこれからも続けます。でも、今は、女優のお仕事に燃えています。みなさん、応援してくださいね。偉大な母の服部麗子のような女優になることが、母への弔いになるんじゃないかと思うのです。

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『才色兼備の彼女は、人が羨むものすべてを手に入れていますね』

 ワイドショーのMCの男がそう呟くと、髭面のコメンテーターが大きく頷きながら呟いた。

『何者かになりきる女優という仕事が彼女にとっては天職なんだと思いますよ。自分以外のキャラクターに憑依するかのようにして、演じ分ける能力には驚嘆せずにはいられませんよ。まさしく、天性の才能というものが備わっていますね』

『先が楽しみな女優さんですね』

『彼女は語学も堪能ですから、いずれ、ハリウッドにも進出すると思いますよ』

 そんなふうに、世間がベタ褒めしていたのである。

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【外資系企業OL。野原こずえの独白】 

 やだっ。また雑誌にとり上げられている。服部さやかって何か好きになれないわ。