運命の女

 観ているこっちまでも、この女に殺されたいって思うような境地にさせてくれるのさ。ゾクゾクしたよ。あれは、すごいラストだったね。

 青いサテンのドレスと赤い靴。白い手袋。思い出すよ。あの頃の奥様は女神のように美しかったね。

 それが、どうたい。今では……。

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【大女優。服部麗子の独白】

 あの時は夢中だった。だって、三年ぶりに海辺の別荘に行ってみたら、見たことのない子供がアタクシのドレスを着て菓子パンをかじっていたのよ。理由を聞いても泣いてばかり。
 
 なんて礼儀知らずな子なのかしら。出ておいきなさいと怒鳴ると睨み返してきたわ。

 なんて娘なの。その反抗的な目には我慢ならないわ。あたしを哀れんでいるのね。その目つきが気に入らないわ。

 でも、あたしも愚かよね。お気に入りのドレスを汚されたからって、つい、カーッとなって、女の子を刺し殺してしまうなんてね。 

 医者の言う通りなんだわ。ちゃんと薬を飲まないと頭の中で湧き上がる衝動を抑えることが出来ない。自分が何をやったのか分からないことがあるの。 

 あたしの手に染み付いた血は何なのかしら?

 青いドレスの女の子の血なのかしら? ナイフで柔らかな喉を裂いた感触は残っているのよ。でも、病院の先生達もリハビリの先生も幻想だとおっしゃるの。あたしは海辺の別荘なんて行かなかった。ずっと軽井沢にいた。養女のさやかと一緒にいたって言うの。 

 白い手袋と青いドレスは海辺の別荘の衣裳部屋にしまっていたわ。泥棒が、あたしの衣装を盗んだそうなの。

 管理人は何をやっていたのかしら。あたしの初代マネージャーの親戚の女だけど使えないわね。

 それにしても変ね。テレビで話題にっている蓉子ちゃんという女の子と、以前、どこかで会っているような気がするのよ。でも、蓉子ちゃんと、あたしは出会った事はないって竹井が言うのよ。あたしは、誰のことも傷つけていないって竹井は言うの。それじゃ、全部、幻だったのかしら。

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【蓉子の塾仲間。井筒健太くんの日記】 

 3月3日。大好きな蓉子ちゃんがいなくなってから半年以上過ぎちゃった。

 もう誰も、あの事件のことを口にしなくなっちゃった。うちの学校では教頭先生が借金をして首吊り自殺したことが話題になっている。最近、僕には蓉子ちゃん以外に好きな子が出来た。リサ子ちゃんは笑顔が可愛くてスタイルもいい。もう少し仲良くなったら告白しよう。

 がんばるぞ!     
        
    ◆◆◆
  
「結局、あの子のことは分からなかったな……」

 風間警部は疲れたように目をしょぼつかせ。

 二十年前は今のようにスマホなど普及していなかった。ドライブレコーダーや防犯カメラも少なかった。事件の手がかりや目撃情報も曖昧で捜索は難航しており、やがて捜査も打ち切りとなって迷宮入りしてしまったのである。

「定年までには解決しようと思っていたんだが……」 

 安斎拓也は事件の半年後に野原ゆきなと結婚するが、わずか三年後、安斎が塾の講師の若い女との間に子供を作ったことが原因で破局している。安斎に対して疑惑は残ってはいるが、風間にはどうしても安斎が蓉子ちゃんを殺したとは思えなかった。そんな度胸などないだろう。 

 ちなみに、安斎拓也は三年前に癌で亡くなっている。

 なぜ、急に風間が蓉子ちゃんの古い事件のことを思い出したかというと、もちろん、それにはちゃんとした訳がある。 

 三日前に、あの街で川べりで変死体が発見された。相沢重雄。二十年前に撮ったと思われる古い写真がニュースでも使われていたので、あいつだとすぐに気付いた。

 蓉子ちゃんの事件の重要参考人の相沢重雄は五十歳になっている。現在は無職。

 相沢が殺された夜は豪雨で目撃者はいない。周囲には犯人の足跡も残っていなかった。どしゃぶりの雨のせいで色々な証拠とるべきものが流されたようである。 

 歪な笑みを浮かべる若き日の相沢の写真を見ているうちに鮮明に蘇ったのである。

 相沢は二十年前に、こんなふうに言っていたのだ。

『もしも、俺が変死したら犯人は蓉子だな……』

 まさしく変死である。まさか……と思いながらもピリピリとしたものが胸を揺らしていた。殺され方には怨恨のようなものがこもっていたのだ。

 背後から刺されて出血多量で亡くなっているのだが、なぜか、犯人は死んだ後の相沢の顔を固く尖ったもので殴りつけられていたのだ。あいつの左目は無残に潰れていた。そこまで、徹底的にムゴイことをする理由は何だろう。

 相沢は、女児につきまとった罪で捕まった事が何度もある。誰に恨まれていても不思議ではない。その上、違法なギャンブルにのめりこみヤクザから借金をしている。いずれにせよ、あいつが死んだからといって哀しむ奴はいない。

 あいつのたった一人の肉親である母親もあいつとは縁を切っている。

 それにしても、我ながら、おかしなことを考えたものだ。蓉子ちゃんを悼む誰かの仕業かもしれないと思い、事件を辿ったのである。

 葉月蓉子。生きていたら三十二歳になっていただろう。

(蓉子ちゃん、あんたの大嫌いな男は死んだよ……)

 いつになくしんみりとした気持ちで溜め息をついていると、隣で丼飯を食べている新人の山下が顎を上げた。

「ねぇ、警部、今、テレビに出ている人知ってますか」