運命の女

 やたらと声が大きくて下品で派手で……。思慮深くて気品のある蓉子ちゃんとは似ても似つかないわ。蓉子ちゃんは芸術的な才能があります。

 放課後、よくここでピアノを弾いていましたよ。
  
     ☆
  
 奥寺は蓉子ちゃんがピアノを演奏する様子をビデオカメラに記録していた。 ショパンの幻想即興曲のメロディーを演奏する様子は素人目にも上手いと感じた。

 母親の御手製のレース生地の紺色のワンピースとエナメルの靴のせいで、正時代の令嬢のように古めかしく感じられる。

しげしげと、蓉子ちゃんの演奏に見入っていると奥寺が熱心な口調で言った。

『まだまだ荒削りですけども、この年齢で、この曲を演奏できるんですよ。もっと本格的に習えば更に上達すると思いますよ』

 繊細な音楽の世界に蓉子ちゃん自身が溶け込み、煙るような横顔が夢の中の住人のように儚くて美しい。小さな手で細やかに引き続ける佇まいはドラマチックだった。観る者の心をギュッと鷲掴みにする。この時、風間はコレクターというモノクロの映画を思い出していた。蝶々をピンで留めるように、蓉子ちゃんを透明な瓶に閉じ込めて部屋に飾りたいと願う変態が現れてもおかしくない。

 美しい水槽に生きたまま閉じ込められているのではないか。透明な水の中で水草のように長い髪がたゆたう光景が脳裏を過ぎったのである。


     ☆

【近所の公園で蓉子とよく話していた老人の話】

 蓉子ちゃんとワシはいい友達でした。無邪気で優しくてお姫様のような女の子でした。えっ、母親との仲はどうだったか? そうですな。母親は、たまに、蓉子ちゃんをひどくなじることがあったようですな。でも、蓉子ちゃんは、そんな母親のことを可哀想だと言っていました。あの子の母親は男運が悪いみたいなんですよ。

 スナックで稼いだ金を恋人だった自称税理士の男に騙しとられた事もあったようです。最近は、羽振りのいい不動産会社の社長と付き合っていますが、蓉子ちゃんの母親に買ったルイヴイトンの鞄の取っ手のところが破れたらしいんですよ。台湾土産だと言って偽物を渡すようなチンケな男です。蓉子ちゃんは、そいつと母親を結婚させたくないと言っておりました。 

 甘え上手でしたよ。クレープの移動販売や焼き芋の移動販売の車が公園に来ると、ちゃっかりとねだってきます。大人びて見えていましたが、やっぱり、子供なんですよ。公園で蝉の死骸を見たら怖そうにしていましたし、大きな犬が近寄ると涙目になつていました。本当に可愛らしい子です。

 まだ見付からないんですね。あの子は、世を儚んで自殺したのかもしれません。

 何となく、そんな気がするんです。なんとなくなんですけどね。
  
        ☆

 今江敬三。七十二歳。彼は三十年前からひっそりと生活していた。

 母方の名字に戻している。その理由は、三十五年前、幼い男の子を殺した容疑で逮捕されて有罪判決を受けたからである。しかし、そのニ年後に釈放されている。他に犯人がいたことが証明されたのだのたが、すでに遅かった。刑務所に入った時点で今江は妻と離婚していた。元の会社にはも復帰する事が叶わなかった。逮捕される前の彼は参考書の営業マンだったという。

 
『蓉子ちゃんを早く見つけて下さい。どうして、こんなことになったんでしよう。ワシがこんな身体じゃなかったら探しに出かけるのに……』

 蓉子ちゃんが行方不明になった二年後に、一人ぼっちの部屋の片隅で、ひっそりと亡くなっている。

    ☆
  
【アパートの隣の部屋の男。相沢重雄の話】 

 おいおい、また、その話かよ! いい加減にしてくれよ。刑事さん達も分かっているよな。

 俺には完全なアリバイがあるんだよ。だから、蓉子の事件とは無関係さ。

 はぁ? 俺が、あのガキのことを狙っていたんじゃないかって? 

 まぁね、考えたことはあるぜ。真夜中にベランダ伝いにガキの部屋に入ったことならあるぜ。おっと、怒るなよ。未遂に終わったさ。夏場は網戸にしている事を知ってたから、そっと忍び込んだら、薄闇の中、刺身包丁を持って俺のことを待ち構えてやがった。
 
 こえーよな。ゾッとしたぜ。見た目はガキだけど中味は大人の女よりもしっかりしてらぁ。蓉子は、包丁を持ったまま子供とは思えない声で言いやがった。 

 あんたみたいな男はいつか絶対に殺してやる。何年かかるか分からないけど、いつか絶対に殺してやるってな。まだ襲われてもいねぇのに、般若みたいな顔つきで言いやがったから、オレは何もせずに出たぜ。
 
 ある日、突然、もしも、俺が変死したら犯人は蓉子だな……。ははは。 

 オレはオツムのトロンとした頭が空っぽの美少女が好きなんだよ。だから、あんなガキを誘拐するもんか。あっ、そうそう、思い出した事がある。蓉子が行方不明になるニ週間くらいのことだ。ファミマの駐車場で若い男と喋ってるのを見たぜ。 

 眼鏡をかけた、おしゃれな奴だったぜ。ああ、年齢? さぁね、二十八歳くらいなんじゃねぇの? 背も高くて男前だ。なんつーか、少女漫画に出てきそうな顔だ。ああいう奴に限って女を泣かせていたりするんだよな。

 蓉子がその男に夢中になっているって感じに見えたぜ。疑うなら、そいつを調べろよ。
  
     ☆