バベルの黒猫

バベルの黒猫。

人間に化けた黒猫5人組。

リナ、ケイコ、ガリ、シュン、タナカ。

かつて「バベル」という町の人間がつけてくれた名前。

「バベル」で生まれ、兄弟のように育てられた5匹は、町を守る門番として人間に大切にされていた。

しかしある日、人間は高くそびえ立つ塔を創り神の怒りをかい、言葉を奪われた。

意思の疎通が出来なくなった人間たちは争いを始め、互いを傷付け合った。

結果、争いに疲れた人間たちは散り散りになり「バベル」は崩壊したのだった。

とり残された黒猫たち。

5匹はそれでもバベルを守るため必死で生きた。

何十年という月日が経ち、食べる物もいよいよ無くなり、意識が朦朧とする中、一人の人間が現れる。

人間は、容赦なく家々を焼き払った。

このままではバベルの町が消えてしまう。

そう思った黒猫たちは最期の力を振り絞り、その人間に襲いかかったのだった。

「ケイコちゃん!バベルを守るためとは言え、やり過ぎだよ!馬鹿力すぎるよ!」

「いやはや、まさかあの人間が、バベル再建のために政府が派遣した役所の人間だったなんてな」

「気持ちいいぐらいボコボコにしていたにゃ!」

「ケイコは悪くない。不可抗力なのです。政府の人間っぽい格好をして来なかったあいつが全面的に悪いのです」

「シュンさんの言う通り。まあやってしまったものは仕方ないよねー。ところでここはどこだろうねー?」

「ここは地獄の入り口よ?」

「わー、綺麗なお姉さん!え、地獄?」

「あ〜、人を傷付けたからうちら地獄に落ちる感じ?」

「理不尽にゃ」

「あなたたちは、何の罪も無い人間を傷付けた。そりゃもうさっくり地獄行きよ」

「僕たち心底反省してるんでー、地獄行きはなんとか見逃してくれません?僕たち結構苦労して生きてきたんですよー。死んだ後ぐらいは5匹でのんびり暮らしたいんですよねー」

「それは無理ね〜」

「そこをなんとか!天国の端っこでいいのです!なんでもするのです!」

「…なんでも?ふっふっふっ。言ったわね?」

「ちょっとシュンちゃん。なんでもとか気軽に言っちゃダメだよ。えらい目にあうよ?」

「あなたたちを、地獄行きから救ってあげても良いわよ?ただし条件がある」

「あ〜…こういう条件って、大体ロクなものがないよな」

「にゃ。絶対にいいこと無いパターンだから聞いちゃダメなのにゃ」

「気になるけど、皆と一緒なら地獄でも何だかんだで楽しく生きていけそうなのです」

「それはそうだよねー。じゃあまあ地獄でいっかなー。ということでお姉さん、ありがとうございましたー!」

「いやいやいや待ちなさいよ!ていうかお姉さんとか気軽に呼ばないで?私は神よ?とっても偉くて美しい神様なのよ!言うことを聞かないとバチが当たるわよ!」

「へえ。なんとなくそんな気はしてたけど、やっぱ神様だったんだな!すごい、初めて見たぞ」

「えー!私も〜!いやあ、今時の神様ってこんなに綺麗なんだねえ」

「今時と言われても、ひと昔前の神様を知らないのです」

「神様もこう言ってるし、とりあえず話だけ聞いてみればいいのではー?」

「にゃ。じゃあ条件を教えてもらっていいですかにゃ?」

「コホン。言うわよ?一度しか言わないからよーく聞きなさいよ?」

「なんで偉い人って、大事なことを1回しか言ってくれないんだろうね?大事なことなのに」

「こら、リナ?静かに」

「あなたたちに、人間に化ける力を与えてあげる。人間になって、人間を救いなさい」

「ん?えっと?要するに?なんか人間ってワードが多すぎてよく分かんなかった」

「私たちが人間になれるってことにゃ!えー!それはすっごく嬉しいのにゃ!」

「ガリにゃんが人間になったら、めっちゃファビュラスな感じになりそうなのです。楽しみなのです!」

「僕ー、人間になってやってみたいことが山ほどあったんだよねー」

「人間を救うって、それって要するにヒーローになって世界を救う!みたいな感じ?」

「えー!かっこいい!やりたいやりたい!」

「いや、世界を救うなんて無理でしょ!あんたたちは、ただの猫なんだから」

「じゃあ私たちは一体何をするにゃ?」

「ち〜っちゃいことでいいのよ。人間になって、困っている人間を助けるの」

「地味なのです」

「貴方たちが人間のために尽くして、傷付いた人間を癒し、たくさんの人間を幸せにすることが出来れば、そのうちバベルに帰してあげるわよ」

「あ〜、そのうちってところがミソだよねー。これきっと死ぬまでこき使われるやつー」

「タナカの言う通りだ。幸せにするってのも指示が曖昧で怪しいよな。幸せの定義なんて人それぞれだしな」

「ケイコちゃんの幸せはお腹いっぱいご飯を食べることだもんね」

「じゃあ、やめとくにゃ!」

「は?やめるとか選択肢ある!?こんなに美味しい話なのに!」

「美味しい話には裏があるのです。多分私たち、騙されているのです」

「騙してないってば!ちょっと〜助けなさいよー!強欲な人間共は願いが尽きなくて年中人手不足なのよ!あいつらちょっと目を離したらすぐ不幸な道に進もうとするんだから!」

「そんな奴ら、放っておけばいいのでは?」

「そういうわけにもいかないの。人間は、未来が見えないとヤケになる。自分が満ち足りていないとすぐに他者を傷つける。バベルの町もそうでしょう?言葉が通じなくなって不安になった人間たちが、バベルを滅ぼした。私が助けてあげないと、あいつらはコロッと全滅するのよ」

「人間なんて全滅すれば良いのです。あいつらは猫に餌を与えるぐらいしか良い事をしないのです」

「餌は大切だぞ」

「あんなやつらでも、いなくなると世界が滅びちゃうのよ」

「でもさあ、人間を幸せにしたらバベルに帰してくれるっていうのも考えものだよねー。あそこに帰っても、もう何も残っていない。僕たちの帰りを待つ者は、もう誰もいないんだよー?」

「…でも私、何もなくても帰りたいなあ。皆と一緒に、バベルに帰りたいよ」

「リナ…。そうだな。じゃあ、決まりかな。おい神様、うちらは人間のために働くよ。人間が少しでも幸せな道を選んで、生きる喜びを見出して世界を継続できるように力を尽くす。だから…」

「いつか私たちの罪が償えたら、バベルに帰してくれますかにゃ?」

「ええ、約束しましょう。人を幸せにするために生きなさい。それが、貴方たちの使命よ」

美しき女神は、透き通る右手を黒猫たちの額にかざした。

すると不思議なことに、黒猫たちはそれぞれ人間の姿へと変化した。

そして女神はリナの首にネックレスをかけた。

「貴方たちの行いが認められた時は、このネックレスに宝石がひとつ灯る魔法をかけておいたわ。何か目印があった方がやりがいもあるでしょう?全ての宝石が灯った時、バベルへの扉が開くわ」

「とても合理的で親切なのです」

「さすが神様。人のモチベーションを高めて維持する方法をよく知ってる」

「さあ、行きなさい。そして、生きなさい。人間のために」

こうして黒猫たちは、人間を幸せにするための長い長い旅路に出たのだった。