傑が転校してきて早くも一週間が経った。
転校してきた日には騒然となった茶髪にピアスも、みんな見慣れてしまったらしく、それほど気にならなくなってきた。
傑が新しい高校に馴染んできたという事実は、僕にとっても嬉しいことだ。
それから傑は女子生徒には人気で、よく女子の集団に囲まれている。けれど、僕以外の男子生徒と交流しているのを見たことはなく、それが唯一心配の種だ。
男子生徒から見たら、やっぱり傑は怖いのかもしれない。
でも、僕には完全に懐いてしまったけれど……。
それに、
「教科書がまだ届いてないから、律の教科書見せて」
と毎日机をくっつけてくることは変わらない。
(いつになったら教科書が届くんだ?)
僕は不思議に思いながらも、教科書を見せてやっていた。
正直、誰かが隣にいて一冊の教科書を一緒に見る、という行為は楽しいこともある。でも、普段より集中力が欠けてしまうのだ。
しかも見せてあげている傑は、相変わらず下手くそな猫のイラストを描いていたり、授業中寝ていることもある。それにも大分慣れてはきたけれど、あまりにも無礼すぎるその態度にイライラしてしまうこともある。
ある日、「冴木、まだ教科書が届かないのか?」という担任の一言から全ては始まった。
確かに傑が転校してきてもうすぐ一週間。そろそろ教科書が届いてもいいのではないだろうか?
別に机をつけて教科書を見せてやってもいいのだけれど、それにしても届くのが遅すぎる気もする。
不審に思った僕は、傑にそっと問いかけた。
「なぁ、まだ教科書届いてないのか?」
「うーん……」
こんな風に微妙な態度をとる傑。怪しい……。そう感じた僕はもう少しだけ突っ込んで話を聞いてみることにした。
「もしかして、もう教科書届いているんじゃない?」
「…………」
「本当は届いてるけど、持ってくるのが、面倒くさいから持ってきてないだけとか……」
「…………」
「おい、傑。僕の話を聞いてるのか?」
突然黙ってしまった傑の肩を軽く小突く。
すると傑は、まるで拗ねた子どものようにポツリポツリと話し出した。
「本当は転校してきて三日目後くらいに、学年主任の先生から教科書を受け取ってた」
「じゃあ、なんで僕の教科書を見てたんだよ? 自分の教科書があるんだろう?」
「だって……」
そう言った傑が俯いてしまう。心なしか、頬が赤くなっているような気がする。
「律と机をくっつけて授業を受けるのが楽しかったから……」
「え?」
「律のすぐ隣で授業を受けていることが楽しかったんだ。だから教科書がまだ届いてないって嘘をついてた。ごめん。迷惑だったよね?」
「べ、別に迷惑じゃなかったけど……」
傑の顔は夕焼けみたいに赤く染まり、俯いたまま顔を上げようとしない。
「ずっと隠しててごめん」
そんな傑を見ていると、僕の鼓動が少しずつ速くなっていくのを感じる。
(傑、お互いの机をくっつけて勉強したかったんだ)
そう思うと、僕の頬も少しずつ熱を帯びていく。
「嘘がバレちゃって、超恥ずかしい」
「傑……」
「律が優しいから、俺嬉しくて。律に甘えてた」
恥ずかしそうに頭を搔きむしる傑。普段見ない傑の言動に、僕まで恥ずかしくなってしまう。
「俺こんな見た目じゃん? だから同性の友達ってあんまりいなかったんだ。だから俺、嬉しくて……」
そんな風に照れられたら、どう反応を返したらいいかわからない。
嘘までついて、僕に教科書を見せてほしかっただなんて、なんて可愛らしい嘘なのだろうか。
僕の心の中がムズムズして、恥ずかしさのあまりその場に座り込んでしまいそうになる。
「そんな嘘なんかつかなくても、教科書くらい見せてあげるから言ってよ」
「ごめん。明日からはちゃんと教科書を持ってくるから」
「……うん」
二人して顔を真っ赤にした後、黙って俯いてしまう。
なぜか傑にはなんでも許せてしまうから不思議だ。
そして、明日傑が教科書を持ってくることが残念だと感じてしまう僕は、一体どうしてしまったのだろうか。
「もう、本当に最悪だ」
そして、また僕はこの言葉を呟いた。
◇◆◇◆
傑は翌日から自分の教科書を持ってくるようになった。
それは当たり前のことだけど、僕からしてみたら少し寂しく感じられた。
毎朝、「今日も教科書見せて」と甘えた声で寄ってくる傑がいないせいか、体の左側が寒く感じる。まるで僕と傑の間を、隙間風が吹き抜けていっているみたいだ。
もう少しで中間試験だから、勉強に集中できることは嬉しいんだけれど……。
傑の方を盗み見ると、珍しく真剣に授業を受けている。これはこれで、離れている傑が授業を受けているかが気になって、集中することができないかもしれない。
そんな僕の視線に気が付いたのか、傑がニコッと微笑んでから制服のポケットをゴソゴソとしている。
(何をしているんだろう)
そう思いながら傑を見ていると数学の先生がこちらに背中を向けた瞬間、僕の机の上に何かが飛んでくる。
驚いて傑を見ると、僕にしか聞こえないような小さな声で「あげる」と言ってから、もう一度微笑む。それから何事もなかったかのように問題を解き始めた。
僕はドキドキしながら傑がくれた物を見てみると、それはチョコレートのお菓子だった。
(あ、これ、CМで見たことある……)
僕の胸が高鳴りだす。
パッケージだけ見ると、クッキーにチョコレートがコーティングしてあって、とても美味しそうだ。
傑は授業中にガムを噛んでいたり、飴を舐めていることがあるけれど、僕は授業中に飲食なんてしたことがない。そういったことは、休み時間にすることだと思っている。
それに、実は僕はチョコレートを食べたことがない。
厳しい家庭に育った僕は、「体に悪いから」といった理由で、チョコレートや炭酸飲料を口にさせてもらえない。
だから、チョコレートを貰った僕は、ドキドキしてしまう。
そっとチョコレートを手の中に包み込んだ。
数学の授業が終わった休み時間。傑に声をかけられる。
「さっきのチョコレート美味しかったでしょ?」
「え? まだ食べてない……」
「なんで溶けちゃうよ?」
傑がびっくりしたように目を見開く。僕は貰ったチョコレートを、大切に筆箱の中にしまっておいたのだ。
「うち、両親が厳しくて。チョコレートとか炭酸飲料とか禁止されてるんだよね」
「マジ? じゃあ律はチョコレートを食べたことがないの?」
「うん。ない……」
「へぇ。そんなに厳しい家なんだ」
傑がまじまじと僕の顔を眺めている。それから、いつものようにニコッと笑った。
「じゃあ、食べてみたら? 美味しいよ、チョコレート」
「でも……」
「大丈夫だよ。だから食べてごらん?」
「うん……」
僕は手に取ったチョコレートをしばらく眺めてから、心を決めて封を切った。
僕の両親はとても厳しい人で、決められたレールから外れることをひどく嫌った。
ルールを守るのは当たり前だし、親の言うことを聞くのも当たり前。
成績は常にトップでいなければならないし、生徒会長や部長と言った名誉ある役職に就くことを望まれてきた。
体に悪いチョコレートや、炭酸飲料、ファーストフードは口にしたことなんてない。
もし口にしたいと思っても、僕は言い出すことができない。
いつも両親の顔色を窺って生きてきたんだ。
しばらくチョコレートを眺めていると、「プッ」と傑が吹き出す。それからお腹を抱えて笑い出した。
笑うなんて何事だ、と僕が傑を睨みつけると「ごめんごめん」と言いながら涙を拭っている。
(涙が出るほど笑うなんて失礼だな)
そう思っていると、傑が優しく声をかけてきてくれた。
「大丈夫だよ、チョコレートなんてみんな食べてるんだから」
「わかってるけど……」
「律だってもう子どもじゃないんだから、いつまでも親の言う通りに生きなくてもいいんじゃないの?」
「そうかな……」
でもどうしても罪悪感を感じてしまい口に運ぶことができずにいると、持っていたチョコレートを傑に取られてしまう。
「あ……」と思った時には、僕の手の中のチョコレートはなくなってしまっていた。
ガッカリして落ち込んでいると、傑が僕の顔を覗き込んでくる。その優しい表情に、心臓がトクンと一つ跳ねた。
「ほら、律、あーんして?」
「あーん? ってなに?」
「うーん……。じゃあ口を大きく開けてみてよ」
傑が悪戯っ子のように笑う。僕は少し警戒しながらも「あーん」と口を開ける。すると、傑がチョコレートを口にそっと放り込んでくれた。
「あ、甘い……」
僕は咄嗟に両手で口を押さえる。
チョコレートは口の中で少しずつ溶けて、甘みが口の中に広がっていく。その優しい味に僕は感動してしまった。
チョコレートが溶けてしまったから、チョコレートに包まれていたクッキーをサクサクッと噛み締める。
「美味しい」
無意識に口から零れだす言葉。
チョコレートってこんなに美味しいんだ。
「あははは! よかった。もっと食べる?」
「うん」
傑は封を切って、もう一つチョコレートを僕の口に放り込んでくれた。
もう一度口の中で蕩ける優しい味。
こんなに美味しいものを、僕は今まで知らずに生きていたなんて……。本当に損をした気分だ。
「時にはルールを破ることだって必要だよ」
傑はそう笑いながらウィンクなんてして見せる。
そんな傑が、僕にはひどく大人びて見えた。
◇◆◇◆
今日は、部活も生徒会の活動もない放課後。
僕は少しだけソワソワしていた。傑にお願い事があるのだ。
傑からチョコレートを貰ったとき、僕の心の中から溢れ出した好奇心。はじめのうちは「親に叱られてしまうから……」という理由で、自分の胸の中に押し込もうとしていた。
でもあまりにもチョコレートが美味しくて、我慢ができなくなってしまったのだ。
今まで我慢してきたものが、自分の中で音を立てて弾けたのを感じる。この衝動を、もう止めることはできなかった。
「あの傑。今日放課後予定ある?」
「予定? 今日は特にないよ」
「そっか……」
自分から傑に声をかけたくせに、その後の言葉が出ずに俯いてしまう。
そんな僕を見た傑が「どうした?」と顔を覗き込んできた。
「きょ、きょ……」
言いたいことは喉元まで出かかっているのに、どうしても言葉になってくれない。
僕は心を決めて、思い切って顔を上げた。
「今日これからファーストフード店に連れて行ってくれないか⁉」
「ファーストフード店?」
僕の言葉が余程予想外だったのだろう。傑は目を見開いて驚いている。
僕はいつも、放課後部活が終わると真っ直ぐ家に帰っていた。だから、こんな風に友達と放課後遊びに出掛けた経験がない。
そんな僕が傑を誘うなんて、本当に勇気のいることだった。
「急に何かと思ったら……。びっくりしちゃったよ。ファーストフード店ってハンバーガー屋さんでいいの?」
「うん! 僕ハンバーガーも食べたことないし、炭酸飲料も飲んだことがないんだ」
「マジで? 律って本当に箱入りなんだね」
「だからお願い。連れてってよ!」
「でもなぁ……」
傑がばつが悪そうな顔で頭を掻いている。
断られる……。そう思った僕の胸がギュッと締め付けられた。
「うーん……。罪悪感が凄いなぁ」
「罪悪感?」
「そう。箱入り娘を、結婚前に抱いちゃうような感覚……」
「抱く……?」
次の瞬間僕の顔が真っ赤になる。
傑はファーストフード店に連れて行ってほしいと頼んだ僕のことを、そんな目で見ていたなんて……。
「なんだか俺、律の初めてを全て奪っていく悪い奴みたいじゃない?」
「そ、そんなことないよ! 僕、普通の高校生みたいに放課後を過ごしてみたいって思ってるだけだから」
「そっか……。後悔しない?」
「絶対しない!」
「ご両親のことは大丈夫なの?」
「大丈夫。怒られるかもしれないけど、僕、どうしても行ってみたい」
「わかった。じゃあ駅前のファーストフード店に行ってみようか?」
「うん!」
僕は嬉しくなってしまい、傑の後をまるで空を飛ぶように追いかけて行った。
◇◆◇◆
駅前のハンバーガーショップは、帰宅途中の学生でいっぱいだった。
なんとか席を確保して、レジに並んで注文をする。
僕はメニューの多さにびっくりしながらも、傑に助けてもらいながらなんとか注文をすることができた。
その数分後、念願のハンバーガーが目の前に……。隣にはフライドポテトが置かれているし、ドリンクはコーラを注文した。
これらのものは、親から「体に悪いから食べないように」と幼い頃から言われているものだ。だから僕は、普段、健康にいいとされている無添加食品を食べている。
そんな俺がファーストフードを食べられる日が来るなんて……。
お腹の虫が「早く食べたい!」とグーグーと鳴っている。
僕の目の前にあるハンバーガーは、肉厚なパティと蕩けたチーズ。それにシャキシャキのレタスが幾層にも重なり合ったお城みたいだ。
「美味しそう……」
僕は思わず息を呑んだ。
恐る恐るハンバーガーを両手で掴むと、あまりの柔らかさに崩れてしまいそうになる。
慎重にハンバーガーを持ち、大きく口を開けてかぶりついた。
「美味しい!」
僕は初めて食べるハンバーガーの美味しさに感動してしまう。
(こんなに美味しいものが世界にあったなんて……)
あまりの美味しさに夢中でハンバーガーを食べていると、僕を見た傑がクスクスと笑っている。
「そんなに急いで食べなくても大丈夫だから。ほら、口の端にソースがついてるよ」
「え? どこ?」
「ほら、ここだよ」
傑は僕の口の端についたソースを自分の指で拭い、そのまま指をペロッと舐める。
「え……」
僕はそんな傑を見て、思わず体が凍り付いたかのように動かなくなってしまう。ハンバーガーから、ポトリと一枚レタスが落ちた。
「あ、このハンバーガーも美味いね。今度、俺もそれにしようかなぁ」
僕の動揺など気にする様子もなく、傑もハンバーガーを食べ始める。
でも僕の心臓はそれどころじゃなくて……。爆発してしまうのではないか? というくらい高鳴っていた。
もしかしたら、傑はこういったシチュエーションに慣れているのかもしれない。そう思うと、傑の存在が少しだけ遠くに感じた。
「律、ポテトも食べてごらんよ? サクサクしてて美味しいよ?」
「あ、うん」
傑に促されてフライドポテトを食べた僕は、またもや感動してしまう。
フライドポテトはサクサクしているのに、ホクホクもしている。本当に美味しい。
でも、傑と一緒にこうしてハンバーガーを食べていると、少しずつ心がザワザワし始める。
僕は友達とこうやって放課後出掛けることは初めてなのに、傑はとても慣れているように感じられる。もしかしたら、女の子とも来たことがあるのかもしれない。
そんな風に考えていると、なんだか切なくなってきてしまった。
(僕は初めてなのに……)
僕にしてみたらそれが面白くない。
傑が何か楽しそうに話しているけれど、そんな話も耳に入ってこない。
傑の話を聞き流しながら、コーラが入ったコップに刺さっているストローを口にする。次の瞬間──。
「ブハッ。ゲホゲホッ」
「律、大丈夫か?」
勢いよく吸い込んだものの、僕はむせこんでしまった。
(なんだ、このビリビリ……)
コーラなんて今まで飲んだことがなかった僕は、あまりの刺激の強さにびっくりしてしまう。そんな僕に驚いたのか、傑が背中を擦ってくれた。
初めて飲んだコーラは、口の中で小さな泡がパチパチと弾け、シュワシュワと音をたてながら喉を通過していく。想像以上のビリビリした感覚に、僕はびっくりしてしまった。
「律、大丈夫?」
「ちょっとびっくりしたけど、大丈夫。コーラって凄く美味しいんだね」
「うん、美味いよね。俺も飲みたいな。ちょっとちょうだい?」
「え?」
「俺、ドリンク、コーヒーにしちゃったんだよね」
傑の言葉に、僕は少し驚いた。僕が口をつけていたストローに、傑が躊躇なく口をつけた時、まるで電流が走ったかのような感覚が全身を駆け抜けた。
「あ……」
僕の心臓が、突然激しく脈打ち出した。
それは「友達って回し飲みをするんだ」という単純な驚きではなく、今まで感じたことのない「ドキドキ」だった。
視線は傑がストローから口を離す瞬間、そして彼の唇に残る微かな水滴に吸い寄せられた。
僕はこんなにもドキドキしているのに、傑は「やっぱりコーラって美味いよね」って笑っている。
(こ、これって、間接キスじゃないのか……?)
それは本当に間接的な接触であり、たった一瞬のことだったのに……。その瞬間、僕の胸に熱い波が押し寄せる。
「あ、もしかして回し飲みとか嫌だった?」
僕の反応を見た傑が、慌ててコーラをテーブルの上に置く。
それから少し困ったように「ごめん」と呟いた。
そうじゃない、そうじゃなくて……。
僕の心の中は、まるで嵐のように大荒れだ。顔を真っ赤にしたまま、黙って俯くことしかできない。
そして、少し心を落ち着けてから、ようやく言葉を絞り出した。
「嫌とかじゃないから大丈夫……」
「そっか。それならよかった。なら早く食べちゃいな? 冷めちゃうよ」
「……うん」
僕は恥ずかしさを押し殺すために、ハンバーガーにかぶりつく。
それでも、しばらくの間、「間接キス」の感覚が僕の心を揺さぶり続ける。
自分がストローに口をつける度に、胸がギュッと締め付けられる思いがした。
ファーストフード店の帰り、ゲームセンターに寄った。
ゲームセンターも初体験な僕は、その煌びやかさにびっくりしてしまう。
「あ、このぬいぐるみ可愛い」
「ん? どれ?」
僕が見つけたのは、幼い頃大好きだったアニメのキャラクターのぬいぐるみ。でもこれを、あのクレーンで取るなんて難しそうだ。
「あれが欲しいの? 取ってあげようか?」
「で、でも無理そうならいいよ」
「大丈夫。俺、クレーンゲーム得意なんだよね」
傑は何回か失敗したけれど、最終的にはぬいぐるみを取ってくれた。
クレーンがぬいぐるみを掴んで、取り出し口まで運ばれていく瞬間。僕は何度もドキドキしてしまう。そして、ぬいぐるみが取り出し口に落ちたその時──。
「ヤッター!」
そう思わず大きな声を上げてしまった。
今日僕は、ファーストフード店とゲームセンターという初めての体験を二つもしてしまった。
未だに心臓はうるさいくらい高鳴っているし、興奮は冷めやらない。
これが普通の高校生、というものなのだろうか? 僕はまるで夢の中にいるような気分だった。
世界がキラキラと輝いて、楽しいことが溢れている。
それは、今まで僕が知らない世界だった。
「ありがとう、傑」
「どういたしまして」
僕はまるで夢の中にいるような気分だった。
だから僕は気付いてなんかいなかった。
そんな僕たちに、冷たい視線を送る人物がいたことに──。



