僕は目の前で、一生懸命に進路調査票を記入している傑を眺める。
もう僕はとっくに進路調査票は提出してしまったけれど、傑は先生に叱られてようやく書き始めたらしい。
教室に風が吹く度に、傑のサラサラとした髪が揺れた。
もう見慣れた傑の黒髪に短髪。それにピアスのない耳に、きちんと締められたネクタイ。そして、踏み潰されることのない上履き。
最初の出会いはとにかく最悪だった。
優等生の枠にガチガチにはまっていた僕は、傑の全てが最悪に見えた。
長くてチャラチャラした長髪も、たくさんつけられたピアスも、踏み潰された上履きも、だらしなく着崩された制服も……。
全てが最悪に映った。
でも、その最悪が恋に変わった瞬間は、まるで谷底に向かって背中をポンッと押されるような感覚だった。
あっという間に傑に惹かれて、今ではなくてはならない存在になっている。
湿気を含んだ初夏の風が吹く頃、僕は生徒会長と剣道部部長という肩書きの任期を終えた。
今思えばそんな肩書きに縋りついていた自分が馬鹿らしくなる。
でもそれは、肩書きなんかより、もっと大切なものがあると傑が教えてくれたからだ。
「傑」
「ん?」
僕が傑の黒髪をそっと撫でると、不思議そうに僕の顔を見つめる。
傑に真正面から見つめられた僕は、いつもドキドキしてしまう。
彼に見つめられるだけで、心の中にじんわりと温かなものが広がっていく。それはとても心地よくて、僕は幸せに満たされる。
「なんでもない」
そう言うと、「なんだよ」と笑ってから、また進路調査票にペンを走らせている。
僕と傑は同じ大学を受験することに決めた。
それと同時に、一緒に暮らそうとも……。
もちろん、僕の両親は猛反対したけれど、僕の心は揺るがなかった。
逆に傑の母親に相談したときには「大丈夫よ! これからはお母さんがもっと頑張るから!」と僕たちの背中を快く押してくれた。
本当に正反対の世界を生きてきた僕たちがこうやって出会い、反発しながらも惹かれ合った。
今なら思える。
僕たちが出会ったのは運命だったと──。
不思議だね。出会いはあんなにも最悪だったのに。
「ねぇ、傑。また茶髪にして髪を伸ばしてよ」
「え? なんだよ、急に」
「黒髪で髪の短い傑もかっこいいけど、茶髪にロン毛、ピアスがたくさんついた傑もかっこよかったから」
「ふふっ」
「な、なんだよ」
急に傑が笑ったから、僕は咄嗟に傑の髪を撫でている手を引っ込めようとする。でもその手は、傑の大きな手に捕まれてしまった。
「結局、どんな俺も好きってことでしょう?」
「……な、なに言って……」
「可愛い、律」
傑が微笑んだ後、そっと優しいキスをくれる。
触れ合った唇と唇から熱が少しずつ広がって、全身へと伝わっていく。
鼓動が速くなり、呼吸が苦しい。
僕は、こんなにも傑が好きなんだ──。
でも、天邪鬼な僕が素直に「好き」なんて言えるはずもなく、頬を膨らませて顔を背ける。
そんな僕を見て、傑が声を出して笑った。
最悪の出会いが恋に変わった瞬間。
そこには、僕と大好きな傑の笑顔で溢れていた。
【完】



