一ヶ月ほどの準備期間を終えて、ついに文化祭の日。
文化祭は二日間にわたって開催される。その後、二日目には後夜祭がある。
俺が出るイケメンを決めるステージ『Who is the best handsome?』は二日目にある。
1日目を存分に楽しんだり、頑張ったりした後でそのステージだ。
「実行委員〜!」
いろいろな人から呼び出しを食らっている。
(頼られているんだ……)
今まで一度も経験したことがない体験に心が弾む。誰かを仕切るなんて、やったことがないのだ。
俺たちの出し物であるメイドカフェは大人気だ。
たくさんの人がどんどん押し寄せてくる。廊下には入店待ちの行列がずらりとできている。
俺は執事服に着替えて、お客さんを席に連れていく。
「こちらです!メニューをどうぞ」
俺がそう言ってメニュー表を手渡しすると、キラキラの瞳で見つめられる。
俺の執事姿がかっこいいのだろうか。
実際に、今日この服を着ているだけで五人にはカッコいいといわれている。
俺は嬉しくてにやけが止まらない。
「ちょっと、やっぱかっこいいね」
そう言ってきたのは、本庄だった。俺が本庄の方を見ると、本庄はくるりと一回転した。
「メイド服、どう?」
そう聞かれて俺は、素直に思ったことを言う。
「似合ってる」
そう言うと、本庄はどこかへ去っていった。いつものグループの中だろう。
「王子!ちょっと人呼んできてくれない?」
店に来ているお客さんがだんだんと減り始めたとき、学級委員にそう言われた。せっかく頑張って企画したメイドカフェなのに人がいないのは残念だ。
「おっけー」
俺はそう言って店を出る。すると、後ろから足音がしてきた。背中から飛びかかられる。
「累!どこ行くの?」
七瀬にそう聞かれて、俺は、
「集客に行くけど…」
そう言った。すると、七瀬はにっこりと笑って、
「俺も行く」
と言った。俺たちが並んで集客をしていると、いろいろな声が周りから聞こえてくる。
「ああやって並ぶと、怜くんの方が身長高いんだね」
「私はキングより王子派〜」
「うそ〜。私キング派」
みんなの評論があちこちから飛んでくる。俺はその中を堂々と歩く羽目だ。
(なんとなく居心地わる……)
俺がそう思っているのを七瀬が察したのか、腕を引っ張って廊下の隅に連れていってくれる。
「あっ七瀬…ありが……」
俺がお礼を言おうとしたとき、七瀬の手が俺の髪の毛に触れた。文化祭のためにセットした髪の毛に。
「今日なんか違う?」
そう聞かれて俺は何回も頷く。七瀬はそれを見てくすくすと笑っている。
「その髪型、これからも見たいわ」
そう言って七瀬は俺の髪の毛から手を離して、人混みの中へ消えていった。
俺はその後ろ姿をぽかんと見つめる。
『その髪型、これからも見たいわ』
さっき言われた言葉を思い出して顔が赤くなる。
(…って、なんで赤くなってんだよおぉぉ?!)
俺は心の中で思い切りつっこむ。恋愛対象が男子だなんて、絶対にあってはいけない。そう、絶対にあってはいけない。
「はぁ……」
俺は考えるのをやめて一人で集客に移る。すると、
「あ、こんにちは…」
声をかけられた。俺は振り返る。そこにいたのは、莉奈ちゃんだった。
「莉奈ちゃん?!どうして?!」
俺が驚いていると、莉奈ちゃんは、
「前に学校教えていただいたので…」
とおずおずと言った。俺は嬉しくてたまらなかった。莉奈ちゃんにまた会えるなんて。
「あの……」
莉奈ちゃんが消え入るような声で俺を呼んだ。俺は莉奈ちゃんを見つめる。
「何?」
俺が聞くと、莉奈ちゃんは決心した顔をしてこう言った。
「今日、一緒に回れませんか…?」
そう聞かれて俺はいいよと言う。幸い、今日は誰からも誘われていなかったからだ。俺がいいよと言ったのが嬉しかったのか、莉奈ちゃんの顔は先ほどよりも明るくなった。
「ありがとう!」
莉奈ちゃんはそう言って俺の手を引っ張った。俺は慌ててそれについていく。
「一条さんのクラスの出し物はなんですか?」
そう聞かれて俺は、
「メイドカフェだよ。だから俺は執事服」
と答える。すると、莉奈ちゃんは顔を輝かせた。
「執事服も似合ってます!」
と言ってくれた。俺は、
「ありがとう」
と言って、自分のクラスまで莉奈ちゃんを案内した。
「王子ーっ!おぉ?!」
クラスに戻るとみんながわらわらと群がってくる。俺にとって、それは少し鬱陶しかった。
莉奈ちゃんは驚いている。俺がとんと肩を叩くとすぐに笑顔になった。
「お客さんだから、入れてあげて」
俺がそういうと、みんなは自分の持ち場へ離れていった。
莉奈ちゃんをテーブルへ案内して、注文内容を聞く。
「パンケーキを一個お願いします。あの、さっきはありがとうございました」
俺はお礼を言われて照れる。でも、すぐに仕事に戻る。カウンターにパンケーキをとりに行くと、ほかほかの物が置いてあった。
「莉奈ちゃん、できたよ〜」
俺がすたすたと歩いて渡すと、莉奈ちゃんはニコッと笑って、
「ありがとう!」
と言った。俺は頬をぽりぽりとかく。すると、扉が勢いよくバンッと開いて、七瀬が飛び込んできた。
「おい!累…」
七瀬が大きな声で俺を呼んだ。すると、俺も莉奈ちゃんもビクッと驚く。すると、七瀬が俺の肩をガシッと掴んできた。
「お前…何してっ……」
七瀬がそう言うもんだから俺は首を傾げる。すると、七瀬は莉奈ちゃんの方を見た。莉奈ちゃんは怯えていた。
「お前…、後で校舎の裏に来い」
七瀬がそう言うと、莉奈ちゃんは、
「え…」
驚きで動けないようだった。俺は莉奈ちゃんの前に立つ。
「そんなこと言うなよ!莉奈ちゃんが怖がってるだろ!!」
俺がそう言うと、七瀬は莉奈ちゃんを冷たい目で見下ろして、こう言った。
「後で校舎裏に来なかったら、殺す」
そう言って立ち去っていった。七瀬がそこまで鋭い言葉を使うのはなかなかないので、俺は莉奈ちゃんを疑う。
(いや…七瀬が悪いかもしれない…)
俺はそこで考えるのをやめてしまった。
莉奈ちゃんはパンケーキを食べて、無言で教室を出ていった。俺は莉奈ちゃんが校舎裏に行くのだろうと思い、ひっそりとついていく。
校舎裏に着くと、七瀬が立っていた。莉奈ちゃんもいた。深刻そうな表情だ。
すると、七瀬が莉奈ちゃんに近づいた。俺はできれば今すぐ助けたかった。しかし、七瀬の表情を見て、うまく動けなかったのだ。
(……)
心の中が空っぽだ。今この状況を見ても、なんとも思わない。
「…お前さ、累のこと嗅ぎ回るのやめろ」
七瀬がそう言った。莉奈ちゃんの表情は上手く見えない。
「学校知ってる時点でおかしかったんだよなー。累と出かけたとき、ついて来ている人影があって見てみたらお前だったんだよなぁ〜」
七瀬は莉奈ちゃんを睨みつけながらそう言った。それよりも俺は七瀬が言った事実に驚愕する。
(全部…莉奈ちゃんは俺を見ていた…)
そう考えると怖くて体が震え出した。いや、でもまだ莉奈ちゃんは認めていない。
七瀬が、「あのさ…」と口を開いた瞬間、
「そうだけど、だから何?」
莉奈ちゃんの口から出たのは、予想以上に低い声だった。地を這いずるような低い声。俺はその声に驚く。
(いつもの莉奈ちゃんじゃない!いや、あれは作られたものだったのか……)
俺は絶望する。今まで自分が気にかけていた莉奈ちゃんはこういう子だったのか。
「だからもう、累のこと嗅ぎ回るな。ほぼストーカー」
七瀬がそう言うと、莉奈ちゃんは七瀬のことをまっすぐ睨みつけた。
「だって、累くんのことが好きなんだもん」
莉奈ちゃんはそう言った。今まで「一条さん」だったのが、「累くん」になっている。
「だからって…」
七瀬がそう言ったとき、俺は迷わず飛び出していた。七瀬の前に立つ。
「い、一条さん…?」
いつもの莉奈ちゃんの声だ。さっきの低い声とは違う。
「莉奈ちゃん…俺のこと嗅ぎ回ってたの……?」
俺は心の中にあった疑問を莉奈ちゃんのぶつける。すると、莉奈ちゃんは明らかに動揺した。
七瀬が、「累…」と呼んできたが、無視する。今俺が聞きたいのは、莉奈ちゃんの答えだ。
「そう…だね……」
30秒ほど経って、莉奈ちゃんがそう答えた。悲しいような、諦めたようなそんな表情だった。
「…ごめん」
俺がそう言うと、莉奈ちゃんはパッと顔を上げる。
「もう莉奈ちゃんとは会えない。…さよなら」
俺がそう言うと、莉奈ちゃんはその場に崩れ落ちた。涙を流し始めた。地面にポタポタと水滴が落ちている。
「行こう、累」
七瀬に肩を叩かれて、俺はその場を去る。もう、莉奈ちゃんと会うことはないだろう。
「…ありがとな」
俺は七瀬にお礼を伝える。すると、七瀬はニッと笑って、
「全然いいよ」
と言った。気分が少しスッとした。心が軽い。俺たちは、1日目の残りの仕事を頑張るべく、教室に戻った。
二日目。
ついにステージの日がやってきた。俺は朝から緊張している。この一ヶ月間、ダンスも髪型も全部全力でやってきたのだ。最高のステージにするために。
そして、一番のイケメンの座を手に入れるために。しかし、七瀬も同様に頑張っていた。ここで負けてはいられない。
(頑張るぞ…!)
俺は気合いを入れる。いつもの通学路もキラキラと輝いて見える。
「やっほー!累ー!」
後ろからアタックされる。俺が振り返ると、七瀬がいた。
「髪型、かっこいい」
そう言われて、俺の心臓がどきっと跳ねる。
(なんでこいつにっ……)
俺はそっぽを向いて、気持ちがしられないように努力する。七瀬はきょとんとしている。
「そ、それより、今日はステージだよな…」
俺が話題を変えると、七瀬は笑顔を見せて、
「ステージでは負けないから!俺、ダンスも頑張ったし!」
と言った。しかし、ダンスを頑張ったのは俺もだ。
「俺もダンス頑張ったし」
そう言うと、七瀬がにこにこと笑っている。俺はとりあえず早く学校に行きたかった。
「とりあえず、早く行かね?」
俺がそう聞くと、七瀬は頷く。俺たちは歩くペースを少し上げて学校に向かった。
学校に着くと、すでに準備が始まっていた。俺たちと同じステージに出る人たちは、ダンスの練習を体育館でできるらしい。
教室に入ると、みんなが群がってきた。
「王子とキングは練習に行ってきなよ!」
「こっちはほとんどできてるから!」
と言ってくれた。俺たちは体育館に向かう。すると、すでに練習している人がいた。三年生の先輩だ。
「おつかれっす!」
俺がそう言って入ると、先輩は俺を睨みつけてきた。
「いいよなぁ、顔がいいやつは。俺は彼女が見にくるって焦ってんのになぁ……」
そう言った先輩の言葉が心に刺さる。
(やっぱ俺…顔いいんだ…)
俺はその事実を改めて受け入れる。しかし、以前のような歓喜は一切なかった。俺は無意識に七瀬を見る。
(こいつが笑ってくれるなら……)
俺は考えたことを取り消す。これじゃあ、俺の方が七瀬のことを好きと言っているようなもんだ。
「ん?なんかついてる?」
七瀬が俺の視線に気づいてそんなことを聞いてきた。俺は慌てて、
「いやなんでも…。練習しようぜ」
俺がそう言うと、七瀬は力強く頷いた。俺たちは体育館の隅に行く。そして、課題曲をイヤホンで流して、練習に入る。
「ここ、もっと高く」
七瀬がアドバイスをしてくれるので、俺のダンスは最初の頃からだいぶマシになったと思う。
ダンスの練習を始めて、20分後、今頃、みんなはおみせを開く準備をしているのだろう。すると、体育館に本庄が駆け込んできた。
「っ実行委員!大変なの!」
本庄がそう叫ぶもんだから、俺は、いや俺たちは焦る。本庄の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「どうした?」
俺が落ち着くよう促し、七瀬がそう聞いた。すると、本庄は涙声混じりで話を始めた。
「突然女の子がやってきて…その子はずっと"一条さん"って言ってた…。それで、クラスの中の装飾を破壊していって…。でも開店時間までもう十分しかないの!」
俺たちはそれを聞いて驚愕した。おそらく、女の子の正体は、莉奈ちゃん。俺に恨みがあってきたのか、装飾を破壊していったらしい。
「いいよ。今すぐ戻る」
俺と七瀬の声が重なった。俺たちは立ち上がって、教室に戻る。すると、本庄はハッとしたような表情を浮かべた。
「で、でもステージは…」
確かにステージまであと15分だ。しかし、クラスの出し物の方が大事だ。
「大丈夫!とりあえず行こう!」
俺は本庄にそう言う。すると、本庄もこちらに走り出した。
教室に着くと、装飾はだいぶ派手に壊されていた。
黒板に描いた絵は消されて、作った風船もほとんど壊されていた。
「実行委員〜!!」
みんなが目元を光らせながら近づいてきた。俺は、みんなを見つめる。
「このくらいだったら、十分で直せる。いや、直すしかない。頑張ろう!」
俺がそういうと、七瀬が横からずいっと出てきた。
「頑張ろ!」
七瀬もそう言った。すると、みんなも口々に「頑張ろう」と言い始め、各自準備に取り掛かる。俺たちも混ざる。すると、放送が流れた。
『Who is the best handsome?に出場する方は外のステージにお集まりください。繰り返します……』
そんな放送が流れた。俺は内心、焦る。今までの努力が無駄になるか、ならないか。それは準備の速さによって決まる。
今までの努力はクラスの出し物も同じだ。無駄のできない。
「王子、キング!もういいよ…」
本庄がそう言ってきた。しかし、俺は諦めるつもりはない。あと少しで完成体になるのだ。
「もう少し…」
俺がそうつぶやくと、七瀬も
「あと少しだけ手伝わせて?」
そう言ってくれた。すると、みんなは俺たち二人を心配するのをやめ、準備に集中しだす。
ステージまで残り5分。そのときにようやく準備が終わった。すると、みんなは俺たちの手を握って、
「ありがとう!」
「助かった!」
と口々に言ってくれた。しかし、俺たちはステージがある。
(みんな忘れてるのか…?)
俺が怪しく思っていたそのとき、学級委員が前に出てきた。
「ステージ、頑張って!急いで行ってね!」
と言ってくれたのだ。すると、みんなは道を開けてくれた。そして、頑張ってや応援してるなどのメッセージをくれた。
俺はそれを胸にステージに走り出す…がしかし、そのときにはもう始まっていた。
『あれー?この学校代表の王子とキングは〜?』
司会者の人がそう言った瞬間、俺と七瀬はステージによじ登る。そしてマイクをひったくる。
『一条累!通称王子!準備で遅れた!』
すると、七瀬も俺のマイクを受け取って、
『七瀬怜。通称キング。一条と同じ理由で遅れた』
そう言った瞬間、観客からはきゃーという声が聞こえてきた。すると、音楽が流れ始める。俺たちはすぐにダンスをする。
最高のステージだった。
『ありがとう!』
俺と七瀬が同時にそう言った。すると、観客の人たちは俺たちに手を振ってくれた。
最高のステージ、最高の文化祭だった。
後日、投票した結果が校内に張り出されていた。結果は俺と七瀬が同率一位。結局どっちがイケメンか決まらなかった。
「同じかぁ…」
七瀬からはほっとしたような悔しいような声が聞こえてきた。
「次は負けないから!」
俺がそう言って、七瀬に拳を突き出す。すると、七瀬も拳を突き出してきた。
コツンといい音がした。
文化祭は二日間にわたって開催される。その後、二日目には後夜祭がある。
俺が出るイケメンを決めるステージ『Who is the best handsome?』は二日目にある。
1日目を存分に楽しんだり、頑張ったりした後でそのステージだ。
「実行委員〜!」
いろいろな人から呼び出しを食らっている。
(頼られているんだ……)
今まで一度も経験したことがない体験に心が弾む。誰かを仕切るなんて、やったことがないのだ。
俺たちの出し物であるメイドカフェは大人気だ。
たくさんの人がどんどん押し寄せてくる。廊下には入店待ちの行列がずらりとできている。
俺は執事服に着替えて、お客さんを席に連れていく。
「こちらです!メニューをどうぞ」
俺がそう言ってメニュー表を手渡しすると、キラキラの瞳で見つめられる。
俺の執事姿がかっこいいのだろうか。
実際に、今日この服を着ているだけで五人にはカッコいいといわれている。
俺は嬉しくてにやけが止まらない。
「ちょっと、やっぱかっこいいね」
そう言ってきたのは、本庄だった。俺が本庄の方を見ると、本庄はくるりと一回転した。
「メイド服、どう?」
そう聞かれて俺は、素直に思ったことを言う。
「似合ってる」
そう言うと、本庄はどこかへ去っていった。いつものグループの中だろう。
「王子!ちょっと人呼んできてくれない?」
店に来ているお客さんがだんだんと減り始めたとき、学級委員にそう言われた。せっかく頑張って企画したメイドカフェなのに人がいないのは残念だ。
「おっけー」
俺はそう言って店を出る。すると、後ろから足音がしてきた。背中から飛びかかられる。
「累!どこ行くの?」
七瀬にそう聞かれて、俺は、
「集客に行くけど…」
そう言った。すると、七瀬はにっこりと笑って、
「俺も行く」
と言った。俺たちが並んで集客をしていると、いろいろな声が周りから聞こえてくる。
「ああやって並ぶと、怜くんの方が身長高いんだね」
「私はキングより王子派〜」
「うそ〜。私キング派」
みんなの評論があちこちから飛んでくる。俺はその中を堂々と歩く羽目だ。
(なんとなく居心地わる……)
俺がそう思っているのを七瀬が察したのか、腕を引っ張って廊下の隅に連れていってくれる。
「あっ七瀬…ありが……」
俺がお礼を言おうとしたとき、七瀬の手が俺の髪の毛に触れた。文化祭のためにセットした髪の毛に。
「今日なんか違う?」
そう聞かれて俺は何回も頷く。七瀬はそれを見てくすくすと笑っている。
「その髪型、これからも見たいわ」
そう言って七瀬は俺の髪の毛から手を離して、人混みの中へ消えていった。
俺はその後ろ姿をぽかんと見つめる。
『その髪型、これからも見たいわ』
さっき言われた言葉を思い出して顔が赤くなる。
(…って、なんで赤くなってんだよおぉぉ?!)
俺は心の中で思い切りつっこむ。恋愛対象が男子だなんて、絶対にあってはいけない。そう、絶対にあってはいけない。
「はぁ……」
俺は考えるのをやめて一人で集客に移る。すると、
「あ、こんにちは…」
声をかけられた。俺は振り返る。そこにいたのは、莉奈ちゃんだった。
「莉奈ちゃん?!どうして?!」
俺が驚いていると、莉奈ちゃんは、
「前に学校教えていただいたので…」
とおずおずと言った。俺は嬉しくてたまらなかった。莉奈ちゃんにまた会えるなんて。
「あの……」
莉奈ちゃんが消え入るような声で俺を呼んだ。俺は莉奈ちゃんを見つめる。
「何?」
俺が聞くと、莉奈ちゃんは決心した顔をしてこう言った。
「今日、一緒に回れませんか…?」
そう聞かれて俺はいいよと言う。幸い、今日は誰からも誘われていなかったからだ。俺がいいよと言ったのが嬉しかったのか、莉奈ちゃんの顔は先ほどよりも明るくなった。
「ありがとう!」
莉奈ちゃんはそう言って俺の手を引っ張った。俺は慌ててそれについていく。
「一条さんのクラスの出し物はなんですか?」
そう聞かれて俺は、
「メイドカフェだよ。だから俺は執事服」
と答える。すると、莉奈ちゃんは顔を輝かせた。
「執事服も似合ってます!」
と言ってくれた。俺は、
「ありがとう」
と言って、自分のクラスまで莉奈ちゃんを案内した。
「王子ーっ!おぉ?!」
クラスに戻るとみんながわらわらと群がってくる。俺にとって、それは少し鬱陶しかった。
莉奈ちゃんは驚いている。俺がとんと肩を叩くとすぐに笑顔になった。
「お客さんだから、入れてあげて」
俺がそういうと、みんなは自分の持ち場へ離れていった。
莉奈ちゃんをテーブルへ案内して、注文内容を聞く。
「パンケーキを一個お願いします。あの、さっきはありがとうございました」
俺はお礼を言われて照れる。でも、すぐに仕事に戻る。カウンターにパンケーキをとりに行くと、ほかほかの物が置いてあった。
「莉奈ちゃん、できたよ〜」
俺がすたすたと歩いて渡すと、莉奈ちゃんはニコッと笑って、
「ありがとう!」
と言った。俺は頬をぽりぽりとかく。すると、扉が勢いよくバンッと開いて、七瀬が飛び込んできた。
「おい!累…」
七瀬が大きな声で俺を呼んだ。すると、俺も莉奈ちゃんもビクッと驚く。すると、七瀬が俺の肩をガシッと掴んできた。
「お前…何してっ……」
七瀬がそう言うもんだから俺は首を傾げる。すると、七瀬は莉奈ちゃんの方を見た。莉奈ちゃんは怯えていた。
「お前…、後で校舎の裏に来い」
七瀬がそう言うと、莉奈ちゃんは、
「え…」
驚きで動けないようだった。俺は莉奈ちゃんの前に立つ。
「そんなこと言うなよ!莉奈ちゃんが怖がってるだろ!!」
俺がそう言うと、七瀬は莉奈ちゃんを冷たい目で見下ろして、こう言った。
「後で校舎裏に来なかったら、殺す」
そう言って立ち去っていった。七瀬がそこまで鋭い言葉を使うのはなかなかないので、俺は莉奈ちゃんを疑う。
(いや…七瀬が悪いかもしれない…)
俺はそこで考えるのをやめてしまった。
莉奈ちゃんはパンケーキを食べて、無言で教室を出ていった。俺は莉奈ちゃんが校舎裏に行くのだろうと思い、ひっそりとついていく。
校舎裏に着くと、七瀬が立っていた。莉奈ちゃんもいた。深刻そうな表情だ。
すると、七瀬が莉奈ちゃんに近づいた。俺はできれば今すぐ助けたかった。しかし、七瀬の表情を見て、うまく動けなかったのだ。
(……)
心の中が空っぽだ。今この状況を見ても、なんとも思わない。
「…お前さ、累のこと嗅ぎ回るのやめろ」
七瀬がそう言った。莉奈ちゃんの表情は上手く見えない。
「学校知ってる時点でおかしかったんだよなー。累と出かけたとき、ついて来ている人影があって見てみたらお前だったんだよなぁ〜」
七瀬は莉奈ちゃんを睨みつけながらそう言った。それよりも俺は七瀬が言った事実に驚愕する。
(全部…莉奈ちゃんは俺を見ていた…)
そう考えると怖くて体が震え出した。いや、でもまだ莉奈ちゃんは認めていない。
七瀬が、「あのさ…」と口を開いた瞬間、
「そうだけど、だから何?」
莉奈ちゃんの口から出たのは、予想以上に低い声だった。地を這いずるような低い声。俺はその声に驚く。
(いつもの莉奈ちゃんじゃない!いや、あれは作られたものだったのか……)
俺は絶望する。今まで自分が気にかけていた莉奈ちゃんはこういう子だったのか。
「だからもう、累のこと嗅ぎ回るな。ほぼストーカー」
七瀬がそう言うと、莉奈ちゃんは七瀬のことをまっすぐ睨みつけた。
「だって、累くんのことが好きなんだもん」
莉奈ちゃんはそう言った。今まで「一条さん」だったのが、「累くん」になっている。
「だからって…」
七瀬がそう言ったとき、俺は迷わず飛び出していた。七瀬の前に立つ。
「い、一条さん…?」
いつもの莉奈ちゃんの声だ。さっきの低い声とは違う。
「莉奈ちゃん…俺のこと嗅ぎ回ってたの……?」
俺は心の中にあった疑問を莉奈ちゃんのぶつける。すると、莉奈ちゃんは明らかに動揺した。
七瀬が、「累…」と呼んできたが、無視する。今俺が聞きたいのは、莉奈ちゃんの答えだ。
「そう…だね……」
30秒ほど経って、莉奈ちゃんがそう答えた。悲しいような、諦めたようなそんな表情だった。
「…ごめん」
俺がそう言うと、莉奈ちゃんはパッと顔を上げる。
「もう莉奈ちゃんとは会えない。…さよなら」
俺がそう言うと、莉奈ちゃんはその場に崩れ落ちた。涙を流し始めた。地面にポタポタと水滴が落ちている。
「行こう、累」
七瀬に肩を叩かれて、俺はその場を去る。もう、莉奈ちゃんと会うことはないだろう。
「…ありがとな」
俺は七瀬にお礼を伝える。すると、七瀬はニッと笑って、
「全然いいよ」
と言った。気分が少しスッとした。心が軽い。俺たちは、1日目の残りの仕事を頑張るべく、教室に戻った。
二日目。
ついにステージの日がやってきた。俺は朝から緊張している。この一ヶ月間、ダンスも髪型も全部全力でやってきたのだ。最高のステージにするために。
そして、一番のイケメンの座を手に入れるために。しかし、七瀬も同様に頑張っていた。ここで負けてはいられない。
(頑張るぞ…!)
俺は気合いを入れる。いつもの通学路もキラキラと輝いて見える。
「やっほー!累ー!」
後ろからアタックされる。俺が振り返ると、七瀬がいた。
「髪型、かっこいい」
そう言われて、俺の心臓がどきっと跳ねる。
(なんでこいつにっ……)
俺はそっぽを向いて、気持ちがしられないように努力する。七瀬はきょとんとしている。
「そ、それより、今日はステージだよな…」
俺が話題を変えると、七瀬は笑顔を見せて、
「ステージでは負けないから!俺、ダンスも頑張ったし!」
と言った。しかし、ダンスを頑張ったのは俺もだ。
「俺もダンス頑張ったし」
そう言うと、七瀬がにこにこと笑っている。俺はとりあえず早く学校に行きたかった。
「とりあえず、早く行かね?」
俺がそう聞くと、七瀬は頷く。俺たちは歩くペースを少し上げて学校に向かった。
学校に着くと、すでに準備が始まっていた。俺たちと同じステージに出る人たちは、ダンスの練習を体育館でできるらしい。
教室に入ると、みんなが群がってきた。
「王子とキングは練習に行ってきなよ!」
「こっちはほとんどできてるから!」
と言ってくれた。俺たちは体育館に向かう。すると、すでに練習している人がいた。三年生の先輩だ。
「おつかれっす!」
俺がそう言って入ると、先輩は俺を睨みつけてきた。
「いいよなぁ、顔がいいやつは。俺は彼女が見にくるって焦ってんのになぁ……」
そう言った先輩の言葉が心に刺さる。
(やっぱ俺…顔いいんだ…)
俺はその事実を改めて受け入れる。しかし、以前のような歓喜は一切なかった。俺は無意識に七瀬を見る。
(こいつが笑ってくれるなら……)
俺は考えたことを取り消す。これじゃあ、俺の方が七瀬のことを好きと言っているようなもんだ。
「ん?なんかついてる?」
七瀬が俺の視線に気づいてそんなことを聞いてきた。俺は慌てて、
「いやなんでも…。練習しようぜ」
俺がそう言うと、七瀬は力強く頷いた。俺たちは体育館の隅に行く。そして、課題曲をイヤホンで流して、練習に入る。
「ここ、もっと高く」
七瀬がアドバイスをしてくれるので、俺のダンスは最初の頃からだいぶマシになったと思う。
ダンスの練習を始めて、20分後、今頃、みんなはおみせを開く準備をしているのだろう。すると、体育館に本庄が駆け込んできた。
「っ実行委員!大変なの!」
本庄がそう叫ぶもんだから、俺は、いや俺たちは焦る。本庄の額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「どうした?」
俺が落ち着くよう促し、七瀬がそう聞いた。すると、本庄は涙声混じりで話を始めた。
「突然女の子がやってきて…その子はずっと"一条さん"って言ってた…。それで、クラスの中の装飾を破壊していって…。でも開店時間までもう十分しかないの!」
俺たちはそれを聞いて驚愕した。おそらく、女の子の正体は、莉奈ちゃん。俺に恨みがあってきたのか、装飾を破壊していったらしい。
「いいよ。今すぐ戻る」
俺と七瀬の声が重なった。俺たちは立ち上がって、教室に戻る。すると、本庄はハッとしたような表情を浮かべた。
「で、でもステージは…」
確かにステージまであと15分だ。しかし、クラスの出し物の方が大事だ。
「大丈夫!とりあえず行こう!」
俺は本庄にそう言う。すると、本庄もこちらに走り出した。
教室に着くと、装飾はだいぶ派手に壊されていた。
黒板に描いた絵は消されて、作った風船もほとんど壊されていた。
「実行委員〜!!」
みんなが目元を光らせながら近づいてきた。俺は、みんなを見つめる。
「このくらいだったら、十分で直せる。いや、直すしかない。頑張ろう!」
俺がそういうと、七瀬が横からずいっと出てきた。
「頑張ろ!」
七瀬もそう言った。すると、みんなも口々に「頑張ろう」と言い始め、各自準備に取り掛かる。俺たちも混ざる。すると、放送が流れた。
『Who is the best handsome?に出場する方は外のステージにお集まりください。繰り返します……』
そんな放送が流れた。俺は内心、焦る。今までの努力が無駄になるか、ならないか。それは準備の速さによって決まる。
今までの努力はクラスの出し物も同じだ。無駄のできない。
「王子、キング!もういいよ…」
本庄がそう言ってきた。しかし、俺は諦めるつもりはない。あと少しで完成体になるのだ。
「もう少し…」
俺がそうつぶやくと、七瀬も
「あと少しだけ手伝わせて?」
そう言ってくれた。すると、みんなは俺たち二人を心配するのをやめ、準備に集中しだす。
ステージまで残り5分。そのときにようやく準備が終わった。すると、みんなは俺たちの手を握って、
「ありがとう!」
「助かった!」
と口々に言ってくれた。しかし、俺たちはステージがある。
(みんな忘れてるのか…?)
俺が怪しく思っていたそのとき、学級委員が前に出てきた。
「ステージ、頑張って!急いで行ってね!」
と言ってくれたのだ。すると、みんなは道を開けてくれた。そして、頑張ってや応援してるなどのメッセージをくれた。
俺はそれを胸にステージに走り出す…がしかし、そのときにはもう始まっていた。
『あれー?この学校代表の王子とキングは〜?』
司会者の人がそう言った瞬間、俺と七瀬はステージによじ登る。そしてマイクをひったくる。
『一条累!通称王子!準備で遅れた!』
すると、七瀬も俺のマイクを受け取って、
『七瀬怜。通称キング。一条と同じ理由で遅れた』
そう言った瞬間、観客からはきゃーという声が聞こえてきた。すると、音楽が流れ始める。俺たちはすぐにダンスをする。
最高のステージだった。
『ありがとう!』
俺と七瀬が同時にそう言った。すると、観客の人たちは俺たちに手を振ってくれた。
最高のステージ、最高の文化祭だった。
後日、投票した結果が校内に張り出されていた。結果は俺と七瀬が同率一位。結局どっちがイケメンか決まらなかった。
「同じかぁ…」
七瀬からはほっとしたような悔しいような声が聞こえてきた。
「次は負けないから!」
俺がそう言って、七瀬に拳を突き出す。すると、七瀬も拳を突き出してきた。
コツンといい音がした。



