壊れかけの最強軍人は、無能令嬢に執愛を捧ぐ

「どうして、あの人たちの嘘に気づいたんですか?」
 夜。縁側に座っていた鏡華は、隣の綾人に問い掛けた。
 紗霧家での騒動の後、鏡華と綾人は特別治安部隊の詰所で怪我の治療と事情説明を行った。その後家に戻ってきて二人で夕飯を作って食べ、ようやく今、こうして日常が戻ってきたのだ。
 満月を見ていた綾人は、鏡華の方に視線を落として目を瞬かせる。
「夕飯の材料、買ったでしょ」
「……それだけで?」
「十分だと思うけど。なにせ君は自暴自棄に過ごしていた僕にご飯を作って、まともな生活に引き戻したくらいのお人好しだもの。そんな君が、ただ四ツ辻の血が怖いってだけで、夕飯を作る約束をしたままいなくなるはずない」
 そうして紗霧の言葉を疑った綾人は、同じく急な申し出を不信に思っていた浅川と共に、紗霧の家を改めて調べたのだという。鏡華への扱い、母親の血筋、さらに紗霧の屋敷付近で取り逃がした狂人化の標的の痕跡が消えたことも判明し、二人は彼らがなにかを企んでいる可能性が高いと判断した。そして真相を探り鏡華を取り戻すために、綾人は部下を率いて家に乗り込んで来たのだという。
 まさか夕飯の話だけで、そこまで動いてしまうなんて。まっすぐな綾人の行動に、鏡華は思わず笑ってしまった。
「僕、変なこと言った?」
「いえ……随分と信頼してくださっていたのだと」
「当たり前じゃない。君は僕の婚約者で、愛する人なんだし」
「えっ」
 突然の告白に、鏡華は声を上げてしまった。
「ふふ、やっぱり気づいてなかったんだ」
「だ、大事にしてくださっている……とは感じていましたが」
 頬が熱を持つのを感じる。赤らむ顔を隠そうと横を向くも、綾人の手によって阻まれた。
「大事なんてものじゃないよ」
 綾人は鏡華を見つめて、にぃと笑う。以前は深淵のように昏かったその瞳に、今は満月の光が映されていた。
「君は僕の生きる理由そのものだ。君のお陰で生きたいと思ってしまったから、食事を取って、怪我も治して、異能力を控えて刀を携えるようにした。希望を持つのは怖かったけど、嬉しくて、幸せで……そのうちに、それを与えてくれた鏡華を愛してるって気づいたんだよ」
 重く、仄暗い愛の囁き。けれど嫌とは感じなかった。高鳴る胸と上気する頬も、それが偽りの感情ではないと物語っている。
「これから君は、医療班にもっと協力を頼まれる。軍人としてはお願いしたいと思ってるけど……僕個人としては、あんまり嬉しくない。本当はずっとこの腕の中に閉じ込めて、君の全部を独り占めしたいんだ。僕が生きている限り、鏡華には僕のでいて欲しい」
 そう言って綾人は、鏡華の体を抱き寄せる。自分のものではない体温に包まれて、鏡華の心臓が一段と跳ねた。
「……ねぇ、鏡華は僕をどう思ってる?」
 耳元で綾人が問い掛けてくる。ゆっくりと、僅かに声を震わせながら。
 鏡華は綾人の胸に手を当てる。温かな体の奥には、確かな鼓動があった。
 ――この人が、人間として生きている。それが、こんなにも嬉しい。
 失いたくないと思っていた。そして、共に生きる未来を選びたいとも。抱きしめられると心臓が震え、愛を囁かれて喜びが生まれる。そこから考えられる答えは、ひとつだけだ。
「……私も、綾人さんを愛していますよ」
 鏡華は綾人の胸に身を委ねながら囁いた。
「みなさんの役に立ちたいので、医療班には引き続き協力すると思います。でも、私が誰より側にいるのはあなたですから」
 鏡華は顔をあげ、綾人の頬に手を添える。
「それに、こんなに放っておけない人は他にいませんし」
「ふふ、嬉しい」
 彼は軽く微笑むと、鏡華の肩に顔を埋めた。
「……ね、少しだけ血、もらっていい?」
「はい。あなたなら、喜んで」
 頷いてみせると、綾人は満足そうに微笑みながら、鏡華の肩へゆっくり歯を立てた。


 数年後、異能特別治安部隊より「狂人病」を抑える薬ができたと発表される。不治と言われていた病の特効薬の登場に、異能者の間で歓喜の渦が巻き起こった。
 だが薬の発表の裏にいた、無能と呼ばれた特別な少女と、狂気から浮かび上がった軍人の存在は、最後まで明かされることはなかったという。