会長の恋人役になった日の翌日。
朝、学校の最寄り駅の改札から出るとある人の姿を探す。
幸い、その人物は目立つのですぐに見つかった。
「会長」
「あ、悠。おはよ」
俺が呼ぶと、会長はふわりと笑った。
この人が俺の仮の恋人である、会長の真宮涼介先輩だ。
サラサラの黒髪と整った顔は、今日も相変わらず完璧で、周りの視線が集まるのを感じる。
たしかに、ここまでモテモテなら毎朝大変だろうな。
そんなことを考えながらぼうっとしていると、会長が俺の顔を覗き込んできた。
「悠、昨日決めたでしょ。俺のことは、下の名前で呼ぶって」
「あ、そうでした。涼介先輩」
「はは。なんか違和感あるね」
会長そう言って困り眉で笑う。
昨日の緊急会議の後、いくつかルールを決めたのだ。
登下校は一緒にすること。
昼休みはなるべく一緒に過ごすこと。
名前で呼び合うこと。
付き合っているのか聞かれたら、「付き合っている」と答えること。
その他にも、細かい設定は議長の中井と副会長の佐伯先輩がノリノリで考えてくれた。ほんと、調子のいい2人組だ。
「じゃあ、行こうか」
会長が、ごく自然に右手を差し出してきた。
「えっ?」と固まる俺に、彼は当然と言わんばかりの表情で首を傾げる。
「恋人だったら、手くらい繋ぐでしょ」
「あぁ……たしかに」
納得した俺は、会長の手に手を重ねる。
俺は観念して、差し出された大きな手に自分の手を重ねた。そのまま軽く握るのかと思いきや、会長は俺の指の隙間に自分の指を深く滑り込ませた。
「こうした方がそれっぽく見える」
「そんなもんなんですか」
生憎、恋愛経験がないのであまりわからない。
昨日その話を会長にしたところ、「俺がリードするから。悠は俺の言う通りにやってくれたらいいよ」と言われたので大人しく従うことにした。
駅から学校までは徒歩10分。早めの時間帯とはいえ、周囲には同じ制服を着た生徒たちがちらほら歩いている。
なんか、すごい見られてるな……
背中に汗が伝うのを感じる。
俺と会長の偽恋人の関係は誰にもバレてはいけない。
生徒会の仕事のためにも、ボロを出すわけにはいかないのだ。
「悠、緊張してる?」
「え……あぁ、まあ」
俺の強張りに気づいたのか、会長が俺の顔を覗き込む。
ぎこちなく頷くと、会長は俺の耳に顔を近づけた。
「俺が全部やってあげるから、大丈夫だよ」
そう言ってニコッと笑う仕草が、あまりに絵になりすぎていて眩しい。
いちいち言動がイケメンで、俺じゃなかったら間違いなく惚れているだろうと思うほどだ。
顔に熱が集まるのを感じているうちに、学校が見えてくる。
さすがに校内で手を繋ぐのは風紀的にも良くないと、俺たちは手を離す。
離した手を見て、会長が微かに笑った。
「なんか、ずっと繋いでたから名残惜しいね」
「また帰りも繋ぐでしょ。てか、これからは当分」
会長の任期が終わるまで、数ヶ月ある。
その間は、おそらく今日みたいに登校することが多いだろう。
当然のように言うと、会長はなぜか虚を突かれた顔をした。
「……そっか。そうだね」
会長は手を見ながら噛み締めるように笑う。
「俺がリードする」という言葉の割に、時折見せるこの反応は何なのだろう。少しだけ「可愛い」と感じてしまった自分を、俺は慌てて心の中で打ち消した。
ーーーー
昇降口で上履きに履き替えていると、先に済ませていた先輩がわざわざ俺の元へ戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「教室まで送ろうと思って」
「なるほど」
やっぱり、会長をしているだけあってこういうところは抜け目ない。与えられた仕事はキチンとこなす、理想的な生徒会長の姿だ。もっとも、これが生徒会の仕事なのかは定かではないが。
二人で廊下を歩いていると、すれ違う生徒たちが一様に目を見開いて固まっていく。
「悠は何組だっけ?」
「2年2組です。中井は2年3組」
「中井とは別々のクラスなんだ。同じクラスのイメージが強いからちょっと意外」
「去年は同じクラスだったし、今も生徒会で一緒にいるから、そう思うのもわかります」
俺と中井は中学からの腐れ縁で、1年の時も同じクラスだった。たしかに、別々になることはあまりないので会長の言うこともわかる。
そんな他愛のない話をしていると、2年2組、俺の教室に着いた。
「じゃあ、また昼に。連絡すると思う」
「わかりました。涼介先輩も頑張ってください」
そう伝えると、会長は「うん」と微笑んで俺の頭をポンと撫でた。
撫でられた感触を頭の片隅に残しながら、自分の教室に向かう会長を見送り、教室の中へ入ると。
「…………」
一瞬の沈黙の後。
「はぁぁっ!?」
「今のなに!?」
「成瀬くん会長とどういう関係なの!?」
怒涛の如く女子たちが押し寄せてきた。予想を遥かに超える食いつきっぷりに、俺は思わず後ずさる。
肩を掴まれ激しく揺さぶられ、慌ててその腕を制した。
「ま、待てって」
「じゃあ会長とどういう関係が教えて!!」
「えっと……」
言ってもいいんだよな……?
ていうか言わないと、恋人役になった意味がないか。
そう結論づけ、意を決して口を開く。
「会長……涼介先輩とは、付き合ってる」
その後はお察しの通り。
まるで海外の祭りのような大騒ぎになった。
つくづく、会長の影響力は凄まじいと思う。
「会長狙ってたのに……」
「まさか相手が男だったとは……」
「終わった……私の青春」
明らかに落胆している女子を横目に、少し申し訳なさを感じながらも平静を装って席に着く。
カバンから筆箱や教科書を取り出していると、肩をトントンと叩かれた。
「はよ。成瀬」
「山名、おはよ」
友達の山名浩平だ。
山名は俺の隣を通り過ぎると、前の席に座る。体を半分こちらに向けると、背もたれに肘を置いて俺の顔を見据えた。
「なんかみんな言ってるけど。お前が会長と付き合ってる、って」
「あぁ……うん、そう」
「本当なん?」
「まあ、一応」
俺がそう答えると、山名は「一応ってなんだよ」と笑った。
「びっくりしたわ。成瀬から全然そんな感じしなかったのに」
たしかに、俺が山名の立場だったとしても同じことを思うだろう。
友達が急に付き合い出して、しかも相手が男。おまけにモテモテの生徒会長ときた。
これを驚かない方が無理な話だ。
「俺は匂わせとかしないタイプだから」
「なんだそれ」
苦し紛れに言った言い訳は、山名に一蹴された。
山名は笑いながら、俺の頭を乱暴に掻き回す。
「まあ、愚痴とかあったら俺に相談しろよ。相談なく急に付き合い出したのめっちゃびっくりしたんだから」
「わかった。さんきゅ」
欠点などとは縁がないような会長への愚痴なんて出てくる気がしないが、その厚意はありがたく受け取っておこう。
その後も、噂を聞きつけた人から質問攻めに遭い、騒がしい朝の時間を過ごした。
ーーーー
4限目が終わり、昼休みになる。
「成瀬、購買行く?」
「あー、いや。今日は……」
立ち上がりながら山名の質問に答えようとしたその時。
バン!
力強く教室のドアが開いた音がして驚く。
ドアを開けた人物は、おそらく他の学年だが、気にせず教室の中に入ってくる。
ズンズンと進んでたどり着いた先は、俺の机だった。
「成瀬先輩!」
「は、はい」
こちらを鋭く見据えてくるのは、一年生の女子だった。勢いに気押されて思わず敬語になる。
「会長と…真宮先輩と付き合ってるって本当ですか!?」
「あぁ……うん。そうだけど」
ぎこちなくなりながら頷くと、一年の女子はショックを受けたような表情をした。
じわじわと涙を浮かべているその子に、罪悪感が降り積もる。
「えっ…と……」
なにか気の利いた一言を言おうともしたが、俺がここで何を言っても逆効果な気がする。
ここは何も言わないでおこう、と黙っていると俯いていたその子がキッと顔を上げた。
「どこまでしたんですか!!!」
「え」
「だから、恋人とすることのどこまでしたかって聞いてるんです!!!!」
「や、えっと……それは」
まずい……
この子の声の大きさと話の内容に、視線が集まってきた。
俺はどう返すのが正解なんだろうか。
手しか繋いでない、と正直に言うべき?
でもそれだと恋人の信憑性が欠けるかもしれないな……
かと言って、会長と打ち合わせもしてないのに勝手に設定を変えるのもリスクが高い。
ぐるぐる考え続ける俺に、一年の女子は痺れを切らしたように口を開いた。
「早く答えて──」
「ごめん。悠借りてもいい?」
その声を遮るように、涼やかな、けれど威圧感のある声が聞こえてきた。
「か、会長……!?」
いつのまにか、俺の教室まで来ていたらしい。
開いたドアにもたれかかるようにして立っていた会長は、スタスタと俺の方に歩いてきた。
「電話したんだけどなかなか繋がらないから迎えにきた」
そう言われて確認すると、スマホには着信が8件。
ポケットに入れていて気づかなかった。
「気づきませんでした。すみません」
俺がそう謝ると、会長はにこやかに笑う。
それだけで周りから短い悲鳴が上がった。
「いいよ。じゃあ行こうか」
会長の言葉に頷き、2人で教室を出ようとすると。
「ま、待ってください!」
そう声を上げたのは、さっきの一年女子だ。
その子は手を握りしめて俺たちを見据える。
「あの、会長と成瀬先輩は付き合ってるんですか?」
「うん。そうだよ」
会長がサラッと頷く。
決めていた通りにしているだけなのに、なぜか心臓が小さく跳ねた。
一年女子は、「あの、あの」と言葉を続ける。
「どこまでしたんですか!!」
俺にしたのと同じ質問を会長に投げかける。
これ会長にも聞くのか、と少し心配しながら隣にいる会長を見上げた。
会長は少し口を閉じた後、ふいとこちらを向く。
目が合うと、今までに見たことのない、ひどく甘く蕩けるような笑みを浮かべた。
「──秘密、かな」
一瞬、時が止まって、誰かが息を飲む音が聞こえるほどの静寂が訪れる。
「ね?」と同意を求められるが、呆気に取られながらかろうじて頷くことしかできなかった。
「それじゃあ行こうか」
会長に腕を引かれ、教室を後にする。
廊下に出た瞬間、後ろの教室が大爆発が起こったかのように騒がしくなる。おそらく、いや絶対、会長のあの笑みのことだろう。
俺もまだ、あの時の衝撃が抜けてなくて歩き方がぎこちない。
そんな俺を見て、会長は少し申し訳なさそうに言う。
「ごめんね、勝手なこと言って」
「……え、あ、いえ、全然。むしろ、ありがたかったです」
辿々しく返すと、会長は「ならよかった」と歩みを進めた。
そのままカルガモの子供のように会長について行くと、生徒会室にたどり着く。どうやらここで昼休みを過ごすらしい。
会長はドアを開けようとして、なにかを思い出したかのようにピタリと動きを止めた。
俺に振り返って、ニコリと笑う。
「これからもああいうことあると思うけど、慣れてね」
「……善処します」
そうは言ったものの、あんなの一生慣れる気がしない。というのが、俺の本音だった。
ーーーー
「おー!やっときたぜ生徒会カップル!」
生徒会室に入ると、テンションの高い中井の出迎えを受ける。
「どうどう?カップルの生活は」
中井は俺の肩を組むとニヤニヤと笑う。
無性に腹が立ったので、中井の腕を振り解いた。
「成瀬クンひどーい」
中井が泣き真似をしているが無視だ。
いつもの定位置に座ると、副会長の佐伯先輩と目が合う。
「どう?元気にやってる?」
「……おかげさまで。てか、なんでみんないるんですか」
佐伯先輩に軽く返し、周りを見ると、生徒会メンバーが全員揃っていた。
「進捗報告会だよ。全校規模のプロジェクトなんだから必要だろ」
中井が当然のように言う。
いや、この件は普通の生徒会の案件と同じように扱う必要ないだろ。
そうつっこもうとも思ったが、また中井や佐伯先輩にとやかく言われそうなので口を閉じた。
「じゃあ俺から。噂は計画通り2年には広がってると思います」
「オレも〜。3年はみんな伝わってると思うよ〜」
「1年も、広がってると思います!」
中井、佐伯先輩、川島が口々に言う。
どうやら全学年に、俺と会長が付き合っているということは広がったらしい。
「もう後戻りできないね〜。大丈夫なの?」
佐伯先輩が伸びやかな口調で言う。
大丈夫じゃない、なんて言わす気はゼロだ。もっとも、大丈夫じゃないと言ってもなにかすることはもうできないだろう。
「……腹括ったんで、覚悟は出来てます。ただ……」
「ただ?」
俺が口籠もると、佐伯先輩がその先を促す。
少し考えて首を振った。
「いえ、なんでもないです」
「なんだよそれ〜。気になるじゃん」
「勝手に気にしててください」
ただ……慣れる気がしない。恋人役の涼介先輩に。
こんなこと言ったらネタにされるだろうから口が裂けても言えないけれど。
佐伯先輩は「悠ったら冷たーい」とか言いながら会長に目を移す。
「涼介はどうなの?」
「俺?俺は──」
「楽しいよ、すごく」
会長がニコリと笑う。
その笑顔を見ると、少しだけ、ほんの少しだけ心が揺らいだ。
「……恋人役に楽しさ感じてていいんですか?」
心の揺らぎをごまかすように会長に言うと、会長は探るような視線で俺を見る。
「悠は楽しくない?」
「えっ」
「俺といるの、楽しくない?」
不安そうな瞳でじっと見つめられると、どう返せばいいのかわからなくなる。
とりあえず、思ったことをそのまま口に出した。
「……楽しくなくはないです。でも、まだ慣れてないから疲れるほうが大きいかも」
「そっか」
俺が答えると、会長はホッとしたように息を吐いた。
そんな会長を見て、思わず口を開く。
「ていうか、俺のことそこまで気にしないでいいですよ」
この作戦の主旨は、あくまで会長の負担を減らすことだ。それなのに、俺に気を遣って疲弊しては本末転倒だろう。
「ありがとう。でも、俺は気にするよ。助けてもらってる身としては、ちゃんと悠の気持ち大事にしたいから」
「あ、そ、そうですか」
昨日もそうだったが、会長は俺の気持ちを最優先する。
こういう風にされるのは慣れてないので、調子が狂う。
会長と過ごすとなったら、これにも慣れていかないといけないのか。
つくづく、前途多難だと思う。
柔らかい笑みを浮かべる会長を見ていると、声が掛かる。
「おーい、お二人さん。イチャつくのは結構だけど、早く昼飯食べないと昼休み終わるぞ〜」
中井の言葉にハッとする。そういえば今お昼休みだった。
早く購買行かないと昼ごはんがなくなる。
ガタっと席を立とうとすると、腕を掴まれた。
「悠は今日は購買?」
「あ、はい」
「ならちょうどこれ買ってきたんだ。一緒に食べない?」
会長が袋を掲げる。さすが、どこまでも抜かりない。
椅子に座り直し、先輩に聞く。
「いいんですか?」
「うん。購買の人にいっぱいおまけして貰っちゃって、1人で食べきれないから」
本当に、どこに行ってもモテるなこの人は。
そういうことなら、ありがたく貰っておこう。
たくさんのラインナップの中からメロンパンを選ぶ。
プラスチックの袋を開けていると、肩を叩かれた。
「あ、あの…僕、さっき自販機で飲み物買ったら一本当たっちゃって……一人では飲みきれないんで、貰ってくれませんか……?」
後輩の書記の三浦がおずおずと尋ねてくる。
自分が当てた飲み物をくれるなんて、俺はいい後輩に恵まれたようだ。
「いいの?」
「は、はい!どうぞ!お好きな方を!」
そう言って三浦はお茶とカフェオレを差し出してくる。
好きな方、って言われてもなぁ。と少し考えて思いつく。
「三浦って今日ご飯?それともパン?」
「え?あ……ごはん、ですけど」
「じゃあカフェオレ貰う」
俺がそう言うと、三浦はきょとんとしながらカフェオレを手渡してきた。
個人的な意見だが、ご飯にカフェオレは合わないだろう。
「ありがと」
「い、いえ。先輩、恋人役頑張ってるので……!」
こんな可愛い後輩に応援されたら、頑張るしかないな。
カフェオレとメロンパンを口に含みながら、そう決心した。
ーーーー
放課後。
授業が終わるとすぐ、スマホに会長から『迎えに行くから教室で待ってて』とメールが来た。
『わかりました』と送り、カバンに荷物を詰める。
「成瀬、今日は会長と帰んの?」
「あー、うん。そう」
「そ。んじゃ、ばいばい」
「ばいばい」
山名と軽い会話を交わして見送っていると、程なくして会長が来た。
「お待たせ」
「お疲れ様です」
軽く頭を下げて、会長の隣に並ぶ。
教室を出て廊下を歩いていると、ちらちらと周囲の目線がこちらに向いている。心なしか朝よりも目線が多い気がする。
「先輩は……すごいですね」
「え?」
「いや、毎日これだけ注目されててよく疲れませんね」
俺はもうすでにクタクタだった。
いつもの10倍は人と喋った気がする。
「今日はいつもより注目されてるよ、俺も」
「それにしては余裕そうですけど」
「んー、慣れかな。これは」
どうやら肝心なのは慣れらしい。
俺は一生慣れる気しないけどな、などと思っていると靴箱についた。
2年と3年は靴箱が離れているので、一旦会長とは別れる。
靴を履いて立ち上がると。
「成瀬くん、ばいばい」
「え、あ、うん。ばいばい」
「成瀬先輩、お疲れ様です」
「お疲れ様です…?」
同学年、他学年の知らない生徒から手を振られる。
話した事もない人が俺の名前を覚えているのは、会長と付き合っているという噂が全校に広がったからだろうか。
「悠?」
「あ、先輩。お待たせしました」
その場で呆気に取られていた俺の顔を、靴を履いてきた会長が覗き込む。
「行きましょ」と会長を促して、2人で学校を出た。
「さっきぼーっとしてたみたいだけど、大丈夫?」
「大丈夫です。知らない生徒から名前呼ばれて、びっくりしてただけなんで」
「あぁ。急に呼ばれると驚くよね」
会長はそう笑いながら自然に俺の手を取った。
されるがままに、指を絡める。
「そろそろ文化祭に向けて動き出さないと」とか「挨拶運動をいつするか」などの生徒会業務の話をしながらしばらく歩くと、赤信号で止まった。
手を繋いだまま止まっていると、会長が繋いだ手をゆらゆらと軽く揺らす。
どうかしたのかと会長を見るが、その目は信号に向いたままなので無意識らしい。
「先輩、楽しそうですね」
「え?なんで?」
「手、揺らしてるから」
「わ、無意識だった」
会長は少し照れたように眉を下げる。
今日一日で、会長は無邪気なところがあるというのがわかった。
どこか、そんな一面を見れて嬉しいと思う自分がいた。
駅の改札前。
俺は電車、会長は駅から近い場所に住んでいるのでここから徒歩らしい。
手を離すとまた、会長は名残惜しそうにする。
「……じゃあ、また明日もよろしく」
「はい、気をつけて帰ってください。俺も帰ったら連絡します」
寂しそうな子どもをあやすようなそう言うと、会長はパッと目を輝かせた。
その変化があまりに素直で、思わず笑みが溢れてしまう。
「……涼介先輩って、可愛いですね」
「え?」
「あ、いや…今のは……」
言うつもりなんてなかったのに、いつのまにか口から出ていた。
怒らせてしまっただろうかとおそるおそる会長を見上げると、会長は俺の手を取り、くいと引っ張った。
「悠の方が、かわいいよ」
耳元で囁かれ、俺は固まって動けなくなる。
俺が固まったのを見たからか、会長は俺から手を離して、代わりに頭をポンポンと撫でた。
「そろそろ電車来るよ。早く行ったほうがいいんじゃない?」
「……え、あ、あぁ。そうですね。じゃあ、また」
「うん。また明日」
改札を通る俺を、会長は笑顔で見送った。
心臓の鼓動が、電車を待つホームにまで響いている。
本当に、あの人には慣れる気がしない。



