生徒会長の恋人役になった件



ある高校の生徒会室────
放課後の柔らかな西日が差し込む室内には、それとは裏腹に、とてつもない緊張感が漂っていた。


「全員揃ったか。それでは、緊急会議を始めます」


議長の2年、中井智也が机に肘をついて手を組む。
他の面々はゴクリと息をのんだ。
同じく2年で生徒会会計である俺──成瀬悠も、その1人だ。


「今日の議題、それは────」


「生徒会長がモテすぎる件についてだ」


中井の放った言葉により生まれた神妙な空気の中、俺は口を開く。


「…………帰っていいすか」



ーーーー



「なんで?生徒会に関わる重要な議題だろ」
「ふざけてる?俺、こんな会議のためにわざわざ招集されたの?」


食い下がる中井に、俺は深く長いため息をつく。
半ば呆れながら、他のメンバーに助けを求めるべく視線を巡らせた。


「会長も副会長も、なんか言ってくださいよ」


俺を含めて6人いる生徒会の中で、最年長の3年である2人。この状況を放置している彼らに意見を仰ぐ。


「ふざけてるわけじゃないよ〜。本当に重大な事案だよ?」


副会長の佐伯伊織先輩は、いつものように掴みどころのない笑みでのらりくらりと返してくる。
色素の薄い茶色の猫っ毛と、白い肌、その癖高身長のイケメンだ。女子人気も高い。
それに対して──


「俺は、そんなことしないでいい、って言ったんだけどね……佐伯と中井が解決しないとって」


今回の議題である会長──真宮涼介先輩は苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
この人を一言で表すなら……この世にある全ての褒め言葉がそれに当てはまるだろう。
強いてあげるなら、容姿端麗、頭脳明晰。
切れ長の目に、スッと筋の通った鼻。サラサラの黒髪とおまけに高身長。勉強面は……言うまでもないが、学年トップだ。
この先輩の欠点を探せなんて、闇夜で黒猫を探せと言われてるようなものだ。要するに、不可能。
だから、この人が狂おしいほどにモテるというのは、もはや逆らえない自然の摂理のようなものだった。

それは百歩譲ってわかるけど、なんでそれが「生徒会の議題」にまで発展するのか。
俺が不審げに中井を見やると、彼はすべてを見透かしたようにニヤリと笑った。


「なんで会長がモテるのが生徒会に影響すんのか、って顔してるな」


そう言うと、中井は室外に設置されている意見箱を抱えて戻ってきた。


「この中身、なにが入ってるかわかるか?」
「なにって……普通に意見書じゃないの?」


俺が答えると中井ははぁーっと大げさにため息をつき、意見箱の蓋を開ける。


「普段は庶務の川島が選別してくれてるけど……」


中井が意見箱をひっくり返すと、机の上に予想の5倍以上の紙の山が崩れ落ちた。ちなみに庶務の川島、とはうちの生徒会で唯一の女子である1年の川島陽菜のことだ。


「なんだこれ……」


絶句する俺の横で、川島が意見書の紙の山から一枚抜き取る。


「これ、8割が会長へのラブレターなんです」
「はぁ?」
「俺が手紙とか受け取らない、って言ったらみんなここに入れるようになっちゃったみたいで」


会長が川島から手紙を受け取り、困ったように眉根を寄せた。


「大変なんですよ〜、選別するの。いつも三浦くんにも手伝ってもらってるんです」


川島は肩をすくめながら隣にいる同じく1年の書記、三浦凪を見た。三浦は大人しく、細い黒縁のメガネをかけた小柄な男子だ。


「まっ、真宮先輩宛が8割、佐伯先輩宛がい、1割、残りの1割が意見書で、す」


三浦はオドオドしながらも正確な報告をする。
確かに、そこまで生徒会の業務に関係のないものばかりだと、活動に支障が出かねない。
「それに」と中井は続ける。


「さっき、目安箱取りに行った時も会長のファンが出待ちしてましたよ」
「あー、そういえば涼介、朝も駅とかで待ち伏せされてるんだっけ?」


中井の言葉を受けて、副会長の佐伯先輩が顎に手を当てて続ける。
「まぁね……」と会長が困ったような笑みをこぼした。


「ってことで、生徒会の活動、ひいては会長の私生活まで影響を及ぼしかねないから、その対策を講じるためにこの緊急会議を開いたってわけ。成瀬、わかった?」
「……まあ、それなら納得」


意見箱から出た大量のラブレターの山や、会長の困った表情を見れば、さすがになにかしらの対策はしないといけないのは明白だった。


「もー、悠は物分かり悪いんだから〜」
「悪くてすみませんね」


佐伯先輩が口を尖らせて俺に文句を言ってくるのを軽く受け流し、本題へ促す。


「で、なにか対策は思いついたんですか?」


さすがにこの会議を開こうとした張本人なのだから、中井と佐伯先輩はなにか案を出すべきだろう。
俺が聞くと、中井と佐伯先輩は顔を見合わせて邪悪な笑みを浮かべた。
なんだろう。嫌な予感しかしない。


「この中から、会長の恋人を作る」


「はぁ!?」


中井の言葉に、思わず大きな声が出てしまう。
俺の嫌な予感は、当たったようだ。


「まあ、正確に言うと恋人“役”かな。本当の恋人ではない」


注釈として中井がそう付け加えるが、役がどうかは問題ではない。


「なんでそうなるんだよ」
「それが一番手っ取り早いんだよ。涼介からも何度も注意してるみたいだけど効果が薄いし、生徒会の仕事も溜まってきてるし。早急に涼介のファンを離れさせるためには、恋人を作って諦めてもらうしかない」


俺の反抗に、佐伯先輩が答える。
仮にそうだとして、と俺は会長に目を移す。


「百歩譲ってそうするとして、会長はそれでいいんですか?」


仮、とはいえ恋人を作ることになるのだ。
今まで会長のそんな話は聞いたことなかったけど、さすがにそんな易々と……


「まあ、会長として生徒会の仕事を円滑に進めるためにはそれくらいの犠牲は払うよ」
「軽すぎません!?」


この人は責任感が強すぎるのか、それとも天然なのか。
まだその流れについていけてない俺に、佐伯先輩がガシッと腕を回してくる。


「そんで、涼介の恋人役を悠にやって欲しい」
「はぁ!?なんで俺!?」


耳元で囁かれた爆弾発言に、思わず声をあげる。
「だって〜」と佐伯先輩はわざとらしく肩をすくめて見せた。


「オレと中井は彼女いるし〜」
「じ、じゃあ川島とか三浦とか……!」


後輩である川島と三浦に目を向けると、川島はなにやら遠い目をしていた。


「私は……命が惜しいです」


確かに、女子である川島が会長と付き合ったとなると、全校の女子を敵に回すことになる。
姉から、女の世界は怖いと聞いたことがあった俺は、同情せざるを得なかった。


「ぼ、僕、先輩方の…ため、ならが、頑張ります……!!」


三浦は手をぎゅっと握りしめて子犬のようにプルプル震えている。うわ、後輩可愛い……そして可哀想。
こんな可愛い後輩を、あの猛獣(ファン)たちの前に差し出すわけにはいかない。
大きく息を吐き、会長を見る。


「会長は、いいんですか?俺で」
「うん。むしろ俺は……成瀬がいい」

「──えっ?」


いつもと違い、やけに真剣な表情を浮かべる会長に言葉が詰まる。
ほんの数秒の沈黙の間、俺は先輩の瞳の奥にある熱に、吸い込まれそうになった。
固まっている俺をみて、会長はパッと切り替えたように笑った。


「でも、成瀬が嫌なら断ってくれて大丈夫だから。あくまで俺は、成瀬の気持ちを優先したい」


ずるい、と思った。
そんな聖母のような顔で判断を委ねられたら、断れるはずがない。
会長がもっと救いようのないクズだったら、すぐに断れたのに。いや、その前に会長になってないか。
とにかく、人望も実力もあり、誰からも慕われるこの人が、自分を犠牲にしてまで仕事を全うしようとし、なおかつ俺の意思を尊重している。
これで首を横に振れるほど、俺は薄情にはなれなかった。


「……わかりました。やりますよ、俺。会長の恋人役」


半分ヤケクソだが仕方ない。俺は困ってる人を放って置けないタチなのだ。
会長は驚いたように目を丸くした。


「本当にいいの、成瀬」
「はい。腹括りました。あくまで役だし、会長が任期終わるまででいいんですよね」
「うん。十分だよ」


そう言うと会長は柔らかく笑った。
話がひと段落つくと、中井がパンと手を叩く。


「よーし、めでたくカップル成立だ!」
「あくまで役だからな」


訂正を入れると隣の佐伯先輩に「まーいいじゃん?」と宥められた。
この人たち、人の気も知らないで……


「と、とりあえず、要項まとめておいたほうが…いいですか?」
「私も手伝うよ!」
「ありがとう、三浦、川島。よろしく」


しっかりと書記としての役目を果たそうとする三浦とそれを手伝う川島の1年生組に、会長がいくつか指示を出している。
それに比べて……


「え、設定とか考えた方が良くないすか?」
「確かに〜!いつから付き合ってることにする〜?」


2年の中井と3年の佐伯先輩は、もはや面白がって俺たちの「設定」を練り始めている。
自分たちは関係ないからって、やけに上機嫌だ。切実に後輩を見習ってほしい。

騒がしくなった生徒会室を見渡し、俺は今日何度目か分からない溜息をついた。


「成瀬……いや、悠、って呼んだ方がいいか」


会長がそう言いながら俺を呼び、いつも通りの完璧な笑みを浮かべた。


「これから恋人“役”として、よろしく」
「……はい」


俺が今緊急会議を開くとしたら、議題は間違いなくこれだ。


──生徒会長の恋人役になった件について。