転校生の響君は、陽キャ男子。

「ねぇ、帰りにパフェ食べて帰んない?」
 帰りのホームルーム前に、後ろの席で背中をツンツンしてくるのは、清水(しみず) (ひびき)。高校二年生。今日出会ったばかりの転入生。小柄な体型で目がクリッとしている彼の屈託のない笑顔は、悩みをも吹っ飛ばしてくれそうだ。
 ——本日、夏休みを終えて二学期開始早々、転入生が入ってくるということでクラスメイトらは皆浮き足立っていた。俺も席が前後だから、それなりに話はするかもしれないと覚悟はしていた。していたが、転入初日は、もっと謙虚に肩身を狭そうにするものではないのだろうか。まるで、あたかも去年からそこにいましたと言わんばかりの態度だ。
 俺は、関わるなオーラを出しつつ、素っ気なく応える。
「パフェなんて、女子が食べるもんじゃん。隣の女子誘えよ」
「うわ、古。(きん)さんって、もしや化石!?」
「は? てか、金さんって誰だよ」
金山(かなやま) 俊哉(としや)。通称金さんじゃ」
「じゃねぇよ。普通に金山って呼べよ」
 改めて、俺こと金山(かなやま)俊哉(としや)は、ごく平凡な男子高校生。去年までは陸上部に所属していたが、一年生の冬に足を故障してから、今は帰宅部だ。
 それからというもの、陸上部の友人も俺に気を遣って話しかけにこなくなった。俺も走ることを思い出したくないので、今は一匹狼を貫いている。
 つまりは、健康的な体が羨ましくて、同級生は勿論、先輩や後輩にまでひがんでいる、ただの面倒臭い男子高校生。転入生の清水は、何の悩みもなさそうなので、余計に関わりたくない。それなのに、初日からやたらと絡んでくる。
「金さんって、何か部活やってんの?」
「だから、金さんは……まぁ、良いや」
 呼び方については諦めた。多分何を言っても呼び方は変わらない気がする。
「俺は何もやってないよ。清水は? 何か入りたいのあれば入れば?」
 心底どうでも良いといった態度で応えるのに、清水はニコニコ笑顔で返してくる。
「んー、帰宅部」
「それ、何も入んねぇってことじゃん」
「そうとも言うね」
「そうとしか言わねぇよ」
 担任の先生がホームルームを始めたので、俺は一旦前に向き直る。
 それにしても、何度も言うが、清水は本当に転入初日なのだろうか。このコミュ力なら、俺よりも友達がいそうだ。俺のような不貞腐れた根暗の男に声なんてかけなくても、もっと誘う相手はいるだろうに。
(あ、席の問題か)
 きっと、今だけだ。明日から徐々に友人が出来て、俺とは無関係な間柄になるはず。なるはず——。

◇◇◇◇

「ねぇ、金さん。お昼どうする? 学食?」
 一ヶ月経って、席替えをした今も懐いてくるんだが……。
 しかも、俺と同じ帰宅部だから、帰りも付いてくる。何なら、俺の家が清水の家の通り道にあるようで、家に入るまで見送られる。言わずもがな、朝は家の前で待ち伏せされ、お出迎えされる。
「はぁ……お前、他に誘うやついないわけ? なんで俺?」
「だって、金さん面白いし」
「は? どこが」
「顔?」
 プチンとキレても良いだろうか。
 そうだ、一回キレてみよう。そうしたら、きっと清水は俺から遠ざかる。
 俺は財布を持ち、ガタンと思い切り椅子を後ろの席に打ち付けて立ち上がった。後ろにいた女子生徒がピクリと肩を震わせた。
 内心ごめんと謝罪しつつ、清水を完全に見下す感じで睨みつける。
「俺に付いてくんな」
「ごめん、金さん。冗談だって。怒った? 怒っちゃった?」
 やはりキレてみるものだ。こんなに動揺した清水は初めてだ。この調子で、声のトーンを落として明らかに怒っている風を装いながら応える。
「怒ってねぇよ」
 すると……。
「なんだ。良かった。怒っちゃったかと思ったじゃん」
 胸を撫で下ろす清水を見て、呆れを通り越して感心してしまう。そこは、怒ってないと言う俺に、『やっぱ怒ってんじゃん。ごめんね』ではないのか? すんなり受け入れる馬鹿は見たことがない。楽天的にもほどがある。
 そして、相変わらず清水は俺の横をちょこちょこと付いてくる。
「金さん、金さん。今日の日替わりは、ハンバーグ定食だって」
「あ、そう」
「僕さ、ハンバーグはもっぱらデミグラスソースだったんだけど、この間おろしハンバーグ食べてみたんだよ。そしたらね、どうなったと思う?」
「さぁな」
「ほっぺがね、こんな落ちちゃってね」
 頬を下に引っ張る清水の顔を見て吹き出しそうになるが、そこは我慢。一匹狼は笑わない。笑わない。
「次からは、どっち食べようか悩むよね。今日はどっちだろ」
 そう言いながら、食堂に着いた俺たちはメニュー表の前で固まった。
 日替わりランチのAがデミグラスソースで、Bがおろしだったからだ。普段は大抵肉と魚なのに、何故こんなメニューにしてしまったのか。
 清水を横目に見れば、物至極悩んでいる。どちらにしようかなと天の神様に聞いて、聞いた方がデミグラスソースだったから、もう一度聞き返している。しかし、二度目も、そして三度目も必ず左から聞くものだから、案の定、答えはデミグラスソース。
 馬鹿なのだろうか。この学校は、それなりに偏差値が高い方で、編入試験ともなると入学試験より遥かに難しいはず。それを突破しておいて、この悩みよう……。
 笑いを必死に堪えながら、俺は平常を装って言った。
「シェアするか?」
「え?」
「二つ頼んでシェア。そしたら、どっちも食えんだろ」
 清水の顔がパァァッと輝いた。
「良いの!?」
「早くしないと昼休み終わるぞ」
「うん!」
 無邪気な笑顔で食券を購入する清水は、もはや小学生だ。
 淡々とお盆にご飯やらおかずを乗せていく俺の横で、ルンルンにお盆を持つ清水を見て、何だかホワホワした気持ちになる。
「楽しみだね」
「そうでも」
 ねぇと言いかけて、食堂のおばちゃんがこちらを見たので、お口をチャックする。
 最後にお茶を汲んで席に着けば、向かい合わせに座った清水が、早速おろしハンバーグを切り分けた。
「金さんも、早く」
「ッたく、忙しない奴だな」
 俺もデミグラスソースのハンバーグを半分に切り、それを『せーの』で清水のと入れ替える。
「いただきまーす」
 元気に手を合わせた清水は、パクリとおろしハンバーグを口にした。
「んん〜、美味しい」
 本当に美味しい顔をするものだから、思わず顔が緩んだ。
「あ、金さんが笑った!」
 ハッと我に返った俺は、すぐさま口元をキュッと結ぶ。
「ねぇ、今笑ったよね?」
「笑ってねぇ」
「笑ったよ」
「笑ってねぇ。はよ食え」
「はぁい」
 清水といると、心が温かくなる。
 俺の事情はクラスメイトから聞いているようだが、他の奴らのように哀れみの目で見るわけでもなく、不貞腐れている俺を小馬鹿にするわけでもない。そんな清水に、俺は今、救われている。
「ありがとな」
「ん? 何か言った?」
「何も」
「そう?」
 この無邪気に笑う清水にも、まさか俺と同じ……いや、それ以上に大きな悩みを抱えているなんて、この時の俺は知る由もなかった——。