◇
ひとつの命の灯が潰える前日の夜。白すぎるほどの月明かりが差しこむ病室で、あかりは枕元に置いた本を指先で撫でながら、ぽつりと小さく言葉を落とした。
「この本、銀ちゃんにあげるね」
そうして十六歳の夏、夜空に灯が上る頃に、あかりは死んだ。
あかりがくれた本は、花の図鑑だった。開くと、なかには数えきれないほどの付箋が貼られていた。あかりらしい丸っこい字で書かれていたのは、あかりが生きていた世界の記録――日記だった。
『小さい頃、銀ちゃんがタンポポの綿毛を飛ばさないのかって訊いてきた。あのときは、飛びたくなったら自分で飛んでいくって思ってたけど、いまはそうじゃないのかなって思う。飛びたくても飛べないこともあるよね。どこへ行ったらいいのかわからないから、飛び立つ勇気がないんだ。飛んでしまったら、もう元の場所には戻れないんだもん。あかりも、迷子にはなりたくないなぁ』
おれの知らないあかりが、そこにいた。
あかりがそんなふうに思っていたなんて、おれはちっとも知らなかった。
ほかにもたくさん貼られていたメモを、すみからすみまで読んだ。
おれの知らないあかりがいるのが悔しくて、いまさらでも取り戻したかった。
すべてを掬いきって、満足するものでもないとわかっていながら、おれは読み進める手を止めなかった。止めてしまったら、今度こそあかりが消えてしまうような気がして、縋るようにあかりの字を辿って、おれのなかにいるあかりを探した。
数時間かけて最後まで読み終わったおれは、そこでようやく背表紙になにか挟まっていることに気づいた。丁寧に切り取られて、半分に折り畳まれた紙だった。その間に挟まっていた押し花の栞を見て、おれは文字通り、呼吸が止まった。
その紙には、〝スターチス〟の花言葉が載っていた。
『永遠の愛』
おれが見つけると確信していたかのように添えられた付箋には、『あかりが死んだらスターチスをお供えするように!』と力強く書かれていた。
ひとつの命の灯が潰える前日の夜。白すぎるほどの月明かりが差しこむ病室で、あかりは枕元に置いた本を指先で撫でながら、ぽつりと小さく言葉を落とした。
「この本、銀ちゃんにあげるね」
そうして十六歳の夏、夜空に灯が上る頃に、あかりは死んだ。
あかりがくれた本は、花の図鑑だった。開くと、なかには数えきれないほどの付箋が貼られていた。あかりらしい丸っこい字で書かれていたのは、あかりが生きていた世界の記録――日記だった。
『小さい頃、銀ちゃんがタンポポの綿毛を飛ばさないのかって訊いてきた。あのときは、飛びたくなったら自分で飛んでいくって思ってたけど、いまはそうじゃないのかなって思う。飛びたくても飛べないこともあるよね。どこへ行ったらいいのかわからないから、飛び立つ勇気がないんだ。飛んでしまったら、もう元の場所には戻れないんだもん。あかりも、迷子にはなりたくないなぁ』
おれの知らないあかりが、そこにいた。
あかりがそんなふうに思っていたなんて、おれはちっとも知らなかった。
ほかにもたくさん貼られていたメモを、すみからすみまで読んだ。
おれの知らないあかりがいるのが悔しくて、いまさらでも取り戻したかった。
すべてを掬いきって、満足するものでもないとわかっていながら、おれは読み進める手を止めなかった。止めてしまったら、今度こそあかりが消えてしまうような気がして、縋るようにあかりの字を辿って、おれのなかにいるあかりを探した。
数時間かけて最後まで読み終わったおれは、そこでようやく背表紙になにか挟まっていることに気づいた。丁寧に切り取られて、半分に折り畳まれた紙だった。その間に挟まっていた押し花の栞を見て、おれは文字通り、呼吸が止まった。
その紙には、〝スターチス〟の花言葉が載っていた。
『永遠の愛』
おれが見つけると確信していたかのように添えられた付箋には、『あかりが死んだらスターチスをお供えするように!』と力強く書かれていた。



