天国までの記憶列車

 ◇
 
 あかりの病状がさらに悪化したのは、翌年の春頃だった。

 「銀ちゃんの手は、いつも冷たいよね」

 病室のベッドに横たわりながら、あかりは言った。

 布団の隙間から出した片手は、おれの手と繋がっていた。まるで枯れ木のように細い指なのに、たしかにあかりの手のほうが温かかった。

 でも、そうして伝わる体温に、おれは安心した。あかりの命がまだここにあることを教えてくれているようで、もっとおれの手が冷たくなればいいと思っていた。

 「知ってる? 手が冷たい人ってね、心はすごく温かいんだって」

 「……仮にそれが本当だとしても、おれには当てはまらないだろ」

 「なに言ってるの。むしろ、誰よりも当てはまるよ」

 青白い顔をしたあかりが、おれを見つめた。

 「銀ちゃんは、この世界の誰よりもあったかい。あかりの世界でいちばんなんだから」

 「いちばんって」

 「ずっといちばんだよ、銀ちゃんは。あかりの一等星なの」

 あかりは少しだけおれの手を強く握ると、自分の胸元のほうへ引っ張った。自然と身を乗り出したおれを見上げながら、あかりは力ない笑みを浮かべてみせる。

 「この心臓が動きを止めても、ずっと、あかりにとっての銀ちゃんは変わらない」

 「っ……そんなの、わからないだろ。心臓が動かなくなったら、人は死ぬんだ。こうして会話をすることだってできなくなる」

 つい、語調が強くなった。

 本当はそんなこと言いたくないのに、口が勝手に動いて言葉を発してしまう。

 「なんでおれを置いていこうとするんだよ。こんなに一緒にいたのに」

 あかりを傷つけたくないのに、あかりがいなくなる恐怖が反発して止まらない。泣きたい気持ちはあるのに、涙は出なかった。やっぱりおれはどこか壊れているのかもしれない――そうぎりっと奥歯を噛み締めた、そのときだった。

 「まったくもう。銀ちゃんは本当にあかりのことが好きで困っちゃうね」

 頬にあかりの手が触れる。繋いでいるほうとは反対の手だ。

 こんなに直接触れていても、あかりの存在はいまにも消えてしまいそうなほど(はかな)く感じられた。慰めどころか、追い打ちをかけられた気分だった。

 「きっと未来は変わらないけど、あかりは銀ちゃんに生きてほしいよ」

 「なにを、言って」

 「ごめんね、銀ちゃん」

 なにに対しての謝罪なのかわからなかった。

 でも、それを訊ねる勇気もなかった。だって、いつになくあかりが泣きそうな顔をしているように見えたから。くだらない冗談でも、未来の約束でも、あかりが笑ってくれるならなんだってよかったのに、彼女にかけて許される言葉が見つからない。

 ――心というものは、あまりにも難しい。

 胸の奥で複雑に絡まりきった想いや交錯して定まらない気持ちは、どうすれば正しく伝わるのだろう。わからない。どんなに考えても、おれにはあかりの本当の気持ちを察することが難しいから、よけいに心を伝えられない。

 傷つけたくないのだ。だからおれは、あかりに対してだけ、臆病になる。

 だから結局なにもできないまま、口をつぐむしかなかった。