彼女と出逢ったのは、小学校に上がる前の頃だった。
「あかりっていうの。漢字じゃなくて、ひらがなであかりだよ。よろしくね」
おれよりひとつ歳下の女の子。あかりと名乗ったその子は、自分の孫のようにおれを可愛がってくれていた隣のオジイの家に、ひとりで引っ越してきたのだという。
あかりは、同級生よりもふた回りくらいからだが小さかった。一歳どころか何歳も歳下に思えて、最初は関わりかたがよくわからなかった記憶がある。
そのせいか、あるいはもともとの性格のせいか、人懐っこいあかりに対して、おれはとても素っ気なかったと、のちに親が教えてくれた。
ある日、あかりがおれの家の玄関先にしゃがみこんでいたことがあった。
不思議に思って覗きこんで見ると、彼女は道端に咲いたタンポポの綿毛をしきりにつっついていた。引っこ抜いて綿毛を飛ばすわけでもない。なにが楽しいのか、にこにこと笑いながら、ただちょんちょんと小さな指でつっついてみるだけ。
もどかしくて、どうにも我慢ならずに、おれは声を掛けた。
「……綿毛、飛ばさないの」
するとあかりは、驚く様子もなく顔を上げた。
最初から、おれがそばで覗き見ていたことに気づいていたようだった。
「飛ばしたら、なくなっちゃうもん」
「でもそれ、種だよ。タンポポの。飛んだ先で落ちて、また花が咲くんだって。前に、オジイが……あかりのおじいちゃんが言ってた」
「知ってるよ。だけど、この子はきっと飛びたくなったら自分で飛ぶから。風に乗ってふわふわーって好きなところに行くんだよ。だから、あかりはなにもしないの」
――子どもにしては饒舌だったからだろうか。
そのとき、おれはあかりが外見よりもずっと〝大人〟に見えて、子どもながらとても戸惑ったのを憶えている。
不思議な会話だったが、この日を境に、おれとあかりの距離は一気に近づいた。なによりおれが彼女との会話を受け入れるようになったのが大きかった。
あかりは、からだこそ小さかったが、とても賢く、そしてよく喋る子だった。
よほど話すことが好きなのか、年齢のわりに言葉をたくさん知っていた。いったん話し出すと止まらなくて、おれはいつも大人しく聞き手に回っていた。
最初こそ面食らっていたおれも、だんだんとそれが普通になっていった。
いや、純粋に、彼女と過ごす時間が楽しかったのだろう。
おれは感情表現が下手で、あかりのように喜怒哀楽を表現することはできなかったけれど、たしかにあかりと一緒にいる時間は心地よかった。
一方で、気にする理由もあった。あかりは、からだが弱かったのだ。
もともと、療養のために両親と離れて祖父の家に引っ越してきたのだという。
元気そうな振舞いのかたわら、彼女のからだは反抗的だった。
しょっちゅう熱を出して寝こんでいたし、朝は元気そうでも、夜になると体調が悪くなることも少なくなかった。生まれつきのもので、長くは生きられないらしいと近所のひとたちが気の毒そうに噂しているのを聞いた。
よく喋るあかりからは、にわかには信じられなかった。それでも、彼女の様子を見ていると、あまりにも自分とはちがって納得してしまう部分も正直あった。
あかりは、小学校に上がる歳になっても、学校には通わなかった。
学校へ行くおれと遭遇すると、いつも唇をつんと尖らせながら「いいなあ」と羨ましがっていた。けれど、それすら自分には満足にできないことを、賢い彼女はちゃんと理解していたのだろう。自分も行きたい、とは一度も口にしなかった。
いってらっしゃーい、と明るく手を振りながらおれを見送るあかりは、なんだか寂しそうで、どこか諦めているようにも見えた。
おれはそんなあかりに、学校での出来事を話すのが日課だった。
友だちから遊びに誘われても断って、毎日真っ直ぐに家へと帰り、オジイの家であかりと過ごした。
毎日こなくてもいいと言われたこともあったが、結局、聞かなかった。
だっておれは、学校の友だちと遊びに出かけるよりも、あかりと話しているほうが楽しかったから。
「銀ちゃんは本当にあかりのことが好きだねえ」
そう笑うあかりは、仕方ないなあと言わんばかりの顔をしながらも、うれしそうに見えた。なんだか受け入れられているような気がして、おれは安心した。
ときどき不安になるのだ。おれはどうにも周りに比べて冷たいらしく、もっと愛想をよくしろと怒られていたから。ただ同級生に話しかけただけなのに、怖いと泣かれることもあった。そんなつもりはない、という言い訳は通じなかった。
その点、あかりはわかりやすいから、人の感情に疎いおれでも関わりやすかった。
うれしそうだとか、楽しそうだとか、お腹が空いてそうだとか、鈍くても察することができれば、無神経に放った言葉で傷つける機会も減る。
あかりは大丈夫だと言うけれど、おれはおれなりに気にしていたのだ。とりわけあかりには、どんなときでも笑っていてほしいと思っていたから。
「あかりっていうの。漢字じゃなくて、ひらがなであかりだよ。よろしくね」
おれよりひとつ歳下の女の子。あかりと名乗ったその子は、自分の孫のようにおれを可愛がってくれていた隣のオジイの家に、ひとりで引っ越してきたのだという。
あかりは、同級生よりもふた回りくらいからだが小さかった。一歳どころか何歳も歳下に思えて、最初は関わりかたがよくわからなかった記憶がある。
そのせいか、あるいはもともとの性格のせいか、人懐っこいあかりに対して、おれはとても素っ気なかったと、のちに親が教えてくれた。
ある日、あかりがおれの家の玄関先にしゃがみこんでいたことがあった。
不思議に思って覗きこんで見ると、彼女は道端に咲いたタンポポの綿毛をしきりにつっついていた。引っこ抜いて綿毛を飛ばすわけでもない。なにが楽しいのか、にこにこと笑いながら、ただちょんちょんと小さな指でつっついてみるだけ。
もどかしくて、どうにも我慢ならずに、おれは声を掛けた。
「……綿毛、飛ばさないの」
するとあかりは、驚く様子もなく顔を上げた。
最初から、おれがそばで覗き見ていたことに気づいていたようだった。
「飛ばしたら、なくなっちゃうもん」
「でもそれ、種だよ。タンポポの。飛んだ先で落ちて、また花が咲くんだって。前に、オジイが……あかりのおじいちゃんが言ってた」
「知ってるよ。だけど、この子はきっと飛びたくなったら自分で飛ぶから。風に乗ってふわふわーって好きなところに行くんだよ。だから、あかりはなにもしないの」
――子どもにしては饒舌だったからだろうか。
そのとき、おれはあかりが外見よりもずっと〝大人〟に見えて、子どもながらとても戸惑ったのを憶えている。
不思議な会話だったが、この日を境に、おれとあかりの距離は一気に近づいた。なによりおれが彼女との会話を受け入れるようになったのが大きかった。
あかりは、からだこそ小さかったが、とても賢く、そしてよく喋る子だった。
よほど話すことが好きなのか、年齢のわりに言葉をたくさん知っていた。いったん話し出すと止まらなくて、おれはいつも大人しく聞き手に回っていた。
最初こそ面食らっていたおれも、だんだんとそれが普通になっていった。
いや、純粋に、彼女と過ごす時間が楽しかったのだろう。
おれは感情表現が下手で、あかりのように喜怒哀楽を表現することはできなかったけれど、たしかにあかりと一緒にいる時間は心地よかった。
一方で、気にする理由もあった。あかりは、からだが弱かったのだ。
もともと、療養のために両親と離れて祖父の家に引っ越してきたのだという。
元気そうな振舞いのかたわら、彼女のからだは反抗的だった。
しょっちゅう熱を出して寝こんでいたし、朝は元気そうでも、夜になると体調が悪くなることも少なくなかった。生まれつきのもので、長くは生きられないらしいと近所のひとたちが気の毒そうに噂しているのを聞いた。
よく喋るあかりからは、にわかには信じられなかった。それでも、彼女の様子を見ていると、あまりにも自分とはちがって納得してしまう部分も正直あった。
あかりは、小学校に上がる歳になっても、学校には通わなかった。
学校へ行くおれと遭遇すると、いつも唇をつんと尖らせながら「いいなあ」と羨ましがっていた。けれど、それすら自分には満足にできないことを、賢い彼女はちゃんと理解していたのだろう。自分も行きたい、とは一度も口にしなかった。
いってらっしゃーい、と明るく手を振りながらおれを見送るあかりは、なんだか寂しそうで、どこか諦めているようにも見えた。
おれはそんなあかりに、学校での出来事を話すのが日課だった。
友だちから遊びに誘われても断って、毎日真っ直ぐに家へと帰り、オジイの家であかりと過ごした。
毎日こなくてもいいと言われたこともあったが、結局、聞かなかった。
だっておれは、学校の友だちと遊びに出かけるよりも、あかりと話しているほうが楽しかったから。
「銀ちゃんは本当にあかりのことが好きだねえ」
そう笑うあかりは、仕方ないなあと言わんばかりの顔をしながらも、うれしそうに見えた。なんだか受け入れられているような気がして、おれは安心した。
ときどき不安になるのだ。おれはどうにも周りに比べて冷たいらしく、もっと愛想をよくしろと怒られていたから。ただ同級生に話しかけただけなのに、怖いと泣かれることもあった。そんなつもりはない、という言い訳は通じなかった。
その点、あかりはわかりやすいから、人の感情に疎いおれでも関わりやすかった。
うれしそうだとか、楽しそうだとか、お腹が空いてそうだとか、鈍くても察することができれば、無神経に放った言葉で傷つける機会も減る。
あかりは大丈夫だと言うけれど、おれはおれなりに気にしていたのだ。とりわけあかりには、どんなときでも笑っていてほしいと思っていたから。



