天国までの記憶列車

 


 「――最期まで泣いてたにゃあ、郁絵。まったく、罪な車掌にゃ」

 「誤解を招く言い方をするな。おれが泣かせたわけじゃない」

 「三十年越しに先立った夫の遺言を聞いたら、ああなるもんなのかにゃ~。猫にはわからないにゃ~。人間ってのは、ほんと面白い生き物にゃあね」

 「なにをいまさら猫ぶってるんだ」

 車掌の苦言を華麗に流したクロは、背中を座席に擦り付けながらひと鳴きする。

 「しかし、懐かしい名前だにゃあ。幸弘は無事に生まれ変われたのかにゃ」

 「さあ、どうだろうな。……というか、ちゃんと憶えてるのか? おまえ、中田幸弘にはあまり関わっていなかっただろう」

 「ボクは見送った死者のことは忘れないにゃよ。〝灯猫〟だからにゃあ」

 そういうものだと言わんばかりに、クロはゆらりと尾を揺らした。

 「でも、たしかに幸弘は、灯猫的に手のかからない死者ではあったかもにゃあ。なんだかんだ、自分のすべきことも、進むべき場所も、ちゃんとわかっていた男だったにゃ。ま、思いこみはちょっと激しかったけどにゃ」

 車掌はクロを一瞥し、しばし口を閉ざしたあと、手許のバインダーへ目を落とした。

 「仕事をさぼりたかっただけじゃないのか」

 「んにゃっ、失礼なやつだにゃ~。ボクはちゃんと見守ってたにゃあよ!」

 勢いよく起き上がり、クロは()(かく)する。尻尾が二本あるぶん、威嚇したときの毛量も二倍だ。むしろなんだかマヌケに見えるな、と車掌は口には出さず思う。

 「……おれは、よく憶えていた。初めて名を訊いてきた死者だったから」

 「まあ〝銀〟は外見からしてちょっと異質だしにゃ。ボクと話してるときはこんなに人間臭いのににゃ~。よくもまあ、あんなに猫を被れるもんにゃあよ」

 「つねに猫を被っている猫に言われたくない」

 「ボクは見た目も猫だから、なんの問題もないにゃあ。そんなことより、次の死者はどうなのにゃ? その様子だと、もう情報はきてるにゃあね?」

 「ああ」

 車掌は手元の資料を読みながら黙りこむ。すっと切れ長の目が細められた。

 「――(かわ)()(わたる)、享年三十五歳、死因は人助けによる事故死」

 「また希少なパターンにゃあ」

 「それもそうだが……。少し、厄介なことになりそうな予感がするな」

 車掌はぺらぺらと分厚い資料をめくっていく。何十枚、何百枚――とはてしなくめくったところで、ふと手を止めた。もはや開いているのかわからないくらいに目を細め、食い入るようにそのページを見つめると、ぱたんとバインダーを閉じる。

 「その顔はなんなんだにゃ」

 「いや……。人間ってのは、なぜこうも過去を変えたがるのかと」

 「過去へ送る仕事をしながら口にするセリフじゃないにゃあよ」

 「おまえもそう思うだろう」

 「まあ、思わんでもないけどにゃ」

 クロの答えに、車掌は嘆息して外を眺める。世界の音が消え去るほど美しい景色だが、見慣れると感動も薄れるというものだ。この列車から出られない車掌の立場からしてみれば、現地で動き回ることができる灯猫は心底羨ましい。

 だが、今回ばかりは車掌でよかった、と思う。

 「……まあ、がんばれ」

 「だからいったいなんにゃのにゃ!」

 過去が変われば、未来は変わる。