天国までの記憶列車


 ◇

 「じゃあ父さん、またね」

 「ああ。いろいろと大変なことはあるだろうが……大学、頑張るんだぞ」

 「はいはい。まあ、ちゃんと留年しないで卒業するから、心配しなくていいよ」

 おざなりに答えながら踵を返そうとした真は、ふと、なにかを思い出したように立ち止まった。そしてこちらを振り返り、じっと郁絵似の目を向けてくる。

 「あのさぁ……いまこんなこと言うのもなんだけど、おれ、正直父さんのこと情けないって思ってた時期もあったんだ。中学んときね」

 「そ、そうか……」

 「なんというか、母さんの言いなりになってるように見えて、あんなふうに絶対なりたくないって思ってた。ごめん」

 突然思ってもみなかった告白をされ、僕は面食らうしかない。

 中学生のとき。つまり、思春期を迎えた真が、あからさまに僕を避け出した頃のことだろう。なるほど、やはり当時はそういう心持ちだったのか。

 「でも、それを前にぼやいたとき、母さんに言われた。父さんのよさがわかんないなんて、まだまだ子どもだねって。母さんは父さんだから結婚したんだよって」

 「え……? 郁絵がそんなことを……?」

 目を見開いた僕を見て、真はどこか照れくさそうに視線を逸らした。

 「そりゃあ、当時は意味わかんねーってなったよ。でも今日、その意味がなんとなくわかった気がするんだ。やっぱさ、なんだかんだ言っても、母さんを誰よりも大事にしてる父さんはかっこいいと思うよ。おれは」

 「っ……真」

 「なにかとしつこい母さんは、ちょっとウザいけど……、まあ、大事に思ってくれてる証拠ではあるしね。ほどほどに付き合ってくよ。唯一の親だしさ」

 わざとらしく嘆息(たんそく)しつつではあったが、その瞳の奥には温もりがあった。

 真は、これが僕との――父親との最期の時間だと知らない。

 それでも、もし今日なにか感じるものがあって、こうして心の奥に秘めた思いを伝えてくれたのなら、仕事を休んではるばる会いにきた甲斐があったのだろう。

 「ありがとうな、真。……本当に、真が僕たちの息子でよかった」

 「やめてよ、気持ち悪い。そういうのいいから」

 「はは、そうか。すまない」

 最期。そう、最期だからこそ、僕はいつも通りに息子と接したかった。

 何気ない会話すらままならなかった僕と真の関係からしてみたら、その〝望んでいたいつも通り〟が実現したことも〝奇蹟〟といえるのかもしれないけれど。

 「じゃあ、帰るよ。いろいろ思うこともあるだろうが、母さんをよろしく頼む」

 「……うん。父さんも、たまには言いたいことちゃんと言いなよ。喧嘩したなら拗れる前に仲直りしないと、よけいにややこしくなるからね」

 「ああ、そうだな。今日は帰ったら、ちゃんと話をしてみるつもりだ」

 「そうして。ま、どうにもならなくなったら相談に乗ってあげないこともないし」

 ()()に笑った真は「じゃね」と手を振り、大学に向かって意気揚々と走り出した。

 「またな、真。どうか……、元気で」

 きっともう聞こえてはいないだろう。どんどん遠のいていく背中に向かって呟いた僕は、その背中が見えなくなるまで見送って、静かに(まぶた)を伏せた。

 「……っ」

 もう父親として、息子をそばで見守ることは叶わない。

 だが、たとえこれが最期の別れになるとわかっていても、〝さよなら〟とはどうしても口にできなかった。息を吸ったら胸が張り裂けてしまいそうで、ただただ、心から願うことしかできなかった。

 これから先、僕よりも長い人生を、未来を歩んでいく真が、少しでも温かい光のなかで生きられますように、と。