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「浮かない顔にゃあ~」
いってきます、と消沈しながら玄関扉を開けた瞬間、腰が抜けそうになった。
終灯列車で出逢った黒猫がいたのだ。行儀よく両手脚を揃えて、からだは前を向いたまま、オッドアイの視線のみをこちらへ向けている。季節の花々が寄せ植えされたプランターに並んで、まるで元からあった置物のごとく風景に馴染んでいた。
ゆらり、ゆらりと、長い二本の尻尾が不規則な調子で左右に揺れていた。
「き、みは……ええと、灯猫のクロ……?」
「にゃあ。ま、名前なんてなんでもいいんだけどにゃ」
クロは腰を上げると、前脚を一本前に出して優雅にからだを伸ばした。
尾は二本あっても、その様子はやはり普通の猫と変わらない。昔、実家で飼っていた野良猫もよくこんなふうに伸びていたのを思い出し、肩からふっと力が抜ける。
「……君の存在で、なぜか一気に現実感が増した気がするよ。おかしな話だ」
「なに言ってるにゃ。ボクより非現実的な存在がいるわけないにゃあよ」
「君があまりに非現実的だから、これが夢じゃないんだって感じるんじゃないか」
――過去に戻ったとはいえ、記憶をなぞっているわけではない。
二回目だからこそ、冷静に自分を見れてしまうからこそ、気づきたくない現実に目が向いてしまった。見て見ぬふりは許されなかった。向き合わざるを得なかった。
この〝追憶行〟において、僕の言動ひとつで変わった〝現在〟は、正しく現実となる。記憶のなかにある〝過去〟は消え、新しい過去として完全に塗り替えられる。
いまこの瞬間の現実が、未来へ繋がっていくわけだ。
だが、はたして本当に変えていいものだったのか、自信がない。
思い描いていた〝やり直し〟はできなかった。もしかしたら、元の過去のほうがマシだったのではないかと思ってしまう。
声を荒らげることはなかった。喧嘩という喧嘩もしていない。過去に戻って変えたかった未来は、たしかに変えることができたのだ。
なのに僕の心は、すっきりするどころか、ひどく靄ついているのである。
「あまり上手くいってないようだけどにゃ。まあ、そういうものにゃよ」
「え?」
「過去は現在の積み重ね。未来もまた、現在が積み重なって生まれるものにゃ。そのほんの一時をやり直したところで、すべてが変えられるわけもないからにゃあ」



