それは、偶然だった。
とある日の放課後、
教室に忘れ物を取りに戻っただけだった。
誰もいないと思っていた教室の窓側に人影があった。
紬がいた。
鞄を抱えたまま、席に座って動いていない。
変える準備をしているようにも、していないようにも見えた。
教室には、エアコンの音だけが響いている。
さっきまで人で埋まっていた空間が、嘘みたいに広い。
紬は僕に気づいていなかった。
それとも、気づいていて見ないふりをしているのか。
僕は一瞬、引き返そうとした。
気づかれないうちに出ていけばいい。
それが、今までずっと選んできたやり方だった。
でもその日は、
なぜか足が止まった。
暫くの間、時間だけが流れた。
「...あの」
声を出した瞬間自分でも驚いた。
紬がゆっくりと顔を上げる。
目があったがすぐに逸らされてしまった。
僕は紬の席の方へ近づいていき、
机の下にあった消しゴムを差し出す。
「落ちてるよ。」
紬は少しだけ間を置いてから、小さく頷いた。
「ありがとう。」
それだけだった。
それ以上の言葉はなかった。
沈黙が、再び教室に落ちる。
でもその沈黙は、今まで感じてきたものとは違うように感じた。
「大丈夫?」
言葉を発してから、しまったと思った。
大丈夫じゃないことなんてわかっているのに、
大丈夫だと無理に言わせてしまう言葉だ。
紬は、少し困った顔をして
それから視線を落とした。
「別に」
その声は、強くも弱くもなかった。
僕はそれ以上踏み込むことができなかった。
励ます言葉も
正しい言葉も
僕は何も持っていなかった。
「じゃあ...」
それだけ言って、
教室を出ようとしたとき
「透くん」
名前を呼ばれて、足が止まる。
「...さっきの」
紬は言葉を探すみたいに、間を置いた
「ありがとう」
それは、
消しゴムのことだったのか。
声をかけたことだったのか。
わからなかった。
でも、
その一言だけで、胸の奥がざわついた。
廊下に出ると
夕日の光が差し込んでいた。
たった少しだけのやりとりだったが、
頭の中で何回も繰り返してしまう。
逃げなかったこと。
名前を呼ばれたこと。
ほんの少し、
透明じゃなかった時間。
僕は何かを通り過ぎた気がした。
とある日の放課後、
教室に忘れ物を取りに戻っただけだった。
誰もいないと思っていた教室の窓側に人影があった。
紬がいた。
鞄を抱えたまま、席に座って動いていない。
変える準備をしているようにも、していないようにも見えた。
教室には、エアコンの音だけが響いている。
さっきまで人で埋まっていた空間が、嘘みたいに広い。
紬は僕に気づいていなかった。
それとも、気づいていて見ないふりをしているのか。
僕は一瞬、引き返そうとした。
気づかれないうちに出ていけばいい。
それが、今までずっと選んできたやり方だった。
でもその日は、
なぜか足が止まった。
暫くの間、時間だけが流れた。
「...あの」
声を出した瞬間自分でも驚いた。
紬がゆっくりと顔を上げる。
目があったがすぐに逸らされてしまった。
僕は紬の席の方へ近づいていき、
机の下にあった消しゴムを差し出す。
「落ちてるよ。」
紬は少しだけ間を置いてから、小さく頷いた。
「ありがとう。」
それだけだった。
それ以上の言葉はなかった。
沈黙が、再び教室に落ちる。
でもその沈黙は、今まで感じてきたものとは違うように感じた。
「大丈夫?」
言葉を発してから、しまったと思った。
大丈夫じゃないことなんてわかっているのに、
大丈夫だと無理に言わせてしまう言葉だ。
紬は、少し困った顔をして
それから視線を落とした。
「別に」
その声は、強くも弱くもなかった。
僕はそれ以上踏み込むことができなかった。
励ます言葉も
正しい言葉も
僕は何も持っていなかった。
「じゃあ...」
それだけ言って、
教室を出ようとしたとき
「透くん」
名前を呼ばれて、足が止まる。
「...さっきの」
紬は言葉を探すみたいに、間を置いた
「ありがとう」
それは、
消しゴムのことだったのか。
声をかけたことだったのか。
わからなかった。
でも、
その一言だけで、胸の奥がざわついた。
廊下に出ると
夕日の光が差し込んでいた。
たった少しだけのやりとりだったが、
頭の中で何回も繰り返してしまう。
逃げなかったこと。
名前を呼ばれたこと。
ほんの少し、
透明じゃなかった時間。
僕は何かを通り過ぎた気がした。
