(へえ。3号館も終わったんだ。……意外に早かったね)
ひんやりとした、薄暗い廊下。
先週までの慌ただしい雰囲気とはうって変わり、呼吸の音でさえも響き渡るかのよう。
(まあ、チェックしておくか)
身長の5倍はあろうかという大きな扉。
スッと手をかざし、触れることなくドアを開く。
奥はどれくらい広がっているのだろう?
案内人の私でさえも、想像できないくらいの奥行。
新人が迷い込んだら、恐らく戻ってくるのは不可能。
きっとそこに「時間」は存在しない。
部屋に足を踏み入れるたびに、毎回そう思う。
目の前には巨大な本棚がずらりと並び、分厚い本がすき間なく並べられている。
(ふーん……ちゃんと揃ってるね)
(今回の新人、頑張ったじゃん)
適当に本を手に取り、パラパラと白紙のページをめくっていく。
どんな物語が、この無地を埋めていくのだろう?
どんな文字が、綴られていくのだろう?
ほんの少しだけ微笑みながら、所定の位置に戻し、部屋を後にした。
「エリー様! あんなに大変な作業だったんですから……少しくらい休暇をください!」
「本当です! 私とメイが、どれだけ大変な思いをして頑張ったと思ってるんですか……!」
(ん……? なんだ?)
しばらく廊下を歩いていると、薄暗い廊下に黄色く細い光が漏れ出している。
(ああ、あそこのドアか)
わめき散らすような、2人の声。
どうやらドアのすき間から、光と共に漏れ出しているらしかった。
(……なんか、揉めてるね)
興味本位で、ドアのすき間から中を覗き込む。
管理者のエリーと、見知らぬ2人が向かい合っていた。
「ちょっとだけで良いですよ。お休みが欲しいだけです」
「リサもそう思う? 私も同じです!」
(もしかして……あの2人が新人なのか?)
「なりません」
ピシャリとエリーが2人に向かって言い切った。
さすがエリー。
わたし達の中で「鉄のエリー」と呼ばれているのも納得の迫力だ。
「……なぜです? 数年間、ずっと作業してきましたよ?」
「良いですか、メイ。リサ。あれくらい当然なんです。あなた達は司書なのですよね?」
「……はい」
「私達の管轄している、このライフ・レコード・ライブライリーには、日々膨大なデータが集められます。メイ、それは分かっていますね?」
「はい」
左側の司書が力無く答える。どうやらメイというらしい。
「リサもです。私達の仕事は、極めて大切な管轄なんですよ。休むことは許されないのです」
(ひゃあー……鬼だねえ。どっちか交代で休ませてあげても、良いと思うけどねえー)
「そうは思いませんか? カノンも」
(……! バレた?)
さすがだ。気配は消していたはずなのに……聞いているのがバレた。
観念するように、頭に手をやりながら部屋へと入る。
「……良い趣味とは言えませんね。盗み聞きとは」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「まあ、あなたらしいと言えば、あなたらしいですけどね」
「何よ、それ。言い方に気を付けなさいよ。そういうつもりじゃないってば」
わたしとエリーはほぼ同期。
もう何億年前のことだろう?
詳しくは覚えていない。
エリーは持ち前の正確さ、生真面目さを買われて司書へ。今は管理者だ。
誰もライブラリー内で、エリーに逆らうことはできない。
わたしの配属先は、『案内人』だった。
ずっと人間を担当している。
猫の担当、犬の担当……わたしの他にも、様々な生命の担当がいる。
植物をはじめ、ありとあらゆる生命に。
わたしの場合は、死んでしまった人間が審判の門まで来ることができず迷っている場合に出動することが多い。
コミュニケーション能力を買われた形だ。
エリーはわたしにあまり良い印象を持っていない気がする。
「あわわ……カノン様!?」
メイが泡を吹いて倒れそうになっている。
慌ててリサが体を支えた。
(まあ、そうだろうね……)
管理者のエリーや、わたしに話かけるのは、相当な勇気がいるはずだ。
キャリアが違い過ぎる。
……それくらい、わたし達がこの仕事に就いてから、時間が経ったってことよね。
「ねえ、この子達、相当な勇気でエリーに意見してるんじゃないの?」
「それは分かっています」
(仕方ない。わたしがお手伝いしてあげるか。何かのご縁だ)
「ちょっとくらいさあ、お休みあげたら?」
「ですから、2人にも言いましたが、それはできません」
「相変わらず偏屈だな。良いじゃん。少しくらいさ」
「あなたが適当過ぎるのですよ? カノン」
本当にイラつかせるのが上手いヤツだ。
同期じゃなくて先輩だったら……絶対宇宙の彼方に、配置転換してやるのに。
「何か理由でもあるの? 休暇をあげられないんでしょ?」
わたしが尋ねても、エリーは黙ったまま、何も答えてくれない。
ライフ・レコード・ライブラリーでは、人間時間でいうところの12年に一度、大きな作業がある。
「どの人間が、何の体験をしていくのか」
『魂のリスト』を、総入れ替えするのだ。
もちろん、地球上にいるすべての人間のリストを、寸分たがわずに一度で交換するのではない。
2~3年かけて、丁寧に行っていく。
このライブラリーでは、1人の人間の12年分が、1冊の本になっている。
つまり24歳まで生きていれば……『第1章(0~12歳)』『第2章(13~24歳)』、2冊分になっているということだ。
25歳を迎えているのであれば、第3章(25歳~36歳)の人生を生きていることになるが、その本を、どの体験をさせるかを決めていく作業。
まさに、天文学的。
どれだけ大変な作業かは、わたしも身を持って体験している。
なぜなら、案内人になる前に、「新人研修」で体験したから。
そして、つい最近ようやく「リストの入れ替え」が、必要な人間分、全部終わっていたはずだった。
だからメイとリサ、2人の新人が休暇を求めるのは、納得できた。
「毎年ある作業なんだからさ。リフレッシュ休暇。取らせてあげなよ」
何度押しても、エリーはじっと目を瞑ったまま黙り込んだまま。
……そしてゆっくり目を開けると、静かにこう言った。
「リストすべて、ちゃんと合っているか……確認作業があるんですよ」
ひんやりとした、薄暗い廊下。
先週までの慌ただしい雰囲気とはうって変わり、呼吸の音でさえも響き渡るかのよう。
(まあ、チェックしておくか)
身長の5倍はあろうかという大きな扉。
スッと手をかざし、触れることなくドアを開く。
奥はどれくらい広がっているのだろう?
案内人の私でさえも、想像できないくらいの奥行。
新人が迷い込んだら、恐らく戻ってくるのは不可能。
きっとそこに「時間」は存在しない。
部屋に足を踏み入れるたびに、毎回そう思う。
目の前には巨大な本棚がずらりと並び、分厚い本がすき間なく並べられている。
(ふーん……ちゃんと揃ってるね)
(今回の新人、頑張ったじゃん)
適当に本を手に取り、パラパラと白紙のページをめくっていく。
どんな物語が、この無地を埋めていくのだろう?
どんな文字が、綴られていくのだろう?
ほんの少しだけ微笑みながら、所定の位置に戻し、部屋を後にした。
「エリー様! あんなに大変な作業だったんですから……少しくらい休暇をください!」
「本当です! 私とメイが、どれだけ大変な思いをして頑張ったと思ってるんですか……!」
(ん……? なんだ?)
しばらく廊下を歩いていると、薄暗い廊下に黄色く細い光が漏れ出している。
(ああ、あそこのドアか)
わめき散らすような、2人の声。
どうやらドアのすき間から、光と共に漏れ出しているらしかった。
(……なんか、揉めてるね)
興味本位で、ドアのすき間から中を覗き込む。
管理者のエリーと、見知らぬ2人が向かい合っていた。
「ちょっとだけで良いですよ。お休みが欲しいだけです」
「リサもそう思う? 私も同じです!」
(もしかして……あの2人が新人なのか?)
「なりません」
ピシャリとエリーが2人に向かって言い切った。
さすがエリー。
わたし達の中で「鉄のエリー」と呼ばれているのも納得の迫力だ。
「……なぜです? 数年間、ずっと作業してきましたよ?」
「良いですか、メイ。リサ。あれくらい当然なんです。あなた達は司書なのですよね?」
「……はい」
「私達の管轄している、このライフ・レコード・ライブライリーには、日々膨大なデータが集められます。メイ、それは分かっていますね?」
「はい」
左側の司書が力無く答える。どうやらメイというらしい。
「リサもです。私達の仕事は、極めて大切な管轄なんですよ。休むことは許されないのです」
(ひゃあー……鬼だねえ。どっちか交代で休ませてあげても、良いと思うけどねえー)
「そうは思いませんか? カノンも」
(……! バレた?)
さすがだ。気配は消していたはずなのに……聞いているのがバレた。
観念するように、頭に手をやりながら部屋へと入る。
「……良い趣味とは言えませんね。盗み聞きとは」
「いや、別にそういうわけじゃ……」
「まあ、あなたらしいと言えば、あなたらしいですけどね」
「何よ、それ。言い方に気を付けなさいよ。そういうつもりじゃないってば」
わたしとエリーはほぼ同期。
もう何億年前のことだろう?
詳しくは覚えていない。
エリーは持ち前の正確さ、生真面目さを買われて司書へ。今は管理者だ。
誰もライブラリー内で、エリーに逆らうことはできない。
わたしの配属先は、『案内人』だった。
ずっと人間を担当している。
猫の担当、犬の担当……わたしの他にも、様々な生命の担当がいる。
植物をはじめ、ありとあらゆる生命に。
わたしの場合は、死んでしまった人間が審判の門まで来ることができず迷っている場合に出動することが多い。
コミュニケーション能力を買われた形だ。
エリーはわたしにあまり良い印象を持っていない気がする。
「あわわ……カノン様!?」
メイが泡を吹いて倒れそうになっている。
慌ててリサが体を支えた。
(まあ、そうだろうね……)
管理者のエリーや、わたしに話かけるのは、相当な勇気がいるはずだ。
キャリアが違い過ぎる。
……それくらい、わたし達がこの仕事に就いてから、時間が経ったってことよね。
「ねえ、この子達、相当な勇気でエリーに意見してるんじゃないの?」
「それは分かっています」
(仕方ない。わたしがお手伝いしてあげるか。何かのご縁だ)
「ちょっとくらいさあ、お休みあげたら?」
「ですから、2人にも言いましたが、それはできません」
「相変わらず偏屈だな。良いじゃん。少しくらいさ」
「あなたが適当過ぎるのですよ? カノン」
本当にイラつかせるのが上手いヤツだ。
同期じゃなくて先輩だったら……絶対宇宙の彼方に、配置転換してやるのに。
「何か理由でもあるの? 休暇をあげられないんでしょ?」
わたしが尋ねても、エリーは黙ったまま、何も答えてくれない。
ライフ・レコード・ライブラリーでは、人間時間でいうところの12年に一度、大きな作業がある。
「どの人間が、何の体験をしていくのか」
『魂のリスト』を、総入れ替えするのだ。
もちろん、地球上にいるすべての人間のリストを、寸分たがわずに一度で交換するのではない。
2~3年かけて、丁寧に行っていく。
このライブラリーでは、1人の人間の12年分が、1冊の本になっている。
つまり24歳まで生きていれば……『第1章(0~12歳)』『第2章(13~24歳)』、2冊分になっているということだ。
25歳を迎えているのであれば、第3章(25歳~36歳)の人生を生きていることになるが、その本を、どの体験をさせるかを決めていく作業。
まさに、天文学的。
どれだけ大変な作業かは、わたしも身を持って体験している。
なぜなら、案内人になる前に、「新人研修」で体験したから。
そして、つい最近ようやく「リストの入れ替え」が、必要な人間分、全部終わっていたはずだった。
だからメイとリサ、2人の新人が休暇を求めるのは、納得できた。
「毎年ある作業なんだからさ。リフレッシュ休暇。取らせてあげなよ」
何度押しても、エリーはじっと目を瞑ったまま黙り込んだまま。
……そしてゆっくり目を開けると、静かにこう言った。
「リストすべて、ちゃんと合っているか……確認作業があるんですよ」



